2019年2月


●何もしないやつ   2019.02.19
親戚の中に一人はいる「何もしないやつ」。誰かの介護が必要になったとしても、病院や施設の手配は一切やらない。そして金も出さない。誰かが死んだとしても、葬儀、墓、相続の手配などには一切関わらない。死者の身辺整理も一切手伝わない。そしてそんなやつでも、のうのうと生きていけるのだから緩い社会である。ではそんなやつが改心して、いろいろな事に積極的に関わるようになったらどうなるのか?恐らく、身勝手で、浅はかで、すぐにキレて、周囲に多大な迷惑をかけることになるだろう。だから「何もしないやつ」は何もしないなりに放っておくのが良いのだろう。何かを「する」ようになるよりましなのだろう。


●理論的   2019.02.18
なるほど確かに貴方の言っていることは理論的には正しい。しかし正しいのはあくまで理論的に、であって、現実はそうはいかないのだよ。ということを説明しても、その説明が理論的でないので納得はしない。それを納得するまで説明するには甚大な労力と時間を要することとなる。そして甚大な労力と時間を費やしたところで納得させられるかどうかは分からない。途中で機嫌が悪くなって怒り出したりもしてしまう可能性も高い。ということがあるので、違うと分かっていても、とりあえず「貴方の言う通り」にやってみる。案の定、理屈では説明できない色々なことが起こり「貴方の言う通り」にはならない。そして貴方は言う「やってみたからこそ分かることがある。今回、やってみたことは大きな意味がある」。おいおい貴方以外の多くの人は、やってみる前から分かっていたのだよ。


●エスカレーター(2)   2019.02.17
→昨日の続き。エスカレーターは1基で数千万円するそうだ。設置後のメンテ費用も含めれば、相当な高額のビジネスとなる。エスカレーターメーカーは鉄道会社に対して強力に売り込むのも当然のことであり、鉄道会社側もバリアフリーを考慮して積極的にエスカレーターを導入するというのも理解できる。とはいえ今さら「走るな!」と言われても階段の無い場所では難しいだろう。ちなみにエスカレーターで走るのは日本人だけだそうだ。また日本人でも東北の人は、もともとエスカレーターに乗ったら、おりるまではじっとしているそうだ。岩手県に数ヶ月出張に行っていた東京人が「あ、ヤバイ!エスカレーターに乗っても歩かない癖がついてしまった」と言っていたのを思い出す。


●エスカレーター(1)   2019.02.16
エスカレーターを歩いて(又は走って)上り下りしないようにしよう!という運動があるようだ。これは、急いでいる人(駅には必ずいるはず)は階段を全力疾走せよ!という意味になるのだろうか。階段があればまだいい。上り下りの両方ともエスカレーターの場合はどうするのだ?目の前のホームの電車がスタートするのを、エスカレーターに乗ったままじっとしたまま指をくわえて見ていろ!とでもいうのだろうか?そもそも、元はあったはずの階段をとっぱらってエスカレーターだけにしてしまった時点では、急いでいる人はエスカレーターの片側を走り、急いでいない人はもう片側に身を寄せて急いでいる人を通らせよ!ということだったのではないだろうか。→明日へ続く。


●天ぷらうどん   2019.02.15
丸亀製麺では注文したうどんをレジに持っていく間に多数の天ぷらが置いてある。しばらく観察していると、7〜8割の客が、何らかの天ぷらを乗せてレジへ向かう。通常のうどん屋で天ぷらうどんを注文する人に比べてもかなりの高い確率であろう。いとも簡単に撒き餌に引っかかる、空腹時の人間という生き物の滑稽さを見たような気がした。同時にその撒き餌を出すタイミングの良さには「流石!」と思う企画力。


●呟いておこう   2019.02.14
不可能という選択肢は無い!と言わんばかりに無理難題を押し付けてくる上司。自らが色々な経験を現場で重ねてきた上で言っているのなら理解できるし、部下が手を抜いたり、すぐに諦めたりしないような、「良い按配」で無理難題を指示を出していることも分かる。しかし現場経験の無い、理屈だけで無理難題を押し付けてくる上司は始末が悪い。厚さ10mmの中に全ての部品を納めたコンピューターメーカー、ハイブリット車が市場で受け入れられるまでの自動車メーカー、などの話を例に挙げるのはよいが、エリートの集まりである一流企業と、我々のような田舎の中小企業を一緒にされても困るというもの。てなことを言うと「奇跡を起こした中小企業」の話を聞かなけれいけなくなるので、「一流企業と田舎の中小企業を一緒にされても困る」ということは口には出さずにツイッターで呟いておこう。


●じゃ、あんたがやってみろよ!   2019.02.13
不可能という選択肢は無い!と言わんばかりに無理難題を押し付けてくる上司。自らが色々な経験を現場で重ねてきた上で言っているのなら理解できるし、部下が手を抜いたり、すぐに諦めたりしないような、「良い按配」で無理難題を指示を出していることも分かる。しかし現場経験の無い、理屈だけで無理難題を押し付けてくる上司は始末が悪い。そんな上司に限って思い込みも激しく、思いつきに没頭する傾向が強い。そこで無理難題を押し付けられた部下全員が「じゃ、あんたがやってみろよ!」と心の中で思っている。心の中で思っているだけで決して口には出さないはず、などと思っていてはいけない。SNSがあるということを忘れてはならない。


●楽して   2019.02.12
楽して金儲けがしたい。楽して頭が良くなりたい。楽してみんなに尊敬されたい。楽して有名になりたい。楽して経験値を増やしたい。しかし、どれも「楽」にできることではない。人並み以上の努力と苦労、それに運も重ならなければ実現することはできない。生きている以上、現実とは厳しいものだ。ただ一つだけ、誰にでも楽して実現できることがある。それが安楽死だ。


●Yahoo! Japanのトップページ   2019.02.11
Yahoo! Japanのトップページ。ニュースのヘッドラインと広告の占める面積が半々といったところ。FTTHが浸透して大画面や動画の広告が負荷無く表示できるようになったからなのだろう。ニュースのヘッドラインの最初の3項目ぐらいが政治や経済で残りはほとんどが芸能やスポーツ。こうしてみると普通の人が興味を持っているものの縮図のようで興味深い。半分は、受け身で頭を使うことのない広告。残りの半分のうちの1割ぐらいが政治、経済、国際情勢。残りが芸能とスポーツ、それにグルメや健康。広告費を稼ぐのであれば、まぁ、こんなもんだろう。ここから政治、経済、国際情勢をとったらグノシーだ。


●普及速度   2019.02.10
5000万ユーザーに達するまでに、どれくらいの時間がかかるのか調べてみた結果が以下なのだそうだ。
飛行機:68年
自動車:62年
電話:50年
電気:46年
クレジットカード:28年
テレビ:22年
ATM:18年
コンピューター14年
ケータイ:12年
インターネット:7年
iPod:4年
Youtube:4年
Facebook:3年
Twitter:2年
ポケモンGo:19日
何を基準にどんな方法で調べたのかはよく分からないが、だいたいの雰囲気はあっているように思う。しかし例えば「インターネット:7年」というのは5000万ユーザーに達するまでに7年かかったということで、その7年前にはインターネットユーザーは何人だったのだろうか?つまりスタートの時期が曖昧である。と、細かいことは気にしないで、だいたいこんな感じなのではないか?という感じなのではないか。


●画像検索   2019.02.09
press(ぷれす)する物はpresser(プレッサー)となり、「プレッサー」で画像検索すると、「ズボンプレッサー」がたくさん出てくる。しかし英語の「presser」で画像検索すると、プレス機をはじめ、圧力をかける機器が色々と出てくる。「プレーヤー」ではMP3プレーヤーが、「player」では動画再生アプリの画面とサッカー選手。「クーラー」ではエアコン、「cooler」ではクーラーボックス。「クリーナー」では洗剤、「cleaner」では掃除機。「ファイト」ではファイト的なイラストや文字、「fight」では格闘技のキャプチャ。「モンキー」はHONDAのオートバイ、「Monkey」ではサルの写真。「レコーダー」ではDVDレコーダーが、「recorder」では縦笛(リコーダー)。「グラフィック」ではグラフィックデザインの一例が、「graphic」でも、ほぼ似たような感じ。「アクシデント」ではスポーツなどのアクシデントの1コマが、「accident」では交通事故の写真が。 「グラフィック アクシデント」では、本の表紙やポスターみたいな画像が、ただし「graphic accident」は、良い子の皆さんは絶対に画像検索しないように!


●人間らしさ   2019.02.08
人と人とのリアルでのコミュニケーションがどんどんと希薄になり、人間らしさが失われていく時代になってしまったことを寂しく感じる…。とか言われているが、よく考えてみよう。人間らしさなどというものはとっくの昔に失われている。現代人はもはや電気と水道が止まったら1週間で死んでしまうし、裸足で野山を駆け回って獲物を獲って食べることもできない。夜明けとともに起きることも、日暮れとともに寝ることもできないし、寿命で自然死することすら難しくなってきている。今さらリアルでのコミュニケーションが希薄になったくらいで騒ぐことではない。


●仕事をやり終える   2019.02.07
ひとつの仕事をやり終える。普通は、この時点で「できたー!」という気分が優先してしまい、いま終わった仕事を客観的に自ら評価しようとはしない。しかし客観的に見れば、修正したほうが良い箇所や、問題がある部分はたくさん見つかる。普通の人が普通にやった仕事が、一発でパーファクトになることはない。しかしやり終えたばかりの時に客観的に自ら評価するのは難しい。だから「先生」や「上司」が、その行為を代行してくれるわけだ。だいたいにおいて「仕事のできない人」は、その「先生」や「上司」から指摘された部分をやり直そうとはせずに「できない」理由を色々と考える。そんなに無理くりの理由を考えることに使った「労力」を、指摘された部分の「やり直し」に使ったほうがリーズナブルであろうと思えるのだが。


●むし   2019.02.06
虫ではないのに「むし」で終わる言葉。ちょっとしたことにもすぐ泣く人は「泣虫」。すぐ弱音をはく人で最近はペダルにつく形容詞が「弱虫」。クサリヘビ科マムシ属に分類される毒ヘビは「マムシ」。足に生じる真菌性感染症は「水虫」。日本料理の一つである「茶碗蒸し」。気づいているが敢えて無視に徹するのが「ガン無視」。千葉県「山武市」。行政機関などに提出する申請書、届出書、報告書などの作成などを行なうのが「社会労務士」。ビタミンDと日光不足からカルシウムとリンの代謝が異常になる子供の病気を「せむし」。そして全ての言葉に共通しているのは「むし」を省くと、全く意味が分からなくなるということだ。


●Chrome   2019.02.05
Google Chromeがブラウザのシェアを独占し、あのどうしようもないInternet Explorerから決別できる日が近づいてきてほっと一安心と思いきや、今度はそのGoogle ChromeのiOS版に問題が多くて困った事態となってきた。日本ではiPhoneユーザーが極端に多いためにスマホでのシェアはまだSafariの半分程度であり、そのうちの多くがAndroid版のChromeであるため、iOS版Chromeを使っている人は少ないようである。そもそもがiOSはSafari、AndroidはChromeという感じの棲みわけで、AndroidでもSafariという場合もあったが、iOS+Chromeという国合わせはいささかイレギュラーの感もあった。しかしこれだけPCでChromeが席巻してくると、いずれはスマホもChromeが天下を取るのではないか?とも思えてくる。とはいってもiOS版Chromeでは「う、動かない!」といったJavaScriptやCSSが多く、Internet Explorerで苦労した記憶が蘇ってくる。Chromeに救われChromeで泣く。苦労無というわけにはいかないようだ。


●Amazonをかたるフィッシングメール   2019.02.04
↓良く見れば不審な点はたくさんある。

①ロゴが縦長
②実名で来るはず
③Amazon.co.jpと書くはず
④Amazonにとっては残念ではない
⑤理由はちゃんと書く
⑥こんな言い回しはしない
⑦メール本文にリンクが皆無


●誰も観てくれない動画(2)   2019.02.03
→昨日の続き。例えば30秒のテレビCMの制作費に数千万かけることもある。そのくらい制作に費用をかければ、それなりに多くの人に観てもらえる動画を作ることができる。しかし普通の人はそんな予算は無い。であれば撮影前に徹底して面白いシナリオを考えておいて、撮影後は徹底して編集に時間をかけて、全体のクオリティを上げるしかないだろう。10年前であればホームページに動画を載せるだけで凄かったが、今では観る人もテレビとインターネットの感覚的な隔たりは無い。つまりテレビと同じくらいのクオリティでなければ誰も観てくれないということだ。もちろんそのハードルは相当に高い。高いのを分かっていて乗り越えるか、または潔く諦めるかの、二つしか道はない。


●誰も観てくれない動画(1)   2019.02.02
インターネット上には、誰も見ないであろうコンテンツが無数にアップされている。その中には大量の「誰も観てくれない動画」も含まれている。いい加減、テキトー、無責任に撮ったものであれば、撮ったほうも誰も見ないであろうことは分かっている。しかし真面目に作ったにもかかわらず、その内容が「誰も観てくれない」であろう動画も少なくない。例えば、役者の演技が素人っぽくて見ていて恥ずかしいもの、短く編集しようという努力をしていないもの、ストーリーに展開やオチがないもの、BGMがミスマッチで不快、だらだらと長いだけのもの、などなどだ。そしてそんな動画に限って高画質であったりもするので稚拙加減が際立っていたりもする。では観てくれるようにするにはどうしたらいいのか?→明日へ続く。


●言語   2019.02.01
言語は、物事を考える時に使われているのだろうか。咄嗟の判断や、衝動的な行動では、恐らく言語は使われていないだろう。考えを言語に変換して、言語で考えてから、行動に移したのでは間に合わないからだ。コンピュータにはプロトコルという言語はあるが、それは人間が使う言語のように煩雑でややこしいものではないはずだ。そして人間が使う言語のように「音」や「文字」に変換してから伝えられるものではない。ダイレクトにDoor to Doorで相手に伝えられるはずだ。ということは、人間が使う言語というものは、敢えて正確に伝わらないような仕組みになっていて、そのことが情報伝達方法の進化に繋がっているのだろうか。「言語は思考がまとう衣装のようなものだ」と、カルロス・ゴーンが言っていたように。



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