2014年12月
●規則正しい生活 2014.12.31 | ||
毎日規則正しい生活をするのは簡単であり健康にも良い。しかし忙しい忙しいと言いながら規則正しい生活パターンを変えようとしないのは愚か者だ。毎回のように時間に間に合わなくなる。そして「あと1時間あれば間に合ったのに!」と嘆く。そういう人間に限ってゆっくりと時間をかけて食事をして毎日ゆっくりと風呂に浸かっていたりする。コンビニで買ったサンドイッチを食べながら仕事をする、風呂はシャワーだけにする、というか風呂は2、3日入らなくても死にやしない。歯だって1日磨かないからといって虫歯になるわけでもないし、そういう細かいところで時間を作っていけば1時間ぐらいはすぐに作れるはずだ。規則正しい生活を柔軟にアレンジしないからワンパターン人間になってしまうのだ。しかしサンドイッチを食べながら仕事をして風呂はシャワーだけにしたところで結局最後は間に合わなくなることを本人も周囲の人間も分かっていたりもする。
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●裏付け無しに物事を断定してはいけない 2014.12.30 | ||
最近は「○○の若者が増えている」と、ありがちの話なのだが、では実際に「○○の若者が増えている」という調査結果が公開されているのだろうか?「○○の若者が増えている」と感じるのは特定の狭い業界だけであったり、その人の身の周りにたまたまそういう人がいるだけなのかもしれない。「○○の若者が増えている」ということが事実だとすれば、そのことを裏付ける確実なデータが必要だ。○○年○月に○○で20代の男女1000人を対象に行われたアンケート調査によれば、とか、もっと短くても「○○社の調査によれば」でも良いし「○○大学で学生100人に聞いてみた結果」でも良い。要するに5W1Hをちゃんとしろ!ということだ。思いつきや雰囲気、個人的に感じたことだけで物事を断定してはいけない。それをやっていると、いずれ対外的な信頼を失うことになるだろう。
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●知能指数 2014.12.29 | ||
知能指数が平均より高いからといって「私は知能指数が高い」などと口にするような人は知能指数が高くても「心の知能指数」は高いとは言えない。心の知能指数が高い人は他人と比較して満足感を得るということはしないし、他人と比較して自分が不幸だ、などとは思ったりしない。また目の前の問題にばかり気をとられることもなく、俯瞰的、大局的にものごとを捉えることができ、過去にとらわれることもなく、常に完璧を目指しはしないし、感情に流され負け戦をすることもない。心の知能指数(EQ)テストを実施するタレントスマートが行った100万人以上を対象とした調査結果だそうだ。
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●クラウド 2014.12.28 | ||
多くのMacユーザーが使っているAdobe製品の細かい設定の保存や読み込みはiCloudで出来るということはあまり知られていないようだ。例えばPhotoshopやIllustratorの「アクション」はそのままiCloudに保存できる。昔はOSの中の「拡張機能」で該当項目を見つけなければならず、OSXになってからはライブラリなどから該当しそうなファイルを探さなければいけなかった。そして代わりに外付けのHDなど物理的な記憶媒体を引っ張り出してきて作業をしなければいけなく、そこに費やす時間を考えると1からアクションを設定したほうが早いかどうか猛烈に悩むところであった。ネット上に作る「仮置き場」は工夫次第で色々な使い方ができる。しかしWEB屋としては昔からFTPで仮置き場に頻繁に出入りしていたのでなかなかクラウドという実感がない。FTPでサーバにアップすることは「クラウド」と呼んではいけないのか?
有名人の似顔絵 | ||
●相対評価 2014.12.27 | ||
無人島でたった一人で生まれ育ったとしたならば、その人は自分の容姿については全くの無頓着で考えもしないことだろう。しかし同じ島に同じ年頃の住人が複数暮らしていて、その中に異性もいたとするならば、年頃になると全員が自分の容姿について深く考えるようになる。そのへんは人間の生物としての生殖本能でありレベルの差はあれジャングルで求愛のダンスを踊る鳥と同じようなものだ。同じ品種の生き物が複数存在し、それぞれの個体が競い合うことによって人間(生物)はそこで相対評価というものを行うようになる。求愛のダンスを踊る鳥にしてもそのダンスの上手い下手、または魅力度については人間が見ても分からないが鳥たちには分かるようだ。ある意味そこにはかなり専門的で奥深い相対評価の基準があるのかもしれない。いずれにしても元々は子孫を残すための相対評価というものが色々な場面で応用され、人類の発展に寄与したことは間違いないだろう。
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●悩み 2014.12.26 | ||
順風満帆で何も悩みや心配事が無い人は滅多にいない。いたとしてもその状態が恒久的に続くことも有りえない。そういう意味では人間は常に悩と共に生きているとも言え、悩みがあってその悩みを解決しながら生きていくから人間は成長もするのであろう。しかし誰しもが悩みの無い状態になることを望んでいる。だが仮に悩みごとが全く無い状態が1年間続いたならば、人間は腑抜けになってしまうのではないだろうか。日々の仕事や人間関係の中にも小さな悩みは沢山あって、それを1つずつ解決しながら生きていくわけだ。又は自然に、又は外的要因で、又はもっと大きな悩みの影で忘れ去られ、悩み自体が消滅することも少なくない。だから悩みを悩みとして考えるのではなく、悩みを課せられた課題として受け止めていけばかなりストレスは軽減されるだろう。そうもいかない重い悩みもあることも事実ではあるが。
話題の人の似顔絵BLOG | ||
●いじめはなくならない 2014.12.25 | ||
いじめはなくならない。学校の廊下で突き飛ばしたり、学食で嘲笑を浴びせたりといったいじめは下校すれば何の問題もなかった。しかしネット上のいじめが横行する今ではいじめの苦痛が24時間年中無休で続く。SNSやオンラインコミュニティとの関係を絶たない限り、子供に安住の地はどこにもない。それだけ現在のいじめは切実でしぶとい問題となっている。しかしこれらのいじめと表裏一体となっているのがSNSでありオンラインコミュニティであるということも事実のようだ。いじめられたくなくなりたいならばFacebookやtwitterやLINEのアカウントを削除すればいいことだ。しかしこれらは友達とのコミュニケーションを断つということにもなり、年頃の子供たちにとって流行に遅れることは、いじめに遭うよりも恐ろしいことなのだ。
新座市に生息する動植物写真集 | ||
●アイディア 2014.12.24 | ||
アイディアを捻出するというのは最も高度で最も消耗する作業だ。それだけに誰でも出来るという仕事ではない。よく「社員にアイディアを募る」ということを行うよう会社があるが、義務として出したアイディアはロクなものはない。アイディアは出すだけでなく、1つ出したら次のアイディアを考える。敢えて1度出したアイディアを否定して対局のアイディアを考える。こうしていくつもいくつも出したアイディアの中から使えるものを選別していくという地道な作業が必要だ。閃きとか思いつきとか気付きとかはその場だけの自己満足であり、実際には極めて現実的で多くの人に支持されるようなアイディアでなければ上手くいかないし採用もされない。1つのアイディアが閃いただけで「オレは天才だ!」などと思っているのは二流だろう。
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●これ見よがし 2014.12.23 | ||
オヤジはこれ見よがしが好きだ。でかい望遠レンズを付けたガンレフをこれ見よがしにぶら下げて公園を歩いていたりする。しかしその動作は本気でいい写真を撮ろうとするプロのカメラマンのそれとは明らかに違う。QuicKGarage(Appleの正規修理サービスショップ)にMacBook Airをこれ見よがしにに持ち込んで待合室でキーボードを叩いている。しかしその画面を覗いてみると、わざわざMacBook Airで使わなくてよいだろうという程度のものだ。このようにこれ見よがしが好きなオヤジによって多くのカメラやコンピュータが消費されている。その性能やポテンシャッルとは関係なく、ただ、これ見よがしのためだけにである。そしてそのようなこれ見よがしが好きのオヤジたちによってカメラやノートPCの需要は支えられているのかもしれない。
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●段取り 2014.12.22 | ||
段取りのできない人の机の上はすぐに散らかる。書類を作り始めると、参考資料や書きかけの下書きなどで机の上があっという間に埋まり、その被害は食卓の上や床にまで及ぶ。こういう人にはどんなに広い部屋を与えてもずぐに全床面積を占領してしまうことだろう。そして最終完成系をファイリングすべくファイル(リアルの)やフォルダ(リアルの)までしっかり用意はしていて、それらが「散らかし」に拍車をかける。例えば1つの企画を実行する場合「段取りと終われば8割はできたようなもの」と言われるが、こういう人は完成を焦って、プランニングとアクションがごっちゃになって結局自分でも収集がつかなくなる。できた書類も基礎工事のできてない建築物のような危なっかしいものになる。何かを「作る」ときには、どんなときでもしっかりとした段取りが必要である。
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●写メ 2014.12.21 | ||
「写メ」とはJ-フォンが2001年に命名したサービス「写メール」の略で、カメラ付き携帯電話で撮影した画像を添付したメールのことだった。広義には、というか現在では、スマホや携帯電話で撮影した画像自体を「写メ」、撮影する行為自体を「写メを撮る」という。そして今や世界中どこに行っても世界中の人たちが写メを撮っている。交通事故の現場などでも多くの民衆が躊躇うことなく写メを撮っている。撮った写真をどうこうするのではなく、とりあえず撮っておくという行為が世界のデフォルトであるようだ。地球最後の日には地球に落ちてくる巨大隕石の写メを世界中の人が撮影することだろう。撮った写真をどうこうするのではなく。
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●強い心 2014.12.20 | ||
社会に出て最も使えない人間は、「頭が悪い」でも「態度が悪い」でも「躾がなっとらん」でも「遡行が悪い」でも「教養が無い」でもない。それは「心が弱い」人間だ。どこにどんな欠点や問題があったとしてもあの手この手を尽くして直すことができる。自主的に反省して痛い目にあってやり直すこともできる。しかし「心が弱い」人間は他人に注意されたり指摘されたり指導されたり否定されたりすると、それだけで何事も改善したり修正したりしなくなる。反対に打たれ強く滅多なことで心の折れない人間はどんな職場でも通用する。知識や技を身に付ける前に、まずは心を鍛えて強くしよう。話はそれからだ。
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●いつまでも同じ物を使い続ける 2014.12.19 | ||
いつまでも同じ物を使い続けるのは決して悪いことではない。だが世の中の変化を知らずにずうっと同じものを使い続けて大損をこく場合もある。例えばインターネットサービスプロバイダーとの契約。新しいサービスやコースが次々と生まれているにもかかわらず20年前のコースを更新しないで使い続けていると、現在の月1000円より劣るサービスに対して月1万円払っていたりもする。例えばプリンター。20年前の超でかくて超遅くて交換インクが超高くてしかも社員二人でネットワーク接続で使っていてSCSI接続だったりする。こんなのは無駄のカタマリ以外のなにものでもない。さっさと捨ててしまって新しいのを買ったほうが良いはずだ。といいうように普段は特に不便を感じずで使っているものでも一度考え直してみると、大幅なコストダウンができるものはたくさんある。 話題の人の似顔絵BLOG | ||
●縦割り 2014.12.18 | ||
縦割りは役所だけではない。スタッフの人数が多くなってくると民間企業内でも容易に起こりうる。多くの企業ではホームページ窓口担当者が確定していない。そうすると各部署で自分の管轄するページだけに変更依頼が来る。例えば消費税値上げに伴う価格表示の変更を自分の部署で取り扱ってる商品にだけ変更依頼をしてくる。「他の部署の商品やサービスは今のままでいいの?」と尋ねると「聞いてみる」と言ったまま半年ぐらい放置の状態が続く。「担当者がつかまらない」とのことだ。そしてそんな企業に限って役所の縦割り行政の悪口を言い放題だったりもする。
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●脳みその役割 2014.12.17 | ||
知識というものは自分の頭の中になくても良い。調べる方法と手段がわかっていれば良い。脳みその中に図書館があるのではなく、書斎のすぐそばに高速検索機能を備えた壮大な図書館があったほうが良いということだ。そうしてみると人間の脳みそ自体の役割、求められる品質、ポテンシャル、その仕様も大きく変わってくるだろう。物凄く優秀な人間でもほとんどの漢字が書けなかったりもするようにもなってくるだろう。知っているから偉いのではなく、いかに素早く知ることが出来るかがその人間の価値を決めるようになってくるだろう。HDをパーテーションで細かく切るのではなく、演算処理を素早く行えるようにメモリーに常に余裕をもたせておくことが必要になってくるようだ。
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●温暖化 2014.12.16 | ||
子供の頃、カレンダーの挿絵は6月がアジサイとカタツムリ、11月は紅葉したモミジだった。現在では梅雨といえば7月、紅葉は12月であろう。温暖化で季節が1ヶ月後にシフトされてきたのか?それとも、もともとそうだったものをカレンダーということで季節を先取りしようとしてそのようになったにかは分からない。いくら温暖化が進んだといっても季節が1ヶ月ずれるためには尋常ではない急激な温暖化の進行が必要な気もする。それに縦に長い日本列島では梅雨の時期も地方によって異なるし、紅葉も標高や緯度によっても異なるはずだ。もっとも梅雨のない北海道に住んでる人は6月の挿絵がなぜ雨降りとカタツムリだったのかは謎のまま育ったそうだ。いずれにしても「温暖化」は余計な想像と危機感を人々に与えるようだ。 コンビニ・スマホ・ホームページ | ||
●名刺 2014.12.15 | ||
名刺の整理といえば社会人にとって年末恒例の作業であった。しかし最近ではこの作業を行う必要がだんだんと薄れてきた。名刺交換をした後には相手の電話番号をスマホの電話帳に登録し、メルアドをスマホかPCのアドレス帳に登録してしまえば名刺そのものは全く不要となる。従って名刺入れにはその出し殻となった名刺本体が2度と日の目を見ることもなくファイリングされているだけだ。そんなものを整理したところで意味もない。数年後に名刺入れごと捨てるだけの話だ。
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●DVD 2014.12.14 | ||
MacからDVDが消えた。新しいMacにはDVDやCDを挿入すべくスリットが無い。そういえばiDVDというアプリもバンドルされなくなっている。考えてみれば当然のことかもしれない。もはや滅多なことでは使わなくなった円盤型のメディアである。そしてDVDの生い立ちは不幸とも言える。技術的には実用可が可能だったにもかかわらずメーカー間での規格の統一に10年以上の時間がかかり、発売されることには、もはや物理的メディアの時代は終わろうとしていたのであった。もっと早く実用化されていればさぞかし便利だったろうと思う反面、もっと早く実用化されていればDVDのディスクコレクターにとっての消滅のダメージはもっと大きくなったことだろう。
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●ダラダラとしている時間 2014.12.13 | ||
時間が無いのではなく、時間は作るものだとよく言われる。時間というのは一定の速度で誰にでも平等に与えられると思われがちだが、実はその使い方、過ごし方によって大きく体感速度が変わるものでもある。集中して仕事をしていると「もうこんな時間!?」と焦ることがある。逆にダラダラとしていると「まだこんな時間?」ということになる。ダラダラとしている時間には脳みそに大した情報は入ってこないので、脳みそも「情報処理」という仕事をしないで済む。脳みそは「情報処理」という仕事をし続けることによって潤滑油で常に潤い錆びずに寿命も長くなるのだ。一生のうちのダラダラとしている時間が長ければ長いほど、その一生の時間も長く感じられることだろう。しかしそのほとんどが生きていても大した価値のない時間ということになるのだろう。
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●「やってらんない」SEO業者 2014.12.12 | ||
多くのSEO業者にとって「思ってたんのとちゃう!」「こんなはずじゃなかった!」という現象が続出し、Googleにいいように振り回されているようだ。例えば「h1」を使うべし。とか優れた構造化によりページデザインにするべし。といったようなかつてのSEOの常識とされていたことは、今や都市伝説となり口承となってしまったようだ。結果だけも見てそのアルゴリズムを想像するのも限界があるだろう。何の更新もしていないコンテンツが希薄でバナーを並べただけのページが突然検索結果の上位にくることもあれば、毎日のように更新してオリジナリティーもあり見る人にとっても有意義なサイトであっても常に「圏外」だったりもする。こんな状態ではSEO業者も「やってらんない」ことだろう。今、残っているSEO業者は「ITに長けた優秀な会社」ではなく「怪しい業者」だけになってきているようだ。
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●フリーソフト 2014.12.11 | ||
デジカメで撮った写真のファイル名はやたら桁数が多くしかも拡張子が大文字だったりもする。大量の写真をウェブに掲載する場合にはブログならともかくhtmlでは桁数の少ない連番で拡張子も小文字にしたいもの。これを手作業で変更していくのはなかなかしんどい。仕方がない、しんどいのを我慢してやるっきゃない!と思う前に、まずはそれができるフリーのソフトを探してみよう。手間のかかること、面倒なことに対しては今では自動で処理してくれるソフトは大抵はある、と思ったほうが良い。世界中のアプリの開発者は日夜「ネタ探し」をしているはず。ちょっとでも不便に思うことがあればそのほとんどがフリーソフトが対応済みと考えるべきであろう。それにしても便利な世の中になったものだ。ちなみにファイル名を変換してくれるフリーソフトは20種類ほどあるようだ。
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●壊れてないのに捨てなきゃならないもの 2014.12.10 | ||
IT技術は日進月歩であるのだが、そのスピードはあまりに速すぎる。PCの周辺機器などでは壊れてないのに捨てなきゃならないものも多い。さらに一度も使ってないにもかかわらず、捨てるしか道のないものも少なくない。例えばWEBカメラ。Skypeやハングアウトを頻繁に使う人はそう多くはないだろう。しかしいつWEBカメラを使う時が来るかは分からない。その日のために用意しておいたはずが、気がつけば順次バージョッバップしたOSに対応しなくなり、ただのガラクタとなってしまったという例もあるだろう。例えばビデオカメラのリモコン。ビニール袋から1度も出さないままに捨てられることもある。数年前に買ったMacProは外付けのHDを読まなくなった(他は異常なし)ので修理に出す間を凌ぐためにMac miniを購入。ところが処理速度に体感的な差がなかったため、結局Mac Proは修理に出さずにそのままMac miniを使い続けたということもあった。Mac Proのほうはコンピュータという役割がオットマンに変わることになった。とまぁこれはあくまでも個人のはなしであり、ITブームに乗って起業したが経営が立ち行かなくなって倒産したIT関連企業の事務所などには、その何十倍もの「壊れてないのに捨てなきゃならないもの」があることだろう。
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●俺は優秀なはず 2014.12.09 | ||
俺は優秀なはずと信じて疑わなかった人が、優秀な成績で大学を卒業して、それなりに有名な企業に就職し、それなりに出世し、それなりの幸せな人生を歩んできた。ところが優秀であったにしても有名な何か賞を受賞したわけでもなく、マスコミに取り上げられたわけでもなく、多くの人に名前を知られたわけでもない。優秀なはずと信じて疑わなかった人であれ博士や大臣になれたわけでもなく、国会議員や大学教授や有名企業の社長になれたわけでもない。俺は優秀なはずと信じて疑わなかった人のほとんどがそんな人生を歩んできたのだろう。
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●忘れると元々知らない 2014.12.08 | ||
朝、何を食ったか忘れるということはボケの始まりだそうだ。しかしこれには個人差がある。食べ物に対する拘りと執着によって大きく異なるだろう。ファミレスでノートPCで納期の迫った仕事をしながら食べたものは「日替わりランチ」であることは覚えていても一つひとつのおかずまでは覚えていない。また味やかたちは記憶にあっても、その名前までは覚えていない、というか元々知らなかったりもする。海外旅行に行ったときに乗った飛行機がボーイングだったのかエアバスだったのかを覚えていないという人も多いが、実はその多くは「元々知らなかった」りもする。人は知らないというとこは恥ずかしいので、代わりに「忘れた」という便利な言葉を頻発したりもするようだ。
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●FireFox 2014.12.07 | ||
ブラウザのシェアはGoogleChromeが世界征服しつつある。Safariはスマホやタブレットで独占状態にあり、Internet Explorerは衰退の一途のようだ。そしてかつて世界をNetscapeNavigeterで席巻した末裔に当たるFireFoxはどうなったのだろうか?とりあえずパソコンにインストールはしてあるものの、滅多に使う機会もなくなってきたという人も少なくないだろう。使うといえばChromeやSafariではアカウントが足りなくなって、いちいちログアウトするのが面倒な時に使う「第三のブラウザ」として、ぐらいであった。しかし実はFireFoxならではの画期的な使い方がある。それは「スマホのエミュレーターとして使う」ことだ。他のブラウザではパソコン上で幅を縮めていくと、一定の幅以上は縮まなくなる。ところがFireFoxだけは「割り箸の袋」ぐらいまで狭くできる。工夫次第では十分にスマホのエミュレーターになるのだ。
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●動画の編集 2014.12.06 | ||
動画の多くは編集されている。ナマでだらだらと長い動画は見るほうにとってはすご〜く退屈だからだ。退屈さを我慢して見るにしても見るために長〜い時間を必要とされる。1分を超える動画は見ないという人もいる。現代人は忙しいのだ。しかし編集することによって事実の誤解、強調された表現、特定の方向への誘導、など事実と異なる印象を視聴者に与えることもだきる。野党議員が語気を強めている部分だけを集めて編集すれば答弁する執行部側が腰抜けのような印象を与える。大リーグでのマー君の三振のシーンだけ集めて編集すれば防御率0点の投手に見える。とはいえ30秒のCMでもその内容をそのまま信じれば世の中「画期的で素晴らしく、しかも安い商品」で溢れかえることになる。そして今どきの視聴者はTVCMを100%鵜呑みにすることは無いだろう。しかし困ったことに、編集された動画を見て、その印象を鵜呑みにしてしまう人間も少なからずと存在することも事実のようでもある。
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●知名度 2014.12.05 | ||
広告は出来るだけ大量に投下するにこしたことはない。しかし大量に投下したからといって黙っていても売れるのかというとそうではない。「◯◯って知ってますか?」「さぁ〜?」「あのテレビでよく宣伝している◯◯ですよ!」「あっ、あの◯◯ね!」というふうにセールストークできるための素材なのだ。大量に投下していたからこそ「さぁ〜?」の次のトークができるのだ。さらに誰でも知っているはずの「カップヌードル」も「コカ・コーラ」も名前を忘れられないようにするために何度も何度もしつこくコマーシャルを打つ。そうすると超急いでいるときにコンビニに入りカップ麺を選ぶ時に、自然と「カップヌードル」を手にするようになる。
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●すぐに諦めると何も出来ない人になる 2014.12.04 | ||
泳げない人は水泳を甘く見ている。水泳は全身運動であり身体の各部位にそれなりに力を入れて懸命に動かさないと泳げないのだ。しかし泳ぎ慣れた人を傍から見るとその懸命さが見えない。だから泳げない人はちょっと水の中でバタバタと身体を動かしただけで「だめだ。泳げない!」と決めてしまう。スキーにしてもそうだ。スイスイと滑っているように見えても、腰や膝にはそれなりの力が入っている。スポーツだけではない。楽器の演奏、絵画などでも同じだ。出来る人も傍から見ていると、特に苦労もしないで軽くやっているように見えても、実はそれ相応のエネルギーを消費しながら懸命にやっているのだ。「何もできない人」に共通しているのは、何をやっても「ちょっとやってすぐに諦める」ということだろう。
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●好まれる営業職とは 2014.12.03 | ||
若い営業職の人は「若い」「新鮮」「かわいい」「一生懸命」というようなことで取引先から愛顧にされる。また歳下のほうが色々と依頼、懇願、強請しやすいので若い営業職は好まれる傾向にある。これが歳を食ってくると、「一生懸命」や場合によっては「かわいい」という形容詞は残るにしても、「若い」「新鮮」という形容は使えなくなる。代わりに「くどい」「しつこい」といった負の形容が当てはまるようにもなる。そうなってくると営業成績は伸び悩み、焦った態度が余計に「くどい」「しつこい」という印象を与え、負の悪循環となっていく。多くの営業職が「若い頃は輝いていたのに歳をとってしょぼくれている」という状態になっていたりする。歳をとっても好まれる営業は、まず「面白い」ことであろう。「面白い人間」は老若男女関係なく、万人に好まれるものだ。好まれるかどうかは別にして「妙な説得力がある」というのも年配の営業ならではの特徴だろう。また、歳をとればとるほど「徹底した低姿勢」というのも好まれる秘訣だろう。いずれにしても生き残っていくためには、人としての明らかな「キャラ」が必要なのだろう。
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●Excel 2014.12.02 | ||
世界中の企業や事務所でスタンダードに使われているのがExcelであろう。こればかりはスマホやタブレット端末というわけにはいかず、デスクトップコンピュータが必要になっている。逆に言えばExcelを使わないとしたら特にWindowsのデスクトップコンピュータは必要ないのではないだろうか。もちろんCADやDTP、DTM、3Dや動画編集にはデスクトップが必要になる。しかしそれは言ってみれば専門職であり、自家用車に対しての工事用車両のようなものだ。Excelを使う人は専門職とまではいかないので自家用車に対してライトバンや商用のワンボックスといったところがデスクトップコンピュータということになるのだろう。そうなるとExcelを使わない人の自家用車に相当するものはデスクトップコンピュータである必要はなく、スマホやタブレット端末になっているということだろう。いずれにしてもWindowsのデスクトップコンピュータはExcelの専用機になりつつある。
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●殺人 2014.12.01 | ||
「お前にはもう用がなくなった。死んでもらう!」とか「これで最後だ。何か言い残すことは無いか?」とか「最初にオレを殺しておくべきだったな。」とかは殺し屋が相手を殺す前に吐く台詞だ。しかし実際の殺し屋は相手に考える余裕も与えず、できれば気が付かれないまま、間髪を入れずに殺してしまうということが、動画サイトに数多く投稿された動画を見ると分かる。さらに銃であれば1発で終わることは少なく何発も何発も撃ち込んでいるシーンを見ることもある。目的が相手を殺すことだから相手に考えるスキ、反撃できる可能性は全て排除するのは当然のとこである。そして確実に殺すためにはできるだけ多くの銃弾を撃ち込むというのも理解できる。映画やドラマでは必ずと言っていいほど、殺し屋が殺す前に台詞を吐くのだが、実際の殺人はもっと無機質で殺伐としたもののようだ。人間はどんな人間であっても、生きる間に見てきたものの記憶、そのたびに揺れ動いてきた感情、そして支えてくれた愛する人々が存在する。そういったものを一瞬で消し去るのが殺人だ。殺人とは非情に重いものであり、いくらフィクションであっても軽々しく映画やドラマで頻繁に扱うシーンではないように思う。実際の殺人はもっと安易で瞬間的なものなので、なおさらそのように思う。
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