▼天声人誤
●ゴマ
ところがゴマはどうだ。あんなに小さいのに全てサヤから取り出してあるではないか。ゴマといえどもひとつのサヤに何万粒ものゴマが入っているわけではない。せいぜい数十粒である。
これを1サヤずつ開けて中身を取り出していくのである。これは仁丹を袋から出すのとはわけが違う。植物のタネである以上タネが成熟するまでは外部から栄養を吸収する仕組みが必要である。簡単に言えばサヤの内側にくっついているのである。
このくっついていた種は時期が来ればサヤの内側から自然に剥離して地面に落ちるのであるが、この時期に収穫しようとした場合、サヤにちょっと手を触れただけでゴマは地面にバラバラと落ちてしまい、これを拾い集めるのは並み大抵の集中力では不可能である。
また畑にある全てのサヤが同時に成長するわけでもなく、当然個体ごと、サヤごとのバラツキがある。つまりサヤから自然にゴマが剥離する時期には既に相当数のゴマが地面にまき散らされてしまっているのである。
これでは遅いのでサヤからゴマが剥離する以前に収穫しなければならない。サヤを割ったあと、手作業でゴマをサヤの内側から一粒ずつ毟り取る必要が出てくる。最近ではバイオテクノロジーによる品種改良で昔よりはかなり毟り取りやすくなったようであるが、やはり手のかかる作業であることに変わりはない。
もうひとつの問題はムシである。ゴマにはひじょうにアブラムシがつきやすい。そしてこのアブラムシがその色、形、大きさともにゴマに酷似している。ゴマの収穫歴何十年という人でも一目で見分けるのは困難である。
これを見分ける方法はただひとつ、動くかどうかである。収穫したゴマを一畳敷程度のビニールシートの上に敷き詰め、周囲に6〜8人で正座して取り囲み、ゴマの中に動き出すものがあるかどうかピンセットを持ってじっと待つのである。
普通20〜30分で何十万粒のゴマのうちの1粒が動き出し、つづいてもう1粒2粒と動き出す。最初の1粒が動きだしてから30秒もたつと、堰を切ったように数百粒のゴマが次々と動きだすのである。これら動いたゴマの全てがアブラムシである。
これらをいかに素早くピンセットで摘みだせるかどうかが最終的なゴマの品質に大きく影響する。そしてゴマを栽培、収穫する際のもっとも重要なプロセスでもある。ゴマ栽培農家のあいだでは「サヤとり3年、ムシとり10年」と言われている。
そしてこの作業をいかに合理化するかというのも各ゴマ栽培農家の課題でもある。2年前にある農家ではアブラムシの天敵であるナナホシテントウ(てんとう虫)を使ってこのアブラムシ選別を実験してみた。
結果は人手による場合よりも多少時間はかかるものの、選別率ではほぼ人間と同じであった。つまり人件費を考慮するとかなりのメリットがあるということになる。しかしこの実験には大きな落とし穴があった。それはナナホシテントウのフンである。このフンがアブラムシに負けず劣らずゴマに酷似していたのである。
どうやらナナホシテントウは喰ったアブラムシとほぼ同じ数のフンをするらしいことが確認された。しかもフンなので動かない。これではこのフンの選別のしようがない。そこで考え出されたのがヒメミツバミバエ(小型のハエの一種)である。このヒメミツバミバエはナナホシテントウのフンに卵を生み、その幼虫はふ化したあとフンを全て食べ尽くし、サナギになるのである。このサナギは色が白っぽいため、手作業での選別は格段に楽になり動きだすまで待つ必要もなくなった。
しかしこの方法での問題はヒメミツバミバエの幼虫のフンであった。大きさこそゴマに比べはるかに小さいものの色、艶、質感はゴマに酷似していた。さらに排せつ後しばらくの間は非常に高い粘性をもっているためゴマの表面にしっかりと付着してしまい、さらに時間がたつと乾燥して硬くなり、物理的に剥がすのは困難になってしまう。
しかたがないのでこのヒメミツバミバエの幼虫のフンを食べる生き物を捜してみたところキノサイクロメリアとよばれるバクテリアの一種がこれに該当することがわかった。
早速隣県の大学の研究室に頼んでこのキノサイクロメリアを培養してもらい、ヒメミツバミバエの幼虫のフンの付着した一畳敷のビニールシートの上の何十万粒のゴマの中にバラまいた。
そしてこの実験の結果ヒメミツバミバエの幼虫のフンはほぼ95%喰い尽くされた。しかしこの実験に携わった人間全員がこのキノサイクロメリアによって腎臓障害を起こし、うち2人が死亡したのでこの実験は中止した。
従ってしかたなく従来通り収穫したゴマを一畳敷程度のビニールシートの上に敷き詰め、周囲に4〜6人で正座して取り囲み、ゴマの中に動き出すものがあるかどうかピンセットを持ってじーっと今日も待つのである。
天声人誤
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