2018年8月

●TJライナー   2018.8.31
東武東上線を走っている特急より止まる駅の少ない列車がTJライナーだ。この車両、真ん中が通路で左右に二人掛けのシートが進行方向に向かって並んでいる。しかし二人掛けであるため赤の他人が並んで座ることは普通は躊躇する。窓側に座れば降りるときに通路側の人に避けてもらわないといけない。中長距離なら別にして、東武東上線は通勤用の短距離であり、赤の他人と並んで座るぐらいであれば立っていよう、と思うのが普通のようだ。その証拠に二人掛けシートには各一人ずつ座って、その他の乗客は全員立っているという光景を頻繁に見かける。そしてどうやらこのTJライナーには着席整理券というのがあって、さらに乗車券のみで乗車できるが、着席の保証はない。なのだそうだが着席整理券なるものを使っている人を見たことはない(もっとも持っていたとしても見せることはないだろうが)。さらにTJライナーでは座席が水平方向に90度回転して通常運用のロングシートモードにもなるそうだ。だったら、いつもその状態のままでいいじゃん!とも思うのだが。

●上手い!と言われたい   2018.8.30
音楽でも美術でも文学でも演劇でも、ある一定のところまで行って、それ以上上達できずに壁にぶち当たっているという人間は履いて捨てるほどいる。そして壁にぶち当たっている人の多くは「上手い!と言われたい」「褒めてもらいたい」という意識が強く働いているために、そのことが枷になって上達を妨げているのであろう。他人からどう見られるかとは関係なく、自分のやりたいことをとことん突き詰めて魂を削れば一流になれるはずだ。他人の目を気にしているようなミーハーな精神では、いつまで経っても二流のままなのであろう。

●制圧力   2018.8.29
先生の話を全く聞かない生徒。偏差値が低ければ低いほど人の話しを聞くことができない。しかし日本の学校の先生の中には生徒の偏差値とは関係なく、全く話しを聞いてもらえない先生が多すぎはしないか。先生の資格とは学力ではない。まずは教室での「制圧力」である。この制圧力が無ければ、どんなに知識や技能を持っていても何の役にも立たないのではないか。教員の免許を取得するためにも「制圧力」の試験が必須だと思うのだが、いかがなものだろうか。まぁ、そういうものは OJTで身につけなさいということなのだろうけど、一生「制圧力」が身につかないまま終わってしなう教員も少なくないように思える。

●エレベーターの「閉る」ボタン(2)   2018.8.28
→昨日の続き。ではなぜシンボルマークが国際規格化されないのだろうか?その答えは簡単で、日本人以外は「閉」ボタンを押さないからだそうだ。数秒待てば自動的にエレベーターのドアは閉まることを世界中の人は知っているとのことだった。

●エレベーターの「閉る」ボタン(1)   2018.8.27
エレベーターの「閉る」ボタンを間違えて「開く」ボタンを押してしまうことがある。もちろん逆の場合もある。なぜ間違えるのか?それは「閉」と「開」の漢字が似ているからであり、英語の「C」(CLOSE)と「O」(OPEN)が似ているからであり、「内向きの三角2つ」と「外向きの三角2つ」が似ているからであり、「閉」と「開」の重要度のプライオリティーが瞬時には判断できないため「開」ボタンにのみ色を付けても意味が無いためであり、統一規格がないためであろう。例えばビデオの三角がプレイであり四角がストップであることは誰でも一目瞭然であり瞬時にも判断できる。ということで明らかに見分けがつくシンボルマークで国際規格化することで解決できると思うのだが。→明日へ続く。

●免疫力   2018.8.26
国内での喫煙者の数は劇的に減っている。しかし肺がんの患者数は増加している。原因は簡単だ。人間の煙に対する免疫力が落ちているからだ。土間や風呂場で薪を燃やし、仏壇にはロウソクや線香、路地や畑では焚き火、駅や役所や会社や列車や飛行機やラーメン屋などではたくさんの喫煙者。というような環境にいれば誰だって煙に対する免疫力はは強化され、多少の煙で健康を害することはなくなる。結核菌に対する免疫を高めるためにBCGワクチンを射つということは誰もが知っていることだろう。煙も同じだ。普段から少しずつ吸っていれば免疫力は高くなるのだ。病気を治すのは薬ではなく、免疫であるという、あったり前のことを忘れてはいけない。無菌状態での生活が免疫力を著しく低下させ、すぐに病気になってしまうようになるということも。とはいえ薬は免疫よりも即効性があり、大きなビジネスにもなるだから仕方がないか。

●嫌われるSNS投稿   2018.8.25
嫌われるSNS投稿内容の1位は「仕事のネガティブ投稿」、2位が「仕事の充実アピール投稿」、3位が「忙したアピール投稿」、4位は「自撮り写真の投稿」となっている。考え方によっては投稿の多くはこの1位〜4位に含まれているのではないか。そしてこのアンケートに答えたのは、仕事もプライベイトも充実していない僻みっぽい人が中心のようにも思える。またこの結果に対して「これ以外、何を投稿するんだろう」「要は何ツイートしても嫌われるんやろな」「何もツイートできませんねぇ」などの意見もある。総じて感じるのは「みなさん、よっぽど嫌われるのがイヤなんだ」ということと「その割に他人を嫌うことが好きなんだ」ということである。

●台風   2018.8.24
Wikipediaによれば、低気圧域内の最大風速が約17m/s(34ノット、風力8)以上にまで発達したものを指す呼称が「台風」なのだそうだ。中心気圧が1000ヘクトパスカルを下回ると台風、というのは間違いであるようだ。また最大風速が約17m/sを下回ると温帯低気圧になるわけだが、これは扇風機の「強」が「弱」になるわけではなく、リニアに可変していくものの、ある数値を基準に人間が勝手に決めただけのハナシだ。従って台風本人も「あ、もっと気合いを入れないと、オレも温帯低気圧に落ちぶれてしまう…」などとは考えてはいない。また台風の「名前(アジア名)」は全部で140個あり、140番目の「サオラー(ベトナムが命名)」まで使用されると最初の「ダムレイ(カンボジアが命名)」に戻るループになっていて、2017年台風第23号より4周目に入っている。命名した国はアジア各国に割り振られていて、日本が命名したのは、5番目の「テンビン」、19番目の「ヤギ」、33番目の「ウサギ」、47番目の「カジキ」、61番目の「カンムリ」、75番目の「クジラ」、89番目の「コグマ」、103番目の「コンパス」、117番目の「トカゲ」、131番目の「ハト」となっている。ちなみに今回の台風20号は「シマロン(フィリピンが命名)」で意味は「野生の牛」なのだそうだ。ということで名前と規模や勢力とはリンクしていない。そして台風17号が強い感じがするのはドラゴンボール世代だ。

●起業   2018.8.23
国税庁の調査によると、起業をした10人中9人が、5年の間に廃業に追い込まれているということだ。ある意味これは適正な数字であろう。もし起業をした10人中9人が10年後も成功して事業を継続していたとすれば、日本中会社だらけになってしまう。日本中には420万社近くの会社があり、その数が無尽蔵に増えいくことになってしまうわけだ。もちろんそんな数に対応するだけのマーケットは無い。だから10人中9人が廃業になるわけだ。そして残りの成功した1人の代わりに、既存の事業者が1人が廃業しているということになる。すでにエレベーターの中には人がびっしり詰まって乗っている。この中に乗ろうとしても「ブー」とブザーがなって乗れないようになっているのだ。それでも無理に乗るのであれば、既にのっている誰かを強引に引きずり下ろすだけの並外れたパワーと、その行為に罪悪感を感じない並外れたツラの皮の厚さが必要だということになる。

●Google検索を回避するメタタグ   2018.8.22
朝日新聞がアリバイ作りで書いた吉田証言虚偽訂正記事の英語版にGoogle検索を回避するメタタグを埋め込んでいることが発覚した。<meta name="robots" contents="noindex,nofollow,noarchive"></meta>というやつだ。2000年頃にはよく使ったタグだ。ホームページを作って正式ではないサーバーに仮にアップロードし、その仮のURLをクライアントに伝えて確認をしてもらう。その際にGoogleのクローラが仮にアップしたホームページを発見してしまうとGoogleのインデックスに登録されてしまうため、これを回避するために<meta name="robots" contents="noindex,nofollow,noarchive"></meta>をよく使った。2000年の世界のホームページの数は1,000万程度だった(英国Netcraft社)。しかし2016年には11億になっている(Internet Live Stats)。また2008年にGoogleが発表した「世界のGoogleインデックス数」は1兆にもなっている。ということで、Googleのクローラが仮にアップしたホームページを発見してしまう可能性は限りなくゼロに近くなっているので、<meta name="robots" contents="noindex,nofollow,noarchive"></meta>を使わなくなって久しかった。しかし今回の朝日新聞の件で、<meta name="robots" contents="noindex,nofollow,noarchive"></meta>が今でも有効に使われていて、きちんと動作しているということが分かった。懐かしい。

●そうだ 京都、行こう。   2018.8.21
JR東海が1993年から実施しているキャンペーンである。首都圏や中京圏から京都へ観光客を誘致するため、映像やキャッチコピーを駆使して京都の風景を紹介しているもので、2016年10月現在、24年間で77カ所・93本のテレビCMが撮影・放送されたとのこと。「そうだ 京都、行こう。」で取り上げられた寺社に観光客が多くつめかけるなど、その影響力は大きかったとのこと。しかしそのつめかけた観光客がJR東海、つまり新幹線を利用したのかどうかは不明である。新幹線の本数は簡単には増やせないはずだし、座席にも限りはある。またこの期間には阪神・淡路大震災、リーマンショック、東日本 大震災、2020年東京五輪決定など、観光客の増減に大きく影響する出来事もいくつかあった。ということで成果の数値化が難しいのは地域プロモーションの課題であろう。

●中毒   2018.8.20
中毒性のある音楽、中毒性のある絵画、などは「聞かず(観ず)にいられなくなるもの」であり「何度も続けて聞きたい(観たい)という衝動に駆られるもの」というようなニュアンスで使われることが多いようだ。しかしWikipediaによれば、中毒とは「ある種の物質を体内に摂取することにより機能障害をひき起こすこと。」となっている。つまり機能障害を引き起こさない限りは中毒とは言わないというとこになる。では「機能障害」とは何か?となると「生理機能が損なわれている状態。」ということになる。では生理機能とは何か?というと、栄養分の吸収や排泄といった身体の機能、ということのようだ。つまり中毒性のある音楽とは『栄養分の吸収や排泄といった身体の機能を損なうくらいに聞かずにいられなくなる音楽』ということになり『食事を摂るのも排泄するのも忘れて聞き続けてしまうような音楽』ということになるだろう。いくらなんでも、そんなものは無い。

●言語   2018.8.19
大連、広東、青島から来た中国人留学生。彼らはお互いの出身地の方言では会話が通じないそうだ。そこで中国語の会話は「中国語」で行っているそうだ。「それって北京語?それともマンダリン?」と聞いてみると、彼らは首を傾げ「う〜ん。。。中国語」と答える。「共通語の中国語?」と聞くと、一人は「そうそう」と答え、二人は首を傾げる。お互い非常に面倒くさいので、最近ではお互いの会話に「日本語」を使っているとのこと。彼らの日本語のスキルは決して同じではないはずだが、そうやって均一化、標準化されていくのだろう。世界中には◯◯語(母国語以外)を話す〇〇人というのはたっくさんいることだろう。そしてそういった人たちが言語を攪拌しながら、言語全体が少しずつ均一化、標準化されていくのだろう。ゲルマン語とラテン語が中和されて英語ができたように、いずれ世界は一つの言語で統一されていくのが大きな流れなのであろう。

●無限少数   2018.8.18
無限少数ですぐに連想するのが「π」であろう。πは最も代表的な無限少数である。しかし直径10cmの円を描いてみると、その円の円周の線は確実に繋がっていてループが閉じている。その円を描いた直後では、まだ円周率をHDDが計算している最中なので、プーペで拡大して見ると、微かにその円周には隙間ができている、などということはない。必ず円周の線は繋がっている。この無限少数を解消するためには、例えば、円周率は「3」としてしまえば良いのである。ついでに1/3 = 0.3にしてしまい、1/7 = 0.1にしちゃえ!というようなことになってしまう。であっても普通の人は「売り上げ」とか「給与」とか「確定申告」とか「成績」ぐらいしか計算しないので、差し当たって不自由はしないだろう。

●宇宙には何も無い(2)   2018.8.17
→昨日の続き。太陽を東京ドームのピッチャーマウンドの上に置いた10円玉だとする。グラウンド内には太陽系の惑星に相当する砂粒が20粒ほどある。そして甲子園球場にも10円玉がある。ケンタウルス座のプロキシマケンタウリだ。日本中に10円玉は二つしか無い。日本全国に10円玉が二つと、数十粒の砂粒しか無いのだ。仮に一生かけて日本全国を歩いたとしても、この10円玉を踏む確率は限りなくゼロに近いはずだ。そのくらい宇宙はな〜んにも無いところなのだ。しかも星の密度が高い銀河系の中の話である。銀河系の外では、これに輪をかけてな〜んにも無いところのはずだ。たまたま光っているから見えるというだけだ。

●宇宙には何も無い(1)   2018.8.16
宇宙は基本的にな〜んにも無いところである。夜空には星が沢山見えるが、どの星にもたどり着くまでには天文学的な時間がかかり、たまたま銀河系という星の密度が極めて高い場所から見ているから星も沢山みえるのだ。そしてその銀河系であっても、密度が極めて高いとはいえ、我々の疎密の概念から考えると、限りなく「疎」に近いのだ。どのくらい「疎」なものなのかと、ざっくりと計算してみたことがある。この数字が正しいかどうかは分からないが、まぁ、だいたいこんなもんだろ、という感じではないかと思う。→明日へ続く。

●猛暑   2018.8.15
気象庁によると日本の年平均気温は100年あたり1.15℃の割合で上昇とのこと。東京の1876年の最高気温は35.6℃で2017年が37.1℃となっているので、100年あたり1.15℃の割合で上昇というのもだいたいあってる範囲であろう。また気温の上昇率が大きいのは主に都市部であり、地方ではそれほどでもないらしい。さらに夏に比べて冬の平均気温の上昇率のほうが大きい(東京では約2倍)とのこと。体感的には40年前に比べれば10℃ぐらい上がってんじゃないのか?というのは暑さのあまり熱くなって印象や感覚だけで言っているだけのこと。廃刀令が布告された年でも東京の最高気温は35.6℃だったのだ。とはいえ環境庁によれば「今世紀末には全国の年平均気温が現在に比べ4.4度上昇し、最高気温が30度を超える真夏日も全国平均で年間52.6日増える」とのこと。同時に長期的にはミニ氷河期到来の兆候も現れているとのこと。どうなることやら。

●NHKは皆さまの声にお応えします!若者にTVを観てほしい!   2018.8.14
観ないだろう。そもそもオンデマンドではない。観たい番組の時間にはテレビの前で待ってろ!ということだ。民放各局は全く同じ内容のワイドショーをやっているし、芸能人をひな壇に並べてバカ笑いという全く同じ内容のバラエティーをやっている。NHKは視聴率が上がっても下がっても受信料は同じだ。いずれにしてももう終わりだろう。2005年ごろに、あるテレビ局の下請けの制作会社のディレクターがウチに取材に来たときに言っていた「もうテレビは終わってるんですよ、正直なハナシ」。

●消える記憶(2)   2018.8.13
→昨日の続き。色々と考え事をしながら家を出る。そして途中で気がつく。「ストーブを消してきただろうか?」ポストや便所のように消す前と後では何の肉体的変化が無い。ということで心配になり大急ぎで家に戻るとちゃんとストーブは消えている。まったくもってルーティーンの動作なので全く記憶に残らなかったのだろう。そこでストーブを消した後には付箋に「ストーブOK」と書いて財布の中に入れて持ち歩くようにした。ある日「ストーブを消してきただろうか?」が不安になって財布の中を見ると「ストーブOK」と書かれた付箋が出ていた。「あ、これ昨日書いたやつだ!」ということで大急ぎで家に戻ることになった。

●消える記憶(1)   2018.8.12
手紙を投函しに近所のポストに行く。色々と考え事をしながら歩いていて、帰途の際に気がつく「ポストに投函したときの確かな記憶がない!」しかし確かに手に持ってきた手紙は手に無くなっている。ポストに投函するというのは特段イレギュラーな動作でもないので、無意識のうちに投函したのだろう。手紙が手から消えているのがその証拠である。手紙を盗まれたり落としたりすれば確かな記憶として残っているはずだ。考え事をしながら便所に行く。ところが用を足したという行為の記憶が無い。しかし行く前に比べて確かに尿意は収まっている。便所以外で用を足したり、途中で漏らしたりすれば確かな記憶として残っているはずだ。→明日へ続く。

●悪者探し   2018.8.11
テレビのワイドショーでは一斉に日大チアリーディングの問題を取り上げている。ボクシング連盟の山根会長が辞意を表明した途端に次の悪者探しに必死である。紀州のドンファンはその後どうなった?山口メンバーのその後は?レスリングパワハラ疑惑は?アメフト悪質タックルは?貴乃花と相撲協会との確執は?まるで申し合わせたように民放各局が一斉に同じ話題を報じ、旬が過ぎたと思われる話題はガン無視である。バカみたいに同じ内容であり、民放は1局でも良いのではないかとも思える。とはいえテレビも斜陽産業であり視聴率稼ぎに露骨な必死感も漂ってくる。売り上げの下降が止まらなくなった会社が、今まで以上にコストにうるさくなるのと同じで、視聴率の下降が止まらなくなったテレビ局は、今まで以上に露骨に悪者探しに走るのだろう。中の中の下の視聴者が最もカンタンに食いつきそうな話題は、悪者を探してみんなでイジめることなのだ。

●溜め込み障害(2)   2018.8.10
→昨日の続き。一般の人がこの障害を発症すると、居住空間が所謂「ゴミ屋敷」と化してしまい、自身が不自由な思いを強いられる他、周囲の人にも多大な迷惑をかけることとなる。そして溜め込み障害ではないのかな?と思われる「店主」もいる。店内がたっくさんの商品で埋まっていることで安心し、売れて品数が減ってくると不安になるというものだ。ということで店の中は床から天井まで商品がびっしりと並べてある。商品が増えれば、その分管理の手間も費用もかかるわけだが、そんなことは御構い無しのようだ。そして、そのその店内を見ると、明らかに「棚卸ししてねぇんだろうな」とも思える。

●溜め込み障害(1)   2018.8.09
「溜め込み障害」がアメリカ精神医学会により強迫関連障害として認められている。①物を過剰に集めすぎる。 ②最低限の物の整理ができない。 ③集めた物を捨てられない。などの症状があり、過去に特別なトラウマ体験(物を捨てたことによる失敗の経験)がなくても発症する「脳の機能的障害」だと考えられているそうだ。客観的に見て「役に立たないもの・価値がほとんどないもの・ゴミやガラクタの類』を過剰に集め続けて、部屋が物で埋まっていってしまう。大量に集めた物を適切に整理したり片付けることができず、家の居住空間が異常に狭くなって圧迫されたり、『玄関・トイレ・風呂・洗面所」などの生活に必要な設備が使用できない状態になってしまう。大量の物が溜まっていって生活できない状態になっていても、一度集めた物を捨てることができないとのこと。→明日へ続く。

●立ち会いの変化   2018.8.08
大相撲で立ち会いの変化にはブーイングが起こることがある。増して横綱ともなれば「らしくない」とか言われ、新聞や解説者に叩かれることもある。しかしもちろん立ち会いの変化はルール違反でもなければ公式記録にも残らない。ただ、見ている方としてはつまらないし、ズルい!卑怯!という印象を与えることも確かである。大相撲での懸賞金は1本3万円だ。懸賞が20本ついたとしたら60万だ。その相撲で勝てば一瞬で60万円もらえることになる。それでもあなたは絶対に立ち会いの変化はしないですか?

●調べるという行為   2018.8.07
何か分からないことがあれば調べてみれば分かる、というのは当たり前の行為である。ネットの時代ではこの行為が瞬時でできるようになっている。図書館に行ったり、百科事典や辞書を開く必要も無いのだ。しかしこの行為を行わないで、とりあえず人に聞いてみる。それで回答が得られなければ諦める、という人もまだまだ多い。そして調べない人と、調べる人の格差はどんどんと広がっていく。調べる人は何事にも多角的で俯瞰的で客観的である。調べない人は何事にも短絡的で衝動的で感情的である。ということは後者のほうが、ある意味しあわせなのかもしれない。

●甲子園   2018.8.06
夏の甲子園は甲子園球場でやる必要があるのか?熱中症対策として冷房ガンガンの京セラドームでやったほうがいいのではないのか?ところが選手のほとんどは「やっぱり甲子園でやるべき!」と思っているらしい。それだけ目指してきた夏の甲子園は特別なものであり、じりじりとした夏の暑さの中でプレイしてからこそ甲子園なのだそうだ。確かに京セラドームでやったほうがいいのでは?というのは大人が勝手に考えれていることであって、そもそも地区予選では昼間の猛暑の中でで何試合も行ってきたているわけで、甲子園だけをドームでやっても意味はあまり無いようである。甲子園はベンチではクーラーは効いてるそうだが、地区予選ではクーラーは効いたベンチは少ないだろう。とはいえ熱中症で死者が出る前に、場所、時期、時間のいずれかをシフトしなければいけなくなることだろう。

●顔文字   2018.8.05
顔文字が1つの文化として取り上げられ始めたのは2003年ごろからであろうか。今では通信手段の主流がSNSになり顔文字はスタンプにとって変われれ、それほど話題にはならなくなってきた。しかし日本人が使う顔文字の特徴として「目で感情を表現する」のに対して欧米では「口で感情を表現する」というようなことが最近は話題になってきたりもしている。なるほど、それが文化の違いってやつだな、とか思う前によく考えてみよう。英数には全角が無く、表現の幅が限られていて、また顔文字のためにコンピュータを全角モードに切り替えたりもしないだろう。そもそもインターネット以前のタイプライター文化のころから、:-)、:-o、: p、など90度回転させたシンプルな顔文字はあったのだ。顔文字は日本独自の文化でもなければ、日本人が考えたものでもない。

●ハラスメント   2018.8.04
セクハラ、パワハラの他に、モラハラ、アルハラ、ジェンハラ、アカハラ、など、一般的に認められているだけで、全部で35種類のハラスメントがあるらしい。同じ環境にいる人間に不快感を与えている行為や言動をハラスメントと定義されるとのこと。そうなると何でもハラスメントになってしまうのではないだろうか。相手構わず愚痴をこぼすのはグチハラ、相手構わず自慢をするにはジマハラ、スマホやパソコンが使えないことを正当化するガラハラ(ガラパゴスハラスメント)、自分のことしか喋らないで他人の話を聞かないジチュハラ(自己中ハラスメント)、すぐにカッとなって喧嘩を売るドキュハラ(DQNハラスメント)、二言目には「金が無い」と言うプアハラ(プアーハラスメント)、自分が常に絶対的存在だと思っているゼウハラ(ゼウスハラスメント)、人前で平気で鼻くそをほじるホジハラ、人前で平気で屁をこくガスハラ、などなどいっくらでも思いつく。そしてハラスメントは「人権侵害」でもあるらしい。ちょっとでもイヤなこと起これば「人権侵害!」というのも、人間の温室育ち化を助長するようにも思うのだが。        

●スマート   2018.8.03
昔の人のスマートは「痩せていてかっこいい体型」のことだった。今では、賢い、頭が切れる、高知能、鋭い、活発、生意気、洒脱、粋、などの意味で使われている。もちろんスマートフォンによる影響が大きく、何でも「スマート」を頭に付ければかっこよく聞こえるということで乱用されているようにも思う。スマートデバイス、スマートセンサ、スマートIC、スマート家電、スマートテレビ、スマートエントリー、スマートカー、スマートエネルギーネットワーク、スマートガラス、スマートドラッグ、スマートハウス、スマートメーター、スマートワーク、スマート地雷、スマートカード、スマートグリッド、スマートボール、スマートコミュニティー、スマートブック、などなどだ。「聞いたことの無い単語ばっかりだ…」とお嘆きのおじさんは、もう一度よく見てみよう。「スマートボール」があるではないか。でも「スマートボール」しか知らないという人は、正真正銘の「おっさん」であろう。

●長老の言うこと   2018.8.02
「◯◯山が霞んで見えるから明日は雨だね」と言う村の長老。その通りに翌日は雨となった。さすが長いだけ生きているだけあっての経験則は大したものである。「今日はやけに膝が痛むから明日は雨だね」と言うウチの長老。ところが翌日は抜けるような青空の快晴だった。この日は老人会の遠足があり持ち回りで幹事をやらなければいけないため行きたくなかったのだ。雨で中止になれば行かないですむ。長いだけ生きていても希望的観測を確定的な予測のように言うという、稚拙な言動は治らないものでもある。

●溜め込んではいけない   2018.8.01
体の、ここが悪い、こっちが痛い、ここの具合が悪い、といつも言っている人に限って長生きする。健康でぴんぴんしているような人間に限ってある日突然ポックリ逝く。普段から愚痴や不平不満をだらだらと言っている人は精神的に追い込まれることはない。何事にも文句ひとつ言わずに直向きで一途な人ほど、ある日突然自殺したりする。震度2〜3の地震が頻発しているような地域には大きな地震は起こりにくい。数百年間一度も地震が起きてなかった地域には、ある日突然大地震が起こったりする。何事も普段から小出しに発散しておいたほうがいいのだろう。溜め込んではいけないようだ。

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