2025年3月



●ちゃぶ台返し   2025.3.31
ちゃぶ台返しは、家庭内での怒りや不満の表現として、食卓(ちゃぶ台)をひっくり返す動作に由来しているとのこと。漫画『巨人の星』で主人公・星飛雄馬の父である星一徹が、不満を爆発させる際にちゃぶ台をひっくり返すと同時に星飛雄馬の顔面をひっぱたくというシーンがEDでも毎回流され、これが「ちゃぶ台返し」の代名詞となり、言葉として定着したとのこと。しかし「ちゃぶ台」は、昭和初期~中期に家庭で一般的に使われていた小さな円形の食卓のことで、星一徹がひっくり返した食卓は円形のちゃぶ台ではなく、四角い食卓であったことはあまり知られていない。さらに星一徹がひっぱたいた手とは逆方向に星飛雄馬がぶっ飛んでるということは、もっと知られていない。


●チビ   2025.3.30
ルッキズムの中でもどうにもならないのが「チビ」であろう。「デブ」「ハゲ」「ブス」とかは、本人の努力と美容医療技術で何とかなることも多いが、チビだけは骨延長手術やシークレットシューズでもその対応には限界がある。ある時、企業の新人研修で、実際の店舗に出向いて一般のお客さんに商品を売るという営業研修というものがあった。その中で身長185cmの新人がいたのだが、店側に研修を断られた。身長が高すぎて、客を常に見下ろすというような人に営業ができない。というのがその理由だ。このことは「見下ろされる=劣等感」ということになるのだろう。つまりチビは、たとえ相手が悪意や軽蔑の意識を持っていなくても、常に劣等感を感じているということになるのかもしれない。というわけだかは分からないが、ほとんどのチビはデカいクルマに乗っている(を所有している)。チビなんだから普通のクルマでも、より広く感じるはずなんだけどね。


●バイオプラスチック   2025.3.29
とうもろこしからプラスチックを作ることは可能である。とうもろこしのデンプンを糖に分解→糖を発酵させて乳酸を生成→乳酸分子を重合してポリ乳酸というバイオプラスチックを作る。というプロセスなのだそうだ。しかし実際にはコストやインフラ面での課題があり、従来のプラスチックの完全な置き換えには至っていない。とはいえ石油はいずれは掘り尽くされ枯渇することは確実だ。それまでに従来のプラスチックに完全に置き換わるものを確立しておかないとヤバいだろう。もっともプラスチックは日本語では「樹脂」、つまり樹の脂である。3億年の熟成のプロセスをスキップさせるだけのことだ。不可能ではないはずだ。


●ゴッホ   2025.3.28
感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家であるフィンセント・ファン・ゴッホ。普通に考えて「凄い絵を描く人」である。普通の人が絵を描くときには「上手く描こう」とか「こういったことを表現しよう」とか「こんな風に評価されたい」とか「売れたらいいな」とかのスケベ心というか邪念が生まれる。しかしゴッホの作品にはこういったものが一切感じられない。生活費の全てを弟のティオの仕送りによって賄っていたため、食っていくための苦労とか不安とか、稼いでいくための人間関係とかのトラブルも気にしなくて良かった。だから子供の絵のような素直さと大胆さがあるのだ。しかし生存中に売れた絵は、記録に残っている限り1枚だけだった。そしてゴッホの死後、ティオの嫁が、ゴッホが書いた大量の手紙を添えた実物の作品を画商や評論家に送りつけるといったようなプロモーション活動を必死で行ったそうだ。このプロモーション活動が行われなければ、ゴッホはここまで有名にはならなかった。ということは、誰にもプロモーションをしてもらえなかった「隠れたゴッホ」は世の中にたくさんいるのかもしれない。ある発達障害の子供が描いた絵を見たとき、そう思った。


●巨人の骨   2025.3.27
東日本大震災(2011年3月11日)の報道中、津波被害や瓦礫の中に「巨人の骨」のようなものが映り込んだという話が、一部のネット掲示板やSNSで取り上げられた。「歴史的に巨大な生物が存在していた証拠ではないか」や「隠された古代文明の痕跡だ」といった憶測が流れた。その映り込んだ「巨人の骨」は画像から推測すると身長20mもあるとのこと。と、この時点で「嘘」「フェイク」「デマ」であることは分かりそうなもの。現在の人類の骨格で二足歩行できる最大身長は多めに見積もっても3mぐらいまでであろう。これを超えると、転倒したら死んでしまう。進撃の巨人も巨神兵も「おはなし」だけの存在だ。仮に身長20mだとしたら転倒する前に立ち上がることすらできないはずだ。いつの時代でも。ありえない都市伝説を鵜呑みにするのは「理科のできない」人たちである。


●時代   2025.3.26
昭和40年の庶民の生活。家にはエアコンなるものが無かったしスマホやネットも無かった。さぞかし不便な生活をしていたのだろうと想像できる。鎌倉時代の庶民の生活。人々は太陽や月がどんなものかを知らずに、太陽は最高神である天照大神として崇拝され、月は占星術や陰陽道の思想と結びつき、吉凶や運命に影響を与える存在と信じられていた。だから日食とか月食になったときの人々の恐怖や畏怖たるやそれはそれは大変なものであっただろうと想像する。令和10年の庶民の生活。このころはまだ人々は時間を自由に操ることができず、時間の流れに身を任せるままの生活を余儀なくされていた。1時間後、1日後、1年後に、自分がどうなるかということを全く知らずに生きていたのだから、その恐怖や不安たるや想像を絶するものであったろうと想像する。


●無きもの   2025.3.25
クルマがセンターラインをはみ出して走行中に対向車線を走っていたバイクと正面衝突する。バイクとライダーは吹き飛ばされ、クルマもフロント部分が大きく破損するが、ドライバーには怪我はない。ちょっと間をおいてドライバーがクルマから下りてくる。そしてまずはクルマの前方に行き破損の程度を確認する。そしてスマホを取り出しどこかに電話をかける。というのが交通事故の動画の一連の流れの「あるある」である。そう、ドライバーは吹き飛ばされたライダーを介助しようとか様子を見ようとかは一切しない。無きもの、として処理しようとしたい気持ちは分かるのだが、もしライダーが死ぬようなことがあれば、お前は一生交通刑務所の中だぞ。ドラマや映画では、交通事故の直後に目撃した周囲の人が被害者に駆け寄り「大丈夫ですか!」とか声をかけているが、現実の交通事故では、そのあまりの瞬間的な出来事と事故前の普通の状況とのギャップに気持ちの整理ができずにこういった行動になってしまうのだろう。目撃者であれば、ただ怖くて逃げるということもできるが、当事者であり加害者であった場合、とりあえずは、無きもの、にする方策を模索するのが人間の性なのであろう。


●日本はICT後進国へと邁進していく   2025.3.24
デンマークでは2025年末にすべての手紙配達を終了すると発表した。恐らく他のヨーロッパ諸国もこの流れに、遅かれ早かれ追従することだろう。日本はどうだ?きっとまだまだ廃止には至らないだろう。なんせテレビで年賀状なる悪しき風習を奨励するCMを流していたり、ラジオや自治体の広報誌で、応募や問い合わせやアンケートをハガキで受け付けたりしている。資源と人件費と時間の無駄遣いだからさっさと止めるべきだろう。「郵便を使い慣れている高齢者がいるから」とか言っているが、そうやって高齢者を甘やかすから彼らはいつまで経ってもネットが使えないんだけどね。まあとはいっても、政府は選挙で確実に投票に行く高齢者を無下にする政策は取れないのだろう。つまり高齢者に忖度してるということだ。だから世界中で日本だけがFAXなる昭和型紙伝送原始装置をNHKが推奨していたりもする。政党への企業献金が問題になっているが、この高齢者に対する政府の忖度体質のほうがよほどタチが悪い。こうしてまた日本はICT後進国へと邁進していく。


●絵が上手くならない人   2025.3.23
絵が上手くならない人の描いた絵は、①線を引くスピードが全体的に遅い。野球で言えばバットスウィングが遅い。②引く線が全体的に短い。野球で言えばフォロースルーが無い。③失敗してはいけないとビビりながら線を引いている。野球で言えばボールを当てにいっている。④上手く描こうと思っている。野球で言えば年俸が上がることを考えている。⑤自分の描き方を変えようとせず新しいものにトライせず毎回同じような絵を無駄に量産している。野球で言えば凡打の山を築き上げている。ようするに絵が上手くならない人に欠落しているものは、潔さ、向上心、探究心、好奇心、とかなんだけどね。逆に絵が上手くならない人が大事にしているものは、安心感、安全感、普遍感、ワンパターン感、単細胞感、とかのようだ。これは絵に限らず、全てのスキルアップに共通しているのではないかな。


●大相撲   2025.3.22
照ノ富士が引退して豊昇龍が入れ替わるように横綱になった。しかし豊昇龍は照ノ富士ほどの圧倒的な強さは感じない。現在、新入幕力士が三役クラスに勝つことも珍しくないようだ。そもそも、その昔力士というのは、どうにも手のつけようがない悪ガキを受け入れて厚生させるための受け皿だった。つまり力士としての適性に優れた人間が行うスポーツではなかったのだ。しかし今では子供のころから相撲道を目指して、適したトレーニングや身体つくりを行うような力士も増えてきたので、自ずとその力に差がつきにくくなってきているように見える。だからその番付けから陥落する大関も増えてくるではないか。あ、いやそうではない。昔から版付けによる力の差は、それほど無かったのではないか。ただし昔は八百長というシステムが裏で稼働していたので、ある程度は番付けというものが維持できていたのだろう。そのシステムが以前ほど効力を発揮しなくなってきたぶん、番付けによる力の差がなくなってきたように見えるのだろう。そういう意味では、やはりある程度の八百長はあったほうが良いのかもしれない。所詮は大相撲は興行だしね。


●ChatGPT   2025.3.21
ChatGPTは使わない!という人がいる。そういう人は「なぜ使わないか」という理由を長々と語る。おいおい語る前に使えよ!ってもんだろう。長時間何度も何度も使ってみて「やっぱり使わないほうが良い!」というのであれば分かるがロクに使ったこともないクセに使わない!よ言うのは、要するに「食わず嫌い」だ。「食わず嫌い」がなぜ悪いかというと、「 機会の損失、偏見の助長、栄養の偏り、コミュニケーションの阻害などがあげられます。また、『食わず嫌い』は、新しい体験や健康的な選択、他者とのつながりを制限する可能性があります。それを克服することで、人生をより豊かにする機会が広がります。試してみる勇気を持つことが大切です!」と、ChatGPTは言っている。そもそも長時間何度も何度も使ってみれば「やっぱり使わないほうが良い!」という結論には至らないはずだ。Google検索ではタライ回しにされてなかなか目的地に辿り着けないようなことでもChatGPTは瞬時に案内してくれる。図書館で半日かけて調べなければいけなかった内容でもChatGPTは瞬時に提示してくれる。信憑性がどうのエビデンスがどうのと言うのは、使う側の問題だ。ChatGPTが出した結果を鵜呑みにしてはいけないし、ものには節度というものがある。大学のリクルート担当のスタッフが言っていた「ChatGPTで作った履歴書はすぐに分かる」のだそうだ。いずれにしてもChatGPTとて「ものは使いよう」である。


●70歳   2025.3.20
ネット上でよく「奇跡の70歳!」などといった芸能人の写真が紹介されていることがある。これはその芸能人が奇跡的に若く見えるのではなく、70歳のおばあさんでも何百枚も写真を撮れば奇跡的に美しく見えてしまう1枚もあるということだ。ついでにこれだけデジタル加工技術が一般化してくると、誰でも普通のおばあさんの写真を奇跡の70歳に加工することもできるわけだ。ということで、完全な斜光で皺の1本1本がハイコントラストで写っている80歳ぐらいのおばあさんの写真をフォトショで「できるだけ若く見えるように加工せよ!」という課題を出した。そしてその画像を年齢測定アプリで診断させた年齢を、100から引いた数値をそのまま点数にした。最高点は64点で最低点は5点であった。


●レジ袋の有料化   2025.3.19
アメリカマーケティング協会が発行する査読付きの学術誌であるJournal of Marketing Researchで、「レジ袋の有料化」の効果を測定した調査結果が発表された。それによると、結局、消費者はより多くの有料レジ袋を購入することとなりました」とのこと。消費者がレジ袋を家庭でゴミ袋代わりに使用しているため、有料でもレジ袋を買い続けてしまうのではないかとのこと。つまりゴミ袋を買うよりもレジ袋のほうが安いし、サイズも選べるし、使い慣れているし、ってことなのだろうか。また、例えば、ソーダが課税されると消費者は砂糖入りスナック菓子をより多く購入するようになるなど、政策が直接ターゲットにしているわけではない行動にまで影響が及ぶとのこと。そう考えると、人間はいかに社会順応性が高い生き物かということが分かると同時に、いかに原始的で即物的な生き物かということが分かるというもの。


●”○太郎”   2025.3.18
”○太郎”は自分の話を聞いてもらえさえすればその話の内容は何でも良いのだ。例えば誰かがA+B=Cだ、と言ったとする。すると”○太郎”はA+B=Cではない理由を延々と話し始める。しかし他の場所で”○太郎”はあたかも自分で考えたかのようにA+B=Cだ、と自慢気に話す。仮に両方のシーンに立ち会った人間がいたとしても、そんなことは意に介さない。そして”○太郎”はなかなか帰らない。何とか話をつないでその場にいる時間を引き延ばそうとする。よほど普段から話を聞いてくれる人がいないんだろうなぁ、と可哀想にも思えてくるのだが、どうやら家族はいないらしい。どこから産まれてきたのだよ、”○太郎”よ。


●生命力   2025.3.17
ポッドキャストを聴いた後にラジオを聴くと、寿司を食ったあとにジャンクフードを食ったような薄さと浅さを感じる。これだけ人々の価値観や趣味や興味の対象が変わっている時代に、もはや大衆を対象としたメディアって存在意味はあるのだろうか?大衆を狙えば狙うほど薄味で浅い内容になってしまうのだろうし、みんなおんなじ横並びになってしまうのだろう。地上波のテレビ局にしてもAMのラジオ局にしても、薄味で浅い内容の横並びになってしまい視聴率(聴取率)は右肩下がりになり、スポンサー枠はどんどんと安くなり、その分コマーシャル時間はどんどんと長くなり、ほとんで詰んでいるのではないのだろうか。2001年にうちに取材に来たテレ東のチーフADが言っていた「もうテレビって終わってるんですよね」と。そう考えると余命宣告からもう24年も生きているのだから、大した生命力である。


●何でも引用するマン   2025.3.16
「何でも引用するマン」は勉強家で努力家で知識が豊富だ。その専門分野のことなら何を質問しても即答してくれる。学会の発表を聞いていると、実にこの「何でも引用するマン」が多い。しかしこの「何でも引用するマン」、質問に対する回答の全てが過去の偉人や専門家の引用である。実験も過去の誰かが実証済みの内容のことを再現しただけだ。つまりオリジナルがない。「これは私のオリジナルだ!」とか言ってはいるが、誰かのやったものを、ほんのちょっとアレンジしただけだ。確かに知識や理論は人から人に受け継がれながらブラッシュアップしていくものではあるのだが、それにしたってもうちょっとオリジナリティーを出せよ。そうじゃないと「何でも引用するマン」の役割は、すぐにチャットGPTに奪われてしまうぞ。今までは努力と要領だけで、それなりの学位になれたかもしれないけどね。


●CGはアナログの絵画を超えられるか?   2025.3.15
CGはアナログの絵画を超えられるか?に対しての答え。アナログ絵画の奥深さを知らないし自分の調べた範囲の絵画に関する情報のみで理論的に無理やりまとめようとしているので「とっくに超えている!」と言っているのが生成AIの開発者。驚くほどICTに疎くAIの実情を全く知らずにそもそもが興味の対象外なので雰囲気だけで「超えられるわけが無い! 」と言っているのがアナログの画家 。なので両者が相容れることは当面の間は無い。相容れたら容れたでキモいし。


●フォートナイトアイテムショップ!   2025.3.14
フォートナイトアイテムショップ!のスキンの売り上げがPRADAのネットショップを上回っているのではないか?と言われたのは数年前のことだ。フォートナイトのプレイヤーは自分の服の何倍ものお金を自分のアバターの服につぎ込んでいるそうだ。そしてそんな行為が普通であり自然であり当たり前だと思っている。対して世のアナログ全開人間たちは、そんな世界が今の世の中にあることすら知らずに普通に自然に当たり前に暮らしている。そしてこの人たち双方では、価値観も文化もOSもプロトコルも全く異なる。日本に限らずこういった双方の人たちに対して、平等に公平に扱っていく行政というのは、すっごくタイヘンなのではないかと想像するのであるが、双方ともそのタイヘンさなどには一切感知せずに普通に自然に当たり前に暮らしている。


●婚活   2025.3.13
多様性とかダイバーシティとか言ってもそういうのとは全く関係なく煩悩剥き出しなのが婚活だ。男は、年収と学歴と身長が高く、ハゲでもデブでも死んだ魚の目をしていないことが条件だ。女は若くてキレイで可愛いく、ブスでもデブでもブサイクでもないことが条件だ。これらの条件に当てはまらない人間は、どの条件が自分に当てハマらないかを数えて、同じ数だけ当てはまらない相手を探さなくてはいけない。特に女の「若く」はシビアであり時間の経過に呼応して価値が下がっていく。そういう意味では青春時代のかなりの部分を秒読みという緊張感のある時間を過ごさなくてはいけない。そしてこの緊張感から解放されるためには、多様性とかダイバーシティは一切の効力も持たないのであった。


●キャッシュ   2025.3.12
一度利用したデータやよく使うデータをメモリに保存して、必要になったときに迅速に取り出せるようにする仕組みのことをキャッシュと言う。これによって読み込み時間を短縮して閲覧をスムーズにする便利な機能なのだが、その機能は閲覧する側の人間にも必要な機能だ。パソコンでは複数の画面をモニター上に表示することができたが、スマホでは実質的に無理。なので画面が切り替わったときに、それまでの画面で何を見ていて何をしていたかが人間側が脳のキャッシュに記憶しておかなければいけなくなる。しかしこの脳のキャッシュの容量には明らかな個人差があるようだ。キャッシュの容量が少ない人間は「だからスマホは嫌いだ!」ということになる。とは言っても今のテレビだって番組側が容易しない限りは複数の画面をモニター上に表示することは無理。従って長い長い長いCMを見ている間に、何の番組を見ていたか忘れてしまい、画面が切り替わったときに「あ、これを見ていたんだ!」と思い出す。ところがそういう人間であっても「だからテレビは嫌いだ!」とは言わない。


●老害   2025.3.11
「老害と思われないように気をつけよう」とか言っている老人。それって無理じゃね?老害は、話が長い、すぐに喋りはじめる、自分は喋るが他人の話は聞かない、などが典型的要素として挙げられるが、これは老人に限ったことではなく、若者や子供でもこういうヤツはけっこういる。では老害の決定的な要素は何かというと、「ライン以外のSNSをやっていない」ということではないのかな。少し前まではラインもスマホもできなかったので「ネットができない」という自負もあり、少し大人しかった。ところがいざラインのやり方を覚えると「オレはネットもできる!」ということでラインで長い長い長い長文を垂れ流しはじめる。これぞ今時の老害。


●ジャンボジェット   2025.3.10
ジャンボジェットことボーイング747の実物をはじめて羽田で見た時には、そのデカさにブッタたまげたものだ。こんなデカいもんがホントに飛ぶんかいな?と。でも飛べるからこうして羽田にやってきたのだろう、と不思議な気分になったものだ。その後、会社員になったときに、このジャンボジェットをけっこう頻繁に利用するようになるとは夢にも思わなかった。しかしこのジャンボジェット、現在のエアバスA350やボーイング787に比べるとエンジン音が「うるさい!」のだった。特に主翼より後方に位置する座席では、その「ゴーー」という轟音を15時間とか聞いていないといけなかった。そしてある時、サテライトに待機していたのはマクドネル・ダグラス DC-10だった。「今回は少しは静かかな?」と思って搭乗してみると、座席は最後部でけっこうすいていた。シート2つ分に横になって寝られるくらいだった。ところがいざ飛び立ってみるととてもじゃないが寝てはいられない。DC-10は垂直尾翼の根元にエンジンがくっついているため、最後部座席のアタマの上から「ゴ==」と轟音を15時間。


●白い手袋   2025.3.09
ミッキーマウス、ドナルドダック、バックス・バニー、ウッディ・ウッドペッカーなど、アメリカの数多くのカートゥーン(アニメ)キャラクターは白い手袋をつけている。これは1920年代から1930年代にかけて、カトゥーン制作の主流は白黒映像で、その中でキャラクターの手が背景や体と区別させるために登場したのが「白い手袋」なのだそうだ。特徴を区別する色がなければ、キャラクターの手は簡単に輪郭の中に消えてしまう。白い手袋をつけることで、画面上で手の動きが目立ち、動作や表現が明確に伝わるようになったとのこと。では日本ではどうか?といえば「白い手袋」をしているアニメキャラはほとんどいない。その代わり選挙の候補者はなぜか「白い手袋」をしている。清潔さ・礼儀の象徴、目立つための効果、慣習としての定着、などのためであるようだ。それは他国ではほとんど見られないユニークな習慣なのだそうだ。でもどちらも「今は必要無い」ものなんじゃないかな。


●9段階評価   2025.3.08
あなたの容姿はどのくらいですか?という問いに対して「中の上」と答える人は実際は「中の下」である。そして「上の下」と答える人は実際は「下の上」である。そしてこのように9段階評価で自己採点する人の多くは偏差値50未満である。そしてこのように9段階評価で自己採点する人の多くは彼氏彼女がいない。彼氏彼女がいる人は、このように9段階評価で自己採点することが無意味であることを知っている。そして「下の下」と答える人は、何らかの病気や怪我であることもあるので、このような質問はするべきではない。そして「上の上」と答える人は、明らかにアタマのおかしい人なので、このような質問をするべきではない。


●軽自動車   2025.3.07
1958年、富士重工業はフォルクスワーゲン・タイプ1のデザインをパクって小型にしたスバル360を発売した。1960年、東洋工業は価格30万円の当時のスバル360より安く設定されたマツダ・R360クーペを発売した。1962年、東洋工業は軽自動車初の4ドアセダンタイプのモデルとなったキャロルを発売した。いずれもリアエンジンで空冷だった。彼らは青い排気ガスを吹き出しながら1960年代の東京の街を闊歩していたのである。音だけはうるさいのだが速度はほとんど出ていなかったので、走ると言うよりかは闊歩(オレは自動車を持っているんだぞ!とアピールしながら)していたのであった。ちなみに史上初の4輪軽乗用車は、1952年に製造された250cc車「オートサンダル」と見られているそうだ。名古屋市昭和区の零細メーカーである中野自動車工業が、三菱の汎用単気筒エンジンを用いて手作業で製造したものであったが、およそ通常の実用に耐えうる性能ではなく、1954年までに200台ほどを製造し生産中止したと言われている。サンダルであれば仕方あるまい。


●iCloud   2025.3.06
iCloud(アイクラウド)は、Appleが提供するクラウドサービスで、写真やファイル、メモ、パスワードなどのデータを安全に保存し、複数のデバイスで利用できるようにする機能だ。で、実際に何が便利かというと、普通に使っているぶんには特に無い。iCloudを利用していても、HDDやSSDだけを使っていても同じだ。無料なのでそれでもいいのだが、問題は容量が5GBしかないということ。5GBは昔は広大だったが今ではあっという間に埋まる。で、5GBが埋まった時点で、そのまま放置しておいても何も問題はなく普通に使えるのだが、ファイルの傍に雲マークに「!」がついたアイコンが常時表示されるようになって、ちょっとすっきりしない。また定期的(といっても稀にだが)「iCloudがいっぱいだよ」の警告が出てくるので、こいつもちょっとウザい。これらを解消するためには有料のicloud+にしないといけない。今のところ50GBで月額¥150なのだが、これを安いと感じるか高いと感じるかは自由であるが、10年後の50GBって、たぶん感覚的には今の1GBぐらいになるであろうことを予定しておいたほうが良いだろう。


●シアノバクテリア   2025.3.05
30億年前、シアノバクテリアたちは、将来、自分たちが進化して地球上の色々な生物になるであろうことは想像もしなかったことだろう。もし現代人がタイムスリップしてシアノバクテリアたちに、ムカデやナメクジ、カメとかイカ、鳥や象、なんかの写真を見せて「君たちは将来こんなふうになるんだよ」と説明したとすると、「えー、うそー!」「キモい!不気味!」「信じらんなーい!」というふうになるだろう。見たことのないものは、キモいし信じらんなーい、とういうふうになるのだ。そしてもっともキモいのは、その写真を見せに来たニンゲンというイキモノだ。


●毒キノコ   2025.3.04
キノコを食べられるキノコか毒キノコかを見分ける方法って色々と言われているが、最も確実なのは「食べられるキノコを何度も何度も長時間見る」ということだろう。実際に小学校のころ、そうやって近所の雑木林からナラタケやクリタケ、シメジなどを採ってきて食べた経験がある。例えば人間は自分の家族や友人を見て「その人」と分かるのは、何度も何度も長時間見ているからだ。あとは縦に裂けるのは食用というのは嘘。鮮やかな色は毒キノコというのも嘘。ナスと一緒に煮込むと毒が消えるというのも嘘。塩漬けにすればどんな毒キノコでも食べられるというのも嘘。かじってみて変な味がしないものは大丈夫というのも嘘。ナメクジや虫が食べているキノコは食べられるというのも嘘。というように色々な迷信があるがそのほとんどは嘘である。基本的に毒キノコの毒は即効性ではなく時間差で効いてくるものなのだそうだ。毒キノコを食べた野生生物がある程度移動をしてからのたれ死ぬことによって、樹木同士がお互いに異なった場所に栄養(生物の死骸)を供給するために開発されたシステムなのだそうだ。だから毒キノコを食べてしまった場合は、森の中で潔くのたれ死ぬようにしよう。


●Mozilla Firefox   2025.3.03
Mozilla Firefoxは2000年ごろにインターネット界のシェアを独占していたNetscape NavigatorというWebブラウザの末裔だ。2024年12月での世界シェアは2.6%と今ではすっかりマニアックでレアな存在となってしまった。しかし今でもこのMozilla Firefoxを使わなければいけないケースがある。Google Chromeでは、ブラウザの画面をスクロールしていき途中でリンクに飛んで戻ってくると、スクロールした位置に戻ってくる場合と、ページトップに戻ってしまう場合がある。確率としては五分五分ぐらいなのだが、色々と試してみてもそのカラクリは不明のままだ。これがMozilla Firefoxでは100%の確率で、スクロールした位置に戻ってくる。長〜いスクロールのページを作った後の動作確認の時には重宝する機能だ。逆にGoogle Chromeではページトップからいちいち当該箇所を探して戻らなければいけないのがストレスにもなる。とは言ってもMozilla Firefoxを使うのはこの動作確認のときだけだ。日本語翻訳機能やエミュレーター機能はやっぱりGoogle Chromeが圧倒的に便利だ。ということでMozilla Firefoxの使用時間は全体の2.6%ぐらいかな。


●カネが無い   2025.3.02
うちの会社は、オレの家は、うちの市は、この商店会は、この会には、と、だいたいのところは「カネが無い」。カネがあっても「カネが無い」と言っている場合と、本当に「カネが無い」とかがあるだろう。そもそも何を基準にして「カネが無い」と言っているのだろうか。少なくとの餓死する寸前では無いはずだ。アフリカの難民からすれば、日本人の「カネが無い」は、超贅沢な暮らしをするには「カネが無い」と言っているだけに聞こえることだろう。いやいやそんな超贅沢ではなくて、今のご時世、人並みな暮らしをするには「カネが無い」と言っているだけなのだよ。って、みんなが「カネが無い」と言っているのだから、やっぱり、みんなが超贅沢な暮らしをするには「カネが無い」と言っているだけのことなのだよ。一人一部屋が当たり前の生活って、やはり難民からすれば、超贅沢な暮らしだろう。一人一部屋だから引きこもりも増えるのだけどね。


●脳の情報処理能力   2025.3.01
人間の脳は世界最高のコンピュータと言われていたが、カリフォルニア工科大学の神経生物学者チームによれば、人間の脳は1秒あたりわずか10ビットの情報しか処理できないそうだ。機械のコンピュータが毎秒何兆ビットもの操作を実行しているのに対してあまりにも遅い!という結果だ。その理由は『人体に備わった感覚センサーは1秒ごとに1兆ビットの情報を集めているが、脳はわずか10ビットだけを取り出して周囲の世界を認識している』とのことだ。う〜ん、何だか分かったような分かんないような…じゃ、その1兆ビットの中から10ビットを選ぶ作業を誰がやっているんだ?その人の処理能力が最強なんじゃネ?



BACK

メニュー