▼天声人誤

●アザラシ

アシカ、アザラシ、セイウチ、トド、オットセイ、と言ってもそれぞれどこが違うのかわかる人は少ない。絵に描いてみるとみな同じになる。せいぜいトドは牙があってオットセイは水族館で芸をするといったイメージしかない。

もちろん知っている人からみれば「何だ、そんなことも知らないのか!」ということになるが、それではその人がアヤメ、ショウブ、カキツバタの違いが説明できるかというと、ちょっと難しいのではないか。ちなみに風呂に浮いているのがショウブである。

いずれにしても自分が知っていることを知らない人のことをバカにしてはいけない。自分だって知らないことはたくさんあるのだ。

アザラシの話に戻る。なぜ、アシカ、アザラシ、セイウチ、トド、オットセイ、ジュゴン等はこれだけイメージが似ているのにそれぞれ名前が違うのか?これがトドアザラシとか、アシカアザラシというように全部アザラシにしてしまったほうがまだわかりやすい。

例えばイヌはイヌの中でも、その色、柄、サイズ、使用目的で、あれだけのバラエティーがある。にもかかわらずどれをとっても『イヌ』である。もちろん人為的に作られた部分もあるが...であるならばアザラシも人為的に色々な種類を作ればよいのではないか。そうすることで、「アザラシはこんなに種類があるんだから、『アザラシ』という一つのグループにまとめてあるんだな、」と理解されるようになる。

狩猟アザラシ、警察アザラシ、番アザラシ、盲導アザラシ、救命アザラシ、愛玩アザラシ、麻薬アザラシ、ウナギアザラシ、アザラシのおまわりさん等をそれぞれの目的にあわせて品種改良しながら作るのである。

アザラシはもともと胴が長く手足も短いので狩猟用にはもってこいである。路地裏で警察アザラシに追い詰められた容疑者の精神的ダメージは、イヌに追い詰められたときより大きいはずである。救命アザラシには若干の問題が残る。ブランデーの樽をくくり付ける場所がないのだ。首輪を付けても、すぐにヌルッと抜けてしまう。かといって抜けないように強く締めるとダッコちゃんみたいになって見た目の信頼感に欠ける。

愛玩アザラシにはいろいろな道がある。チワワアザラシは小型に品種改良して、人間の手のひらに乗せられるサイズにしたものだ。けっこうカワイイという人もいるが、たいていの人は巨大なオタマジャクシみたいで...と気味悪がっているらしい。

コリーアザラシを目指して毛足を長く改良しようとしたものがあるが、もともと毛が薄く優性交配を重ねてもなかなか毛は伸びず、稀に突然変異で全身の毛が長い種ができても、でっかい筆みたいであまりカワイクナイとのことである。

仕方無しに考えられたのが頭の毛だけを伸ばしたタイプである。頭だけであれば、何とか5cmぐらいまでは伸びるというのだ。しかし剛毛で1本1本が頭皮に対して常に垂直を完璧に保持しているため、いつも感電しているように見えてしまう。これではまずいというのでポマードでぴったし固めることにした。オールバックのもいるが、まんなかからビッタ分けするのが一般的であるらしい。ポマードはゴミやホコリが付きやすいため室内で飼われることが多く、ドアのすき間などからこのポマードアザラシが現われたときには、たいていの人は「あっ、どうも..」と思わず挨拶してしまうらしい。

パピヨンアザラシを作ろうという試みもなされたが、ご存じのとおりアザラシの耳はかなり小さい。一生懸命品種改良を繰り返したにもかかわらず人間の耳くらいの大きさにしかならなかった。しかもその形が人間の耳に酷似している。これにポマードアザラシを併用することにより、トテモタニントハオモエナイアザラシが誕生したのであった。

このトテモタニントハオモエナイアザラシは、とても他人とは思えない親近感があり、場もなごむというため、多くの人に愛玩され、広く一般に普及していった。愛玩用の他、番アザラシ、麻薬アザラシ、にもこのトテモタニントハオモエナイアザラシが多く使われ、どこの家でも番アザラシにはトテモタニントハオモエナイアザラシを飼うようになった。客引きのため商店で飼われたり、情操教育のため小学校や幼稚園でも飼われるようになり、トテモタニントハオモエナイアザラシの数はあっという間に増えていった。

一方麻薬アザラシとしてのトテモタニントハオモエナイアザラシには多少の問題があった。もともとアザラシはイヌほど嗅覚が鋭くなく、さらに飽きっぽい性格であるため連続して労働することができない。

このため空港の税関などでは交代要員として何匹ものアザラシを常時事務所に待機させておく必要がでてきてしまったのである。ただでさえ狭い税関事務所のソファーの上では5〜6頭のトテモタニントハオモエナイアザラシが腹をびっしりと寄せ合い、それぞれ煙草を吸ったり週刊誌を読んだりして出番を待っている。とてもむさ苦しい光景である。

しかも生の魚ばかり喰うため部屋全体がナマ臭い。さらに生魚を大量に喰うわりにあまり働かない。これでは雇うほうとしても採算が合わない。

税関事務所に限らずトテモタニントハオモエナイアザラシを飼っていた多くの公共施設や企業で同じ問題がクローズアップされるようになり、一般家庭や商店でも、もうトテモタニントハオモエナイアザラシはいらないという声が聞かれるようになった。

結果、解雇され職を失った大勢のトテモタニントハオモエナイアザラシが路頭に迷い、ホームレスとなったのである。もともと人間の身勝手が招いた不幸な運命に腹を立てたアザラシ達は、エッフェル塔に登り、コーンフレークの上に座り、エドガーアランポーを蹴っ飛ばしているのであった。
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