2021年11月


●感染者数   2021.11.30
日本では不気味なくらいにコロナの感染者数が減ったままの状態が続いている。このまま収束方向に向かうのか?それとも第6波の前の凪の状態なのか?は分からない。しかし世界の感染状況はまだまだ激増中のようだ。「そうやってマスクも着けずにデモとかやってるからいつまで経っても収まらんのだよ!」と海外に向かって言いたいところであるが、日本もいつ状況が変わるか分からないので迂闊なことは言えない。すでに世界では死者のうち6人に1人がコロナによるものになっているそうだ。世界では疾病や飢餓や紛争で毎日多くの人が死んでいる。その中の6人に1人というのはマジで恐ろしい数字である。日本がこのまま感染者数の少ない状態を維持するにはマジで鎖国するしかないだろう。鎖国しないのならば第6波を覚悟しなければならない。第6波は来たとしても第5波ほどではないだろう、感染者数が増えたとしても医療体制は整っているので重篤者や死者の数は多くないだずだ、というのが大方の見方のようでもあるが、本当にそうなのだろうか?とにかく今はオミクロンが口程にもない弱いヤツであったということを祈るしなかい。


●最後まで読んでください   2021.11.29
ドキュメントを配布すると、最後まできちんと読まずに色々と口頭で質問してくる人がいる。その答えは今配った書類に書いてあるから、最後まできちんと読みましょう!ということになるのだが、実は人間が一度に読んで理解できる文章の量というのは、ほぼ決まっている。普段から文章を読み慣れた人、例えば先生とか学者であれば、A4が3枚ぐらいは行けるだろう。しかし文章を読み慣れてない人は400字ぐらいが限界であろう。ときには200字が限界という人もいる。従ってドキュメントを配布する対象に文章を読み慣れてない人が混ざっていた場合には「最後まで読んでください」というのは現実的ではない。先生とか学者であっても保険の約款やアプリケーション使用許諾契約書を最後まで読む人はいない。つまり読まないヤツが悪いのではなく、基本的には分かりにくい文章を書いたほうが悪い!のだ。ホームページを作ってみると良く分かる。いかに人間は文字を読まない生き物であるかということが。


●本当に便利な物はみんなが使う   2021.11.28
100均とかでよくある「これは便利!」と思わせるような商品。しかし実際に使ってみると便利ではあるのだが、使用するまでの手間がやたらとかかったり、使う部分以外の部分がやたらと多かったり、使わない部分が真っ先に壊れたりと、1年も経てば結局使わなくなる。万能工具はアウトドアや出張や旅行に行くときに携帯するには便利であるが、自宅にいるときには不要なものである。それぞれの単独での機能を使ったほうが作業効率も良いし、コスパも高いということになる。「これは便利!」と思わせるような商品が本当に便利であるならば、多くの人が使っているはずである。多くの人が使っていない、他店やネットでも見かけることの少ない商品というのは、間違いなく便利ではない、ということだ。「本当に便利な物はみんなが使う」の法則。


●うんこ製造機   2021.11.27
最近の子供、特に中学生〜高校生のプライドの高さには驚くことがある。さらには大学生〜新社会人になっても、この高いプライドは維持されたままだったりもする。昔であれば生意気なことを言えば、問答無用でぶん殴られて、力ずくで、プライドとか自尊心とか人権とか関係なくぶちのめされたわけだ。しかしそういった経験がないまま大人になっていって、実力にはそぐわないプライドや自尊心を維持し続けようとすると、社会に適応できずに、結果として「引きこもり」になってしまうのであろう。だから「引きこもり」の夢や理想は限りなく高く、自分の学力やスキルが、そこに遠く及ばないという事実とのギャップを消化できすにいる間に「うんこ製造機」になってしまうわけだ。何も生産しないならともかく、うんこだけを製造するということは、社会にとってはマイナスでしかないのだ。うんこはし尿処理場で色々な工程を経て汚泥処理となるまでに、それ相応の手間とコスとがかかっている。だから何も生産しない人間は、うんこもさせないようにしなければいけない。


●好きな食べ物   2021.11.26
「好きな食べ物は何ですか?」という質問。これに対して「ハンバーグ」「寿司」「ラーメン」とか即答するおめでたい人たちがいる。おいおいハンバーグだったら何でも喜んで食うのか?ってことだ。ハンバーグには大きく分けて3種類ある。美味いハンバーグと不味いハンバーグと普通のハンバーグだ。だから「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれてら「美味い食べ物」と答えるのが正しいということになる。美味い食べ物が嫌いという人はいないし不味い食べ物が好きという人はいない。従って「好きな食べ物は何ですか?」というのは聞くまでもなく答えは分かっていることであり、聞く必要もない愚問ということになる。


●飲みニケーション   2021.11.25
日本生命保険の調査で「飲みニケーション」が不要だと答えた人は全体の62%だった(対象:ネット上の男女7774人)。そもそもが飲みニケーションとは職場の仲間の親睦を深めるもので、親睦とは「親しみあいの気持ちを深くする」「友好の度合いを深くする」という意味の言葉だ。現在では同じ職場の人間だからといって親睦を深める必要は特にないので、不要だと答えた人が多くなったのは当然のことだ。そして実際にコロナ禍で「飲みニケーション」を行わなくても、何ら支障がないとことが分かったわけだ。むしろ行わないことでのメリットのほうが大きいということも実証できたわけでもある。村人が集まって酒を飲むことで共通の考え方を浸透させ争う事をなくし仲間意識を洗脳させるといった、古墳時代からの風習が残っていただけのことだ。ということで従来の大人数での宴会とか飲み会はアルコールが解禁されても再開はされない。居酒屋にとっての宴会は、最も利益率が高く売り上げを大きく美味しいイベントであったのだが、これがなくなるという痛手は大きい。仕方がない、居酒屋同士で集まってやけ酒でも喰らうか。


●ほったらかし   2021.11.24
ほったらかしにできる人間と、ほったらかしにはできない人間がいる。例えば道端でうずくまって苦しんでいる人を見かけたら「声をかけずにいられない」という性格の人はほったらかしにはできない人間であり、見なかったことにして過ぎ去ってしまう人がほったらかしにできる人間だ。また道端でうずくまって苦しんでいるのだが、顔色も悪く呼吸も辛そうという、明らかに健康状態に異常があるとという人は、ほったらかしにはできない人間であり、顔色も良く苦しんでいるのが演技であることが見え見えの当たり屋とかたかりのたぐいであろう人は、ほったらかしにできる人間だ。


●日本シリーズ   2021.11.23
今年のプロ野球日本シリーズは、なぜか「どっちも頑張れ!」という気分になる。両チームとも昨年の最下位から這い上がってきたというのもあるが、どうもそれだけではない。ついこの間まで東京五輪で山本由伸、山田哲人、吉田正尚、村上宗隆とかを応援していた余韻が残っていたためであろう。従って例年になく盛り上がっている感じもする。ところが話題性としては、大谷のMVPに次いでの扱いである。やはり日本プロ野球はメジャーリーグへ行くための通過点、つまり3Aと同じような位置付けになってきているようだ。そして実際に実力的にもメジャーリーグのほうが一段上ということも認めざるを得ない。だからせいぜい新庄ビッグボス就任のような方法で話題を作り集客をするしかないのかな?出涸らし感をお茶を濁して誤魔化すためにも。


●トンチンカン   2021.11.22
今回のコロナ騒動で、それまでネットにもパソコンにも関わらずに生きていこうと思っていた人たちも、ネットもパソコンもできなければ商売もできないし仕事もできないし日常生活にも大きな支障が出る、という事実を受け入れざるを得なくなった。そしてそのような人たちは、ネットやパソコンに対する考え方や操作方法がまったくもってトンチンカンであったっことに、そろそろ気が付き始めた時期でもある。とりあえずはノートパソコンというものを購入して、自分の机の上には置いてはみたものの、まずはフタの開け方からして分からない。こんなことで人に聞くのは恥ずかしいので、悪戦苦闘の末、何とか自力で開けることができた。さあ、次は電源だ。と、また悪戦苦闘が始まる。一事が万事そんな調子なので、パソコンを「使う」までにはいつまで経っても至らない。要は彼らには「取説を読む」という文化がないのだ。テレビも扇風機もエアコンも、取説なんか読まなくても使えるようになった、という自負があるのだ。さらに九九もできないのに因数分解や連立方程式を解こうとするから、トンチンカンなことになるのだ。そういう人って実はまだまだ沢山いるのだ。だがしかし、彼らはまだネットができないので、そのような面白い話はまだ拡散されていないのであった。残念なことだ。


●完コピ   2021.11.21
自分は自分らしくありたい。しかし仲間外れは嫌だ。だから皆と同じでありたい。ということでほんの少しだけ、傍目には分からない程度の僅かな差をつけることで、本人たちは差別化ができていて、個のアイデンティティが保たれていると思っている。こうして画一化が進行していく。そして差別化の僅かな差は、より僅かになっていき、見た目には分からなくなっていき、最後には全く同じになる。つまり完コピになるということだ。完コピが続くということは量産品と同じように全く同じ個が製品のように量産されていくということ。生物は突然変異が起こらなければ進化はしない。だから稀に突然変異が起こるように生物のDNAはプログラムされている。ところが画一化が進んだ中で突然に変異した個は、画一化された周囲が受け入れ難くなっていることだろう。こうして完コピされた人類が地球上に溢れ、完コピしながらされに増殖していくことだろう。そして地球上は完コピされた人類が無制御に増殖され続けて癌細胞に侵された人体のようになっていくのであった。


●長州力vsアニマル浜口   2021.11.20
プロレスラー吉田光雄がリングネームを長州力に変えて若手のホープとしてリングに上がった。当時はジャイアント馬場率いる全日本プロレスの日テレ、猪木率いる新日本プロレスのテレビ朝日、ラッシャー木村の(特に率いるという印象は無かった)国際プロレスがテレ東、という3団体があったが、国際プロレスはちょっと2流という印象が強かった。長州力は新日本プロレスであったが、まだメインイベンターではなくセミファイナリストという感じだった。そんなあるとき国際プロレスに長州力が登場することとなった。相手はこちらもセミファイナリストのアニマル浜口。次週の予告で「長州力vsアニマル浜口」というカードが発表されると、これはこれで非常に楽しみな対戦カードですね!と解説者が興奮気味に言っていた記憶がある。そして、もっとも忘れられないのは、次週予告の字幕の「長州力vsアニマル浜口」の「アニマル浜口」の文字が間違って「アルマニ浜口」になっていたことだ。


●一番不幸   2021.11.19
人は不安になってくると「もしかしたら自分が(その組織の中で)一番不幸なのではないかと考え始める。そしてその不安が募れば募るほど、「自分が不幸である」ということが確信に近づいていく。周囲の誰もが自分を認めてくれないし、褒めてもくれない。そして自分には実力もないし、勉強ができるわけでもない。これといった特技も他人より秀でた部分もない。だから相手にされない。だから一番不幸なのだ。でも一番不幸なのはイヤだ。そして思いついた「そうだ、自分よりも不幸な人間がいればいいのではないか!自分よりも不幸な人間を作ればいいんだ!」というのが「いじめ」が発生するメカニズムだ。


●有権者   2021.11.18
「何かシャキッとしたことを言って、マイクを握って、熱い思いを感じたぐらいのことで投票すると、こういうことになるんだぞ…」とは三浦瑠麗が木下富美子について言ったこと。確かにそうだ。毎回毎回選挙のたびに「何でこんなヤツに投票する人間がいるの?」ってことが起きる。そもそも有権者の中で政治のことをまともに考えている人間なんて少ないのだよ!ということだ。政治とか政党、理念、目標、公約、マニフェスト、とかはどうでも良くて、ただ名前を知ってる人の名前を書く。投票に行かないと怒られるからとりあえず投票に行く。なんて有権者がまだまだ多いということだ。だからより多くの有権者に名前を知られることが重要であり、そのために街頭でマイクを握って、何かシャキッとしたことを言って、熱い思いを語るということになる。そして「こういうことになってしまった」のだが、その「こういうことになった」都議が、世論から逃げ回りながら徐々に追い詰められていく様子を多くの有権者が楽しんでいるのではないか?


●八百長   2021.11.17
神田伯山のグレーゾーンという講談では、横綱千代の富士の八百長について話すくだりがある。千代の富士は本当に八百長をしていたのか?と誰もが疑問に思うところだろうが、昔から大相撲に八百長はつきものだったらしい。今から40年前の週刊誌でも「横綱は一番100万」「大関は50万」とか普通に書いてあった。決定的だったのは小結「板井」の発言だ。板井は1980年代に新宗教GLAに入会し(板井が相撲を引退したのは1991年)、その後、八百長の真実を明かすことは神から与えられた自らの使命であると認識するようになったとのこと。そして、外国特派員協会の講演で、自らも「八百長」を告発し、千代の富士の53連勝の内3分の2が八百長であると告発した。記者から証拠を求められると「証拠はこの私です」と自らが中盆(胴元)であったことを示したという。また、現役時代に横綱北の湖に、自ら八百長を持ちかけたことも証言した。2010年には日本相撲協会の現役の大相撲力士、年寄などによる野球賭博などの違法賭博への関与が問題となり、うち何人かが引退をさせられた。が引退させられたのは十両以下の力士がほとんどであった。これぞトカゲの尻尾切りではないのかと誰もが思ったものだ。とまあ、いずれにしても「大相撲には八百長もある」というバイアスを常にかけて見ないといけないようだ。まぁ、大相撲とは、そういう内容の演劇だと思って見れば腹も立たない。


●クリエイティブディレクター   2021.11.16
最近テレビやネットでよく出てくるクリエイティブディレクターという肩書きの人。いったい何をする人なのだろうか?というよりクリエイティブでないディレクターっていう人が今までにいたの?ということだ。そもそもディレクターという仕事はクリエイティビティがなければできないんじゃないのか?ということだ。まるでアーチスティックアーティスト、とかスタディングスチューデント、みたいに聞こえるのだが、いかがなものだろうか?ホストクラブの催し物でイベントパーティーというのがあるらしい。「今日はイベントパーティーがあるから行かなきゃ!」とか言うらしい。イベントではないパーティーってあるのかよ?ってことだ。そのイベントパーティーを企画したクリエイティブディレクターに聞いてみれば分かるかな?


●人は必ずいつかは死ぬ   2021.11.15
人は何のために存在しているのだろうか?人は必ずいつかは死ぬ。従っていつかは必ず死んでしまうはずの「己」の楽しみや喜びのために存在していても意味がない。後に続く後輩や子孫のため、広く他人のために、有用で役に立つ、感動を与えられるような情報を常に伝え続けなければいけないのであろう。だから死ぬ間際になって、己の楽しみや喜びのために、あちこちに旅行に行ったり、イベントにせっせと出かけたりしても意味はないのだ。どうせもうすぐあんたは死ぬんだから。それでも行きたいのであれば、そこで見聞きしたことや、感じたことを、他人が見て、読んで分かるようなカタチでレポートとして残せばいいだろう。あんただけが満喫して帰ってきたところで、何もアウトプットしなけば意味は無いのだ。どうせもうすぐあんたは死んで死体は火葬場で焼かれて脳の中の記憶も全て消滅するのだから。


●東京ドーム8杯分   2021.11.14
コロナで世界では累計500万人が死亡している。それでも世界の人口は毎年7000〜8000万人のペースで増加している。世界の国家が200だとすると、1カ国平均で毎年34〜40万人のペースで人間が増えているのだ。もちろん日本の人口は減っているのだが、それは一時期の人口爆発で急激に増えたときのリバウンドだ。でも世界を平均で均してみれば毎年1カ国につき東京ドーム8杯分の人間が増えていて、10年では80杯分になる。世界はその増えた人間分の衣食住を確保しなければいけないわけだ。それだけでも大変なことなのだ。だからコロナで人口が減る(正確には増加速度を遅らせる)ことで、しめしめと思っている連中は、この広い世界のどこかにはいるはずであろう。


●喋る   2021.11.13
欧米人はよく喋る。何人かが集まると放っておけばほぼエンドレスで喋っている。日本でもよく喋る人間は少なくないし、普通の人でも長時間喋っていることもある。しかし1人が一日で喋る時間は欧米人のほうがはるかに長いように思える。何でだろう?と考えてみると、喋るということはコミュニケーションであり、コミュニケーションは時間を潰すための有効な手段であり、しかもタダである。つまり欧米人はタダで時間を潰せるコミュニケーションという手段に長けているということではないのだろうか。欧米人はだいぶ昔に世界を征服して一人ひとりがせっせと働かなくてもよくなった。そして時間が余るようになったときに、その時間を潰す方法を色々と考えてきた。そのうちの最もコスパが高いのが「喋ることによるコミュニケーション」だったのではないか。だから、一人ひとりがせっせと働かなくてもよくなってから、まだ日の浅い日本人は、コミュニケーション力も低く、喋るだけで時間を消費することができないから、時間を潰すためにカネを使ってせっせと旅行に行ったり、イベントにせっせと出かけたりするのだろう。


●トリオ   2021.11.12
トリオという社名のオーディオメーカーがあった。創立者が3人だったことからこの社名にしたそうだ。しかし当時の一般の人がトリオという言葉から連想するのは「三馬鹿トリオ」「てんぷくトリオ 」だった。オーディオブランドとして相応しくないことこの上ない。ということでKENWOODに社名変更したのが1986年のことである。「てんぷくトリオ 」が活動を終了(解散)したのが1973年なので、時既に遅しである。そもそも創立者の人数なんて消費者に関係ないのだから、嘘でもいいので「デュオ」とか「カルテット」にしておけば良かったのだろうに。しかしブランド名というのは「刷り込み」が重要である。ダサいブランド名であっても何度も何度も連呼しているうちに不自然に感じなくなるものだ。例えば「牛乳石鹸」。牛乳で作った石鹸かよ?泡立ちが悪い割にすぐに腐りそう、ていうか放っておくのチーズにならないのか?とか、消費者は感じなくなっている。例えば「ブルドックソース」。ブルドックのエキスから作ったソース?濃厚だけど臭いんじゃないの?とか、消費者は感じなくなっている。例えば「かっぱえびせん」。なんだか水っぽい、キュウリの味がするんじゃないの?とか、消費者は感じなくなっている。トリオももう少し頑張って連呼し続ければ良かったのではないのか?とはいえオーディオ製品自体の需要が無くなってきているから、結局は同じだったのかな。


●木下富美子   2021.11.11
辞職勧告決議や召喚状に応じないことや議員報酬の寄付や政務活動費の返納はまあ予想通り。「こいつ壊れてるわ」と多くの人が思ったのはそのいでたち。胸元ガバァの赤いワンピースと紺のジャケット。ゴツイ指輪どどーん&高級ブランドの時計。そのファッションセンスの無さと、そんな格好で登庁する厚顔無恥なクッソBBAさ加減。自己顕示欲なのか現実逃避のための代償行為なのかBBAのデフォルトなのか。そして「食べ物が口を通らない日があったり…」とのことだが、そなわりに十分に肥えとるやんか。あ、そうか普通は「食べ物が喉を通らない」なのだが、口をスルーして直接胃袋に食物を流入していたわけか。そんなこともできそうな感じに見えてくるから不思議だ。


●ドラマ   2021.11.10
話し合いの途中の若い女性が机を叩いてバガっと立ち上がる「もー!いい加減にしてよ。こんなこといくら話し合っても無駄よ!」と言って部屋を出て行こうとして、ドアノブに手を掛ける。とその時「ちょっと待ちなさいよ!人の話は最後まで聞きなさいよ!」ともう1人の女性が叫ぶ。出て行こうとした女性はドアを開けた振り返りざまに「聞いてられないから無駄って言ってるのよ!」と、そこに仲裁に入るオジさんが「まあまあま、2人とも落ち着きなさい…」となだめる。というシーンのテレビドラマを真剣に見る人たち。おかしいと思わないのか?これだけ興奮状態にある人たちが、一切会話が被ることなく喋るということは実際には有り得ないだろう。興奮状態にありながら、お互い相手が喋り終わってから喋っている。ドラマだから、芝居だから、演出だから、と言ってしまえばそれまでだが、そのリアリティーの無い世界によくも入り込めるものだなぁ、といっつも思うのであった。見てるほうが恥かしくなるだろう、普通は。と思うのであるが、そうではないようである。


●地球温暖化   2021.11.09
16歳の高校生が、これ以上の豊かな暮らしは求めないから、地球温暖化をこれ以上進めないで欲しいのだそうだ。あい分かった。それではまずサーバーが膨大な電力を消費するインターネットとスマホを利用禁止にしよう。それから夏場の室内の冷房も無し。自家用車の使用も禁止にしよう。ついでに便所も水洗からぼっとんに戻すか。そうすれば温暖化は食い止められると思うけどね。言っておくが今の豊かな暮らしを維持するために地球温暖化が進んでいるのだよ。これ以上の豊かな暮らしを後退させなければ温暖化は食い止められないのだよ。ネットも電話もクーラーも自家用車も所有していなかった幼年期を過ごした経験のある我々おじさんたちは、ネットもスマホも冷房もクルマも無くなっても耐えることはできると思うが、君らはどうかな?そうなってからグダグダ言ってもおせーぞ!


●ながらコミュニケーション   2021.11.08
ながらコミュニケーションは対面であれば普通にできる。ながらコミュニケーションとはコミュニケーションしている相手が途中で他のことをやるという行為だ。その行為は現在進行中のコミュニケーションとは全く関係ない場合もあれば関連する事柄の確認や情報検索であったりもする。対面であれば特に「ながらコミュニケーション」という言葉を使わなくても、日常的に普通に行っていることだ。しかしこれができないのが「電話」である。1つのピンポン球を常に交互に打ち返し続ければ成り立たないコミュニケーションなのだ。だからうっかり言わなくてもいいことを言ってしまったり、慌てて口を滑らせて心にもないことを言ってしまったりもする。その点、Zoomは対面ほどではないにしても、ある程度のながらコミュニケーションは可能になる。そうして考えてみると、電話というのは、いかにも危なっかしい旧時代(常に人々が忙しく慌ただしく働いていた時代)のコミュニケーション手段であったのか、ということも分かるというもの。今の若者が使わないコミュニケーション手段でありということも頷ける。


●立憲民主党   2021.11.07
先の選挙で立憲民主は議席数を減らし事実上の敗北となった。「批判ばかりで何もしない」という印象が浸透したというのもその一因かもしれない。しかし野党なのだから政権の批判をするのは当然であろう。ただしその批判する内容が、揚げ足取り、悪口、噛みつき、駄々、罵り、みたいで大人気なく我がままで身勝手のように映ったから、有権者から嫌われたのだろう。とはいえ小池百合子に上手いこと解体された残党が集まってできた露中韓連合のような党なのだから、取りまとめてきた枝野代表もタイヘンだったのではないかと想像する。そして枝野代表と福山幹事長が辞任し、新たな執行部体制で臨むわけだが、そもそもが枝野幸雄が作った党でもある。その枝野代表が辞任するということは、渡辺喜美が辞任してその後解党に至ったみんなの党の二の舞になるのではないのかな?と思っている人も少なくないだろう。さてどうなることやら。「出馬候補が出るわ出るわ、“わがまま集団”新代表に就くのは誰だ」とは日刊ゲンダイの記事。推薦人の数を考えると最大でも7人しか立候補できないはずが、10人ぐらいが出馬しそうな勢い。早速党内調整能力の無さを露呈しているのではないのかな。まぁ、それはさておき誰が代表になる(貧乏くじを引く)のでしょうか。


●忖度   2021.11.06
忖度=悪いこと。というような風潮があるようだが、多くの人の上に立ったことがある人間なら分かるだろう。忖度無しでは人を束ねることはできないということを。増してや政治家ともなれば、いかに多くの忖度をするかで問題が解決できることにもなる。仮に一切の忖度無しで己を貫いて突き進むとするならば、よほどの天才であり、アスペルガーでもない限りは不可能であろう。とまあ、政治家は忖度するのが仕事のようなものである。いかに多くの忖度をして、いかに多く頭を下げ、いかに多く怒られて、いかに多く謝るかが票に繋がるのである。だから忖度をしない政治家などはいない。それと、忖度するのも、頭を下げるのも、怒られるのも、謝るのも、全部タダだということを忘れてはいけない。


●結果論   2021.11.05
感染者数が減ってくると「それ見たことか!」と言わんばかりに国のコロナ対策を批判する声がじわじわと沸き上がってくる。そもそも「人流と感染者数の増加は関係なかったんじゃないのか?そのことを国はちゃんと説明すべきだ!」って、じゃあんたが国の責任者だったら1回目の緊急事態宣言のときに人流を制限しないという決断ができたのかよ?「大量のアベノマスクが余って倉庫の維持費だけで巨額の税金が使われている!」って、じゃあんたが国の責任者だったら、どこに行ってもマスクが入手できない時期にどんな対策をとったの?ということだ。もっともスペイン風邪のときから「人混みは避ける」というのは定説というか常識となっているわけで人流が感染者数に影響していると考えるのは当たり前のことだろう。交通事故を減らすには速度を落とす、みたいなもんだ。結果論だけをえっらそうに言ってるジャーナリストやコメンテーターたちよ。結果論、言うのは簡単。やるのは大変ってことなのだ。あ、そうか。それを知ってるからジャーナリストやコメンテーターやってるわけか。


●この世とおさらば   2021.11.04
亀井静香が日本のデジタル化について「どんどん進んでいくなら、この世とおさらばしたい。そんな社会は住むには値しない」と発言したそうだ。「現代社会に住む価値がないのはオメーの方だろうよ、さっさとくたばりやがれ!」と多くの人が思ったことだろう。これってデジタル云々のハナシではない。世の中は常に進化、変化し続けている。そしていつの時代の老人も「昔は良かったが、今はダメだ」と言う。明治維新のときも産業革命のときも高度成長期のときも同じだったことだろう。そして「今」についていけなくなった老人たちは、世の中からお荷物扱いを受けていることも分かってきた。とはいえ自分がついていけるように努力するよりも、自分がついていけなくなった「今」を否定したほうが格段にラクなのだ。そんなくたばりそこないの老人たちがいつまでも生きていられんたんじゃ困るというもの。お願いだからしのごの言わずに静かにこの世とおさらばしてほしいものだ。


●戦わない奴ら   2021.11.03
戦わない奴らは戦う人のことを笑う。選挙に出馬するということは当落、政党、政策などは別にして「戦う」という道を選んだだけで、賞賛、尊敬に値するだろう。そして選挙事務所に行くと、そこには「戦わない奴ら」もたくさんいたりもする。「戦わない奴ら」は対抗馬の事務所にも顔を出して、どっちが当選してもいいようにしている。「戦わない奴ら」は候補者が当選すると「オレが当選させてやった」と吹聴する。「戦わない奴ら」は候補者のことを「あいつはオレの言うことなら何でも聞く」と吹聴する。「戦わない奴ら」は候補者のことを「君付け」で呼ぶ。「戦わない奴ら」は自分が立候補するだけの素養も人脈も勇気も無いことを知っている。「戦わない奴ら」は候補者を自分に見立てて夢を託しているので落選するとすごく怒る。「戦わない奴ら」は候補者が落選すると落選した理由を長々と語る。そして「戦わない奴ら」は候補者が当選しても落選しても「笑う」ことで全てを片付けようとする。


●自由   2021.11.02
なぜ日本はコロナの抑え込みに成功したのか?色々な意見をネット上から拾ってみると、ワクチン、マスク、手洗いが最も多いようだ。次にハグしたりキスしたりしないから。なるほどと思わせるのは、室内では靴を脱ぐ文化だから、箸を使う文化だから(確かに食品の接触面積は少ない)、緑茶を頻繁に飲むから(ビタミンCを定期的に摂取する)、豆腐、味噌、納豆、ワサビなどを食べているから(殺菌作用?)。また面白いものでは、欧米人は陽キャラだが日本人は陰キャラだから、ひきこもりの割合が高いから、などもある。しかし日本は欧米の2ヶ月遅れの周期なのでどうせまた増えてくる、という予想も多い。もちろん複合的な要因だろうけれども、やっぱマスクではないのかな。欧米人のマスクしない率の高さにには驚異的なものがあるからな。マスクをしないことが「自由」なのだそうだとのことだ。


●菅義偉   2021.11.01
神奈川2区で菅義偉前首相が当選した。考えてみれば菅義偉内閣が終わって1ヶ月が過ぎたわけだ。安倍晋三内閣が歴代最長の長期政権だっただけに菅義偉内閣は短く感じられたのだが、1年ちょっとの間、在任していたわけだ。最近の記憶に新しいところでは鳩山由紀夫内閣の266日(短命ライキング歴代8位)よりも長く務めたことになる。ちなみに短命ライキング歴代4位が宇野宗佑内閣の69日、短命ライキング歴代2位が羽田孜内閣の64日だ。菅義偉内閣はコロナと五輪の板挟みの中で何をやっても批判が噴出するというような状況の中で、1年間よくやってきたと思う。何をやっても批判が噴出するのだから、よほどの強い精神力と図太い神経の持ち主であっても1年で相当に疲弊してしまうはずだ。「もうこれ以上やりたくない!」と思うのも当然のことであろう。そして小泉純一郎、安倍晋三と喋りとプレゼンが上手い総理の後での、あの小学校の学芸会での村人Bのような棒読み喋りが、実は1年間持ち堪えた秘訣だったのかもしれぬ。ただし総理最後の演説は棒読みではなく、原稿も見ないで自分の言葉で喋っていた。惜しまれるタイミングでの引き際も見事であった。



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