2010年5月

●TVのびっくり動画番組   2010.5.31
TV番組の質も地に落ちたものだ。世界の面白動画を紹介する番組。放映される動画は、そのほとんどが既にYouTubeをはじめとする動画サイトに掲載されているものだ。インターネットでオンデマンドでタダで見られる動画に、局側で勝手に加えたナレーションやキャプチャ。スタジオにはゲストでたくさんのタレント。ここから先に何かが起こるタイミングで一旦切ってCMを流す。視聴者をバカにしているようなこの旧態依然とした手法を続ける以上は「TVはもう終わってる」と言われ続けるだろう。せめてコンテンツはオリジナルで作れよ。
●失礼なやつ   2010.5.30
他人がプレゼンしている間、ずっとケータイをいじっている。失礼なやつだと思っていたら、そのプレゼンで紹介したサイトをケータイで閲覧してコンテンツと照らし合わせていた。まあ、それならさほど失礼ではないか。が、しかし「今、言ってた◯◯◯は、正確に◯◯◯ですね。そうこのサイトには書いてあります。」やっぱり失礼なやつだった。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●遅れてもいいですよ   2010.5.29
4月末納期の仕事。そのためには3月15日までにクライアントから資料を送ってもらわなければならない。しかし15日を過ぎても資料が送られてこない。そこで電話で確認すると「4月末は間に合わなくてもいいですよ。ですので資料のほうはもうちょっと待っててください。」とのこと。クライアントとの関係にもよるが、こう言ってしまったほうが良いこともある。「あのね、そちらは良くても、こっちは5月から別の仕事の予定が入っているんですよ。」と。大抵の場合、他人の仕事は急がせて、自分の仕事は遅らせるものだ。
●業者丸投げ   2010.5.28
あるホテルのサイトに無料送迎バスの案内ページがある。バスのルートや乗降場所の地図、時刻表や注意事項などがこと細かに親切に掲載されてる。そして「お申込みは先着順になりますのでお早めに!」と、ここまでは良いのだが、肝心な申込み方法や、申込み先電話番号やメルアドがどこにも書かれていない。作ったほうが「当たり前」と思っていることがポロっと抜ける。良くあることだが、ちゃんと客観的な目で確認すれば気がつく範囲でもある。まあ、発注した側が業者丸投げでロクに確認していなかったのであろうことは想像できるのだが。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●トップページ-2   2010.5.27
まあ、ホームページエディターやCMS、ブログやASPなどには「ひな形」としてのトップページのスキームが用意されているので、そういったものを利用する以上はオリジナリティのあるトップページを作るのは無理なのかもしれない。トップページについて考える以前に「これを使ってください」と渡されるわけなのだから仕方がない。
●トップページ-1   2010.5.26
世の中の、特に国内のサイトを見ていると、トップページの考え方があまりに画一的だ。例えば女性週刊誌のトップページに相当するものは華やかにデザインされた「表紙」であろう。スポーツ新聞では「イチロー満塁弾」とか書かれた見出しだろう。辞書はどうだろうか?特にトップページに相当するものはないようだ。取扱い説明書はといえば「目次」が相当するかもしれない。しかし印刷物では紙を折ったり綴じたりするだけなので、その体裁は限られる。ウェブはもっと自由なことが色々とできるはずなのだが。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●いつか言ってやろう!   2010.5.25
「いつか言ってやろう!と思って。」と言っている人間は、結局は最後まで言えないで終わる。そしてその間いっつも「いつか言ってやろう!と思って。」と言い続ける。本当に言わなければ全く意味がないのだが、勇気が無いというか、自信が無いというか。。ま、すぐに言ってやりたいことを言ってしまう人間もいるのだから全体としてバランスはとれているとも言えるのだが。
●天丼・カツ丼・親子丼-3   2010.5.24
味がイマイチの天丼を出されたクライアントとしては、本当は「マズい!もっと美味いのを作ってくれ!」と言えば済むことなのだが、それじゃあまりに冷徹なので、もしかしたらカツ丼だったらこのデザイナはもっと美味いのを作れるんじゃないか?と思って「カツ丼ではどうよ?」という意味で違う「おしながき」を要求してみたりもするわけだ。まあ、何丼を作るにしても、完成度とクウォリティを追求して美味しいものを作ることが重要であり、何丼を作るか?は、実はあまり関係ないのだ。本当に美味しければ天丼でもカツ丼でも親子丼でもOKなのだ。逆にマズければ何丼でもNGなのだ。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●天丼・カツ丼・親子丼-2   2010.5.23
定食屋と違うところは、オーダーメイドであること。それと定食よりかなり高価であるということだろう。だからクライアントが満足するものを作らなければならない。最終的に満足すれば、それば1日でできた作品であっても、10回やり直しして1ヶ月かかったものでも同じ価値なのだ。最終の成果物の価値に対してカネを払うのであって、費やした時間や努力にカネを払うのではない。という考えでデザイナは仕事をしないといけない。パートタイム感覚で時給計算を始めると、大抵は味がイマイチの天丼になってしまう。
●天丼・カツ丼・親子丼-1   2010.5.22
定食屋で天丼を注文する。味がイマイチだったとする。が、だからといって「この天丼は美味くないからカツ丼も食わせてくれないか?」などとは言わないのが普通だろう。ところがデザインの世界ではこれが「有り」なのだ。デザインがイマイチだとクライアントは「こういうイメージのはできないか?」とか「これに近い雰囲気でもう1つやってくれないか?」とか平気でカツ丼や親子丼を要求してくるのだ。いくらイマイチの作品だったとしてもそこには確実に人件費がかかっているのだが。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●お湯を沸かす   2010.5.21
やかんでお湯を沸かすことしかできない人はカップ麺しか作れない。鍋でお湯を沸かして乾麺を茹でることができればインスタントラーメンが作れる。本格的なラーメンを作るためには素材を選んでスープの出汁を作るところから修行しなければいけない。ウェブページにおいては、やかんでお湯しか沸かせないのに本格的なものが作れると思ってる人間が意外にも多いのであった。
●トップページ   2010.5.20
ウェブサイトのトップページは、そのサイトの入口であり顔である。ということで、何でもかんでもゴージャスなトップページを作る傾向があるようだが、サイトの内容によっては、そんな必要はないものもある。印刷物を見れば分かるだろう。雑誌は表紙がゴージャスである必要があるが、文庫本はその必要はない。広報誌や業界誌はもっと素っ気ない。新聞は表紙が既に1ページ目だ。逆にポスターは表紙だけである。そんな視点でそのサイトのコンセプトに適したトップページを考えるべきだろう。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●左官屋のスコップ   2010.5.19
左官屋にバイトに来た学生を見た左官屋「最近の若いもんはスコップの使い方ひとつも知らねえんだ。こんなことじゃ日本に未来はねぇ!」と思うわけだが、その左官屋が地元の建築組合のICT講習に動員かけられいやいや出席する。その左官屋を見た若い講師は「デジタルデバイドの最たるものですね。こんな大人ばっかりじゃ、日本に未来はないでしょ、はっきり言って。」と思うわけだ。
●動画のSEO効果-2   2010.5.18
Googleが音声認識技術で動画の中の音声をテキストとして認識できる技術も持っていること、多数の動画共有サイトがYouTubeに掲載された動画を一気にリンクすること、Googleの画像検索でYouTubeに掲載されたどうがキャプチャ画面(静止画)が表示されるようになったこと、そして普通に動画が掲載されていないサイトは見られなくなってきたこと、などが原因でないかと想像できる。まあ、早い話が動画を掲載することが最も確実で効果のあるSEO対策であるとも言える。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●動画のSEO効果-1   2010.5.17
最近では、元々固定客が存在するサイトは別にして、新規に制作したサイトではなかなか検索サイトで表示されないしアクセスも伸び悩む。毎日膨大な数の新規サイトが公開されている中では仕方のないことだろう。ありきたりの、そのへんの書籍に書かれているSEO対策をやったところで焼け石に水のようでもある。ただし、動画をYouTubeに掲載し、その動画をサイト内で読み込んでいる、もしくはオリジナル動画をサイト内に掲載し、YouTubeには同じ動画を掲載してコメント欄からリンクしている、といった場合は別である。比較的短期間に検索サイトの上位に掲載されることが多い。
●ぐず   2010.5.16
何をぐずぐずしてるんだ!と言いたくなるような人間がいる。しかし本人いたって真面目で決してサボっているわけではない。色々と情報を集めて少しでも良い結果を出そうと努力しているのだ。しかし全ての関係者がハッピーになれる解決方法なんてものはない。誰かが犠牲になる、血を流す、痛い目にあう、損をする、ということが無ければ解決しないものがほとんどだろう。それを避けようとして情報を集めれば集めるほど混沌として方向性が決まらなくなるのだ。どこぞの基地移設問題のようなものだ。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●減算法-2   2010.5.15
つまりデータを作る前に例えば10MBのデータが存在していて、そのデータから減算して新たなデータを作っていく。既に上限の10MBが確定されているので10MBを超えることはない。しかも10MBの範囲の最大公約数的なパフォーマンスを実現できる。仮にこれが動画データであれば、画面サイズを固定することで尺によって画質が最大限のものになる。画質を固定すれば画面サイズが変わる。画質と画面サイズを固定することで、フレームレートや音質が可変する。要は作る前からデータの重さが確定している、というような。。と、これが減算法と言えるかどうか?ということにもなるのだが。。
●減算法-1   2010.5.14
例えばだが、通常のコンピュータのデータというのは所謂加算法でできているわけで、これを減算法、つまりホワイトノイズから不要な周波数を削除していって音源にするシンセサイザーのようなことで、データ自体を劇的に軽くするなんてことはできないのだろうか?粘土でモノを作るのは加算法で木彫は減算法。Vカメラのデザインをする時の、ラフなモックアップモデルはスタイルフォームの固まりを削り出して作る。部品を個々に作って組み立てるより固まりを削り出したほうが早いわけだ。例えば3x3ドットの画像データを作る時に、普通は1ドットずつ色を決めて指示していく。これを仮に全9ドットに予め彩度の高い色をつけておいて、制作者の思惑に合わせて1ドット毎に彩度、色相、明度を可変していく。よく分からないが、そんなことで減算法ができないものか? [ウェブページのデザイン事情・画像]
●レシピ   2010.5.13
ホームページを自分で作ったところがなかなか思い通りにいかず「このソフトはダメだ!」と怒るおっさん。ソフトがダメなのではなく、おっさん、あんたがダメなんだよ。レシピの本だって、そこに書かれている通りに作っても、ダメな人が作ればダメな料理しかできないものだ。
●ネット選挙-4   2010.5.12
ということで高齢者でもそこそこネットを利用するようになった2010年、そろそろ解禁してもいいのでははないか…、といったところなのだろう。まあ今まではインターネットの記事は「文書図画」に当るとして禁止されていたわけで、これもかなりの無理矢理感のあるこじつけであった。また一般人が自分のブログの中で選挙期間中に特定の候補者を支持する、または批判することも禁じられていたわけだ。これは「そのくらいいいだろう。」というより、「現実的に取り締まりきれないだろう。」というのも解禁に動いた理由かもしれない。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●ネット選挙-3   2010.5.11
つまり選挙に興味があるのは老人。彼らはインターネットには全く興味が無い、というか知らないわけだ。逆にインターネットに興味があるのは若者。彼らは選挙には興味がなく投票にも行かない。この2種類の人種を無理に融合させようとして空振りに終わる可能性もあった。また急にネットに対応すると、無限の可能性と危険性が潜在するネットのこと、とんでもない投票結果になるかもしれなかったわけだ。つまり政治家としてもスキルや経験が劣っていても広報宣伝能力があれば政治家になれる、ということになってしまうと政治家全体のクウォリティが低下してしまう。
●ネット選挙-2   2010.5.10
インターネットは、ローコストでしかも即座に情報を発信できることが最大のメリット。これを選挙に利用しないということ自体が理解し難い。しかし実際にことが政治に絡むだけに色々と検討しなければならない。インターネットが登場してから15年という時間がかかったわけだが、ある意味これも当たり前の話であろう。今まではインターネット利用者の年齢別グラフと実際に投票に行く有権者の年齢別グラフが全く逆のカーブを描いていたわけだ。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●ネット選挙-1   2010.5.9
インターネットを選挙に利用することで、選挙期間中でも候補者が自身のウェブサイト上で投票を呼びかける記事を掲載、更新できるようにするというもの。これが今までは公職選挙法で禁止されていた。90年後半から色々な動きがあり、この度やっと規制緩和の方向に向かい、2010年夏の参議院選挙から候補者自身のサイトでの選挙期間中の更新が解禁となることがほぼ確実となった。これだけインターネットが普及しているのだから当たり前のことだろう。
●脳みそがマルチタスク-4   2010.5.8
他に、ビデオの撮影と編集、写真撮影と加工、コンセプト作成と仕様書作成、flashファイルの制作とそこに使用する画像制作、などなど、分担して行ったほうが効率が良いものが色々とある。しかし全てを他人に委ねる(=外注)していたのでは、コストがどんどんと上がってしまう。どこまでを一人でやり切るかがコストパフォーマンスが高くリーズナブルなウェブページを作る大きな要素にもなる。であれば、平行作業を出来るだけ避け、1つが完成してから次の作業に移行するというプロセスを守るようにしないといけなくなるわけだ。同時に1つ1つの作業をさくさくと終わらせるようにする必要もある。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●脳みそがマルチタスク-3   2010.5.7
そのような場合には、一人がDTPデザインとイラスト制作との両方のスキルを持っていたとしても、どちらかを違う人間が行ったほうがスムーズに進む場合が多い。一方を他人に委ねることで集中して作業ができると同時に、責任や心配も半分になり、落としどころがブレることもなくなる。ブレそうになってもお互いにブレない方向への要求が出せるからだ。このへんのやりとり一人の人間の脳みその中で行うのは非常に難しいのだ。
●脳みそがマルチタスク-2   2010.5.6
例えばIllustratorでファイル全体のデザインと、そのデザインに使うイラスト制作を平行して行おうとする場合、どちらを優先するかを常に考えつつ進めなければいけない。仮に「デザインが完成していて、そこにハメるイラストを描いていく」または「イラストが全て完成していて、そのイラストを使うことを前提にデザインを行う」ということであれば進めやすいわけだが、平行作業となると、その落としどころが進捗に伴ってブレてしまう。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●脳みそがマルチタスク-1   2010.5.5
ウェブページをデザインする作業としては、マーケティング、プランニング、基本デザイン、サイトマップ設計、仕様作成、コーディング、動画撮影、動画編集、写真撮影、画像加工、イラスト制作、ライティング、などなど色々とあるわけだが、これらは必ずしも順序良くさくさくと行われるわけではない。どこかで平行して異なる作業を行わなければいけないのだが、これがなかなかタイヘンなのだ。脳みそがマルチタスクな処理を要求されることななるからだ。
●一語一句   2010.5.4
一語一句間違えないように、ということではない。一語でも一句でも減らせるところを減らして、出来る限り文章の量を少なくするということだ。あれも書いておきたい、これも言っておきたいということで、どんどんとテキストの量が増えていくウェブページ。作ったほうはそれで安心するわけだが、見るほうは、テキストの多さにうんざりして、何も読まずに去っていくわけだ。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●似非文化人   2010.5.3
地域の子供たちに◯◯を教える◯◯教室というのがあるのだが、なぜ教える対象が子供でるかというと、大人に教えるには教える側のスキルが低いからだ。スキルが低いからビジネスとして需要が無いのでボランティアっぽく子供に教えるぐらいしかないわけだ。なぜスキルが低いかというと、他人に指導されたり批判させるのがイヤなくせにあたかも自分がプロであるかのような自意識やプライドは高いからだ。このような似非スペシャリスト、似非文化人が増えているようだ。
●テレビの衰退-2   2010.5.2
テレビ受像機はレンタルしてきた映画を見る、ゲームで遊ぶ、食事時のBGM代わりに鳴らす、というデバイスになっているようだ。逆にネットでは動画を見るのが当たり前、というか動画の無いサイトを新規に作ってもなかなかアクセスが上がらなくなってきているようだ。テレビ放送は全国の老人ホームに設置する福祉システム。緊急災害時の情報提供システムと割り切ったほうが良いのかもしれない。 [ウェブページのデザイン事情・画像]
●テレビの衰退-1   2010.5.1
テレビの時代が確実に終わりに向かっているようだ。視聴率は何をやっても上がらないし、番組の質も明らかに落ちている。考えてみれば高度成長期から今まで、国民の多くがテレビを見るために膨大な時間を費やしてきた。もしこの時間を何らかの生産活動に利用すればもっと豊かな生活ができていたのかもしれない。しかしテレビにはトレンドウォッチングという一面もあり情報収集のためな重要なソースでもあった。ところが今となっては受け身のテレビよりネットでアクティブにトレンドウォッチしたほうが効率的である。もはや何をやってもテレビの衰退する速度を誰も止めることはできないだろう。
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