▼天声人誤

●森の動物たち

クマくんのヘルメット

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

「そろそろ北風が冷たくなってきたなあ。早くしないと。」 どんぐりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。 もぐもぐもぐ。

あ、いけない。うっかり食べちゃった。

するとそこにクマの阿部さんが現れ言いました。

「キミのほっぺは、なんでそんなに伸びるんだい?」 スリーピーは答えました。

「頬袋っていって、ここにた〜くさんの食べ物を蓄えるのさ。」

「ふ〜ん。そうなんだ。」とクマくん。

「ところでキミはどうして冬眠するんだい?」 クマくんが聞くと、 「起きてると眠くなるからさ。」 とスリーピー。

「ふ〜ん。そうなんだ。」とクマくん。

「ところでクマくんはどうして冬眠するんだい?」 スリーピーが聞きました。

「いやあ、冬場が仕事がないんで、寝るぐらいしか やることがないんだ。」とクマくん。

「ドバイや上海に行けば出稼ぎの仕事があるんじゃないの?」 スリーピーが聞くと、クマくんは腕組みして 記憶を辿りながらゆっくりと答えました。

「えーと、そうそう、ネットで調べてみたんだけど、 確かにドバイや上海に行けば仕事はたくさんあったんだ。」

「どうして行かないの?」

「えーと、そうなんだ、行こうと思って条件を調べたら、 ヘルメット持参ってあったんだ。

「向こうで貸してくれないの?そんなもの。」

「貸すと、持って帰っちゃうやつが多いんだって。そう、それで ヘルメット買いに行ったら、ほら、ボクって剛毛だろ、 ヘルメットかぶっても毛の弾性ですぐにとれちゃうんだ。」

「ふ〜ん。それじゃしょうーがないね。」

ヘルメットで死ぬかと思った!

シマリスのスリーピーはいつものように 冬眠に備えてどんぐり集め。

「あー忙しい、忙しい。でも仕事があるって幸せだよな。あ、いかんいかん、眠くなってきた。 急がなくては!」と、その時、森の奥のほうからうめき声が聞こえてきました。

「う〜…。苦しい…。だ、だれか助けて…く…れ…」 スリーピーがすっ飛んでいくと、そこにはクマくんが 倒れています。

頭にはヘルメットをかぶったまま 苦しんでいます。

「ど、どうしたんだい!クマくん!」 「あご…あご…」

「あ"!こりゃたいへんだ!」 ヘルメットのあごひもが喉に食い込んでいます。

「今、外してあげるからね!」

スリーピーはあごひもの留め金を外そうとしましたが、 剛毛の弾性できつく締め上げられているため、スリーピー の小さな手ではビクともしません。

「キミの手…じゃ…む、り…だよぉ…」 「どうして?」

「だ,ってボクの手…で…も…ゲホ!…むり、だ…ったんだから…」

「なるほどそうだよね。えーと…、そうだ!」

スリーピーはげっ歯類自慢の前歯で革のあごひもを かじり始めました。

「あ、あ、ハハハハッ…」 クマくんが笑いました。

「なにが可笑しいんだい?」 「し、振動が…伝わって…、く、くすぐったい…」

「くすぐったいの?苦しいの?どっち?」 「苦しい…」

かじったあごひもの切れ目が、剛毛の弾性で、Vの字に 広がっていき、ヘルメットの中からゴリ、ゴリゴリっと不気味な 音が聞こえはじめた瞬間、あと5mmほどの幅を残してあごひもは ぷつん!と切れて、ポン!という奇妙な音とともに、ヘルメットは 森の奥めがけて飛んでいき、無回転のまま50mほど離れた薮の中に落下しました。

「あー、びっくりした。死ぬかと思った!」とクマくん。

「そうだね。ボクが来なければ確実に死んでいたと思うよ。」

「そうだね。とにかくありがとう。助かったよ。」

「そうだね。助かったね。」

「ところでいったいぜんたい、どうしてこんなことになったんだい?」

「柔軟剤であたま洗ったらヘルメットがかぶれたんだ。でも 押さえてないと浮いてしまうんで、あごひもで押さえておいたんだ。」

「ふーん。その時は苦しくなかったの?」

「うん、苦しくなかった。それでヘルメットをキミに見せようと 思って歩いていたら、だんだん柔軟剤のパワーが落ちてきて、 だんだん苦しくなってきた。」

「途中で外せば良かったんじゃないの?」

「いや、苦しいと気付いた時には、もうきつくて外せなかった。」

「ふーん。それじゃあ、しょーがないね。」

クマくんは腕組みをしながら寂しそうに言いました。 「これじゃ、やっぱり仕事にはいけないな…」

「そっかあ。本来は命を守るためのヘルメットに殺されたんじゃ シャレにならないしね。あ、そうだ!頭の毛を刈ればいいんじゃないかな!」

「お。そーか!刈ってしまえばいいんだ!…いや、待てよ…」

「何か問題でも?」

「ヘルメットの部分だけ毛が無いって、カッパみたいでおかしくないか?」

「うーん、じゃ、刈った部分の頭皮にヘルメットの絵を描いておけばいいんじゃないかな?」

「なるほど。そうすればカッパには見えないよな。」

「そうだよ、ヘルメットをかぶらなくてもヘルメットをかぶっているように見えるし、一石二鳥だよ。」

理不尽なカメくんの要求

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

「ついに年が明けてしまった。早くしないと。」

どんぐりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。 もぐもぐもぐ。

あ、いけない。また食べちゃった。

するとそこにウサギのスピーディーがやってきて言いました。

「あれれ、まだどんぐり集めんてるの?いったい何個集めるつもりなんだい?」

「えーとね。最初は500個ぐらいでいいかなと思ったんだけど、 よく計算してみたら、それじゃ足りなんだ。」とスリーピー。

「それで計算したらいくつになったの?」

「1919個なんだ。」

「へっえー!ずいぶん沢山必要なんだね。」

「そうなんだ。最初からきちんと計算すれば良かったんだけど、 数字を書いた紙を無くしちゃったんだよ。 」

「相変わらず段取り悪いなぁ、リスくんは。。。」

そこへカメのスローリーがやってきて言いました。

「おーい、リスくん。ボクの分のどんぐりは集めてくれたかい?」

「あ、だいたい集まったんだけど、これでいいのかな?」 とスリーピーはビニール袋いっぱいに入ったどんぐりを カメくんに渡しました。

カメくんは袋を開けて、にゅーっと首を伸ばして中をのぞいています。

まだのぞいています。

しばらくして言いました。

「これじゃちょっと足りないな…」

スリーピーはちょっとイライラしながら言いました。

「だってこれでいいって昨日は言ったじゃないか。また数の変更かい?」

「うん、今回はちょっと数にこだわりたいんだ。」とカメくん。

「その分のお金は払ってくれるんだろうね?」とスリーピー。

「いやぁ、それはちょっと分からない。」とカメくん。

見かねたウサギくんが何か言おうとしたのを手で制しながらカメくんは言いました。

「でもよく考えてごらんよリスくん。ボクがお金を払うかどうかは 別にしても、キミがこうやってボクのぶんまでどんぐりを拾うことで、 どんぐりの拾い方がどんどん上手くなって、短い時間に沢山のどんぐりを 拾えるようになったじゃないか。

キミの実力アップにボクは貢献しているんだから少しは感謝してくれてもいいんじゃないか?」

ちょっと呆れた様子のウサギくんが我慢できずに言いました。

「あのねぇ、カメくん。キミはそんなどーでもいいようなことに 理屈をつけてこだわっているから、いつまで経っても仕事が遅いんじゃ ないのかな。それにリスくんも相変わらずお人好しだな。カメくんは カメなんだからペースを合わせているとカメになっちゃうぞ。」

これを聞いたカメくん。何ごとも無かったような顔で言いました。

「あーあ、だからクリエーターじゃないやつはイヤだな。 ウサギくんにはいくら説明しても分かるはずはないよ。芸術家のこだわりって もんは。じゃ、リスくん、明日までによろしく頼んだよ。」

と言ってから、ゆっくりと方向転換して、カメくんは去っていきました。

去って行くカメくんの後ろ姿を眺めながらウサギくんは、両手を広げて 「あ〜あ」というように手のひらを上にしたままのポーズで首をねじって 振り返りながらスリーピーに言いました。

「ところでカメくんはどんぐり食べるのかな?」

「さあ…。カメは煮干しとかペットショップで売っている 『カメのえさ』を食べるはずだよね。」

そのころカメくんは森の池に戻って一人呟いていました。

「明日はどんぐりをいーっぱい持ってきて、この池の中にばらまく! すると、いーっぱいドジョウが出てきてどんぐりと遊ぶはずだから、 そのドジョウを捕まえて、っと。ふふふ…」

猟銃

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

「あ。もう1月も終わりだ。早くしないと。」

どんぐりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。 もぐもぐもぐ。

あ、いけない。また食べちゃったって、わざとやってたりして。

するとそこにイタチがやってきました。いいえ、よく見ると イタチではありません。テンのスムージーでした。

「やあリスくん、久しぶり。」テンくんが木の上から言いました。

「やあ、テンくん。ほんと久しぶりだね。今日は何の用だい?」

「ちょっと相談があって来たんだけどね。」

テンくんは木の上からするするするっと幹を巻き付くように 華麗に降りてくるとスリーピーの耳元で囁きました。

「あのね、実はボク、追われているんだ。」

「え!誰に?どうして?何をしたの?」 と矢継ぎ早に聞き返すスリーピー。

「しっ!声がでかいよ。」とテンくん。

今度は声を殺して内緒話風に訪ねるスリーピー。

「誰に?何で?どうして?何をしたの?捕まるとどうなるの?」

「同じことを聞くなよ。今から答えるんだから。それに質問増えてるし。」

テン君は周りをきょろきょろと見渡し、誰もいないのを 確認してから言いました。

「人間に追われているんだ。どうやらボクの毛皮が目的らしい。」

「え、そうなの。別に毛皮なんて無くったって、人間は着るものいっぱい 持ってるのにねぇ。」

「いや、やっぱり天然の毛皮がいいみたいなんだよ。」

「あ、どうしよう。ボクも天然なんだ。」

「キミの天然は意味が違うから大丈夫さ。」

その時、森の奥から乾いた銃声が 「パン! パンパンパン、パン!」

びっくりしたテンくんとスリーピーは慌てて木の上の巣穴に逃げ込みました。

巣穴の中から恐る恐る外を覗いて見ると、銃を持った人間が二人、脱兎の ごとく森を駆け抜け逃げて行くのが見えました。

「ど、どうしたのかな?」とテンくん。

「人間、逃げて行ったみたいだね。」とスリーピー。

「……」と、テンくんとスリーピー。

「行ってみようか?」とスリーピー。

「そうだね。もう人間はいないはずだし…。」

2匹は少しびびりながら木を降りて、銃声のしたほうへ行ってみると、 そこにはクマくんがiPodを聞きながらマンガを読んでいました。

そして銃声を聞きつけていち早くやってきたはずであろう ウサギくんも到着していました。

「いったいぜんたいどうしたんだい?」とスリーピーが クマくんに尋ねると、「えーと…」と喋りだそうとしたクマくんを 遮るようにウサギくんが説明し始めました。

「いや、ボクも銃声を聞いて脱兎のごとく駆けつけたんだが、 どうやら人間はクマくんを銃で撃ったらしいんだ!」

するとクマくん、 「そうなのかなぁ?ボクは全然気がつかなかったんだけどね。」

「iPod聞いてたから気がつかなかったんだよ!」とウサギくん。

「何か後ろで人の気配がしたから振り向いたら、人間が二人立っていて、 ボクの顔を見たら逃げ出したんだ。ボクってそんなにコワい顔しているのかな?」

「クマだしな。普通はビビるわ。」とウサギくん。

「あれれ、クマくん背中に何かついてるよ?」とテンくん。

「あ、ほんとだ!何だろう、金色の奇麗なものがついてるよ。」とスリーピー。

「宝石かな?」とテンくん。

「胆石じゃないか?」とウサギくん。

「どれどれ?」とクマくんは自分の背中を手探りで捜す。

「クマくん、手、短か!」とウサギくん。

「とってあげるよ。」とスリーピーがその金色の物体をつまみ上げると、 なんとそれはライフル銃の弾でした。

「まだ暖かいよ。」とスリーピー。

「おい、不発弾かもしれないから気をつけろよ!」とウサギくんが言うと、 「キャ!」と叫んだスリーピーは手に持った弾をテンくんに向かって 放り投げました。

「ひゃ!」と叫んだテンくんは体を「ろ」の字にして弾を避けました。

それを拾ったウサギくんが、またテンくんに向かって下手投げで 弾を投げます。

「お、おい!」と叫びながらテンくんは体を「Ω」字に してまた避けます。

「じゃ、今度はね、『ぬ』の字で避けてみて!」とスリーピー。

「よし!それじゃ投げてみて。」とテンくん。

器用に「ぬ」になって避けたテンくんでしたが…

「いててて!」と叫ぶテンくん。体が「ぬ」の字になったまま ほどけなくなりました。

「こりゃ、全身腸捻テンだな!」とウサギくん。

なんとか「ぬ」の字がほどけたテンくんでしたが、今度は ウサギくんがリクエスト。

「じゃぁ、今度は『鬱』の字!」

「よーし!何とかやってみよう。」とテンくん。

こうしてライフル銃の弾の避けっこで、みんなは暗くなるまで遊びました。

そしてクマくんの剛毛がライフル銃の弾をも通さない強度があることには 誰も言及しませんでした。

カメくん滑走

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

拾っても拾っても、いっぱいあるどんぐりに時々めまいを起こして うっかりそのまま冬眠に入りそうになるのを必死にこらえておりました。

頬袋では収納力に限界があることに気付いたスリーピーは、巾着袋を 持参してどんぐりを集めていたのですが、その巾着袋に穴が開いていた ことには気付いていませんでした。

めまいでふらふらしながらどんぐりを巾着袋に入れ、1つ入れるたびに 巾着袋の穴からどんぐりが1つ出てくる滑稽な光景を眺めていた ウサギくんがついに我慢できなくなって言いました。

「相変わらずすっとこどっこいだなぁ、リスくんは。」

「うー。何だって?頼むから話しかけないでくれないか。 話しかけられると眠気が醒めてしまうじゃないか。」とスリーピー。

「何だ、既に気分は冬眠モードなのか。」ウサギくんがちゃかします。

そうしているうちに巾着袋の穴が少しずつ大きくなって、 どんぐりを1つ入れると2つ出てくるようになりました。

「…おかしいなあ。拾えば拾うほど落ちてるどんぐりが 増えていくような気がする…」とスリーピー。

「気のせいでしょ。それとも夢かな?」とウサギくんが 笑いをこらえながら言います。

「ところでリスくん。袋に穴が空いていたりしたらたらどうかな?」

「ん?」と言って動きが止まったスリーピー。

巾着袋の底をたぐり寄せて穴を発見。

「何だよー、ウサギくん知ってたんだな!」 と言ったあとに、ついによろよろと倒れ込んで 「zzzzz…」

そこへやってきたカメくん。

「あれれ?リスくんこんなところで冬眠かい?」

「そうなんだよ。突然冬眠しちゃったんだ。」とウサギくん。

「こんなところ寝ていると風邪ひいちゃうよなぁ。」 と言ってカメくんはリスくんを起こそうとしました。

耳もとで話しかけても体をゆすっても全然起きそうにないので、 「しょうがない。巣穴まで運んであげようか。」と ウサギくんが言うと、 「よし、任せとけ!」とカメくんがリスくんの後ろから 両脇に手を入れて体を起こそうとして2本足で立ったときです。

すって〜ん!ころり〜ん!とカメくんはひっくりかえって しまいました。どんぐりの上に足を乗せてしまったのでした。

「あいててて…」と仰向けにひっくり返ったカメくんは 唸りながら思いました。

『こりゃ、ウサギくんに大笑いされちゃうなぁ…』

そして仰向けのままうっすらと目を開けてウサギくんの ほうを見ました。

上まぶたと下まぶたの間から、まずウサギくんの 前歯が見えてきました。

次にひくひくと動く鼻が見えてきました。

その次に点になった目が見えてきました。

ウサギくんはぜんぜん笑っていませんでした。

そして長〜い耳が見えて きたときにカメくんは気付きました。

ウサギくんの顔がだんだんと小さくなっていくことを。

地面はどんぐりでいっぱいでした。

そしてカメくんが転んだ場所は少し坂になっていました。

そうです。カメくんはどんぐりの上のひっくり返ったまま、 坂の下に向かって滑り始めたのでした。

カメくんは焦って手足をばたばたと動かしましたが、それで なおさら勢いが増して横に回転しながらスピードも増していきました。

道の上はどんぐりでいっぱいです。

坂の下までずうっとドングリでいっぱいです。

カメくんはアイスホッケーのパック(タマ)のように なめらかに加速しながら、回転しながら、滑っていき、 時速60kmぐらいのスピードになりました。

こんなに速く動くのはカメくんにとって生まれて 初めての経験です。

やっとのことで爆睡したスリーピーを木の幹の巣穴に押し込んだ ウサギくんが「やれやれ…」とため息をついているところに クマくんがやってきました。

「やあ、ウサギくん。今、来る途中でヘンなものを見たよ。」とクマくん。

「今度は劣化ウラン弾にでも撃たれたのかい?」と笑いながらウサギくん。

「違うんだよ!」

「違うのは分かってる。」

「坂の上から凄いスピードで落ちて来たんだ。」 「何が?」

「えーと、タワシみたいな、入れ歯みたいな、ヒマワリみたいな、UFO みたいな…」

「何だ、ぜんぜん共通点が無くて何だか分からないじゃないか。」

「回りながら落ちてきたんだ。」

「で、どうした?」

「ボクの又の間を凄いスピードで通り抜けていって…」

「通り抜けていって?」

「池に落ちた。」

「それでどした?」

「ドジョウが出てきた。」

「何匹ぐらい?」

「2000匹弱ってとこかな。」

「よく数えられたな?」

「目分量さ。」

「よくわかるなぁ?目分量で。」

「そりゃそうさ。普段から鮭やカラフトマスを数えてるからね。」

「じゃ、この森のどんぐりはいくつあるのかな?」

「うーーん、100億万個。」

「ずいぶん大雑把だな。」

「どんぐり勘定さ。」

「で、その池に落ちたUFOはどうなった?」

「ドジョウに食べられてたように見えたけどね。」

「ふ〜ん。」

宅配ピザの夢

シマリスのスリーピーは木の巣穴で冬眠中。

眠っても眠っても眠り足りないと起きてる間は思っていましたが、 いざ寝ていいとなると、なかなか眠れないものです。

眠ろうと思っても目を閉じても、すぐに飽きてしまい、 起きあがっては部屋の中をうろうろ。

冷蔵庫を開けてみたり、TVをつけてみたり、 ケータイの受信メールを確認したりと。

冷蔵庫の中はいつ見ても同じです。

食べた物は確実に減りますが、 何かが増えていることは絶対にありません。

毎日23回ずつ開けて見ているので、 もう中に何がどのくらい入って いるのか覚えてしまいました。

だから開ける必要もないのですが、 やっぱり開けて見ないとなぜか安心できません。

TVをつけたところで、 毎日やっている番組は同じです。

森のテレビ局も冬場はスタッフの大半が冬眠しているので、 新しい番組は作れません。

夏に放映した番組の再放送ばかりです。

そんなことは分かっていても、 ついついTVをつけてしまうスリーピーでした。

ケータイにもこの季節はメールはほとんど入ってきません。

森の仲間たちのほとんどが冬眠していてメールを書かないからです。

それに森のケータイ基地局もスタッフのほとんどが 冬眠しているために機材や回線のメンテナンスがいい加減で、 遅延したり不達だったりと、メールを書いても 相手に届かない可能性が高いからです。

そんなことは分かっていても、 ついついケータイを開けては 受信メールを確認してしまうスリーピーでした。

スリーピーは考えました。

『冬眠していない時は、 あれもやらなきゃぁ、これもやらなきゃぁ、 と思っているから眠くなるんだ。

だから無理に眠ろうとしないで、やりたくないことを 無理にやろうとすればきっと眠くなるぞ。

いや、まてよ。 せっかく冬眠中なのに、やりたくないことはやりたくないな。

そうだ、そんなにやりたくなくもなくて、少しは やりたいと思っていることをやればいいんじゃないか。

いや、まてよ。 それじゃ眠くならないかもしれない。

眠くならないのに、あんまりやりたくないことを やるのは損するだけじゃないか。

いや、まてよ。 損をしないで後々ラクになるような ことをやれば損はしないはずだ。

いや、まてよ。 後々ラクになるより、今、ラクになる ことをやったほうが…』

などと考えているうちに、複雑なことを考えるのが 苦手なスリーピーは無事に眠くなってきました。

そして『あー、なんだか眠くなってきたなぁ。』 と思った次の瞬間には爆睡していました。

しかししばらく寝ると、おなかがすいてきました。

『あー、どうしよう。何か食べるためには起きなければ いけないし…』と半分夢の中で思いました。

『いや、まてよ。冬眠中に食べるために、あんなに たくさんのどんぐりを集めたんじゃないか。そのどんぐりを食べればいいんじゃないか。』

そうしてスリーピーは寝ぼけまなこを両手で こすりながら、部屋の隅に山になっている大量の どんぐりを食べに起き出しました。

山の裾野のほうに転がってたどんぐりを口に入れ、 もぐもぐもぐ。「あ、いけない、いつものクセで溜めちゃった。」

頬袋に溜めてしまったしまったどんぐりを 口から出して、もう一度口の中に入れます。 もぐもぐもぐ。

しかし思ったほどどんぐりは美味しくありません。

食べてはいけないときに、うっかり食べたどんぐりは あんなに美味しかったのに、 いざ、いくらでも食べていいとなると、 あまり美味しくないものです。

そこでスリーピーは考えました。

『冬眠中はずっとどんぐりを食べなきゃいけないし、 今から、美味しいと感じないということは、きっと 後のほうはもっと美味しくなくなるんだろうなぁ。

そうだ、とりあえず今日は天屋もんでもとろう。

そのほうが後々飽きないはずだ。

いや、まてよ。 そんなことしたら、クセになるかもしれない。

やはり、どんぐりもちゃんと消費しないと…

でもやっぱり毎日どんぐりじゃ飽きるよなぁ。

そうだ!両方食べればいいんだ!

えーと、たとえばザルそばをとってどんぐりといっしょに食べる。

たぬきうどんをとって、どんぐりを乗せて食べる。

カレーライスをとってどんぐりを福神漬けの代わりにして食べる。

えーと、えーと、いろいろとあるじゃないか。

さて、では今日は…と、そうだ!ピザにしよう。

トッピングは自前のどんぐりだ。

早速ケータイで森のピザ屋に電話してピザを注文しました。

森の動物たちのほとんどが冬眠中のはずですが、 なぜかケータイも繋がり、ピザ屋も営業していました。

そして待つこと5分。巣穴の下から宅配ピザのバイクの 音が聞こえてきました。

でも、その音はへんな音でした。

そうです。森の道はどんぐりでいっぱいです。

バイクが走ると、どんぐりは踏みつぶされて割れたり、 はじけて飛ばされて近くの木に当たったりと、 とても賑やかです。

まるでパレードのようです。

パレードの音はだんだんと大きくなり、 スリーピーの巣穴の木に近づいてきます。

バイクに乗っていたのはピザ屋でバイトをしている イノシシのイノッシーでした。

イノシシくんは木の真下にバイクを停め、 木の上に向かって叫びました。

「お〜い、リスくーん。ピザをとりに下りてきてくれよー。 ボクは木登りが得意じゃないんだ。」

スリーピーは木の巣穴から顔を出して答えます。

「下りるのはかんたんさ。でもピザを持ってあがることは できないんだ。大きさ的に。」

イノシシくんは仕方なく答えます。

「15インチだもんな。しょうがない、ボクが持って 登るからちょっと待っててね。」

そう言って、イノシシくんは器用に木を登り始めました。

ピザの入った箱を乗せ、2本の足を木に絡ませながら、 左手で木の上のほうをがっしり押さえて引力に逆らいながら 体を上に移動させていきます。

巣穴の高さまで登ると、ドアをノックしようと 木の幹から左手を離しました。

その瞬間、「ぐあ"〜!」と叫んだイノシシくんは、 両足で木の幹をくわえこんだまま、上半身が木に垂直になる ような恰好で腹を上にして空中に海老反ってしまいました。

「り、リスくん…助けてくれ。。」

スリーピーは手を伸ばして、最悪ピザだけは救おうと思い、 ピザの箱のはしっこをつかめたことを確認してから言いました。

「イノシシくん、ボクには大きさ的にどうしようもないよ。」

イノシシくんの足は木の幹にヤットコのようにしっかり喰いついては いますが、いかんせん足が短いので空中に浮いた状態の上半身を 支えるにはパワー不足です。

「そ、そうだリ、リスくん。ボ、ボクが怒るようなことを 言ってくれないか?…、怒ると…、パ、パワーが、で、出るんだ…」

とイノシシくんが言うと、 「イノシシくん、足がやっとこさっとこだね」と スリーピーが言いました。

「くくく…、違う、わ、笑わせるんじゃなくて、怒らせるんだ…」 苦しそうにイノシシくんは言いました。

少し笑ってしまったぶん、上半身を支えていた腹筋のパワーが落ちて、 上半身はより大きく反ってしまいました。

スリーピーは言いました。

「イノシシの元はブタなんだろ!」

と言い終わるか、終わらないうちに、「ぐうぉー!」っと、 叫びながらイノシシくんは落下していきました。

パレードのフィナーレのような大きな音がした後、 大の字に仰向けに倒れたイノシシくんと、 その傍らで横転しているバイク、 残念なことに箱だけをスリーピーの手に残して 裏返しに地面に突っ伏した15インチのピザを 眼下に見たスリーピーの耳に、イノシシくんの 呻き声が聞こえてきました。

「ち、違う…、ぎゃ、逆だ。。

ブ、ブタの、ブタの元が…、イノシシだ…」

エンジンをかけたまま倒れたバイクの後輪に 荷台のゴムひもが絡まったまま回っています。

その先端がイノシシくんの腹に当たって、 トン、トン、トン、と一定のリズムで音を奏でています。

イノシシくんの腹は、その皮の厚さと張り具合、 腹の中の空洞具合が、心地よい音を奏でるには最適な ようでした。

トン、トン、トン。 トン、トン、トン。

その音が段々と大きくなってきたところでスリーピーは 目を覚ましました!

「何だ!夢かぁ…」 スリーピーは呟きました。

「ピザが5分で来るなんて、ありえねえもんな。」

アケゲラくんの侵入

ところが、あの、トン、トン、トン、という音は 目が覚めても聞こえています。

そして、その音は、また大きくなっています。

どうやら、巣穴の入口とは反対側の壁から聞こえて くるようです。

トン、トン、トン。 トン、トン、トン。

スリーピーは音のするあたりの壁に耳を当ててみた途端、 目の前に黒い鉛筆の芯のようなものが突き出てきました。

「ぎゃ!」 驚いたスリーピーが一歩飛び退くと、その鉛筆の芯は いったん引っ込み、数秒後に、今度はその穴をめがけて トントントントントントン、 トントントントントントン。

さっきよりも早いピッチで音がして、穴が段々大きく なっていきました。

穴はスリーピーが顔を出せるぐらいの大きさになり、 その穴の向こう側にはアカゲラのツツッキーの顔が 見えました。

「やあ、リスくん!」とアカゲラくん。

「やあじゃないよ!何でボクの家に穴をあけるんだ!?」 とスリーピー。

「いやあ、ごめんごめん、ボクも巣を作ろうと思って 木に穴をあけていたところなんだ。でも、おかげで 手間が省けたかな。」とアカゲラくん。

「おい!手間が省けたってどういう意味だよ?」

「あ、キミの家に同居させてもらおうなんて思ってないよ。」

「ほんとかよ?間違えるにしてもわざとらしさのほうが 上回ってるように感じるんだけど。」

「いやあ、最初から全部作るより、予めできている空洞を 利用したほうが、あ、いや…広い部屋だねぇ。」

「おいおい、用が済んだらさっさと出てってくれよな!」

「はいはい。わかりましたよ。もーせっかちなんだから。

あ、そういえばまだ用が済んでなかったわ。」

そう言うとアカゲラくんは部屋の中にひょいっと入ってきて どんぐりの山のてっぺんに登りました。

「おい!何をするつもりだ!?」

スリーピーが叫ぶ声を無視して、てっぺんに座った アカゲラくんは尻をこっちに向けたと思ったら、 ポンポンポン!という音とともに卵を3つ産みました。

そしてこっちに向きなおると、座ったままどんぐりの山を がらがらがらがら、っと音を立てて滑り台のように下りて、 そのまま入口のほうに走っていき、振り返って言いました。

「じゃ、用が済んだから帰るよ。後はよろしく頼むよ。」

そう言って飛び立って行きました。

「よろしく頼むよって、おい! …あいつ、メスだったんだ…」と

あっけにとられるスリーピーでした。

ヤマカガシくんの災難

「フッフッフッフッ…あそこに美味しいものがありそうだな。」

アカゲラくんが飛び立った巣穴を、 ちょっと離れた木の上から見ていたヤマカガシのスネーキーは、 するすると音も無く木から下りようとしましたが、「どさっ!」と とてもヘビとは思えない無惨な体勢で草むらに落ちてしまいました。

「あいててて…、そうだ忘れてた。今のボクはとても美味しい ものなど食べられる状態じゃなかったんだ。。」と呟きました。

落ちた音を聞きつけ、こちらは忍者のようにするすると木の上から 下りてきたのはテンくん。

「あれれ。ヤマカガシくんじゃないか。いったいぜんたいどうしたんだい?」

「あー、テンくんか。実はね、胃がもたれて重くて重くてしょうがないんだ。」

と言ってアタマを自分の腹のあたりに向けました。

「あーー!ひどく腫れてるね。いったい何を食べたんだい?」とテンくん。

「暗くてよく分からなかったけど、ボクが近づくと逃げ出したんだから 生き物であることは間違いないんだ。」とヤマカガシくん。

その時、真っ暗な中で必死で手足とアタマとシッポを甲羅の中に 引っ込めて胃液の侵入に耐えていたカメくんがその会話を聞いて、 「…ボクを丸呑みしたのはヤマカガシくんだったんだな!」と思いました。

しかし、どうすることもできませんでした。

テン君くはヤマカガシくんの腫れた部分をコンコン!と叩きました。

そして「これ、カメじゃないのか?」と言いました。

「え?カメ。何で分かるんだ?」とヤマカガシくん。

「これ、食べたのいつごろだい?」とテンくん。

「水曜日の夜8時ごろ。」

「でしょ。木曜日の朝からカメくんがいなくなったんだ。」

「そっかカメくんか。」

「そうだよ。カメの甲羅は消化しないよ。」

「消化しないとどうなる?」

「一生そのまま、もしくは死ぬ。」

「どっちもイヤだな。」

「でもどっちかしかないよ。」

「死んでもイヤだ。」

「そっか。じゃあ出すしかないな。」

「う〜ん。。」とテンくんは腕組みをして考えました。

それを見たヤマカガシくんも腕組みをしようとしましたが、 腕がないので、代わりに体を「∞」の字にして考えました。

「そうだ!」と叫んでテンくんはポケットからライフルの弾を取り出しました。

「これを飲んでごらんよ。」とヤマカガシくんに言いました。

「何だい、それは。ソルマックかな?」

「違うよ。ライフル銃の弾さ。不発弾なんだ。」

「それをどうするんだい?」

「ヤマカガシくんが、これを飲んで、お腹の中で爆発させるんだ。」 「おー、それはグッドアイディアだ。いや、待てよ。

どうやって爆発させるんだい?」

「外から火で暖めるのさ。」

「おー、それはグッドアイディアだ。いや、待てよ。

それじゃボクも熱いよ。」

「熱くないようにアルミホイルを巻けばいい。」

「おー、それはグッドアイディアだ。いや、待てよ。

それじゃ、中まで暖まらないんじゃないか?」

「だいじょうぶ。アルミホイルは熱伝導率がいいから すぐに暖まるさ。」

「なるほど、それなら安心だ。いや、待てよ。

爆発したらどうなるんだ?」

「カメが出る。」

「どこから?」

「尻かな。」

「尻の穴。そんなにでかくないぞ。」

「うーん、じゃ途中でちぎれる。」

「ボクが?」

「そう。」

「ちぎれるとどうなる?」

「2匹になる。」

「2匹のうち、ボクはどっちになる?」

「1匹のほう。」

「う〜ん。何だかうまくいかないような気がするなぁ。」

そして、クマくんがちょうど通りかかりました。

「あれれ。テンくんとヤマカガシくん。難しい顔して いったいぜんたいどうしたんだい?」

テンくんが黙ってヤマカガシくんのお腹を指差します。

「うわ。これはタイヘンだ。どうしてこんなに なっちゃんたんだい?」とクマくんはヤマカガシくんの 腹に向かって話しかけました。

「おいおい、ボクはこっちだよ。」とヤマカガシくんが 鎌首をもたげて言うと。

「あ、シッポが喋った!」とクマくん。

「それはね、アタマじゃなくてお腹なんだよ。」と テンくんが教えてあげました。

「あーびっくりした。体が痩せちゃったのかと思った。」 とクマくん。

「と、いうわけなんだ。」テンくんは今までの 出来事をクマくんに説明しました。

「よし!、ボクに任せてくれ!」と言ってクマくんは ヤマカガシくんのシッポをつかむと、体を回転させはじめました。

「こう…、見えても…、ボクは…、ハンマー…、 投げの…、選手…、だったんだ…。」

と回転しながらクマくんは言いました。

両手でつかまれて回転しているヤマカガシくんのお腹の 膨らんだ部分が、遠心力でだんだんとアタマのほうに移動していきます。

回転がどんどん速くなり、お腹の膨らみはちょうどアタマのところまで きました。「あ、あとちょっとだ!」とテンくんが叫んだ瞬間、 クマくんは手を離し、アタマがカメのかたちになったままの ヤマカガシくんはヒューンっと空高く舞い上がりました。

投げ終わったクマくんは「ウォー!うぉー!」と両手を ガッツポーズにして吠えています。

「おいおい、クマくん。」テンくんが話しかけますが、クマくんは、 「ウォー!うぉー!…ウォー!うぉー!」と雄叫びが止まりません。

やっと雄叫びが終わったので、テンくんは、恐る恐る話しかけました。

「…あのさ。なんで、手、離したんだい?」

「ハンマー投げはね、投げないと終わらないんだうぉ。」とクマくん。

ちょうどその時「ぽてっ」と、アタマがカメのかたちになったままの ヤマカガシくんが遠くの森の中に落ちる音が遠くから聞こえてきました。

カメくんは恐る恐る目をあけました。すると森の中の景色が見えるでは ないですか。

「助かった!」と小さな声を出して、歩こうとしましたが上手く 歩けません。

前足2本はちゃんと動くのですが、後ろ足2本は何かに ぶつかって甲羅から出せません。

しっぽは自由に動かせます。

「こりゃ、いったいぜんたい、どうなってるんだ?」と呟くと、 アタマの上から「ああ、はえふん。」と声が聞こえてきました。

カメくんは首をにゅーっと上に伸ばして、 反り返りながら後ろを見ると、 そこには口を財布のように横に大きく開いた ヤマカガシくんの顔がありました。

「ひゃ!」と叫んでカメくんは前足2本だけで 逃げようとしましたが、 口を財布のように横に大きく開いた ヤマカガシくんの顔は同じ速さでついてきます。

カメくんは体の3分の1ぐらいはヤマカガシくんの 口の外に出ているのですが、残りの3分の2は、 まだ口の中です。

「あ、あおあ、はうえは。」とヤマカガシくんが言いました。

「ん?…アゴがはずれたのね。」とカメくん。

「ほえや、へんあ、いひおおいはいは。」とヤマカガシくん。

「えーと、『これじゃへんな生き物みたいだ』でいいのかな? とカメくん。

「あーあー」とヤマカガシくん。

「あ、無理に頷かなくてもいいよ。揺れるし。」とカメくん。

「あ!いたいた!」と叫ぶテンくん。

「もう1匹は?」とクマくん。

「よく見てごらんよ、2匹くっついてるんだよ。

クマくんが投げた時もくっついてただろ。」

「あ、そうかそうか。」

「でも、もう少しで出そうだな。あと1歩だ。」

「ちょっと引っ張れば出そうだな。」

「いや、これは相当強力にハマってるから、無理に 出そうとするとヤマカガシくんの首がとれちゃうぞ。」

これを聞いたヤマカガシくんは大きくかぶりを振りました。

カメくんは左右に大きくゆっさゆっさと揺れました。

「よし!これだ。」と言ってテンくんは、そばにあった 笹の葉をとって縦に割いて、細くなった笹の葉でこよりを 作ってヤマカガシくんの鼻の穴をくすぐりました。

何をするのか察したカメくんは頭を両手で押さえました。

そして、はっと気付いて頭と両手を甲羅の中に引っ込めました。

「うあ、うあ、うあーうおん!」とヤマカガシくんは大きな くしゃみをしました。

しかし、くしゃみの空気の固まりは、カメくんが強力に はまった口からは出ませんでした。

空気の固まりは、一度カメくんに当たってからはね返り、 ヤマカガシくんの体の中をしっぽのほうへ移動していきました。

その空気の固まりは外側からも見えました。

ヤマカガシくんの体を、 ピンポン球ぐらいな膨らんだ部分がゆっくりしっぽのほうへ 移動していって、最後はお尻の穴から「ぷしょ。」と 情けない音を立てて出ていきました。

「よし!もう一回やってみて。」そう言うとクマくんは ヤマカガシくんの首の下あたりをぎゅっと握りました。

「そうか。それなら空気の固まりはしっぽのほうへ行けないな!」 と言って、テンくんはもう一度こよりで ヤマカガシくんの鼻の穴をくすぐりました。

「うあ、うあ、うあーうおん!」と涙目のヤマカガシくんは大きな くしゃみをしました。

しかし、くしゃみの空気の固まりは、カメくんが強力に はまった口からは出ませんでした。

空気の固まりは、一度カメくんに当たってからはね返り、 ヤマカガシくんの体の中をしっぽのほうへ移動しようとしましたが、 クマくんが握っているので、しっぽのほうへも行けません。

仕方が無いので、空気の固まりはヤマカガシくんの頭の部分に 溜まりました。

ヤマカガシくんの頭はちょっと膨らみました。

「よし!もう一回やってみて。」クマくんが言うと、 テンくんはもう一度こよりで ヤマカガシくんの鼻の穴をくすぐりました。

「うあ、うあ、うあーうおん!」と涙目のヤマカガシくんは大きな くしゃみをしました。

ヤマカガシくんの頭はまた膨らみました。

何度か繰り返すうちにヤマカガシくんの頭はぱんぱんに膨らんで 丸底フラスコのようになっていました。

そこを宅配ピザのバイクで通りかかったのは配達途中の イノシシくんでした。

イノシシくんは最初はそばで様子を見ていましたが、 しばらくして、頭の上に電球のマークを点灯させながら言いました。

「ちょっと待った!いいものがあるんだ。これを 使うといいよ!」と言ってバッグから ブラックペッパーのビンを取り出してテンくんに 渡しました。

「おお!これは素晴らしい。」そう叫ぶと、テンくんは ブラックペッパーのキャップを外して、ヤマカガシくんの 鼻のあたりに大きく手を振りながら、何度もかけました。

大きく振り過ぎて中ブタが外れました。

「どさっ」 ビンの中身が全部出て、カメくんの少し出ている甲羅とヤマカガシ くんの鼻先の部分の間で山になり、ヤマカガシくんの鼻は完全に山に 隠れてしまいました。

一瞬時間が止まった感じがしました。

すると、ブラックペッパーの山の2箇所が、 ゆっくりと蟻地獄のように凹んでいきます。

ちょうど鼻の穴がある場所です。

凹みが止まりました。そして「ん”っ」と ヤマカガシくんの小さな叫びが聞こえた直後、 「あーー!っううぉーーん!」と今までで最大の くしゃみが出ると、ヤマカガシくんの口から ぴゅーーん、っと、すごい速さでカメくんが飛び出していきました。

カメくんは地面に平行に飛んでいき、近くの草むらに 突っ込んでいきました。

でも大丈夫です。草がなぎ倒されているので、カメくんが 着地した場所はすぐにわかります。

「よし、あっちだ!」とテンくんが草むらの中に 行こうとしましたが、着地した場所からカメくんが立って 手を振っていました。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、今そっちに行くから。」 そう言ったと思ったら、カメくんはもう草むらから出て みんなのすぐそばに立っていました。

「良かったね、カメくん!」テンくんが言いました。

「いやあ、ありがとう!みんなのおかげで助かったよ!」とカメくん。

「でも何かちょっとへんじゃないか、カメくん?」と イノシシくん。

「うーん、何かへんだよ。」とクマくん。

「あ!」と全員が同時に気がつきました。カメくんに甲羅がありません。

カメくんは自分の体を見ながら言いました。

「どーりで身が軽いと思った…」

「でもそれはそれでいいんじゃないか?」とテンくん。

「そうだね、悪くないよ。」とクマくん。

「しかしだなあ…」とイノシシくん。 イノシシくんは続けます。

「手足と顔がしわしわのお爺さんっぽくて、体だけが赤ちゃんみたいに つるつるすべすべで、ちょっとキモくない?」

「うーん、そうだな。甲羅の中は紫外線に当たらないからなぁ」 とカメくん。

「そうか。甲羅って紫外線防止のためにあったんだね。」 とクマくん。

「でもすっごく動きやすくなったんだよ、ほら!」

とカメくんはその場でバク転を3回したあと、ムーンウォーク しました。

「ポーピ…」 と後ろのほうで音がしました。ヤマカガシくんです。

「ポーパパ、ポパピパピパッペ、ポンパポペピパ、ペパプパッパポー!」

「何て言ってるんだ?」とテンくん。

カメくんが翻訳します。

「甲羅が、オカリナになって、こんな声しか、出なくなったよー!」って言ってる。

「すごいね、よくわかるね、カメくん。」と感心するテンくん。

「すごいすごい。通訳になれるよ!」とクマくん。

「いやぁ〜、それほどのものではないよぉ。」と照れるカメくん。

これからヤマカガシくんがどうやって生きていけばいいか、 ということについては誰も言及しませんでした。

ヒナの世話

シマリスのスリーピーは今日も巣穴でアカゲラのヒナの世話。

エサをあげてもあげても、すぐにまた欲しがるヒナにてんてこまい。

「三つ子はさすがにきついよ。」とぼやくスリーピー。

とても冬眠なんてしていられる場合ではありません。

そうこうしているうちに、ヒナたちは自力で巣から出て部屋の中で 餌を漁るようになりました。

冷蔵庫の開け方も覚えました。

TVのリモコンの使い方も覚えました。ビデオの操作も覚えました。 特にディズニーのヒューイー・ドゥーイー・ルーイーと 魔法使いサリーのよしこちゃんの三つ子弟トン吉、チン平、カン太 がお気に入りです。

3匹は毎日朝から晩まで部屋の中をバタバタと短い羽根をはばたかせ ながら走り回ります。

どんぐりを拾っては食べ、殻をそのへんに 吐き捨てます。

フンもし放題。

掃除しても掃除してもすぐに散らかってしまいます。

どんぐりの山はすっかり崩れて床一面がどんぐりで埋まっています。

まだ中身が入っているどんぐりと、殻が混ざって、どっちがどっちやら わかりません。

しかし日に日に殻のほうの割合が増えているであろう ことはスリーピーにも容易に想像できました。

もうそろそろ雪も溶けはじめるころになると、 スリーピーはすっかり目の下に隈ができてしまいました。

「よう!それじゃまるでクマリスだな。」と部屋の中を覗きながら 言ったのはウサギくんでした。

「おいおい、びっくりさせるなよ!びっくりしたじゃないか!」とスリーピー。

ウサギくんは言いました。 「ところでリスくん、何でリスくんがアカゲラくんの子供を育てているんだい?」

「えーと、えーと…」

「リスくんは親ではないだろ。」

「当たり前だよ!ボクはリスで、この子たちはアカゲラさ。」

「じゃ、何で親でもないリスくんが育てているんだい?」

「えーと、それは……、何でだろ?」

「アカゲラくんが育てればいいんじゃないのかな?」

「そっか、そうだよね。でもアカゲラくん、行っちゃったし…」

「そっか。それじゃ仕方ないね。」

「仕方ないんだ。」

「ボクにいい考えがあるよ!」と言ったのは、 ウサギくんの隣から顔を出したテンくんでした。

「鳥は大人になると巣穴から自分で飛び出すんだ。酢橘ってやすさ。」

「字が違うだろ。」とウサギくん。

「そっか。大人になるまでどれくらいかかるんだい?」 と尋ねるスリーピー。

「えーと、まだまだ子供だからな…」とテンくん。

「まてまて、キミたちもっと発想を変えないとダメだね。」 と言って、甲羅レスのカメくんが、以前アカゲラくんが開けた 穴から顔を出して言いました。

「何か良い考えでもあるのかい、カメくん?」と尋ねるスリーピー。

「リスくんが、ヒナたちを正式に養子にしてしまえばいいんじゃないか。」 とカメくん。

「そっか、それで解決だな!」とウサギくん。

カメくんは身をひるがえしながら部屋の中に入ってきて言いいました。

「それで全て解決さ。か〜んたんだろ。」

「そうだね。簡単だね!」とスリーピー。

「いや待てよ。」とテンくんが言いました。

「何か問題でも?」とウサギくん。

テンくんが続けます。 「アカゲラくんは正式に親権を放棄しているのかい?」

「うーん…」とカメくんとスリーピー。

「だからさあ、今のまま育てるのが一番さ」と 穴から顔を出して言ったのはアカゲラくん。

「やっぱりそうかなぁ。」とウサギくん。

「うーん、そうかもしれないな。」とテンくん。

「そうだな。結局それが一番さ。」とカメくん。

「ボクも何だかそんな気がしてきた。」とスリーピー。

そして、 「あ、そろそろエサの時間だ!」とスリーピー。

「そうか、邪魔したね。」とウサギくん。

「じゃ、またね。」とテンくん。

「がんばれよ!」と甲羅レスのカメくん。

そうしてみんな帰っていきました。

ヒナの巣立ち

すっかり春になり、アカゲラのヒナたちは全身に羽毛が生え揃い、 大きさもスリーピーの2倍くらいになりました。

3羽のアカゲラは今日もビデオを見て 身を寄せ合いながらバカ笑いをしています。

「毎日毎日同じシーンを見て、よくもあんなに笑えるものだ…」と スリーピーは呆れます。

夜は3羽の羽根の下で身を縮めながら寝なければならないスリーピー。

ヒナたちは他人のことなどおかまい無しに無造作に寝返りをうち、 呼吸が苦しくなって目が覚めることが何度もありました。

どんぐりも底をつきました。もう食べるものはありません。

仕方なくピザを注文すると、箱を開けるやいなや、ヒナたちは 機関銃のようにピザをつついて、あっという間にたいらげました。

それでも足りない様子で、部屋の中をばたばたと餌を捜し回ります。

冷蔵庫を開け、3羽同時に首を伸ばして中を覗いています。

そして何も入っていないことが分かると、3羽同時にスリーピーの ほうを振り返り、凍るような視線でスリーピーを見つめました。

スリーピーは思い出しました。「確か大人になると巣から 飛んで出て行くって言ってたよな。こいつらどう見ても大人に なっているはずだし、餌が無いと分かれば勝手に…」

と考えてる間に、ばさばさばさ!という音をともに部屋の中に 無数のどんぐりの殻が舞い上がり、乾燥したフンが石灰のように 立ちこめて、周りが見えなくなりました。

少しして、視界が開けてくると、もう3羽は居ませんでした。 巣穴から外を見てみると、はるか上空に3羽のシルエットが 見えました。戦闘機のようなスピードで遠ざかっていきます。

「ふう〜」と、しりもちをつくスリーピー。

「これでやっと冬眠、いや、春眠ができるぞ。」そう呟き終わらぬ うちにその場にうずくまって爆睡するスリーピー。

安堵と開放感で無邪気な寝顔のスリーピーでした。

しかし3羽のうちの1羽、もしくは3羽がそれぞれ1つずつ、 部屋の隅に産み落としていった卵にはまだ気付いていない スリーピーでもありました。

ヤマカガシくんの空腹

ある真夜中のことです。スリーピーはそおっと巣穴から出て 木を降りていきます。

頬袋には3つの卵が入っています。

「もうあんな目にはあいたくない。今のうちに、どこかに そっと置いてこよう。」と考えたのでした。

森の中を慎重に進むスリーピー。

できるだけ遠くに置いて こないといけません。

あたりをきょろきょろと見回しながら 歩を進めていると、「よお!リスくん。」と声をかけたのは テンくんでした。

「なんだよ、びっくりさせるなよ!びっくりしたじゃないか。」 とスリーピー。心臓がバクバクしています。

「いったいぜんたい、こんな夜中にどこに行くんだい?」とテンくん。

「テンくんこそ、こんな夜中に何で起きてるんだい?」

「そりゃボクは夜行性だからな。夜起きてるのが普通なんだ。」

「そのわりに昼間も元気だよね。」

「まあね。だいたい寝てる時以外はたいてい起きてる。」

「ボクは起きてるだけで眠くなるんだ。」

「で、そのほっぺには何が入っているんだい?」

仕方がないので、スリーピーは今までの経緯を話しました。

「と、いうわけなんだ。」とスリーピー。

「そうか。それなら手伝ってあげるよ。」

「本当かい?」

「ボクは夜行性だから、こんな真っ暗な夜でも、けっこう見えるんだよ。」

「マジで?」

「えーと、ほら、あそこの木。あの根元のムロのところに丁度3つの 穴があるのが見えるかい?」

「いや、ボクには全然見えないよ。」

「じゃ、来てごらん。」

そう言ってテンくんはスリーピーをその穴のそばまで連れていきます。

よく目をこらして見ると、たしかに穴が開いているようでした。

「ここに入れちゃえば、たぶん誰にも見つからないよ。」

「そうだね。」 そう言って、スリーピーはテンくんの言う通りに卵をその穴に入れました。

「ん?なんだか美味しそうな匂いがするぞ。」そう思って目が覚めた ヤマカガシくん。

口にカメの甲羅がはまってしまってからというもの、 離乳食と流動食しか食べていないので、いつもお腹がペコペコで、 毎晩木の根元のムロの中でじっとしていました。

ところが今朝は、なんだかとっても美味しそうな匂いで目が覚め、 あたりを見回してみましたが、何も見えません。

「おかしいなあ。確かにすぐ近くに鳥の卵のような匂いがするのだが…」 と思い、首をかしげようとしたら体のほうがねじれました。

「しかもブラックペッパーまで、あ、いや違う違う。ブラックペッパー は、あれ以来、いつでも匂っているんだった。」

などと思いながら、ムロから出ようとして体を動かすと、甲羅の中で 何かが転がる音がしました。

「あ。もしかして卵はこの中にあるのか!ラッッキィー!」

と心の中で叫びました。口に出して叫ぶと、 「パ。ポピパピペパパポパポポプピポパパピパプポパ!パッッピピー!」 となってしまうからです。

甲羅を持ち上げれば、自動的に卵は口の中に転がり込んでくるはずなのですが、 いくら胸筋と首筋に力を入れても甲羅は1ミリも上がりません。

それほどヤマカガシくんの体力は落ちていたのです。

今度は舌を思いっきり伸ばしてみましたが、卵の表面に触れるものの、 卵を巻き込んで引き寄せるほど近くにはありません。

「そうだ、坂だ!坂を上れば卵が口に転がり込んでくる。」 そう思いついたヤマカガシくんは木のムロから出て、ゆっくりと 慎重に歩を、いや、蛇を進めます。

やっと坂道に着きましたが、地面は枯れた木の葉やどんぐりの殻で なかなか思うように坂を上れません。

甲羅の中は丸く凹んでいるので、坂の傾斜よりも大きな角度を つけないと卵は転がってきません。なので、より傾斜の急な場所まで 上っていかなければなりません。

必死に上るヤマカガシくんでしたが、木の葉で体がずるずると滑り、 坂が急になるにつれて滑り落ちる回数も増えてきます。

「よし、もう一歩だ!いや、もう一蛇だ。」と思って気が緩んだ時です。

甲羅の重みでヤマカガシくんの頭は右に大きく傾き、 Uの字になって、頭だけが坂の下を向いてしまいました。

「やばい!このままでは卵が甲羅から出てしまう!」と 思った時には、卵の1つがカメくんが入っていたときに首を 出していた穴から半分顔を出しました。

「あー!卵が出るゥ〜!」と諦めかけた次の瞬間、ヤマカガシくんの 体も下に向かって滑り始めました。

体のUの字に曲がった下半身は、いったん上のほうに向かってから 曲がっていた部分を通過して直線になり、卵が出る速度と 同じ速度で坂を滑り落ちて行きます。

ずずずずずず〜、と滑り落ちていきます。

その間、卵は甲羅の首の 穴から微妙に出たり引っ込んだりしています。

そして平地にさしかかり、落ちる速度はだんだんに緩くなり、 最後は木の切り株に「ぽこっ」と当たり、止まりました。

もうちょっと勢い良く当れば、卵は口の中に転がりこんだはず なのですが、ちょっと衝撃が足りず、結局卵は元の位置に戻っただけでした。

「あ〜あ。またやり直しかよぉ。」と思った時です。

ピキピキピキっと音がしました。そうです、卵の孵化です。

甲羅の中の卵の1つからヒナが出てこようとしています。

続いて残りの2つもピキピキピキっと音を立てて、卵が割れ始めました。

歌うクマくん

結局仕事が見つからず 「ボクって仕事に向いてないんだなぁ…」とクマくんは 森の中をとぼとぼと歩いていました。

ヘルメットをかぶるために剛毛がのびないように じっとしていたのですが、ヤマカガシくんを振り回した時の 遠心力で自分の髪の毛も伸びてしまってヘルメットが かぶれなくなって仕事に行けなかったのです。

クマくんは「あ〜ぁ」とため息をついて木の切り株に 腰掛けて落ち込んでいると、 どこからともなく楽しい音楽が聞こえてきました。

「あれれ。何だかハッピーそうな音楽だな。パレードかな?」 クマくんは思いました。

そしてパレードはだんだんと近づいて来て、 クマくんの足元までやってきました。

遠くからはパレードのように聞こえたのですが、近づいてくると、 だんだんしょぼくなってきました。

遠くに聞こえたときは周りの山や森の木にこだましていたからです。

それでも、その音楽はとっても賑やかで楽しそうでした。

ヤマカガシくんのカメの甲羅の3つの穴から3匹のヒナが1匹ずつ 顔を出して、猛烈な勢いで「ピピピピピピピ…」と鳴き続けています。

その音程とピッチが3匹微妙に違うので、3種類の管楽器が鳴って いるかのように聞こえたのです。

これにヤマカガシくんが「ポパ!ピプパピピパピピパピパ!」 (こら!静かにしないか!)とか「パッパプププパプペピョーパパピ!」 (全くウルサくてしょうがない!)などとオカリナで叫ぶので、 これがアクセントとなってパレードのように聞こえていたわけです。

ヤマカガシくんと3匹のヒナがクマくんの足元を通りかかると 3匹のヒナは一斉にクマくんのほうに首を向け、より一層激しく鳴きました。

「なんだなんだおまえたち。ボクにも歌えってか?」 と、それを聞いたヒナたちは一斉に鳴き止み、 一斉に首がちぎれんばかりの勢いで激しくかぶりを振りました。

「ピパプ、ピパプ!」(違う違う!)とヤマカガシくんも叫んだ のですが、そんなことはおかまい無しに 「そうかそうか、それじゃしょうがないなぁ。」と言うと クマくんは歌いはじめました。

さあ、たいへんなことになりました。

クマくんの口からは巨大な剛毛の生えた八分音符が次から 次へと出て来るのが目に浮かぶようなダミ声の大声で森の木々を 揺るがし始めました。

音程もメロディーも歌詞もあったものではありません。

100台のブルトーザーが狂って走りまわるような轟音です。

3匹のヒナはまだ産毛しか生えていない小さな羽で耳を塞いで 目玉が潰れるのではないかと思うほど思いっきり目をつむっています。

ヤマカガシくんはシッポの先端で片方の耳を塞いでいるのですが、 もう片方の耳は塞ぐ術がなく、涙目になっています。

「ヤマカガシくん、ボクの歌に感動してるな。」とクマくんは 思い、2番を歌い始めました。

轟音を聞いてウサギくんが飛んできました。

「もー、こりゃたまったもんじゃない!」と言いながら 立ち止まって屈伸をした後、両方の耳を自分で固結びにしてから クマくんに接近しようとしましたが、歌の風圧で5mぐらいのところから それ以上前に進めません。

台風の中継レポーターのように前かがみになって頭を押さえて 接近を試みるも、5mのところで止まってしまいます。

イノシシくんもやってきました。宅配ピザの帰りのようですが、 バイクの音はクマくんの歌にかき消されて全く聞こえませんでした。

「おっと、頼りになりそうな援軍が来たぞ!」とウサギくんは 思いました。

イノシシくんは、バイクを下りるとクマくんのほうに ゆっくり近づいて行きます。

そして言いました。 「なんて素敵な歌なんだ。ボクも一緒に歌っていいかい。」 と言うと、2本足で立って、両手をクロスして胸に当て、 鼻先を真上に向けて、 クマくんの歌に合わせて大声で歌い始めました。

パワーが倍増した轟音で、木の葉が落ちはじめ、木の枝が カタカタと震えはじめました。

イノシシくんの鼻の穴からは、気化したブラックペッパーと タバスコのエキスが噴射され、近くの木の葉が枯れ始めました。

ヒナたちは甲羅のなかにすっぽりと隠れてしまいました。

そのうちの1匹は、片方の羽を穴から出してヤマカガシくんの 片方の耳を塞いであげてます。

甲羅もガタガタと振動しています。

その振動がヤマカガシくん の本体にも伝わってヤマカガシくんの体が本人の意志とは 関係なく左右にくねくねと勝手に波打ち始めました。

ウサギくんは固結びにした両方の耳同士をさらに 蝶々結びにしてイノシシくんに接近しようとしましたが、 ブラックペッパーとタバスコのガスで目が痛くなって 5m以内には近づけません。

目が充血して真っ赤になりました。

クマくんもイノシシくんも、すっかり陶酔して シンギングハイ状態になっています。

当分止めそうには ありません。

ウサギくんは考えました。

「あいつら、逝っちゃてるから多少のコトには気がつかないはずだ。」

ウサギくんはバイクの中の工具箱からブースターケーブルを 取り出して足元に置きました。

そして結んであった両耳を一旦ほどいて耳の穴にどんぐりを 詰め、両耳を顔の前でクロスさせてから頭の後で結びました。

これで目も防御できたわけです。

ブースターケーブルを持ってほふく前進でイノシシくんに 近づきます。

手探りでイノシシくんの足にブースターケーブル を接続しました。

戻ってくると、ケーブルのもう片方をバイクのバッテリーにつなぎました。

「これで気付くだろう!」と思ったのですが、 イノシシくんの声がテクノになっただけで、歌は 止みませんでした。

平気で歌い続けています。

今度はタバスコの中身を抜いて紙コップに入れて、 またほふく前進で近づきます。

歌の合間の一瞬の 息継ぎを狙ってイノシシくんの口の中にタバスコを入れました。

鼻から出るガスの濃度が濃くなり、空が赤っぽくなってきました。

しかしおかまい無しにイノシシくんは歌い続けます。

今度はバイクのガソリンを抜いて紙コップに入れて、 またまたほふく前進で近づきます。

歌の合間の一瞬の 息継ぎを狙ってイノシシくんの口の中にガソリンを入れました。

しかしおかまい無しにイノシシくんは歌い続けます。

鼻の穴からは炎が吹き上がっています。

音量に合わせて吹き上がる炎の高さが変化します。

今度はバッテリーから希硫酸を抜いて紙コップに入れて、 またまたほふく前進で近づきます。

歌の合間の一瞬の 息継ぎを狙ってイノシシくんの口の中に希硫酸を入れました。

声にリバーブがかかりました。

しかしおかまい無しにイノシシくんは歌い続けます。

炎の色が青になりました。

「この程度じゃダメだろう。」と思いつつも 今度はカラになったタバスコのビンを2本持って またまたほふく前進で近づきます。

歌の合間の一瞬の 息継ぎを狙ってイノシシくんの両方の鼻の穴にカラの タバスコのビンを1本ずつ詰め込みました。

丁度息継ぎで息を吸ったタイミングだったので、2本のビンは 鼻の穴の奥に吸い込まれていってしまいました。

それでも歌い続けているイノシシくん。

タバスコのビンが 喉の奥でガラガラと転がっている音も混ざって、 スクラッチのかかった声になりました。

「もうダメだぁ…」とウサギくんが諦めかけたときです。

イノシシくんの声がだんだんと小さくなってきました。

タバスコのビンが気管に詰まったとみえて、息継ぎができなく なっています。

イノシシくんの顔は真っ赤になり、声はかすれかすれになりました。

体に酸素が供給されなくなり、イノシシくんは口をぱくぱくさせながら ゆっくりと前に倒れていきます。

「どさっ」と倒れた拍子に鼻から今までで最大の炎が吹き出し、 クマくんを直撃しました。

クマくんの声の音圧バリアを貫通して クマくんの胸のあたりに炎が引火しました。

引火して3秒ぐらいして「うわっちちちち!」とクマくんが叫び 2人の歌は無事に終了しました。

森は4ヘクタールぐらいの木が枯れただけで済みました。

「あれれ?バイクのエンジンがかからないぞ。」とイノシシくん。

「変だね。どうしたんだろ?」とウサギくん。

「ま、いいか。」と言ってイノシシくんはバイクを肩にかついで どどどど…っと走って帰っていきました。

胸の剛毛の200本ぐらいの先端が線香のように燻ったままのクマくんは、 「何だかよく分からないけど、すっきりした感じだなぁ。」 と言って、胸から煙を立てたまま帰って行きました。

ウサギくんはほどいた耳を手でパンパンっとはたいて 煤を落とすと、大きく伸びをして、 「さーて、家に帰ってWiiでもやるかな。」と言って、 ぴょーんピョーンっと帰っていきました。

みんなが帰ってのを確認した後、3匹のヒナは、 また鳴き出しました。 「ピピピピピピピピ…!」

花粉症

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

「結局冬眠できなかった気がするなぁ。ま、いいか。今年は今の うちからどんぐりを沢山集めておこう。」

どんぐりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。

もぐもぐもぐ。 あ、いけない。またわざと食べちゃった。

「ていうか、今落ちてるどんぐりは、みんな去年のだよな。 秋になってから集めようっと。」

すっかり春になり、暖かく心地よい風が穏やかにふいてきます。

しかしその風に乗って、あの恐ろしいスギ花粉も飛んできます。

森の中は、ナラ、シイ、クヌギ、クリなどの広葉樹がほとんどですが、 奥のほうにはスギやヒバなどの針葉樹もたくさんあります。

特にスギは大量の花粉をつけた樹齢100年以上の巨木がかたまっているので、 風の強い日には、中華まんじゅうが一瞬にしてメロンパンになって しまうくらいに大量の花粉が森の中を漂います。

さらに今年は広葉樹部分の4ヘクタールが枯れてしまったため、 途中に遮るものがなく、ダイレクトにスリーピーたちの住んでいる場所に 飛んで来るのです。

「びゃ、びゃ、びゃ〜くしょん!」

一番花粉症の症状が重いテンくんは、一日に850回ぐらいくしゃみが出ます。

「びゃ、びゃ、びゃ〜くしょん! ひ〜…」 毎年のことなので、ゴーグルとマスクをつけているのですが、それでも 花粉は容赦なくゴーグルやマスクのすき間から目や鼻や喉の粘膜目指して 入り込んできます。

「びゃ、びゃ、びゃ〜くしょん! ちくしょゥ〜。」

テンくんは少しでもスギから離れるために森のはずれまで避難しました。

森のはずれの向こう側には人間の作った畑が広がっています。

これ以上先に行くと人間に見つかって毛皮にされてしまいます。

仕方なく森の外れの土手に腰掛けてじっとしているしかありません。

「あ〜あ、退屈だ、な、あ、びゃ〜くしょん!」 もひとつ「びゃ〜くしょう!」

すると遠くで農作業をしていた人間がこちらに向かって歩いてきます。

その顔はずっとテンくんのほうを見ていることが遠くからでも分かりました。

「や、やばい。早く逃げなければ!いや、まてよ、変に動くと かえって怪しまれる。銃は持ってないようだし、いざというときは目の前から でもさっと逃げれば人間は絶対に追いつけないはずだ。」

近づいて来る人間は心なしか穏やかな顔をしています。

そしてテンくんの腰掛けている土手の下で立ち止まり、テンくんに 向かって言いました。

「よんだ?」 「いや、よんでない。」

そうテンくんが答えると、人間は普通に戻って行きました。

人間は何かぶつぶつと呟いてます。

「確か百姓って呼ばれた気がしたんだが…」

「なんだよ?」と呟いた途端にまたくしゃみが出そうになったテンくん。

今度は音が漏れないように両手でしかっりマスクの上から口を押さえます。

「ふあ、ふぁ、うわーっふぉん!」とこもった音。

人間には聞こえなかったようです。でも沢山涙が出て、ゴーグルの下に ちゃぷちゃぷと溜まりました。

そしてもう一匹、今年から花粉症でつらい目にあっているのがカメくんです。

長年甲羅の中に隠れていた体の皮膚が外気にさらされスギ花粉で 花粉症皮膚炎になってしまったのです。

「あ〜もう!かゆくてたまらん。

やっぱり甲羅を付けておいた ほうがマシだ。あーかゆいかゆい…」 と言って終止からだのあちこちをポリポリと掻いています。

「あれ?ブロックサインの練習かい。それともクイックヨガとか?」 と通りかかったウサギくんが聞きました。

「ち、ちがう。からだが痒くてたまんないんだ。」 とカメくん。

「そっか。やっぱり甲羅があったほうがいいんじゃない?」

「そうなんだ。きっと甲羅があれば痒くならなかったんだ。」

「そうだよな。甲羅自体は痒くならないしね。」

「そうなんだ。甲羅が痒くなったことはない。」

「でも今、甲羅をつけたら余計にタイヘンだよ。」

「ん?何でだい?」

「甲羅が邪魔で掻けないじゃないか。」

「そうか、甲羅が邪魔だよな。」

「そうだ邪魔だ。」

「そうか。じゃぁ甲羅は無いほうがいい。」

そしてまたからだのあちこちをコマメに掻きながら カメくんがウサギくんに聞きました。

「じゃ、どうすりゃいいのかな?」

ウサギくんはしばらく考えた後に言いました。

「病院にいけばいい。」

「しばらく考えたわりにベタな答だけど、それはナイスアイディアだ!」 とカメくん。

ヤギ先生

森の中央病院は森の中央にあり、院長先生はヤギの後藤先生です。

カメくんが診察室に入るとヤギ先生が言いました。

「では、薬を出そう。」

「え、まだ何も診察していないじゃないですか?」 とカメくん。

「あ、いやすまんすまん。薬が一番儲かるんじゃよ。だからどうしても 出したがるんじゃな。」

「おいおい、大丈夫かよ。」

「何を失礼な。大丈夫だから潰れてないんじゃよ。」

「でも病室はがらがらで誰も入院していないように見えるけど。」

「心配はいらん。病室はがらがらでも霊安室はいつでも満員じゃ。」

「あ。そうなんだ。それなら安心だ。」

「で、いったいぜんたいどうしたのかめ?」とヤギ先生。

「体じゅうが痒くてたまらない。」

「ではCTスキャナを撮ろう。」

「え?CTスキャナも儲かるんですか?」

「そうじゃよ。」

「それじゃ仕方が無い。」 そう言ってカメくんはCTスキャナの寝台の上に横たわります。

横たわったあとも、痒くてもぞもぞと動いています。

「こら!撮影中は動いちゃいかん。背後霊が写るんじゃ。」

とヤギ先生が言うと、カメくんの動きはピタッと止まりました。

CTスキャナでの撮影が終了し、パソコンに転送されてきた 画像を見たヤギ先生が「た、たいへんじゃ!」と叫びました。

青ざめたカメくん「ど、どうしたんですか?」

「甲羅が無い!」とヤギ先生。

カメくんは甲羅が無くなってしまった経緯をヤギ先生に話しました。

「っと、そういうわけなんですよ。」

「……。」

「先生、何か答えてください!」

「……。」

「先生!」

「…あ。すまん。寝てた。まあ、何はともあれどうしよう?」 とヤギ先生。

「それを相談しに来たんじゃないですか?」

「うむ。じゃ薬を出そう。」

「薬は儲かるんですよね。」

「そうじゃよ。」

「じゃ仕方がない。薬を出してください。」

カメくんが病院の薬局で処方箋を待っていると、 「びゃ〜くしょう!」っとくしゃみをしながらテンくんが 待合室に入ってきました。

「あれ、テンくん。いったいぜんたいどうしたんだい?」 とカメくん。

「どうやら、か、か、くわーくしょん!ふんしょうで…」

「そうか。ボクも花粉症で体が痒くてたまらないんだ。」

「ボクは、くしゃ、くしゃ、くしゃーくしょん、みが止まらない…」

「ああ、言わなくても分かるよ。」

テンくんが診察室に入ります。するとヤギ先生、 「では、注射をしよう。」

「え、ちゅ、ちゅ、ちゅう〜クション!しゃですか?」

「そうじゃよ。注射もそこそこ利益率が高いんじゃ。」

そう言ってヤギ先生は注射器をと取り出します。

「注射はできるだけ薬がたくさん入るやつが高いんじゃよ。」

そう言ってヤギ先生は一番大きい注射器で薬をたっぷり 吸い上げると、テンくんの腕に針の先端を近づけます。

その時、「びゃ〜くしょん!」と大きなくしゃみが出て、 その勢いで腕が大きく動いたために、 注射針がテンくんの腕を貫通しました。

腕の裏側から出てしまった針の先から薬がピューっと一気に 全部出てしまいました。

「う〜む。注射をする前にくしゃみが止まる注射を先に 打たないとダメだな。」とヤギ先生。

「え、今のは、くしゃ、くしゃ、くしゃーくしょん、みが 止まる注射じゃなかったんですか?」

「ああ、今のは一番高い注射じゃよ。」

「あの、ちゅ、ちゅ、ちゅう〜クション!しゃの前に 診察はしないんですか?」

「それはごもっともな意見じゃな。ではレントゲンを撮ろう。」

「CTスキャ、キャ、キャ〜クション!ナじゃないんですか?」

「中でくしゃみをされると汚れるから。買ったばかりなんじゃよ。」

そう言ってテンくんをレントゲン機の前に立たせます。

「はい。息を吸ってぇ。止めて。」

レントゲンのシャッターボタンを押そうとしていたヤギ先生、 テンくんのほうを見上げて言いました。

「あれ?息を止めているとくしゃみが出ないな?

ずっと止めていればいいんじゃないか?」

「そんなことを、したら、し、し、しゃ〜くしょん!にますよ!」

「ああ、そうじゃな。霊安室が満員だからダメじゃ。」

レントゲン写真を見ながらヤギ先生が言いました。

「キミは、手足が短いな。」

「イタチ科はみんな、こ、こ、こわ〜くション!うなんです。」

「そうか。くしゃみの原因が手足でないことが分かった。カルテに書いておこう。」

「それから寝る前には歯を磨いたほうがよいじゃろう。」

「そ、それと、くしゃ、くしゃ、くしゃーくしょん、みがどういう関係が?」

「寝てからでは磨けないじゃろう。カルテに書いておこう。」

「あとは無理な運動はしないこと。それと運動不足には注意することじゃ。」 そう言い終わってヤギ先生はテンくんのほうに改めて向きなおります。

そして「薬を出そう。」と言いました。

テンくんが病院の薬局に行くと、両手いっぱいに 処方箋の袋を持ったカメくんが待ち合い室を出ようとしているところでした。

「やあ、テンくん。キミもきっとくたくさん薬がもらえるよ。」

「あ。そうだといいな。ボクもたくさん、薬が、ほ、ほ、ほわ〜くしょん!しいな。」 と、そのくしゃみの風圧でカメくんが持っていた処方箋が吹き飛んで 床に散らばりました。

「あ〜あぁ。どれがどれだか分からなくなっちゃったじゃないか!」 と袋を拾い集めながらカメくんはテンくんを見上げて言いました。

「まあ、美味しそうなのからじゅ、じゅ、じゅや〜くしょん!んばんに飲めば いいじゃないか。」

「おお。それはナイスアイディアだね。」

そこにやってきたのはスリーピーです。スリーピーは言いました。

「あれれ。カメくんにテンくん。いったいぜんたいどうしたんだい?」

テンくんが答えようとしたところ、テンくんの口をマスクの上から手で塞いで カメくんが答えます。

「ボクたち花粉症で来たんだ。でもたくさん薬をもらったから治るんだ。」

「そっか、それは良かったね。」スリーピーが答えます。

カメくんはテンくんの口から手を離そうとしましたが離れません。

マスクの表面ににじみ出た鼻水の粘着力で離れないのです。

カメくんは思いっきり力を入れて勢い良く離そうとしたら、 テンくんの顔からマスクが外れてマスクが手にくっついてきました。

マスクを手のひらからはがします。ぺりぺりぺりという音がして、カメくんの 手のひらには乾燥しかけた鼻水の粘液がたっぷりと付着しています。

カメくんは絶望的な顔になりました。そして冷気に鼻をさらされた テンくんが「ばーーくしゅん!」と大きなくしゃみをします。

そのくしゃみの風圧でやっと拾い終わったカメくんの処方箋が吹き飛んで 床に散らばりました。錠剤も袋から出て床に散らばりました。

「あ〜あ、もうせっかく拾ったのにィー。」と言って カメくんはまた薬を拾いはじめます。

テンくんも手伝おうとしましたが、カメくんが制します。

「頼むからくしゃみの風圧が届かない場所に行ってくれないか?」 テンくんは仕方なく、こちらに背中を向けて待合室の隅のほうへ 歩いて行きます。

その途中でも「ふぇ、ふぇ、ふぇーくしょん!」と くしゃみが出て、1mぐらいこちらに戻ります。3mぐらい進むと 1回くしゃみが出るので移動し終わるまでに時間がかかりました。

カメくんはまた薬を拾いはじめます。

スリーピーも手伝います。

くすりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。

もぐもぐもぐ。 あ、いけない。またわざと食べちゃった。

「さてこれで全部かな。」とカメくんが言いました。

「リスくんが手伝ってくれたんで助かったよ。」と言ってカメくんが 拾った薬を受け取ろうとスリーピーのほうの振り返ると、スリーピー の手には薬はありません。

「おいおいリスくん、拾った薬は…てかその頬袋の膨らみはもしかして!」

「あ、大丈夫だよ。ボクは拾ったものは一旦ここに溜めるんだ。」と言って スリーピーは頬袋を指差しました。

「なんだそうか。びっくりさせるなよな。びっくりしたじゃないか。」

と言ってカメくんは胸をなで下ろしたついでに胸を掻きます。ポリポリ。

胸を掻いたら腹も痒くなりました。背中も痒くなりました。そして 全身を掻きます。ポリポリポリポリ。

そしてふとスリーピーのほうを見ると頬袋に薬を入れたまま同じ場所に立っています。

心なしか頬袋の膨らみが小さくなっています。

「あ、リスくん。早く薬を返してくれないか?てか、少し食べたんじゃないか?」 とカメくんが聞きます。

「そんなことはないよ。食べたのは少しだけだ。」

「それならいいんだが。」

「拾っているときもわざと食べたんだ。」

「そっか。わざとなら仕方ないな。」

と言ってるあいだにも頬袋は少しずつ小さくなっていきます。

「ところでリスくんは何でここに来たんだい?」 とカメくんが聞きました。

「ボクは不眠症になってしまったんだ。冬眠でちゃんと 眠れなかったあとに、睡眠時間が不規則になって、今では 全然眠れないんだ。」と答えるスリーピー。

「そうか。リスくんもタイヘンだな。早く診てもらったほうがいいよ。」

「そうだね。じゃ行ってくる。」

「うん。気をつけてね。」

そう言ってスリーピーは診察室のほうへ歩いていきました。

スリーピーが診察室に入るとヤギ先生が言いました。 「早速がだ薬を出そう。」

するとスリーピー。 「ボクも出そうか?」

そして頬袋の中に残っていた薬を手のひらに出してヤギ先生に見せます。

「ほ〜ら!」 ヤギ先生はその薬をじっと見つめた後、顔を上げてスリーピーを見て言いました。

「キミは相当に薬が好きなんじゃな?」

「口に入るものは何でも好きさ。」

「そーか。じゃあ胃カメラを飲ませてあげよう。」

「わーい!」

「1億万画素じゃぞ。」

「わーい!」

「4.5インチの液晶じゃ。」

「わーい!」

「リチウムイオンバッテリーで連続20時間の動画撮影が可能じゃ。」

「わーい! それで味は?」

「無い、と思う。」

「えーーっ…」

スリーピーが診察室から出て来ると、カメくんとテンくんが 待っていました。カメくんが尋ねます。

「薬はもらえたかい?」 スリーピーは下を向いたまま、寂しそうにかぶりを振ります。

「ところでその四角く膨らんだ頬袋はどうしたんだい?」 とカメくんが聞きます。

「新型のお、お、オークション!たふく風邪かい?」 とテンくんが聞きます。

スリーピーはまたかぶりを振ります。そして言いました。

「胃カメラはマズかったし薬ももらえなかった…」

「それは残念だったね。でも不眠症は薬が無くても治るんじゃないのかな?」 とカメくんが言います。

「そうだそうだ、きっ、きっ、きわ〜くしょん!っと、寝れば治るよ。」 とテンくん。

「そっかなぁ。。」とスリーピー。

「そうだとも。ほとんどの病気は寝れば治るはずだよ。」 とカメくん。

スリーピーは少し元気な気分になってきました。

そしてやっぱり友だちは有り難いなぁ、とも思いました。

そして頬袋から胃カメラを出して、みんなで記念写真を 撮って帰りました。

クマくんのパチンコ台

ヤギ先生の診察室にクマくんがやってきました。

クマくんは入るなり「先生、剛毛を治してください。」

と言いました。するとヤギ先生、 「ではボラギノールを出そう。」

「え。それは剛毛じゃなくて肛門の薬じゃないですか。」

「まあ、似たようなものじゃ。」

「どこが似てるんですか?」

ヤギ先生は引出しからノートを出してボールペンで 肛門の絵を描きました。そして、 「どうじゃ、剛毛に見えるじゃろう。」 と言ってクマくんに渡しました。

クマくんはノートを受け取ると、その絵をじっと見つめて 首をかしげます。

天井にかざして下から見たりもしています。

その様子をじっと見ていたヤギ先生が言いました。

「キミの病気は…」 「え?」

「キミの病気はじゃな…」

「何ですか、先生?」

「扁平足じゃな。」

それを聞いたクマくんは慌てて自分の足の裏を見ます。

「あ。ホントだ。土踏まずが無い!」とクマくん。

「扁平足は薬を飲まないと治らないんじゃよ。」

ヤギ先生が言うと、 「その薬は苦いんですか?」とクマくん。

「ちょっと苦いな。熊胆じゃからな。」

「え。それじゃあ共食いじゃないですか。」

「大丈夫じゃよ。ワシもたまに鹿せんべいを食べる。」

「あ。それなら安心だ。」

熊胆をしこたまもらったクマくんは、処方箋に書いてある通りに毎日 食前食後に欠かさず熊胆を飲み続けましたが、一向に扁平足は 治る気配がありません。

それに胃腸の調子がすこぶる良くなって しまったため、以前に増してお腹がすくようになりました。

食べても食べてもお腹がすくので、体重がものすごく増えて しまいました。

体重だけではなく表面積も増えました。大きさも5倍ぐらいに なりました。

でも剛毛の数は同じなので、全体的に毛の生え方 がまばらに見えるようになりました。

ハリセンボンのような 毛の密度です。

なので以前より増して剛毛が太くなったように見えます。

iPodのイヤホンが両方に耳に届かなくなりました。

ヘルメットももはやかぶれません。

外に出ると運動してお腹が減ってしまうので、 しばらく巣穴の洞窟から出ていません。

というか出口から出られるかどうか恐いので 出ないことにしていました。

そこへスリーピーがやってきました。

「おーい、クマくん!…あれ?いないのかな。」 そう言ってクマくんの住んでいる洞穴の中に入っていきます。

「おーい。」 するとはるか上のほうから返事が聞こえました。

「なんだい、リスくん?」 スリーピーは返事のした天井のほうを見上げて 「ぎゃっ!」と叫びました。

そこには、天井近くに達するほどのとげとげの生えた 黒い巨大なかたまりがあって 天井とのわずかなスキ間にクマ君の顔が挟まっていたのです。

「クマくん。いったいぜんたいどうやってそんなところに上ったんだい?」

「いやあリスくん、いいところに来た。お腹がぺこぺこなんだ。何か 食べさせてくないか?」

それを聞いたスリーピー。何か入ってないかと両方の頬袋を裏返して みると、どんぐりが1つコロコロと転がり出てきました。

「おーいクマくん!どんぐりがあるけど食べるかい?」

「うん、食べる食べる!」

「じゃ、投げるからね。」

そう言ってスリーピーはどんぐりをクマくんの顔めがけて 思いっきり投げました。

ところがあと数センチ届かず どんぐりはクマくんの胸の上ぐらいのところに落ちて 剛毛のとげとげの間をパチンコのように、剛毛の釘に当たりながら コロコロと落ちてきました。

これを見たスリーピーがクマくんに言います。

「ボク1人じゃ無理だ。今応援を呼ぶからね。」

と言ってケータイを取り出しテンくんに電話します。

「えーと、090の10(テン)9(く)0(ん)と。」

森の動物たちのケータイ番号は7桁なのです。

しばらくするとテンくんがどんぐりをいっぱい持って やってきました。

ウサギくんもやってきました。

カメくんもやってきました。

「あれれ?テンくん、くしゃみは出なくなったのかい?」 とスリーピーが聞くと、 「ああ。出なくなった。」とテンくん。

「薬が効いたのかい?」 「そうじないんだ。マスクとゴーグルをしなくなったら 自然と出なくなった。」

するとカメくんが説明します。 「マスクとゴーグルに去年の花粉がたっくさん付いていたんだってさ。」

「そっかぁ。ところでカメくんも痒いの治ったの?」 とスリーピーが聞きます。

「もう掻き尽くしたのさ。表面が角質化してきて痒くなくなった。」 とカメくんが答えます。

「そういえばつるつるぴかぴかではなくなったね。」

「そうなんだ。もうキモくなくなったろ。」

「そうだね。身軽さそのままでキモくなければベストだね。」

するとウサギくんが、 「なんだかコモドドラゴンの息子みたいだね。」

と言ってみんなが笑いました。

笑わなかったのはクマくんです。

「おーい。早く何か食べさせてくれよぉ。」と言いました。

「あ。そうだそうだ忘れてた。」とスリーピー。

「いいかい、みんな見ててごらん。」そう言って スリーピーはどんぐりを投げます。どんぐりはクマくんの胸の上の ところに落ちてパチンコ台のように剛毛の釘に当たりながら コロコロと落ちてきます。

「どうだい!面白いだろう。」とスリーピー。

「面白い!」とテンくん、ウサギくん、カメくん。

こうして3匹はクマくんのパチンコ台で遊び始めました。

「そうだ。落ちたところ別に点数を決めよう!」 とウサギくん。

「おお、それはナイスアイディアだね。」とカメくん。

「えーと、じゃココが100点、このへんが50点、 ここはよく落ちるから10点かな。」と言って テンくんが地面に木の枝で数字を書きます。

「よし、じゃあ10回投げて誰が一番高い点数になるかやろうよ。」 とスリーピー。

「じゃ、スコアボードも作らないと。」 と言ってテンくんが地面の別のところにスコアボードを描きます。

しばらく遊んでからカメくんが言いました。

「よし、じゃあボクはクヌギの実でやってみるよ。」

みんな唾を飲んで見ている中でカメくんがクヌギの実を投げると ちょっと飛び過ぎてクマくんのおでこにポチっと当たってから 腹の途中あたりに落ちて剛毛の間を勢いよく転がります。

どんぐりより重いので倍速で転がります。

そして地面に落ちる最後の剛毛のところで、 どんぐりより一回り大きいクヌギの実は、 剛毛と剛毛の間に挟まって止まりました。

3匹は大爆笑です。

笑いながらウサギくんが言います。 「い、い、今のは何点だい?」

「びっくりぎょう点だな。」とカメくん。

みんな惰性で仕方なく笑いました。

こうして3匹は暗くなるまでクマくんのパチンコ台で遊びました。

アカゲラたちの診察

ヤギ先生の診察室にアカゲラくんがやってきました。

1匹ではありません。大きいのが4匹と小さいのが3匹です。

大きいほうの1匹が言いました。 「先生、二重人格ってありますよね。」

ヤギ先生は答えます。 「ああ、あるとも。人に限らず動物にもあるんじゃよ。それで 二重人格に効く薬はじゃな…」

答え終わらないうちにアカゲラくんが早口で言います。

「二重人格は1人で2つの人格があるわけですよね。ボクたちはもっともっと 複雑で7羽で7種類の人格があるんで困ってるんですよ。」

「う〜んそれはかなり複雑じゃな。7重人格に効く薬はまだ開発 されて…」

答え終わらないうちにアカゲラくんが早口で言います。

「お互いどれが誰だか分からなくなるんですよ。そしてたまに自分が どれだかも分からなくなる。」

「なんだ、そんなことか。」と答えるヤギ先生。

あまりに軽い答えにムッとした7匹は同時にヤギ先生のほうに 鋭い視線を向けます。

しかし「これで治してやろう!」と言って引出しから太い注射器を 取り出したのを見た7匹の鋭い視線は絶望的な視線に変わりました。

小さい3匹は診察室から逃げようとしたところでヤギ先生が言います。

「待て待て、注射ではない。極太のマジックインキじゃ。」

それを聞いた7匹の絶望的視線は安堵の視線に変わりました。

「さあ、みんなワシの前に大きい順に縦に並ぶんじゃ!」

とヤギ先生が言い終わらぬうちに7匹は大きい順にぴったりと 等間隔で並んでいます。

ヤギ先生は先頭の1匹に言います。 「はい。羽根を左右に大きく広げて胸を突き出すんじゃ。 背筋はぴっと伸ばしてな。」

そして腹に大きく「1」とマジックで書きました。

「はい。それでは次!」そう言って「2」と書きます。

そして順番に7匹に「7」までの数字を書きました。

「どうじゃ、これでどれが誰だか分かるじゃろ。」

すると7匹はお互いの数字を指差しながら、 「おおー。」「おおー。」と言っています。

「ただし自分が何番かは忘れないように。」とヤギ先生が 言うと。7匹は一斉に頷きました。そしてまたお互いの番号と 自分の番号を見比べながら「おおー。」「おおー。」と言ってます。

しかししばらくすると6番の小さいのが泣き出しました。

床に仰向けにの転がって全身をくねくねさせながら何か叫んでいます。

1番が泣いている6番の顔に耳を近づけ何度か頷いたあと、ヤギ先生の ところに来て鋭い目つきで言いました。

「何で6と8を飛ばしてボクが9番なんだ!と言っている。」

「自分から見ると9に読めるだけじゃ。間違いなく6番じゃよ。」

と答え終わらぬうちに1番は泣いている6番のところに行って そのことを伝えた途端に6番は泣き止みました。

そして7匹は同時にヤギ先生に軽く頭を下げた次の瞬間、 視察室の窓の前に縦一列に並ぶと、1番から順にピューン、ピューンと 森の大空に飛び立っていきました。

7匹全部が飛び立ち終わるまで5秒ぐらいの出来事でした。

とれた甲羅

「やれやれ。」そう言ってヤギ先生はタバコに火をつけます。

さて一服と思ったところにヤマカガシくんが入ってきました。

3匹のヒナはとっくに巣立っていきましたが甲羅ははまったままです。

「ペンペイ、パペポポプパパ、プピピ…」とオカリナで喋りはじめると、 ヤギ先生は「ん?そんなものをくわえながらじゃ何を言ってるのか分からんじゃろ。」 と言って立ち上がり、タバコをくわえたまま、 スリッパでヤマカガシくんの首根っ子を踏みつけて押さえ、 両手で甲羅を持って「おりゃ!」と引っぱり上げると、「すぽっ。」と 甲羅は外れました。

「さあ、これで喋れるじゃろう。どんな薬が欲しいのかな?」

そう言って机の上に甲羅を裏返しに置くと、甲羅の裏の真ん中で タバコを揉み消し、吸い殻を甲羅の穴の中にぽいっと放り込みました。

「あ。いや、もう大丈夫です。甲羅が外れなかったんです。」 と答えるヤマカガシくん。

「なんじゃそういうことか。普通ヘビは自分で顎の骨を自由に外したり はめたりできるもんじゃがのう。」とヤギ先生は言いました。

「え、そうだったんですか?」とヤマカガシくん。

「とりあえず、長い間顎が顎が外れたままじゃったようなので、全身の筋肉が 緩んどるじゃろう。筋弛緩剤を注射しておこう。」

注射器を右手に持ったまま、ヤギ先生はヤマカガシくんを上からぐるっと 眺めました。どこに注射をしていいのやら迷ったようです。

しかし迷ったところで注射する場所は限られています。

真ん中付近の背中に注射針をプスっと差し込み、一気に薬を注入しました。

筋弛緩剤でヤマカガシくんは体に力が入らなくなり、 まっすぐのままになってしまいました。

「先生、歩けません。」とヤマカガシくんが言うと。

ヤギ先生は「そうか。それじゃ…」と言って、棒状になったヤマカガシくんを 持ち上げて出口のほうに頭を向け、「そーら行くのじゃぁー!」と言って 勢いよく床を滑るように押し出しました。

つーーーっとヤマカガシくんは床を滑って、途中でちょっと斜めになったものの、 無事に視察室のドアから外に滑り出ていきました。

ウサギくんの診察?

ドアから滑り出てきたヤマカガシくんをピョンと飛び越えて 入れ替わって診察室に入ってきたのはウサギくんです。

「やあ、先生久しぶり!」とウサギくん。

「いや、キミは始めてだから初診じゃよ」とヤギ先生。

「え?患者を全部覚えているんですか?」

「少ないからな。だから薬を沢山売らんと儲からんのじゃよ。」

「あー、そんなことだろうと思って先生に儲かる話を もってきたんですよ。」

「怪しいな。ウ詐欺じゃないのか?」

「そんなぁ。先生だってヤギでヤブの詐欺じゃないですか。」

「その通りじゃ。」

「だから儲かる話は大好きなはずでしょ?」

「三度の飯より好きじゃ。」

「ということは朝飯もきちんと食べてくるんですね?」

「そうじゃ。朝飯は自分で作るんじゃ。」

「めんどくさくないですか?」

「朝飯前じゃ。」

「でもその歳で1日3食は多すぎるじゃないかな。」

「そうじゃのう。糖分と塩分と脂肪分とアルコール分を摂り過ぎる傾向には あって、どうも最近高血圧で糖尿で通風でアルコール依存症なのじゃよ。」

「そりゃ、一度医者に診てもらったほうがいい。」

「医者は嫌いじゃ。注射も痛い。」

「仕方が無い。では薬だけで何とかしよう。」

「うむ。そうしてもらえると気がラクじゃ。」

「では、それ用の薬を出してください。」

「そうか。」と言ってヤギ先生は処方箋を何枚も書いてウサギくんに渡しました。

ウサギくんが診察室から出ていったあとに呟くヤギ先生。

「誰がどこでどう得をするのかわからんが、とにかく薬が 沢山売れて何よりじゃ。しかしみんな大した病気じゃないのう。

もっと重病で薬を沢山沢山使う患者が来ないもんかのう。」

「やれやれ。」そう言ってヤギ先生は採血用のビーカーに保冷剤を入れ、 焼酎を注ぎます。洗面台で水を足します。ガラス棒で撹拌してから口にはこび、 「あれ?ちょっと薄かったな。」と言って、消毒用アルコールを足します。

イノシシくんの病気

こうして一杯やってくつろいでいると、診察室がカタカタと小刻みに 揺れ始めました。

「ん。そういえばまだ来ていないキャラがあと1匹いたな。」 と言い終わらないうちにドドドドドド…という音が廊下から診察室に近づいてきて、 さっきウサギくんが出ていったあとに閉めておいたドアを突き破って イノシシくんが入ってきました。

ドアにはマヨネーズの口の部分と 同じ形をした大きな穴が空いています。

イノシシくんはヤギ先生の前でキキキキキ…とブレーキをかけて止まりました。

「せ、先生!」息を切らしながらイノシシくんが言います。

「どうしたんじゃね?パーフェクトに健康に見えるんじゃが。」とヤギ先生。

「ボクは、ボクは生まれてから一度も病気をしたことがありません。」

「それは病院が儲からないから困ったもんじゃ。」

「病気をしたことがないと、みんなから『馬鹿じゃないの?』って 言われるんです。」

「うむ。キミは馬でもなければ鹿でもないから馬鹿ではないじゃろう。」

「ほ、本当ですか?」

「本当の馬鹿は馬と鹿の違いが分からないんじゃよ。」

「そうなんですか?」

「そうじゃとも。では一応念のため診察をしてみよう。」

そう言ってヤギ先生はキリンの絵を見せます。

さてこの動物は何じゃ?「豹!」と答えるイノシシくん。

「ではこれは?」と言って今度はパンダの絵を見せます。

「マレーバク!」と答えるイノシシくん。

次はホルスタインの絵。「ダルメシアン!」とイノシシくん。

「キミは模様だけで判断しているようじゃな。」とヤギ先生。

「ピザは模様をよく見ないと間違えるんです。」とイノシシくん。

「そうか。それでは薬を出そう。」

「え。ボクは馬鹿なんですか?」

「馬鹿には効く薬は無いんじゃ。だからキミは馬鹿ではない。」

「あー。良かった。ボクは馬鹿じゃないんだ。」

そしてイノシシくんは沢山の薬をもらって帰って行きました。

ドドドドドド…。

カメくんふたたび…

シマリスのスリーピーは今日も森でどんぐり集め。

どんぐりを拾っては口に入れ、また拾っては口にいれる。 もぐもぐもぐ。

あ、いけない。またわざとうっかり食べちゃった。

「なんだか年中どんぐり拾ってるけど、思い通りに集められたことが ないのは気のだろうか?ま、いいや。」と呟いていると、 そこへやってきたのはカメくんです。

「おーい、リスくん。ボクの分のどんぐりは集めてくれたかい?」

「え?そんなこと頼まれてないよ?」

「おいおい、キミは頼まれないと仕事をやらないタイプかい。」

「普通は頼まれなとやらないんじゃないかい?」

「相変わらず志が低いなあ。常に回りを見ながら誰が何を必要と していて、その時その時で自分が何をやったらいいかを判断して 自主的に仕事を見つけて率先して行動しないとダメだな。」

そう言い終わったカメくんを見ながらスリーピーは気がつきました。

「あれ。カメくんが甲羅がついてるじゃないか!どうりでキャラが 元に戻ったわけだ。

いったいぜんたいどうしたんだい?」そう尋ねると、 「そんなことはどうだっていいだろう。それよりボクの どんぐりを早く集めてくれよ。」

「どうでも良くないよ。だってもうムーンウォークできなんだろ。」

「できなくても問題はないだろう。」

「じゃ、またひっくり返ると自分では起きられないんだ!」

「キミだって熟睡すると自分では起きられないんじゃないかい?」

「あはは、良く知ってるね。」

業を煮やしたカメくんは2本足で立ち上がり、 「それよりボクのどんぐりはどうした!」

「あ、あはは、カメくんの甲羅の真ん中が焦げてる! おっかし〜、の。ははは。」

「そんなことはどうでもいいって言ってるだろ!」

「ん?それにカメくんニコチン臭いよ。いつからタバコ 吸い始めたの?」

「吸い始めてない!」

「じゃ、吸い終わったの?」

「ち・が・う!」

その時ポンっとカメくんの背中を軽く叩いたのは いつのまにかそこに立っていたウサギくん。

「やあ、カメくん。いい甲羅だね! 鼈甲製かい?」 ふいに叩かれた2本足で立っていたカメくんは、前に2〜3歩 よろよろ。転ばないように重心を後ろに移したところ、 甲羅のヘソの焦げた部分をスリーピーが人差し指で「えい!」と 軽くつつくと、いとも簡単に後方に「どてッ」と転げたカメくん。

「あれれ、こんなところでお昼ねかい?」とウサギくん。

「何をするんだ!ボクが1人で起きられないのを知ってるだろ。」 とカメくんが首をにゅ〜と持ち上げながら言うと、 「起きてるとウザいから寝かせてあげたのさ。」とスリーピー。

するとウサギくんが甲羅の真ん中の焦げた部分を左手の人差し指で 上からぎゅ〜っと押さえました。

カメくんはイヤな予感がしたので 首と手足を甲羅の中に引っ込めます。

ウサギくんは右手でカメくんを 回します。思ったより勢いよくカメくんは回ります。

「わ〜い、ガメラガメラ!」と喜ぶスリーピー。

「ねえねえ、ボクにもやらせて!」と言うと、スリーピーは 全身で回転しているカメくんを一旦止めます。

そしてまた全身で思いっきり勢いをつけて「せ〜の!」で 回転させませた。

そこへやってきたクマくん。

「お。楽しそうだね。ボクにもベイブレードやらせてくれないかい?」

「あれれ、クマくんパチンコ屋は閉店かい?」とウサギくん。

「熊胆 尽きたら元に戻った。」とクマくん。

「何だ、もうパチンコ台で遊べないのか。。」とウサギくん。

「大丈夫だよ。このベイブレードで遊べば。クマくんもやってみるかい?」 とスリーピーが言うと「よーし、ボクに貸してごらん。」とクマくん。

「まずスタジアムを作らないとな。」そう言って地面をすり鉢型に 掘りました。

大きな手、2〜3かきで立派なスタジアムが完成です。

「よーし行くぞ!」と言ってクマくんは両手の平でカメくんを挟むと 空中で手のひらを前後に勢いよくズラしました。

「ブーン」と唸りを上げて空中でカメくんは回転します。

クマくんの全力パワーでカメくんは回転しながら空高く 上っていきました。

そして、 地上5mぐらいの高さでピタっときれいにホバーリングしています。

ところが回転が強過ぎて、遠心力で首と手足が甲羅の外に だんだんと出てきています。

首も手足もどんどん外に伸びていきます。

最初の長さより長くなりました。

それでもまだ空中で回転しています。

首と手足の長さが倍ぐらいになりました。

首と手足が伸びてバランスが悪くなり回転が不規則な 感じになって下降し始めました。

ゆっくりと落ちてきて、回転もゆっくりと遅くなっていきます。

千鳥足な軌跡を描きながら落ちてきて、地上1mぐらいのところでは、 回転もだいぶ遅くなって、手足と首が確認できるぐらいになりました。

丁度回転が止まると同時にスタジアムの中心に「へたっ」と着地しました。

首と手足は5倍ぐらいに伸びてしまいました。甲羅はちょうど真ん中に、 5倍に伸びた首と手足はスタジアムの外周にそれぞれだらしなくもたれ かかっています。

「あ〜あ。これじゃもう回せないじゃないか。」とスリーピーが 寂しそうに言います。

カメくんは、起き上がろうとして首と手足を動かしますが、それぞれが ぐにゃぐにゃと変形するだけで、とても起き上がれる状況ではありません。

水揚げされたばかりのクモヒトデのようです。

「ねえ、この甲羅についてるヒモみたいなのをちょん切っちゃえば また回せるんじゃないかな?」とスリーピーが言います。

カメくんは慌てて首と手足を引っ込めようとしましたが長過ぎて ねじれたり、よじれたりして簡単には甲羅の中には収まりません。

首は固結び状態になってしまいました。

「うぐ…苦しい。」カメくんの呻き声。

それを聞いたスリーピー。「あれれ、カメくん。こんなところで いったいぜんたいどうしたんだい?」

カメくんは「おまいらがやったんだろうが!」と思いましたが、 怒ってる余裕はありません。

5倍に伸びた右手で5倍に伸びた首の結び目を指差しました。

「あ。そこをほどいて欲しいんだね。」そう言ってクマくんが 器用に首をほどきます。

ほどき終わって「よーし、これでOKだ。」 と言ってほどけた首を軽くつまんで引っ張ると、 「しょろるん」と体全体が甲羅から抜けてしまいました。

伸びて全身が痩せていたので簡単に抜けたのでした。

甲羅から抜け出たカメくん。身長は5倍になって ものすごくスリムでかっこ良くなっています。

「やあ、みんな。苦労かけたね。」そう言ってカメくんは 左右の足を絡ませながらムーンウォークしたあとに、 華麗なスピンを披露しました。

「やっぱりこっちのはうがいいな。快適爽快ワンダフルだ!」 と言っってみんなの前で両手を広げてポーズをとりましたが、 みんながいません。

スリーピーとウサギくんとクマくんは、空になった甲羅で 楽しそうにベイブレードで遊んでいました。

ワニくん

カメくんの家は森の池。

池の周りはうっそうとした茂みに囲まれ、昼間でも あまり陽が当らず、薄暗くてじめじめとした場所です。

こんなところに住んでいたのでは性格も暗くなって当然です。

陽が当らないので池の水に温度差ができずに循環も悪く 魚もあまり住んでいません。

ドジョウとタニシ、それと たまにナマズを見かけるくらいです。

しかし最近この池に引っ越してきた住人がいます。

ワニのダイールです。

ある日カメくんが池に戻ってくると、池の奥の水面に2つの 目玉が浮かんでいるのを発見しました。

ずいぶんと大きなカエルだなあ、 と思ってカメくんが声をかけました。

「ちょっと、そこのカエルくん?」 その声で水面の目玉はカメくんのほうにギロっと動いてカメくんと目が合った 途端に、ザバー!っとこちらに腹を向けて2本足で立ち上がり、そのまま 後ずさりして池の周囲の茂みに寄りかかり、でっかい口を開けたままブルブルと 震えています。

カメくんのほうはと言えば、巨大なワニが水面から仁王立ちになったのを 見て池の渕で腰を抜かしたまま、ワニくんのほうを指差して口を ぱくぱくさせています。

先に落着いてきたのはカメくんのほうです。

ぱくぱくした口からやっと 言葉が出てきました。「な、何でワニがここにいるんだ!」

それを聞いたワニくん。「た、頼む、こ、殺さないでくれ。ぼ、ボクは地球人だ。」

それを聞いたカメくん。「ボクも地球人だ、殺さないから、殺さないでくれ!」

続いてワニくん。「ウ、ウソだ!おまえはETだ!」

それを聞いたカメくん。改めて自分の体を眺めてみると、 確かにETに見えなくもないことに気付きました。

カメくんは説明します。 「ボクはカメなんだ。色々と事情があってETみたいなだけだ!」

ワニくんは納得しません。「カ、カメだとしたら、こ、甲羅がないじゃないか!」 カメくんは必死で説明します。

「最初はヤマカガシに飲まれてイノシシのブラックペッパーのくしゃみで飛び出た ときに甲羅が口にはまったままでヤギが灰皿にしたんだ!」

「何言ってるかわからなーい!」と叫ぶワニくん。

あまりのシュールな説明で、より一層ETに見えてきました。

カメくんが続けます。「ボクは知っているから何言ってるか分かるんだ!」

ワニくんが、「ボクは知らないから何言ってるか分からないんだ。だから 指から光線とか出してボクを撃たないでくれ!」

「だからボクはETじゃなくてカメなんだ!」

「ウソだ!甲羅があったとしても、そんなにスレンディーなカメなんていない!」

「これはウサギとリスにベイブレードにされてクマに回されて全部伸びたんだ!」

「言ってることが分からなーい。登場人物も支離滅裂でわからなーい!」

「だからボクは知っているから分かるんだ!」

「ETの超能力でわかるんだな!」

「ただのカメの記憶だ!」

そこでカメくんは自分ばかりが質問されて回答に苦慮している 不公平さに気付きました。そして今度は質問します。

「キミはワニだな!」

「そうだ。」

質問も回答も簡単に終わってしまいました。

『いや、違う。ワニだということは分かっている。何でここにいるのかが質問だ。』 と気付いたカメくん。

改めて質問します。

「何でワニがここにいるんだ?」

それを聞いたワニくん。足をくずしてそのまま水の中であぐらを組みました。

水面がへそのあたりに来ています。そして両手の指を合わせたり、こねたり しながら説明し始めました。

「いや、実はね。ボクは産まれる前は卵だったんだ。」

「ほう。そりゃタイヘンだったね。ん?いや、ボクも産まれる前は卵だったさ。」

「え?ホント!それは偶然だね。」

「いやあ、郡然というか、ほとんどの爬虫類は卵から産まれる。」

「ETも?」

「ETは爬虫類じゃない!」

「でも卵から産まれたんだ。」

「そうだ。いや、違う!ETじゃない!」

カメくんは続けます。 「卵の話はいいから、もっと最近のところから説明してくれないか?」

「卵の話、つまらない?」

「つまらないか、面白いかは聞いてないので分からないが、雰囲気から 察するに、十中八九つまらないな。」

「よく分かったね。」

「想像はつく。」

「知らないことも分かるんだ?」

「まあね。」

「やっぱETだろ。」

「違う!って。それより何でここに居るのかを最近のところから 聞かせてくれよ!」

「1時間前からでいいかな?」

「ずいぶんと最近だな。」

そしてワニくんは1時間前の出来事から話し始めます。

「実はボクはさっきまで人間に飼われていたんだ。ところがこの通り大きく なってしまって、見た目は怖いし、餌は沢山食べるし、水槽は狭くなるしで、 飼い続けるのが面倒になったみたいで、車に積まれてこの池に連れて来られて、 投げ込まれたってわけさ。」

「ふ〜ん、相変わらず人間は身勝手だな。しかしキミほどの大きさが あればそう簡単に人間も押さえつけられたり、クルマに詰め込まれたりされ ないんじゃないか?」

「普通のワニはそうなんだけど、ボクは臆病でシャイなんだ。争いごとも嫌いだしね。」 そう言ってワニくんはため息をつくと、腹を前に向けたまま下半身を水の中に ずずずずずっと沈ませて、湯治場の風呂に浸かるおじいさんのような体勢に なりました。

ワニくんは続けます。 「だからこの池で暮らしていくのも、特に悪くないと思っている。人目に つかないところでひっそりと生きていくだけでいいんだ。」

「ずいぶんと消極的だなぁ。しかしその心境とは裏腹に見た目のインパクトは あり過ぎるよ。」

「そうなんだ。だからこの物語にもあまり登場させないでくれ。」

「それは作者に言ってくれよ。しかもさっき登場したばかりの新キャラじゃないか!」

「いや、ボクは黒子に徹するよ。」

すると2匹の会話を聞きつけてやってきたウサギくん。 「よー、ETと黒子のダイール!」

カメくんが振り向いて、「何だ、聞いてたんだな?ウサギくん。」

するとウサギくん、「そりゃ聞こえるさ、この耳でね。」と言って 両耳を手でしごくような仕草を見せました。

ウサギくんが続けます。 「しかしなぁ、ワニのクセに臆病じゃ困るんじゃないかな?」

するとカメくん。 「そうだよ。今までは人間に餌をもらっていたからいいけど、 これからは自分で餌を獲らないといけないしね。」

ウサギくんが言います。 「性格変えないとダメだな。臆病っていうのは病気の一種なんだぜ。」

それを聞いたワニくん。 「えっ!ボクは病気なの?」

「そうだよ。病気は治さないと死んでしまうんだぞ。」 とウサギくん。

「どうすれば治る?ボクの病気。。」とワニくん。

それを聞いたウサギくんとカメくん。顔を見合わせてから ウサギくんが、 「ところでワニくん。」

続いてカメくん、 「薬は好きかな?」

ワニがヤギを食べる

「病院はいやだなぁ。」「注射は痛いなぁ。」「薬は苦いよなぁ。」 と小声でぼそぼそと言っているワニくんを両脇から肩をかかえて歩く ウサギくんとカメくん。

うなだれて、消極的になったために、より一層体重が重く感じるワニくんを 無理矢理診察質に押し込んで待合室に戻ってきたウサギくんとカメくん。

「しかし治るかな、臆病?」とカメくん。

「普通は治らないよな。」とウサギくん。

「でもヤギ先生は普通の病気は治せないから、普通は 治せない病気は治せるかもしれないな。」とカメくん。

「でもなぁ。クマくんの扁平足も治らなかったしな。」

「むしろ病気ではないのに病気にする感じだな。」

「健康を治して病気にするってことだな。」

「それはすごく難しい気がする。」

「何でだ?」

「例えば健康がチャーハンで病気がライスだとするだろ。」

「うん、それで?」

「ライスをチャーハンにするのは簡単だけど…」

「そっか!チャーハンをライスにするには米粒を1粒ずつ洗わないといけないんだ!」

「そうなんだよ。だから健康を病気にするのは手間がかかるんだ。」

「なるほど、説得力あるな。」

「でも問題もある。」

「どんな?」

「病気がチャーハンで健康がライスだとすると結果が逆になるということだ。」

「そうか。それは盲点だったな。じゃライスじゃなくてチキンライスに したらどうだ?米粒洗わなくても済むし。」

「おお!それはナイスアイディアだ。」

「場合によっては何もしないで名前だけ変えて出せばいいかも?」

「なるほど!ナポリタン風チャーハンと中華風チキンライスとか言っちゃって。」

「しかしワニくん遅くないか?」

「臆病を治すのは手間がかかっているのかな。」

そして2匹は診察室に様子を見にいきました。

診察室を覗いてみると、ワニくんは床に尻をついて上半身は壁にもたれかかって ちょっと上も向いて嬉しそうな顔をしています。

ヤギ先生はいません。

そしてワニくんのお腹は大きく膨らんでいます。

ウサギくんが尋ねます。 「もしかしてヤギ先生を喰った?」

ワニくん、「うん。」

カメくん、「そりゃマズいよ!」

ワニくん、「うまかった。」

そう言ってワニくんは膨らんだ腹をさすりました。

すると、ワニくんの腹の中央に突然スリットが現れました。

胸の下から縦にすーっとスリットは伸びていき、へそのちょっと下で とまりました。そして腹の中からヤギ先生が出てきました。

持っていたメスで内側から切ったのです。

腹の皮を両脇に広げるようにして出てきたヤギ先生。

「キミの腹の中は沼臭いな。消臭剤を出そう。」

そう言って机に戻りカルテを書き始めました。

腹の裂け目から中を覗き込んで涙目のワニくん。

「ボクお腹はこのままですか?」と尋ねます。

「あとでホチキスで留めてやる。」とヤギ先生。

「あ、待った待った!」とウサギくん。

「こいつ、また誰かを食べるかもしれないし、いつでも開けられる ようにファスナー付けておいたほうがいいんじゃないっすか?」

「そうじゃな。」とヤギ先生。

仰向けに床に寝かされたワニくん。カメくんとウサギくんが 両脇から押さえてヤギ先生が手術用の針と糸でファスナーを縫い付けていきます。

ワニくんの腹の皮はウロコの起伏が不規則で、なかなかまっすぐに 縫えません。ちょっと蛇行しながら何とか縫い終わりました。

「(Y)やっと、(K)加工(K)完了じゃ!」とヤギ先生。

「加工もギャグを無理矢理っぽくないですか?」とカメくん。

「いいのじゃ!おヤギギャグじゃ。」

カメくんとウサギくんは少し笑いました。

ワニくんはというと、縫われている間に眠ってしまってようです。

「麻酔もしとらんのに、悠長なやつじゃ。」とヤギ先生。

「もしかしてワニくん。お腹すいてるんじゃないのかな?」 とカメくん。

「ヤギ先生を食べたつもりで満腹神経は満足してるけど、すぐに気付くぞ。」 とウサギくん。

「そうじゃな。中に食べ物を入れておいてやろう。」 とヤギ先生。

「何がいいかな、食べ物?」とカメくんがヤギ先生に聞くと、 「サプリメントじゃ。」そう言ってヤギ先生は寝ているワニくんをまたいで、 尻をワニくんの頭にほうに向けて馬乗りになりました。

そしてYKKと刻印してあるファスナーの引手を持って引っぱりました。 ジジジジ…っと音を立てながらファスナーが開いて、お腹が全開になりました。 ヤギ先生はサプリメントの錠剤をわしづかみにして入れようとした時、 ウサギくんが叫びます。「先生!そこは肝臓です。」

「おっと、そうじゃったそうじゃった。」と言ってヤギ先生は改めて中を確かめて 錠剤を入れようとしたときカメくんが叫びます。「先生、そこは肺です。」

「おっと、そうかそうか。暗くてよく見えんな。」と言ってヤギ先生は 位置を少し移動して、今度は腎臓に入れようとした時、 「先生!そこは腎臓です。分かってるんですか?」とウサギくん。

「いや、よく分からんのじゃ。」

「医者のくせにどこに入れたらいいのか分からないのですか?」

「医者じゃない。ヤブ医者じゃ。」

「そうだったんですか。それじゃ仕方ないですね。」

「ところでどこに入れればいいのじゃ?」

「胃袋ですよ。」

「池袋?」

「じゃなくて、イ・ブ・ク・ロ!」

「それはどこにあるのじゃ?」

「ヤギ先生が入っていたところですよ。」

「あ。このでかい尿瓶みたいなところか。」

そう言ってヤギ先生はサプリメントを胃袋に押し込みました。

「よし、これで腹いっぱいじゃ。」

とヤギ先生は言いましたが、見た目にはぜんぜん一杯になっていません。

「これだけじゃ足りないんじゃないかな。」とウサギくん。

「そうだな。全然足りない。また誰かが喰われるぞ。」とカメくんが言って、 ウサギくんと同時にヤギ先生のほうを振り向きました。

「ん?ワシ?」とヤギ先生が自分を指差して言うと、ウサギくんと カメくんが同時に頷きます。

「わ、ワシはさっき入っていたんだから、今度はキミたちの番じゃよ。」 とヤギ先生。

「いや、体積的にヤギじゃないと足りないよ。」とカメくん。

「まあ、ご心配なく。いつでも出られるようにファスナーつけたんだから。」 とウサギくん。

「おお、そうじゃったそうじゃった。」とヤギ先生。デスクに戻って本を数冊と 懐中電灯を持ってワニくんのお腹に入りました。

「おーい!閉めてくれ。」とヤギ先生の声を聞いたウサギくん。ファスナーを 下ろしていきます。ジジジジ…。

ファスナーは蛇行しているので途中で何度か引っかかりながら、なんとか 一番下まで閉まりました。

「さあ、これでOKかな?」とウサギくん。

「あれ、まだ1cmぐらい残ってるよ。」とカメくん。

「あ、ほんとだ。」と言ってウサギくんがその1cmを閉めようとしますが、 なかなか閉まりません。

「あれー。おっかしいなァ?」と言いながら力を入れるウサギくん。

YKKと刻印してある引手のところを思いっきり引っ張ります

。 「ぼちっ!」と音がして引手がとれてしまいました。勢いでウサギくんは しりもちもつきます。

「とれちゃったから、もう開けられないな。」とカメくん。

「そうだな。どうせ中からは開けられないから同じことさ。」とウサギくん。

そしてお腹の中に聞こえるように大声で言います。

「ヤギせんせー!閉まりましたよ!」

すると中から「オーケー。出す時には呼ぶからたのむぞー!」 という声。「ラージャー!」とウサギくん。

そしてお腹の一部がポっと薄ら明るくなりました。

ヤギ先生が懐中電灯で照らしながら本を読み始めたのです。

「医者ってこんな時でも本を読むんだな。」とウサギくん。

「いったいどんな本を読んでいるのかな。」とカメくん。

するとお腹の中から「くくくくくっ…」と笑い声が聞こえてきました。 「マンガだな。」とウサギくん。

「がははははは…」と今度は大声で笑っています。その声は寝ている ワニくんの口からも漏れてきました。

そして寝ているワニくんが寝返りをうってうつ伏せになりました。

ワニ本来の体勢です。しかし眠ったままのようです。

「うぐ…。くくくく…。」とかすかにヤギ先生の声が聞こえてきます。

「また笑ってる。」とカメくん。

「いや、苦しんでるんじゃないかな。」とウサギくん。

「出す?」

「いや、まだ入ったばっかりだ。」

「そうだな。」

「いざとなれば自分で出るだろう。」

「そうだな。でも中からは開けられない件はどうする?」

「それは比較的小さな問題だ。」

「うん。確かにそうだな。」

ワニを着るカメ

ウサギくんとカメくんが帰ってしばらくすると、 寝ているワニくんの口が開きはじめました。

上アゴと下アゴが45度ぐらいに開いて、中からヤギ先生が出てきました。 「暗いし、沼臭いし、苦しいしで、本など読んでおられんわ!」 とぶつぶつ言いながら這い出して、立ち上がろうとしたときに、 白衣の裾がワニくんの下アゴの歯に引っかかりました。

それに気付かず歩こうとしたヤギ先生に引っぱられるように ワニくんがズズズっと動きました。

ちょうどその時、診察室の入ってきたのはイノシシくんです。

イノシシくんは、ワニくんがヤギ先生を追いかけているものと 勘違いして、

ドドドドド…っとワニくんに向かって突進すると、ワニくんの 脇腹に頭から体当たりしました。

その勢いでワニくんは仰向けにひっくり返ります。

白衣が引っかかったままのヤギ先生もヒックリ返り、 机のカドに顔面を強打しました。

勢いが止まらないイノシシくんはひっくり返ったワニくんの反対側の 脇腹にもう一度体当たりしました。

ワニくんはまたひっくり返りうつ伏せになりました。

机に顔面を強打したヤギ先生が反動で後頭部からワニくんの上アゴの上 に倒れ込んできました。

その時にヤギ先生のツノがワニくんの上アゴの真ん中に刺さりました。

両サイドから体当たりを受けたワニくんの両脇腹には イノシシくんの2本の牙で2つずつの穴があいてしまいました。

このドタバタの音を聞きつけてウサギくんとカメくんも戻ってきました。

「危ないところだった!ボクが来なければヤギ先生は食べられてたんだ!」 とイノシシくんが言います。

「ありゃあ、何だか知らんがけが人だらけだな。」とカメくん。

「ま、病院だからな。」とウサギくん。

「いててて…」と言ってヤギ先生が起き上がります。

ワニくんの上アゴにはヤギ先生のツノが刺さった穴があいています。 「う〜。何だか知らないけどうるさいなァ。」と言って 目が覚めた様子のワニくん。

「あれれ。なんだかすごくスースーするなあ?」とワニくんが言いました。

それもそのはず。寝ている間に体じゅう穴だらけになってしまったのです。 「あ。これってもしかしてカメくんにぴったりじゃないのかな?」 とウサギくん。

「え?なにが?」とカメくん。

「ほら見てごらんよ。あれなら着れそうだよ。」と ワニくんを指差してウサギくんが言いました。

「うぉ!ホントだ。ちょっと着てみよう。」とカメくんが 言うと、ウサギくんがワニくんに言います。

「ワニくん。悪いけど、また仰向けになってれないか?」

仰向けになったワニくんの引手のとれたファスナーを器用に開けるウサギくん。

ジジジジジ…とファスナーが全開すると、カメくんが中に入っていきます。

「閉めていいかい?」とウサギくん。

「オーケー!」と腹の中のカメくん。

ウサギくんがジジジジジ…とファスナーを閉めます。

「ワニくん。うつ伏せになってくれないか?」とカメくんの 声が腹の中から聞こえてきます。

うつ伏せになったワニくんの両脇腹の穴からカメくんの 手と足が顔を出します。

そして上アゴの穴からカメくんの顔が顔を出しました。

この物語の中でも最強のヘンな生き物になりました。

「気分はどうだい?」とウサギくんが聞きます。

「まあ、なんというか、わくわくするな。」とカメくん。

「ボクはお腹いっぱいな感じがする。」とワニくん。

「よし、ちょっと歩いてみよう!」と言うカメくん。

「うん。歩けばいいんだね。」と言ってワニくんは 無造作にばたばたと歩き始めます。

カメくんはその歩きに歩調を合わせようとしましたが、 ワニくんの中途半端なスピードとガサツな足の運びに カメくんの足がついて行けず、床を摩りながら進んで行ってしまいます。

「待った待った!もう少しゆっくり歩いてくれないか?」とカメくん。

「何か、かけ声をかけて合わせたほうがいいんじゃないか?」とウサギくん。

「じゃ、ボクが『アン・ドゥー・トワー』って言うから、 合わせて歩くんだよ。じゃ、左足からね。」

カメくんは首を後下にひねってワニくんの目を見て言いました。

「アン・ドゥー・トワー、アン・ドゥー・トワー」

ワニくんとカメくんは、ゆっくりと歩き始めます。

今度は上手く行きました。

「アン・ドゥー・トワー、アン・ドゥー・トワー」

診察室の壁に沿って歩いて、部屋の角に行き当たりました。

その時だけワニくんもカメくんもバラバラに小刻みに足を運び 方向転換します。

そしてまた「じゃ、また行くよ。」とカメくん。

「アン・ドゥー・トワー、アン・ドゥー・トワー」

「なんだか艶かしくてキモいな。それに遅いし。」とウサギくん。

「そうじゃな。2馬力なんじゃから倍の速度が出ないと意味が無い。」 とヤギ先生。

「そっか…今のところ、これでいっぱいいっぱいな感じなんだけど。」 とカメくん。

「かけ声が悪いんじゃないか。なんか、もっとテンポのいい、活気のある かけ声にすればいいんじゃないかな?」

「よし!それじゃ『えっさ、こらさ!』にしよう。」とカメくん。

「左足からでいいのかな?」とワニくん。

「うん。左からね。膝を高く上げてリズミカルにね。じゃ行くよ!」とカメくん。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」

今度はさっきの4倍ぐらいのスピードが出ました。

カメくんもワニくんも膝を高くあげながらリズミカルに歩いています。

息も歩調もぴったり合ってます。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」

少しずつカメくんのかけ声が速くなります。そのかけ声に合わせて スピードも速くなります。

「どん!」とワニくんの鼻先が突き当たりの壁にぶつかります。

それでもかけ声はそのままで、足を小刻みに動かしながら方向転換します。

そしてまた反対方向に歩いて行きます。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」

またすぐに反対側の壁に到達しました。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」 2匹は器用に方向転換します。

そして方向転換し終わって、また前に進もうとした時です。

ワニくんの前足がスチール製の洗面台の足にぶつかりました。 白いホーローで渕のところが青い手洗い用の洗面器が カメくんの顔めがけて倒れてきました。

「うわ!」と言ってカメくんは首を引っ込めようとしましたが、 引っ込め終わるには一瞬間に合わず、 ちょうどワニくんの上アゴの穴で真上を向いた状態のときに 洗面器の中味がザバっとカメくんの顔面にかかりました。

「あー。大丈夫じゃよ。ただの消毒用アルコールじゃ。」とヤギ先生。

大量のアルコールを顔面に浴び、そのうちの何デシリットルかが口の 中に入ってしまったカメくんは、一気に酔っぱらってしまいました。

そんなことはおかない無しにワニくんは足取りも軽やかに歩き続けます。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」

カメくんは意識がもうろうとしながらも、なんとかかけ声を発します。

「へっは、こあは!へっひ、ほはは!へっへ、ほあほ〜」

それでも元気に歩き続けるワニくん。

「えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!えっさ、こらさ!」

カメくんは、 「へっへほは……へっ…。 はっ…ほぉ…。 zzzzzz」

カメくんは気を失い爆睡してしまいました。

手足は力が抜けて、だらんと垂れて、床に摩りながら 引きづられています。

ウサギくんが言います。

「なんだ、カメくんいなくても同じじゃないか。 ワニくん、普通に歩いても同じだよ。」

それを聞いたワニくん、立ち止まってこちらを振り向きます。

そして振り向いた瞬間、不幸にもイノシシくんと目が合ってしまいました。

すかさずイノシシくんが言います。

「今度はボクの番でいいのかな?」 それを聞いたウサギくん。

「いや、それは大きさ的に無理だろ、いくらなんでも!」 しかしイノシシくん。

「やってみなけりゃ分からないじゃないか!」 と言い終わると同時にワニくんをつかまえて、仰向けにひっくり返します。

無理矢理ファスナーを開けます。ジジジジ…。

「おい、やめろよ!」と叫ぶウサギくんでしたが、 ヤギ先生が制します。

「まあ、何かあっても大丈夫じゃ。ここは病院じゃ。」

泥酔してぐったりしたカメくんを強引に引っぱり出すイノシシくん。

干しイモのようにふにゃふにゃになったカメくんをつまんで、 ぽいっと床に放り投げ、鼻息も荒くワニくんの中に入ろうとしました。

ワニくんの体はぱんぱんに膨れ上がります。脇腹の4つの穴からは こじ開けられるように、すごく苦しそうに、 イノシシくんの手足が出てきました。

最強より凄い生き物

そしてイノシシくんの手足が床に着いて立ち上がったときには ワニくんの体は空中に浮いた状態になりました。

ワニくんの手足は空中で4方向に突っ張って伸びたままです。

上アゴの穴からは、さすがに顔を出す事ができず、口の中から 無理矢理前のほうに顔を出そうとします。

ワニくんの口は45度に開いたままになりました。

ワニくんの口の中からイノシシくんの顔が見えてきました。

その顔はとても嬉しそうです。

ワニくんの顔はとても苦しそうです。

この物語の中で最強より凄い生き物になりました。

「さあ、それじゃ行くよ!」とイノシシくん。

「あぐゥ…」とワニくん。口の中にはイノシシくんの頭がはまって いるので、喋れるはずがありません。

「それじゃ、ボクの声に合わせてね! 安藤、戸田!安藤、戸田!」 とイノシシくん。しかしその足の運びはいつもの歩き方が少し ゆっくりになっただけで、かけ声とはまったく合っていません。

その時、診察室に入ってきたのはクマくんです。

「先生、ボクの扁平足…あっ!」 そう叫んだクマくん、イノシシくんの顔を除き込みながら 言います。

「ねえ、ねえ、面白そうじゃないか。ボクにもやらせてくれよ。」

「ダメダメ。ボクだって始めたばかりなんだから!」 とイノシシくん。

「そんなこと言わずに、頼むよ!」 とクマくん。

「あ。UFOだ!」とイノシシくんが窓の外を指差します。

「えっ?どこどこ!」と窓のほうに駆け寄るクマくん。

そのスキを見て、ワニくんを着たイノシシくんは診察室の ドアをぶち破って外に走り去りました。どどどど…

ドアにはボールド体で漢字の「末」のような形の穴が空いていました。

こうして、すっとこどっこいな森の動物たちの すっとこどっこいな日々は、ずうっと すっとこどっこいなまま続いていきます。

おわり。

天声人誤

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