2004年11月

●スタイルシート   2004.11.28

最近のサイトのソースを見ると、ほとんどがCSS(カスケードスタイルシート)を使っている。デザイナが作ったと思われるサイトの大半はフォントサイズもCSSで指示しているようだ。

アクセシビリティの問題は別にしても、果たしてこの方法が結果的に良いのかどうか?という疑問もある。特に同じディレクトリ内にSCCだけを記述したテキストファイルを置いた場合、確かにこのファイル1つを変更することで、サイト全体のファイルを一斉に変更できるというメリットはある。しかし逆に単独のHTMLファイルでは、最終デザインが正しく表示されないという問題もある。

サイト内のファイルを複数の人間が分担して更新をする時などは、思わぬ勘違いデザインが発生する原因ともなる。

また、最初は一括してCSSで指示しようと思って始めたものの、ごちゃごちゃと細かい修正や更新を重ねていくうちに、結局はフォントのサイズも色も、直前のタグで指示するようになってしまうものでもある。
●flashで.txtファイルを読み込む   2004.11.27

flashファイルを作るとき、テキストを「テキスト入力」とし、特定のフォントを設定して、色やサイズを指定し、変数を入れてあとはそれなりのActionScriptを書く。こうすることで.swfファイルと同じ階層に置いた.txtファイルを読み込むことができる。つまり更新時に.txtファイルを書き換えるだけで良いということ。

このテキストファイルは記述したまんまの状態で表示される(HTMLも極めて基本的なものだけは対応しているがtebleとかは無理)。 従ってExcelの「列」や「行」ごとコピペするだけでOKなので、Excelを他の方法を使ってHTMLに変換するよりもかなりめにラクちん。

ただし見た人にとってはどこがflashなのかは分らない。何でこのページにflash playerのダウンロード用バナーがあるのだろうか?ということにもなるのだが。
●担当者   2004.11.26

クライアントのウェブ担当者。つまりサイトを構築していく過程でも情報のやりとりの窓口業務であるのだが、これが経営者自身である場合と、従業員である場合とがある。経営者の場合は運営や企業そのものに対する質問に対するレスが良い反面、インターネットやパソコンに関する問合せには、なかなか的を得た回答が返ってこない場合が多い。担当者が従業員である場合は、これが逆になる。

困るのは当初経営者が担当していたものが、何となく途中から従業員に代わってしまうこと。そしてさらに困るのは無理難題をその従業員えを通じて要求してくること。こんなリクエストは確かに直接はしづらいであろう内容。。

従業員からの要求。大抵の場合、本人の意思なのか上からの命令なのかは察しがつくだけに対応にも苦慮することになるのだ。
●キャリブレーションとプロファイル   2004.11.25

モニタの設定の話。キャリブレーションは、モニタを標準的な状態に設定し画面の明るさを最適な状態にすること。プロファイルはそのモニタの標準設定にいかに近い状態で表示するか分析したファイルを作ること。だそうだ。

MacOS Xでは、これが「システム環境設定」で、ある程度きちんとした標準の状態が作れるようだ。しかしWinXPでは、OS自体ではきちんとした設定はできないようで、MicroSoftのサイトでも専用のハードウェアを使うように促している。しかしこのようなことを意識してモニタをキャリブレーションして使っているユーザーはどれくらいいるだろうか?

恐らくほとんどの人は、モニタの経年変化による明度や輝度の低下に任せるままの状態であろう。そういった環境の下で「文字が暗くて読めない」と言われても困るのでもある。となると仕方なしにどんな環境下でもそれなりに見えるような色を選ばなくてはいけない。

絶妙な色使う、特にダーク系基調の場合は難しくなる。まあこれはTVのコンテンツでも同じこと。しょーがないところであろう。
●Webのアクセシビリティ-5   2004.11.24

そもそも米国のリハ法508条にしてもポルトガルの法律も、現在の高齢者が生まれたとき時からタイプライター文化に慣れ親しんできた異国の話。多くの高齢者がパソコンとE-mailを自在に使っているのだ。しかもキーを打つ時に「変換」なるものもなく、26種類のアルファベットと10種類の数字、そしていくつかの半角記号だけで、手書きよりも圧倒的に速く文章を作っている。

つまり欧米中心に展開されているこのような流れをそのまま翻訳して輸入したところで日本のITレベルでは追従できないということになるのではないか。かといって日本独自でのWebアクセシビリティを構築できるのか?といえば、それも難しいところであろう。OSもブラウザも根幹はアメリカ製であり、その仕様に倣わなければ意味はない。というかアクセシビリティ以前に、OSとブラウザのバージョンアップと日本語化だけでも付いて行くのにいっぱいいっぱいのような気もするのだが、いかがなものだろうか。
●Webのアクセシビリティ-4   2004.11.23

老眼対策。こちらも色々と問題がある。日本では何かというと欧米に倣えという風潮が強いのだが、米国やポルトガルでは高齢者でも生まれた時からタイプライターを利用してきた人たちであり、恐らく大半の人が普通にパソコンとインターネットを利用していることだろう。

しかし日本の場合は、インターネットが高齢者にも普及したとは言いつつも、実際には50歳を越えるとインターネット利用者の割合は激減し、60歳以上では、限りなくゼロに等しい。

つまり老眼対策したところで、実際に老眼の人がサイトにアクセスする割合は非常に低いのである。

しかしながらアクセスログを見た限りではアクセス人の年齢は分らない。アンケート調査をしてもインターネットの利用者などという抽象的な回答には全くもって信憑性がない。高齢者の多くは、週に一度程度パソコンを触るだけでも自称「インターネット利用者」であり、キーボードで文字入力ができれば自称「パソコン中級者」なのだ。

そもそもパソコンをいじっている間も、それがウェブなのかローカルなのかという認識も曖昧である。なんせYahoo! JapanはWordと同じアプリケーションだと思っている人もたっくさんいるのだ。
●Webのアクセシビリティ-3   2004.11.22

全盲者の中には、先天的に目の見えない人と後天的に視力を失った人とがいる。後者の場合は、現在は視力を失っているものの、見えるという感覚は理解しているので、例えばaltタグの記述には単に「画像」ではなく「公園で親子が楽しそうにお弁当を食べている写真」といったような具体的な説明があったほうが良いという人もいるだろう。 音声認識ソフトでは画面のテキストを順番に読み上げて行くので、altタグの記述が単に「画像」とか「写真」で終わっている場合と、上記のように具体的な内容が記されている場合では、画像の多いページを1ページ閲覧する際の時間に大きな差が生じる。

つまり視覚障害者でも個人個人で要求するものに相違はあるはずであり、単なるアクセシビリティという枠の中で対応することが利用者にとって良い結果に繋がるのだろうか。

その自治体の中で、視覚障害者の数、全盲者の数によっては、職員がウェブに掲載した元となったテキストデータ(Wordや一太郎など)を、直接メール添付で送ったり、CDに焼いて届けたりしたほうが効率的ではないか?とも思うのである。

また、全盲の人の中で実際にパソコンで音声認識ソフトを利用している人。インターネット接続の環境を持っている人。全てではないだろう。場合によっては点字にした書類のほうが有り難いという人もいるだろう。
●Webのアクセシビリティ-2   2004.11.21

日本国内での視覚障害者の数は約30万人。うち、全盲の人は12万人。つまり1000人に1人が全盲者ということになる。これは例えば人口10万の自治体であれば100人。1万の自治体では10人が全盲者ということになる。そして全盲者がパソコンでウェブサイトを閲覧する場合には、通常音声認識ソフトを利用する。

もし、自治体のウェブサイトがこういった人たちに対応するならば、全ての画像データにはaltタグでその内容が分るように補足を入れる。flash等の動画系のアプリケーションは使用しない。テキストを画像データ化したものは使わない。PDFも不可。というようなことをしなければならない。

しかし例えば人口1万人の自治体の役所のウェブサイト。10人の全盲者のためにこのような対応をするというのはどうなのだろうか?

決して数が少ないからどうこうというわけではなく、そのくらいの人数であれば、役所の介護福祉課の職員が人海戦術でケアしたほうが効率的ではないか?とも思うのである。
●Webのアクセシビリティ-1   2004.11.20

昨今Webのアクセシビリティなる言葉をよく耳にする。米国ではNII(国家情報基盤)の政策、および政府の調達基準を決めるリハ法508条の中で、公的機関のWebサイトをアクセシブルにするガイドが出されていたり、ポルトガルでもあらゆる公的機関のWebサイトはアクセシブルにすべしという法律が成立しているとのこと。

さて日本でも高齢化が進み老眼や視覚障害者に対する考慮が必要となってくるということ。ではあるのだが、じゃ、具体的にどうすればいいのか?という点については制作者側からからの疑問も多々あるようだ。

WWWコンソーシアムの中のWAI(Web Accessibility Initiative)がガイドラインが出してはいるのだが、果たしてその通りにすれば良いのか?これに則ることで、アクセシビリティが向上するもののユーザビリティが劣化することはないのか?日本の実情に合っているのか?というような問題もあるようだ。
●ノートンとる   2004.11.19

Norton AntiVirusをアンインストールした。Windowsを起動してLiveUpdateで最新のウイルス定義ファイルに書き換えるまでに数分かかる。クライアントからの電話で表示内容を確認するときなどは、この起動時間は長過ぎ。ではUpdateを解除して、時間のあるときに更新すればよいのだが、そうなるとWindows Updateで充分なのではないか?いずれにしても最新のウイルスはチェックできないからだ。これにSymantecのオンラインウイルススキャンを併用すれば、何もNorton AntiVirusというパッケージソフトを入れなくても良いのではないか?とも思ったのである。

Windows Updateだけでも大半のウイルスに対して有効とのこと。であれば毎年数円払ってNorton AntiVirusをバージョンアップすることもないだろう。これは設定にもよるが、Norton AntiVirusが入っていることでの意外な副作用も多い。その要因がNorton AntiVirusにあることが分らずに原因追及に相当な時間を費やすこともあるのだった。
●コンセプト   2004.11.18

多くの日本の企業は、その存在意義や社会的役割、経営方針、企業理念などなど、コンセプチュアルな部分が全くもって決まっていないというか意識せずに経営されている場合が多い。せいぜいあっても「標語」程度。何となくやっているとか、先代から受け継いでそのままやっているとか、他にやることもないので、などという回答が多い。 ということが、いざホームページを作る段になって改めて実感する経営者。少なくともトップページに書くキャッチフレーズぐらいは、すぐに言えるようではないと、ホームページのコンセプトも決まろうはずも無し。である。

そうは言っても、創業年月、従業員数も、尋ねられると「えーとぉ。。。」と、空を眺めて指を折る社長さん。
●Firefox1.0   2004.11.17

やっと1.0の日本語版がリリース。Safariを意識したNetscapeの簡易版という印象なのだが、実は改めてNetscapeのダウンロードサイトを見てみたら、AOLメッセンジャーとかがついてこないブラウザ部分だけのダウンロードもできるようだ。そうなるとFirefoxの位置づけは?とも思うのだが。

それはさておきMacintosh用での問題は、フォントサイズが一回り小さく表示されるということ。これには困る。0.9や英語版1.0では、こんなことはなかったのだが。制作側の標準ブラウザとしてはちょっと使えないだろう。特にCSSでのptでの表示は9pt以下が読めないような状態。

Windows版のほうはこういった問題はないようだ。特にWin用としては、お手軽ブラウザとしての需要は増えるのではないかと予想される。Homeのアイコンがもろに犬小屋であったりもするが。

それから検索用のバーが下のほうに出て来るのは便利。だと思う。
●IE for WinXP   2004.11.16

フォントの問題あるものの(といっても普通に使う上で問題があるわけではなく、あくまでも制作側から見て、Macintoshと比べて、という意味)、なんとなくスキンで高級感を出しているので誤摩化されている気分にもなる。で、コメントとしてはWin98用の違いということになるのだが、これは極めて細かい部分の話となってしまう。その1つがスクロールバー。なぜか見た目は細身なのだが、画像としての占領しているエリアが若干大きいようで、同じ画面サイズでも98用では現れなかったスクロールバーが表示されてしまうことがあるようだ。

これと関連しているかどうかは分らないが、一部CSSで、スクロールバーの表示に関する記述が98用とは多少異なる表示結果となることもあるようだ。

それとポップアップウインドウの表示の可否が選択できるのは有り難い。なぜ有り難いかと言えば、この機能によってGoogleのツールバーが不要になるからだ。ちゃんと1024*768を想定して作ったはずのページが「縦スクロールしないで収まるようにしてほしい」というクレームが来る。よくよく聞いてみればGoogleのツールバーをインストールしていたため、であったりもするからなのだ。
●IE for Win98   2004.11.15

ついでなのでブラウザのコメント。NetscapeやSafariに関しては過去に色々書いてきたので今回はIE6 for Win98。で、これはもう言うまでもなく最も安定した完成度の高い環境。2000もMEも基本的に同じ。つまりこれがスタンダードなので特にデザイン的な部分ではコメントすることもない、というのも恐らく現在公開されているウェブページの多くはこの環境で制作されたものであり、環境が変わることで発生する不具合や問題点は「この環境(Win98、ME、2000でのIE5〜6)に比べて」という注釈がつくわけだ。

あえて言うならば、普段Macintoshを使用している目で見れば、「なんときったないフォントなんだろう」。Macintoshで作ったページをWindowsで見て最も悲しいのがこのフォントである。そして読みづらい。で、結果として「やっぱり一回り大きくしようか。。」という気分にもなるものだ。
●どこまで考慮するブラウザ?-3   2004.11.14

では実際にウェブページを制作するときにどうすればいいのか?もちろんそれぞれの環境をチェックできる設備は必要である。もしくはそういった設備を持った人に常にチェックしてもらえるような人脈や交友関係でも良い。いくらなんでもWindowsのInternet Explorerだけでしか確認していないというのではウェブ制作者としておカネはとれないだろう。

とはいえ5%のMacintoshユーザーのため、合計でもせいぜい2〜3%のInternet Explorer以外のユーザーのためにそこまでチェックするのも面倒なハナシでもある。が、これは仕方のないところ。ここで手を抜くことは同業他社から突っ込まれるには恰好のネタともなる。しかし仮にWinXPのIE6だけでOKならば大幅な作業時間の削減になることも確かなのだが。。
●どこまで考慮するブラウザ?-2   2004.11.13

ここにきてMacintoshでのInternet Explorerの開発中止、Mozillaの若干の復活、Safariの普及でMacintosh用が混沌としてきた。つまり開発中止が決定し、今後のシャアの縮小が確実なInternet Explorerを除いては、Safari、Mozilla、Operaといったところはやはり考慮すべきであろう。Mozilla、Operaに関してはWindowsでの利用者も無視するわけにはいかない程度のシェアもあるかもしれない。アメリカでは某公的機関がInternet Explorerの使用を控えるように公言したくらいなので、Internet Explorer以外のブラウザのシェアも多少は増加しているようでもある。

とはいえ大半のユーザーはWindowsXPでInternet Explorer6を問題なく使っているという現実もあり、クライアントの多くがこの環境であるため、これさえクリアしておけばそうそうクレームが来ることもないというのも事実でもある。
●どこまで考慮するブラウザ?-1   2004.11.12

ウェブページをデザインするときにはある程度の異なった環境も考慮しなければならない。とはいっても現在ではWindowsXPでのInternet Explorer6のシェアが恐らく70%程度。残りの大半もWindows98、ME、2000でのInternet Explorer6。全体の5%程度が MacintoshでブラウザはInternet Explorer、Safari、Mozilla系と様々。OperaはWindowsでもMacintoshでも若干%。と、こんなところだろう。

で、どこまでを考慮するかという様々な意見もあるようだが、ウェブ制作者の「どこから無視するか?」という意見の多くはその対象が自分が使っていないブラウザだったりもするのであまり参考にはならない。またはその環境で、どうしてもうまく表示できない部分があったりすると、利用者が少ないことを理由に無視に踏み切ったりもしているので気をつけよう。
●Java   2004.11.11

JavaとJavaScriptは全く別物。JavaScriptはNetscape社とSunが共同で開発したHTML文章中に直接記述することによって手軽にプログラムを実行させることができるScript言語。まあその当時Javaが話題になっていたので便乗したいう感じだろうか。

かつて細川護煕が総理の時に細川ふみえが、宮沢喜一のときに宮沢りえが、それぞれ売れたのと同じようなもの。中身はさておき聞いたことあるような名前がとっつきやすいのだ。

NHKのラジオのアナウンサー。「○月○日、○○○ホールにて『おかあさんといっしょ』の公開録画を行います。観覧ご希望の方は(中略)…おなじみのポロリ、ピッコロ、……」少し間をおいて「ジャバジャバも登場します。」正しくは「じゃじゃ丸」(自分の局のキャラの名前ぐらいは覚えとけ!)。ウラオモテヤマネコなのだそうだ。

商品のネーミングは聞き覚えがあり言いやすいものがやはり良い。フォルクスワーゲンでは「ゴルフ」は世界的にヒットしたが「ポロ」はほとんど売れなかったとか。
●基本構想   2004.11.10

家を建てるとき。リンビングはこんな風にしたい、キッチンはこんな感じ、玄関はこんなイメージで、ロフトをつけてカーポートはこの写真のように。。と、それぞれイメージを持っていることは有り難いのだが、では肝心の「どんな家にするのか?」という部分の構想が何もないと困るはずである。敷地も建坪も予算も工期も無制限ではない。必ず限られた条件の中で設計、施工しなければならないはず。当たり前の話ではあるのだが、これがホームページともなると、この当たり前の話がなかなか通用しないものでもある。

ショッピングカートを設置して商品を売りたい、掲示板を設置してコミュニケーションをしたい、メルマガを発行したい、トップページはflashにしたい、週に1回は更新したい、動画を取り入れたい、と、それは分った。じゃあどんなホームページにするんですか?

会社案内?ショップ?B2B?個人的情報交換?受注窓口?商品紹介?。。。と、ここが全く決まっていない場合が多いのである。
●flashでどうする更新ページ   2004.11.9

ウェブサイトの全ページをflashで作る。これはウェブデザイナにとっては、それほど難しいことでもないし、デザイン的にも個性的で楽しいものができる。ただしネックになるのはやはり「更新」であろう。タイムラインの中に更新した内容を追加する手間は半端ではない。かといって更新の可能性があるページだけを通常のHTMLで作ったのでは、全ページがflashであるという意味合いが薄れてしまう。

例えばテキストデータだけであれば、flashファイルと同じディレクトリに.txtファイルを置いて、その内容を表示させるということも可能である。しかし、これもレイアウト的に制限があり、デザイン的に満足のいくものにはならないようだ。

となるとサーバ側も本格的にいじってオリジナルの掲示板のようなものを作るということになるのだが。。そこまではデザイナとしてはなかなかやってられない。。flashでどうしようーか更新ページ。
●薄型   2004.11.8

技術の進歩に従い大抵のメカものは小型軽量化の方向に行く。最近のデジカメやノートPCも然り。持ち運びするものは軽薄短小であるに越したことはない。そしてこれらを実現するためには開発者の並々ならぬ努力がある。各部品メーカーも含めて、コストや発熱や耐久性の問題を一つひとつクリアしていかなければならない。

ただし限界というものもある。例えばフロッピーディスクドライブ。ディスクが一段移動しなければならないので、その移動量を含めた絶対的な厚さが必要。それと規格で寸法が決まっているコネクター類。10BaseのLANコネクター、モジュラージャック、ディスプレイコネクターなどがノートPCを薄くするためのネックともなる。

もはやフロッピーはほとんど必要ないので問題はないが、コネクター類はすぐに解決できるものではない。と、このような事情を知った人が買ってきた超薄型のノート。10BaseのLANコネクターが付いていなかったのでEthnet Cardを買う。ディスプレイ出力も専用カードを購入して対応。そしてし半年ほど経ったある日、ヒンジのところがキャップになっていて、こいつを開けてみたらLANコネクターとディスプレイ出力端子が最初からついていたことを発見。
●買い物かご   2004.11.7

それにしても皆さん買い物かごが好きなようだ。確かにネットショップを開設したときに、レジを含めたショッピングカートのシステムが整っているといかにもネットショップらしいし、買う人の手間も簡略化できるというもの。ただし作る側にとってみれば、フリーのCGIやレンタルサーバ、プロバイダーの既成のサービスを使うにしてもなかなか簡単にはいかない。さらにクライアントの細かい要求に対して100%応えられるとも限らない。もちろん1から開発するとなると、それなりのコストも手間もかかる。

それ以前の問題は、果たして手間ひまかけて買い物かごを設置したところで、取り扱う品物が、本当に売れる商品なのか?ということ。消費者が本当に欲しい商品であれば、買い物かごの有り無しは二の次であるはず。実店舗でも、買い物かごもレジもなく、店主がそろばんはじいて手さげ金庫におカネを出し入れいているという理由で、購買を止めるということも少ないだろう。
●変更依頼   2004.11.6

デザイナに限らずクリエータやデベロッパにとって変更依頼というのは恐ろしいもの。制作側のミスやコンセプト構築の甘さであれば仕方ないが、クライアント側の一方的な理由である場合には弱るものである。しかも、そんなとこ変えたってアクセスも売上げもデザインも変わらないであろう、というような思い込みの部分である場合も少なくない。

そしてここからが駆け引き。無下に断るかわにもいかない。しかし全て受け入れていたのではやってられない。一筋縄では行かないのである。快く受け入れる・追加コストの要求・納期の延長依頼・謝罪・懇願・憤慨・無視、などなど、相手の出方のよって色々と使い分けて乗り切らなければいけない。制作者といえども営業スキルが必要となる部分だ。

そして1つだけ確かなコト。それは絶対に本気で怒ってはいけない、ということ。
●有効活用   2004.11.5

電話やインターネットのような通信機能は無いが、液晶画面とキーボードを備えた携帯性に優れた小型のPDA。高機能なアドレス帳と辞書機能。アラーム付きの時計。画素数は少ないがデジカメとしても使え、短いムービーも撮影できる。そして価格はタダのようなもの。が、ほとんど活用されてはいない。機種変して戻ってきた古いケータイのことである。

どうせ使い道はないなどと言わずに、まだケータイを持っていない小中学生に与えよう。アドレス帳も電子辞書もデジカメも時計もこれ1台で間に合う。何と言ってもやたらとプリクラしなくなるので有り難いものでもある。
●Gデザイナの場合   2004.11.4

クライアントがグラフィックデザイナ(Gデザイナ)である場合がある。ことデザインというものに対しては話が通じやすいし、色、フォント、構成、雰囲気で伝える専門用語などなど、仕事を進める上で快適であったりもあする。また、Gデザイナのほうで全てデザインをしてもらい、Illustratorのデータで受け取ったものを、そのままHTMLに落とし込んでいくという方法もあり、これはこちらの仕事が「作業」だけに集中できるし、デザイン的な部分がNGとなる可能性も極めて少ないので効率も良い。

逆に問題は、変更依頼である。Illustratorのような版下作成のアプリケーションでは、目に見える部分を変更すれば良いのだが、ウェブの場合はそうはいかない。目に見える部分の裏ではソースというものが書かれているのだ。時には1枚の画像をいくつにも分解して、一部にリンクを貼ったり、ロールオーバーにしたり動画にしたりもする。それをIllustratorの感覚で「ここの色を変えて欲しい」と簡単に言われても困る。さらにflashともなると、ボタンを1つ増やす、色を1っ箇所変更するだけでも、時として全体に手を加えなければいけなくなる。と、その仕組みを少しは理解してほしいものだ。が、理解していれば自分で作ることになるのだろうが。。
●非常識   2004.11.3

マレーシアから技術者を呼び寄せ、日本の企業で働いてもらう。そこで用意しなければならないのがメッカに向かって礼拝する部屋。マレーシアにはイスラム教徒も多く、毎日の礼拝を欠かさない。

さてこの礼拝であるが、一部の日本人は「この切羽詰まった忙しい時に、何も礼拝なんてしなくていいじゃないか?」と思うこともあるだろう。逆にイスラム教徒にとってみれば、「なぜ日本人は誰もアラーにお祈りしないのだ?」ということにもなる。

仮にインド人が食事を手で食べたとする。これはいくら習慣といっても日本人が同席しているテーブルでやるべきことではない。同様に欧米人が同席している会食で、そばを音をたてて食べるのは下品以外の何ものでもない。

このように国家、民族、宗教によって「常識」なるものは様々であり、どれが正しいなどと言えるものではない。同様に、同じ日本人の中でも、年代、業種、地域、などで、色々な常識や非常識がある。価値観も多様化している中、他人のやることに「非常識だ!」などと言うことは非常識なのかもしれない。
●取り説-2   2004.11.2

スーパーで買ってきた野菜。食べるのを忘れて冷蔵庫の中で1か月。さすがに腐ってしまって捨てるしかない。農家の人が丹精込めて育てた野菜。肥料をやって雑草を取り、陽の光を浴び充分な水分を含んで愛情を注がれ育った野菜。それを食べずに腐らせてしまったという罪悪感と悲しさ。何とも情けない気持ちになるものだ。

しかし取り説だって同じ。間違って捨てちゃったとか、どっかに行っちゃた。なんて軽々しく言う人もいるようだが、原稿を書く人間は〆切間近に徹夜で仕上げ、相次ぐ変更依頼を必死で処理した編集者。考えられない納期で版下を制作したオペレータ。納品後に誤字が発覚して製本所に休日出勤して開梱してシール貼りをしたメーカーのスタッフ。この取り説1冊ができるまでには多くの人の血のにじむような努力と苦労が結集されていたりもするものなのだ。
●取り説-1   2004.11.1

取り扱い説明書。きちんと読めばその機械の操作方法はほとんど説明されている。しかしこの取り説を全く読まずにその機械、主にデジカメなどの操作方法を他人に聞いて済まそうという人がいる。

いくらメカに詳しい人間でも、同じ機械を使ったことがあるとか、その機械の開発や販売に携わったことでもないかぎり、結局は取り説を読まなければその取扱い、操作方法の詳細はわかるはずもない。

確かに取り説を読むのは面倒である。人に聞いて分ればそのほうがラクでもある。と、そのことを知ってか、「取り説がなくなっちゃった」という理由で人にその操作方法を聞いたりする新手の作戦もあるので気をつけよう。
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