2006年6月

●やらなくてもいいことが…   2006.2.28

電話での会話。A:「○○○ってできないかな?」B:「う〜ん。。できなくもないけど、めんどっちぃですよ」A:「そーか。じゃあ、止めとこう」

しかしこれがメールになると、A:「○○○の可能性について教えていただけますか?」B:「基本的に可能ですが、実現するためにはそれなりの費用がかかると思います。」A:「では、ざっくりで構いませんのでお見積りをお願いできますか?」A:「了解しました。」

というように、ほとんど受注できるはずもないであろう仕事の見積りをするハメに鳴ったりもする。電話もメールも使いようだ。
●買い物   2006.2.26

事務所でパソコンを1台買うことになった。ある社員にその購入を一任したのだが、仕事中にウェブであちこち調べたり電気屋やパソコンショップを何軒も回って、一番安いところで買った。通常98,000円の商品を93,500円まで値切って注文したとのことで、たぶんこれ以上安く買うのは不可能だろうと喜々として報告。

しかし朝から一日かけて大騒ぎして夕方注文したわであり、おめぇの日給は5,500円かぁ!?と、社長に怒られるハメにもなる。「買い物」となると我を忘れてしまう人間。そういう人にとっては買い物は絶好のストレス発散の場でもあり、そういう人間が日本の消費を支えているわけでもある。

次の1台は社長自らウェブで注文。30分で済んだ。買い物には、なるべく時間をかけたい人と、できるだけ時間をかけたくない人がいるようだ。
●怒鳴る   2006.2.25

「○○しろ!」「○○するな!」と怒鳴るオヤジがいる。普段から信頼されていれば怒鳴る必要は無い。普通に言えば周りの人間も言うコトを聞く。普通に言ったんじゃ聞かないから怒鳴る、と、これはつまりいかに自分が普段から信頼されていない、嫌われている、煙たがられてる、ということの証でもある。そして怒鳴るからさらに嫌われていく。

怒鳴る理由は「○○が悪い!」ということらしく、その裏にはそのオヤジなりのストリーがあるらしいのだが、自分にも原因があるなどということは1ミリも考えていないようだ。基本的には周囲から信頼されている賢い人間は10年に一度程度しか怒鳴らないものだ。
●画家とデザイナ   2006.2.24

著名な画家にポスターのデザインや乗り物の外装のグラフィックを依頼する。これが大抵の場合は上手くいかない。誰が見ても「カッコワルい」ものでも、誰も口に出せずにそのまま採用されてしまう、なんてこともあるようだ。 画家とデザイナの違いは、言ってみればボクサーとレスラーのようなもの。いくら最強のボクサーでもレスラーとしてプロレスのルールで試合をすれば勝てるわけは無い。勝つためにはそれなりに長期間に渡りプロレスの練習をしなければならないだろう。その逆もしかり。

著名な画家の場合、周囲がおだてるせいもあってかデザインの勉強も練習もしないまま(そりゃあ多少は下描きなりアイディアスケッチなりは描くだろうが)、いきなり描くからおかしなことになるのだ。 まあ、このへんの芸術やデザインに対する一般的な理解度がいかに低いかということにもなるのだが。
●武器   2006.2.23

最前線で戦う兵士たちは今まで鉄砲しか持っていなかったのだが、このたび機関銃を支給することにした。ところが「重い」「使い方が難しい」「手入れや管理がタイヘン」「敵に盗まれたらどうするんだ」などと文句ばかり言う兵士がいる。より有利に戦えるためにと思ってのことなのだが情けない話だ。

今まではケータイしか持っていなかった営業担当者にノートPCを支給するときにも、同じように情けない兵士が現れるものだ。
●企画力-3   2006.2.22

赤井電機は既に消滅した会社であるが、一応は一部上場企業でもあったわけで、それなりにこういった新商品の企画は随時行われていた。これは 1995年に提案されたアイディアスケッチの一部である。

今から10年以上前の提案ではあるが、既にDVDカムコーダーやホームシアター、PDA、ケータイなど、現在商品化されている商品に近いものもある。恐らくSONYをはじめ、現在の大手企業は、これよりももっと進んだ提案を当時から社内的には行っていたはずであり、現在も既に10年後を見据えた商品企画を遂行中のはずでもある。膨大なマーケティング資料や技術データをもとに、日夜プロフェッショナルなプランナが新しい商品企画を考え続けている。

商品企画というのは、素人の思い付きでは組織的なプロ集団に勝てるものではない。ちょとした思い付きは、プロのそれには遠く及ばないというのが現実だ。
●企画力-2   2006.2.21

一方大手ではデザイナやプランナが毎日のように新しい商品の企画をしている。スタッフが集まりまる1日かけてブレストを行い、アイディアを列記し、さらにそれを展開し、そこからプレゼン用のものを絞り込み、さらにそこから提案型のモックアップをいくつか作る、または具体的な仕様書を作り、それらのうち社内的に認められたものだけが、実際に商品化するかどうか検討されるわけだ。長い道のりである。

ここでは最初の段階で何人もの企画のプロが思いつく限りのアイディアが絞り出すわけであり、個人事業主がふと思いついたアイディアのうち99%はこの最初のブレストの中に含まれている。これは個人の能力の差ではなく、組織的にプランニングをできるかどうかというシステムの違いであり、大手企業がこの部分に大きなウエイトを置いていることは言うまでもない。
●企画力-1   2006.2.20

よく中小企業の社長さんやSOHO者が商品やサービスのアイディアを思い付き、そのアイディアがいかに画期的で実現すれば儲かるであろうということを熱く語ることがある。しかしその99%は既に過去に誰かが思いついたものであり、検証した結果儲からないであろうことがわかり止めてしまった。もしくは商品化したものの売れなかった。または今でもマイナーな市場で細々と売られている、というようなものである。

アイディアというのは思いついた時には発案者自らがそのアイディアに惚れ込んでしまうため、マイナス要因が見えずに、絶対に売れるというような幻覚に捕われてしまうものだ。しかし現実はそのようなひょんな思い付きから商品化に漕ぎ着け、がばがばと儲かるようになる、なんていうのは宝くじに当たるぐらいの確率でしかない。だからそういった事実がたまにあるとニュースになるわけだ。
●オークションは単独で   2006.2.19

ウェブショップで商品を売る。同じ商品をYahoo! オークションでも売る。ウェブショップでは単価が20,000円。ところがオークションは最後に白熱して25,000円で落札された。落札者は出展者情報のページからショップのページも見てそのことに気がついた。

落札した方も怒るというより、どう対処していいか悩むところ。出展した方も言い訳に困るし評価も下がる可能性がある。オークションのお遊び料として5,000円はちょっと高い。というわけで落札希望価格というものがあるのだが、逆に言えばこれはオークションではなく、普通に売っているということにもなる。いずれにしてもオークションに出品する商品ははウェブショップでは売らないほうが良いだろう。
●ホームページを作った企業   2006.2.18

一昨年ぐらいまでは、ある程度業界では名の通った企業であってもホームページを持っていないところも少なくなかった。これが今年になって改めて検索してみると、徐々にホームページを持っていない企業を捜すほうが難しくなってきているようだ。これは望ましい傾向でもあるのだが、心配なのは今後の運営管理。明らかに外注丸投げで、デザイン的にはカッコはいいものの、こりゃちょっと更新するだけでも簡単じゃないよな、という作りのものも多い。ウェブ制作業者にとってみれば、制作後の更新業務を請けられるというメリットもあるのだが、そこにはそれなりのコストがかかる。とはいえ社長が自分でウェブを見ない限りは、結局はこのまま更新されずに何年も公開しっぱなしになるであろうことも容易に想像できたりもする。
●マルチタスク   2006.2.17

昨年11月に『使う人間のほうがマルチタスク化されていない場合もあったりする。一つの仕事をしているときに他の仕事を頼むと怒ったり止まったりする人間だ。 』と書いたが、使う人間のほうでも脳が高度にマルチタスク化された人もいる。打合わせ時にもいくつかの事を平行して考えることのできる人間だ。

ところが不幸にして人間には口は一つしかない。脳がマルチタスク化されても音声出力は1系統なのだ。そしてこういった人は、そのことを忘れてついつい複数のことを同時に出力しようとして結果として「わけのわからないコトを言っている人」と思われてしまうこともあるようだ。
●戦略と戦術   2006.2.16

戦略とは戦いに勝つための基本的な考え方、コンセプト。戦術とはそのための具体的な方法、術(すべ)ということになろう。これが英語ではstrategyとtacticsとなり、この2つの単語にスペル、発音の共通点は無いようだ。それだけ戦略と戦術がそれぞれ独立した意味を持っているということかもしれない。

しかし日本語の「戦略」にはもっと深い意味があるそうだ。それは字のごとく「戦い」を「略す」ということ。つまり戦略とはいかに戦わずして済ませるか、ということだ。

企業戦略も営業戦略も、まずは戦わずして利を得ようというところから考え、それが上手くいきそうになければ仕方なく戦う。そんなことなのかもしれない。
●目先の利益に捕われず   2006.2.15

こりゃ結局はほとんどカネにならないボランティアに近い…、と感じる仕事。企業であればこういった採算の悪い仕事は敬遠すべきであろう。しかし個人事業主であるSOHO者の場合は、それを請けたところで仕入れや管理費や人件費で実質的な損失は無い。費やすのは自らの労力であり、それは費やすと同時に経験値となりスキルともなるわけだ。

なのであえて積極的に請ける必要もないが敬遠する必要もない。経験値やスキルだけではなく「人」とのコミュニケーションも広がるということでもある。カネは人を産むことはないが、人はいずれはカネを産むことも多いのだ。 目先の利益に捕われず、じっくりと人間関係を広げていくのも営業活動の有効な手段であろう。
●迷惑メール   2006.2.14

迷惑メールが迷惑なのは当たり前なのであるが、多くの人はメールソフト側で迷惑メールを自動判別して迷惑メールフォルダに振り分けられるような設定をしていることだろう。 そしてここには毎日数十通の迷惑メールが振り分けられているわけで、その中身が本当に迷惑メールであるかどうかをいちいち確認するという人は少ないだろう。

そうなると、プロバイダーやウェブショップやネットバンク等からの重要なお知らせが何かの拍子にこの迷惑メールフォルダに振り分けられたまま、読まれずに捨てられてしまうという可能性も高くなるわけであり、そうなっても迷惑メールでないことが分かるような工夫も必要になってくるわけだが、一方で迷惑メールはそういった工夫をも模倣して読まれる確率を高くしようといているわけだから迷惑な話なのだ。
●野生の植物で食べれるもの   2006.2.13

本当に食べられるのだろうか?と思ったのだがその植物を採ってきた老人は「大丈夫、大丈夫」と言う。実際に茹でて食べてみるとこれが実に美味であった。やはり老人の知恵とは大したものだ。しかしその老人は血圧が高く毎日高血圧の薬を飲んでいるにもかかわらず、その茹でた植物に醤油をじゃぶじゃぶとかけて食べている。「そんなにかけないほうが…」と注意すると「大丈夫、大丈夫」
●老人の知恵   2006.2.12

老人の知恵をもっと有効活用しよう!という動きが色々なところにある。それは伝統や礼儀を伝えることのようなのだが、どうも「老人の知恵」とは言うものの、具体的にその知恵とは何なのかを説明できる人は少ないようだ。地域の活性化で子供とお年寄りのコミュニケーションを声を大にして訴えるまではいいのだが、じゃ、具体的に「何をするの?」と聞けば、「えーと、折り紙とか…」といった具合だ。

飢饉の解消法に、野生の植物で食べれるものや渇いた土地でも作れる作物の話をして¢老人の知恵は、若い労働力と同じくらい、価値あるものだ」と殿様に言わせるようなシチュエーションがあるといいのだろうが。。
●そんなこたぁわかってる!   2006.2.11

言われなくても「そんなこたぁわかってる!」ということを言われるコトがある。これには2つのパターンがあるようだ。一つは、言うほうの人間が自分の知識をひけらかすために会う人会う人に同じようなコトを言ってる場合だ。普段周囲から認められなかったり過去の栄光にすがっている人などがこのパターンでもある。もう一つは、話す相手がそのことを知っていようがいるまいが、とにかくもし知らなかったら知っておいた方が良いと思い話す場合だ。これは仮に自分が余計なおせっかい野郎だ!と思われることも覚悟の上で話しているワケだ。

前者の場合は適当に聞き流しておけば良いが、後者の場合は、一応きちんと聞くという態度をとろう。そんなこたぁわかってる!と、言う前に、その人が自分のコトを思って言っているのだということを忘れてはいけない。その口調や言い方には色々とあろうが。
●手づくり石鹸   2006.2.10

手づくり石鹸は本当に省エネになるのだろうか?もちろん商品として販売されている手づくり石鹸にも色々な種類があり一概には言えない。 ただし、素人が集まって苛性ソーダを買って来て使用済みてんぷら油を持ち寄って何日もかけて作るというのは省エネではないだろう。材料を捜しにいく手間と時間、製造自体にかかる人件費(と換算した場合)、終わった後にファミレスに集まってダベる時間とそこで消費する飲食。工場で効率的に生産される石鹸を買ってきたほうが確実に省エネだ。増してこうして作った石鹸が薬事法をクリアできる本当に石鹸としても品質のものであるという保証も無い。
●アイドリングストップ   2006.2.9

アイドリングストップは本当に省エネになるのだろうか?もちろんアイドリング時間や走行距離、燃費、回数などによって状況は様々であり確実に省エネになる場合もあることだろう。しかし考慮しておかなければいけないのは、頻繁にエンジンを始動することでセルモーターの寿命は短くなるということだ。今では例えギアがすり減ったとしてもモーターも含めたブッロクで交換し、使える状態の部品も廃棄することになる。ギア自体もそれを製造するためには溶鉱炉で鉄を溶かすエネルギーが必要なのだ。仮に今まで10年に一度交換すればよかったセルモーターブロックを、毎年交換することにでもあれば、利用者の金銭的にもトータルの消費エネルギーとしても増エネになっていまう。ということもあり得るということだ。
●変わり者   2006.2.8

変人とも言うが、こういう人はいたって常識人であることが多い。常識をわきまえているから変人も演じられるわけだ。そもそも本当に変人であれば誰も仕事を依頼してこないだろう。そりゃピカソとかアインシュタインのような天才であれば変人であることも許されるが、普通の人であれば変人であるメリットは無いはず。

クリエーターにありがちなのが、自分はクリエーターが故に自由度が高く、他人の言うコトを聞かなくても良い、などと勘違いしているケース。デザイナーもミュージシャンもライターも、それぞれニーズと需要があり、その上の商業ベースで成り立っている。変人である以前に常識人でなければならない。多くの場合、他人に言われた通りやりたくない、常識を知らない、ということをカムフラージュするため、又はそういったことの言い訳として、逃げとして、自分は変人だ、などと言っていようである。
●低空飛行   2006.2.7

1998年ごろに公開したホームページ。ほとんど更新もしないで放置状態。こういったサイトは少なくない。しかし2001年ごろのIT革命ブームで、企業がホームページを持っていないと恥ずかしい、という風潮になったころに更新依頼が来て、若干の更新を行う。そしてまた冬眠に入り、2004年ごろにBBが普及し、一般の人が電話代を気にすることなくウェブを閲覧できるようになると、周囲から「更新してないじゃないか?」という声が聞こえ始める。そこでまた更新依頼が来て、若干の更新を行う。そして今は、また冬眠の時期になっているようだ。
●オタクが嫌われるワケ   2006.2.6

あくまでも一つの傾向であり、全てのオタクがこうである、ということではない。 人間の行動。例えば何かを購入する、決断する、食べる、移動する、学ぶ、というようなこと。これらはそのほとんどが、その道の専門家から見れば「そうじゃないんだけどな」「やらないほうがいいのに」「違うんだけどな」というものであろう。しかしそれをいちいち指摘したり間違いを正すべくアドバイスはしていられない。そんなヒマはないだろうし、頼まれてもいないのに指摘されれば、された方は気分を損ねるし場合によってはケンカにもなる。人間のコミュニティーの中ではある意味当たり前のことでもある。

オタクはこれを言ってしまうのだ。もちろん対面で言う勇気は無いのでメールやチャットやブログに書くわけだ。自分が知っているコトを知らない人間を見下しバカにする傾向がある。それでいて肝が小さく写真に写ることが嫌いで匿名が好きなのだ。ということで嫌われるのだろう。
●盛り下がり   2006.2.5

ウェブをどうのように展開してどんなビジネスを行うか?というような企画会議。夢のあるアイディアが色々と出て盛り上がる。

「じゃ、そのコンセプトで行きましょう!」ということで話がまとまる。ところがそのコンセプトを現実に落し込んで考えてみると解決しなければいけない細かい問題が山積している。特にクライアント側で調査したりまとめたりしなければいけないことが数多くある。それを行うには相当な時間と手間がかかる。と、そのようなことが現実的に分かってくる。

そして最初の盛り上がりは何処へやら。いざ、自分の手間がかかるということがわかるとしゅるしゅるしゅる〜と盛り下がるクライアント。
●性格   2006.2.4

クールで冷静、ホットで感情的、という2つの性格があったとする。自分がどちらに該当するかという前に、組織の中では、どちらの性格を演じたらいいのか?というコトを考えなければいけない。地で行くのではなく演じるということだ。

例えばその組織のリーダーがクールな場合には、サブリーダーはホットに、リーダーがホットな場合は冷静に、それぞれ演じ分ける必要がある。複数のリーダーシップをとる人間はなるべく異なったキャラであるほうが組織としての納まりが良くなるようだ。
●内蔵と外付け   2006.2.3

パソコンを自作している人にとっては当たり前のことではあるが、一般にはあまり知られていないのが、外付けのHDやDVDの中には内蔵のそれと同じものが入っているということ。つまり外付けの機器を買い替えるときには接続方法が同じであるならば(SCSI→USBとかの変更が無ければ)内蔵のそれを買って入れ替えたほうがお得である。外付けの内蔵以外の部分である電源部やコネクター部が外装が故障するという可能性は極めて低く、多くの場合は内蔵のドライブ部分が先に壊れるはずでもある。

何が得かと言えば、外付けといえどもその筐体は捨てるにはコストがかかり、必要以上にデカい梱包箱や用の無いCDがくっついてもこないので全体として無駄が少ないということだろう。内蔵+ケース=外付けということでした。
●夢と現実   2006.2.2

新製品やイベント、営業戦略やプロジェクトを企画するときには、まずは夢を語ることが大切。どうせ夢を語ったところで現実は極めて現実的であり、最初に語った夢はどこへやら、という結果になることが多いのだが、最初に夢を語ることで半歩夢に近づく可能性もあるのだ。実現不可能に近いものであっても夢を語らずして、いきなり現実論を語り始めると、結局はありきたりのものにしかならない。もしくは現実以下のものになってしまう可能性も高い。

今ある条件(人、技術、資金、環境など)で何ができるか?と考えれば自ずとアイディアの幅を制限することになる。夢を実現することを目標とし、そのために、いかに今の条件を改善するか、という視点でアイディアを展開したいものだ。
●隠居   2006.2.1

昔は所謂「ご隠居」というのが居た。昔は一人の老人に対して多くの若い人間が世話をやいたり面倒も見たりできたのだが、今の高齢化社会ではそうはいかない。リタイアした高齢者も何らかのかたちで自ら仕事や生き甲斐を見つけて社会奉仕するなり、周りの人間の手を煩わせない方法を考えなければいけない。

しかし長年会社勤めをした後にリタイアした元会社員の中には、仕事のコト以外は驚くほど無知だったりする人間も少なくない。世の中の常識が自分の若い頃のままなのだ。だから自分がリタイヤした後は周囲から「ご隠居」と呼ばれ、ご意見番として若い人間に色々とアドバイスを与え、周りの人間が世話をして重宝がられる存在になるものと勘違いしていたりもする。 そしてそのイメージと現実のギャップに腹をたて、家族や社会が間違ってると怒り出す。困ったものだ。
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