2025年7月
| ●マウントを取る 2025.07.31 | ||
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「マウントを取る」というフレーズが最近よく使われるようになった。自分が相手よりも優位に立っていると主張したり、相手を見下したりする行為のことだ。具体的には、学歴、職種、収入、持ち物などを自慢したり、相手の失敗や弱点を指摘して優位に立つことを指し、中には「マウントを取った」と自分では思っていても、そうではなかったりすることもある。人間誰しも他人より自分が優位に立ちたい気分になるというもの。そこでSNSを見ていてふと思ったのだが、「いいね!」が沢山つく投稿っていうのは、実は、面白いとか同意できるとかではなく、大したことないな、あゝこの程度ネ、まあな、とかいう見下したとき、つまり「自分のほうが上」ということが認知できたときに、その証に「いいね!」をしておく、という場合が増えてきているように思う。ようするに「マウントを取る」ことができた証拠の「いいね!」だ。まあそういう「マウント取ったぜいいね!」は、学校の先生が生徒の提出物を採点するみたいな感じなのだろうけれども、頼まれてもいないのに、勝手に先生の位置に居ること自体が、「マウント取ったぜいいね!」人間の浅はかさであろう。きっとリアルな世界ではマウントを取ることが無いんだろうな。
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| ●B2ステルス爆撃機とTu-95 2025.07.30 | ||
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2025年6月21日、ミズーリ州のホワイトマン空軍基地から発進したB2ステルス爆撃機が、イランのフォルドウ核施設を攻撃した。戦争当事国では無いアメリカがイランを奇襲し地下の核施設を攻撃したのだ。これは国際法上、明らかな違法行為であり、他国から批判されて当然のことであろう。ところがなぜか他国は表だった批判はしてないようである。そりゃそうだ。各国ともトランプ関税の対応で忙しいのだ。批判しようものなら税率を引き上げられかねない。そして最後にはB2ステルス爆撃機が飛んできかねない。というわけでB2のイランの核施設攻撃は世界中に睨みを効かせたわけである。そういう意味ではアメリカは今でも世界のガキ大将であり、誰も表立って逆らえないのである。ではロシアや中国はどうかというとB2相当の爆撃機はまだ配備していない。ロシアではPAK-DA、中国ではH-20が開発中ではあるものの、その性能は未知数であるが、現実の信頼性・実績ではB2が両者を圧倒的に上回っているとされている。ちなみに現在米露中以外は戦略爆撃機を保有していない。1機あたりの製造費は約20億ドルで維持費も膨大なこともあり、米国以外では維持管理ができないとされている。ちなみにロシアでは今でも主力の爆撃機はターボプロップ機のTu-95であり、最近でもウクライナのドローンによって破壊されている映像は記憶に新しいところ。1961年に人類史上最大の核爆弾ツアーリボンバを投下したのも、このTu-95であった。このTu-95、プロぺラ音が異常に煩く。すぐに敵に発見されてしまうステルス性ゼロの爆撃機なのだそうだ。
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| ●石破おろし 2025.07.29 | ||
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内閣支持率が低いわりに石破続投の支持率が高い、ということが話題になっていて、各オールドメディアはこぞってニュースで取り上げている。あたかも矛盾する怪奇現象であるかのように報道しているが、この理由ってそんなに難しいことではないだろう。 ①総理が変わったところで情勢は変わらないということを国民は知っている。 ②石破以外が総理だったとしても選挙結果は変わらなかったはず。 ③ということは、また大騒ぎして総理を変えるのは時間とカネの無駄。 ④誰を総理にしたいのか?という提案がないまま石破辞めろ!は稚拙。 といったところではないのかな。 とにかく代案無きままの批判ばっかりは、どこぞの野党みたいだし。そうやって国民は自民党から離れていくんじゃないかな。それと爺さんばっかだから嫌われるんだけど。爺さんというだけで問答無用で嫌われるということも分かってないみたいだし。 | ||
| ●休講 2025.07.28 | ||
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大学の授業が休講になる。すると「やったー!」と言って大喜びをする学生、とこれは「今は昔の話」だ。昔は休講になった授業は休講になったそのままであった。しかし今は違う。休講になった分、必ず補講を行わなければいけないのだ。補講はその学期内のどこかで教室を確保して行わなければいけないので、それが休日だったり1限目だったり5限目だったりもする。学生側も色々と予定が狂うし、教師側も余計に手間がかかることとなる。従って休講は誰も得をしないのだ。だったら補講はオンラインにすればいいのでは?ということにもなるのだが、予め準備をしておけば別なのだが、対面予定だった授業内容は、突然オンラインにするのはかなり難しい。監視下から解き放たれた学生は、放っておいたら絶対にお勉強はしない。という、そもそも大学には向いていない大学生が世の中にはたっくさんいる。
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| ●人間は人間を喰うか? 2025.07.27 | ||
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人肉食(カニバリズム)には、倫理的・法的・宗教的に重大な問題があるとされ、またプリオン病、ヤコブ病、クールー病など感染症のリスクもあるとされている。従って現在では地球上からは人肉食は無くなったというのが一般的な見解のようだ。しかし現在でも一部の後進国では部族同士の紛争や、ギャング同士の抗争で、死人の肉を食っている動画がネット上にアップされたりもしていて、人肉は売れる、といったコメントがついている場合もある。雪山に墜落した旅客機の乗客が、生き延びるために他の乗客の死体を食べていたというニュースも過去にはあったようだし、第二次第戦中の激戦地で食料が尽きて、仕方なく戦死者の死体を食べて飢えをしのいだ、という話を間接的に聞いたこともある。いずれにしても、いくら理性を持った人類という生き物でも、餓死寸前の切迫した状況になれば、人肉食を行なってしまうだろう。そうしないと自分が死んで食われる側になってしまうしね。人類がここまで生き続けることができた歴史の中では、人肉食は珍しいことではなかったと考えるのが普通であろう。高齢者が孤独死をして、飼っていた猫が餌をもらえなくなり、仕方なく飼い主の高齢者の死体を食べて生き延びていた、というニュースもあった(仕方なくかどうかは不明だが)。生き物は、生きるために背に腹は変えられない。
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| ●ペリーの黒船はハイブリットだった 2025.07.26 | ||
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ペリーの黒船というと帆船をイメージする人も多いかと思うが、じつは艦隊4隻のうちのうち2隻が帆船で、残る2隻が蒸気船と帆船のハイブリットだったとのこと。当時蒸気船が最新鋭だったものの燃料である石炭を補給するために(主に中国との貿易のため)に、日本の港を解放するのが、ペリー来航の目的だとされている。それはさきおきハイブリットと言うと、日本の現在の自動車を連想する。EV車よりもハイブリットだよな、的な意見も多かったようだが、結局はハイブリットはどちらかに統合されていく運命になるということは黒船を見れば分かる。そして黒船以降、蒸気船に統一されつつあった途中でディーゼルが登場し、今では天然ガスや、バッテリー、燃料電池や水素、原子力で船舶は動いている。ということで自動車も将来的には燃料電池や水素、バイオエネルギーで動くことになる。にもかかわらず「やっぱハイブリットだよな」とか言っている日本人の愚かなことよ。世界的な大きな潮流としては、EV車に統一されていくことは決定事項なのだよ。ちなみに海自の駆逐艦のディーゼル船の燃費は、リッター400メートルとのことだ。
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| ●地球の自転速度が急上昇 2025.07.25 | ||
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原子時計を採用した1955年以降、2025年8月5日は歴史的に最も短い日になる可能性があるそうだ。原因は不明だそうだ。関税がどうのこうの、戦争がどうのこうの、などと言っている場合ではない。地球の自転速度が急上昇すると、地球のかたちがより潰れた楕円形になる。そうなると赤道付近はより暑くなり極地では寒くなる。1日が短くなるので、原子時計で測る時間と、地球の自転に基づく時間との差が広がり、どっちを信じていいかが分からなくなり混乱する。そして仕事の納期も、学校の課題提出期限も短くなる。そして赤道付近では体重が軽くなり、極地で重くなる。国際的に使われている「協定世界時(UTC)」の調整が頻繁になったり、コンピュータシステムでエラーが起きやすくなる可能性もあるとのこと。海面が赤道付近で上昇し、極地では低下し、地殻のわずかなゆがみで地震や火山活動に影響を与える可能性もあるそうだ。ということで、これは人類にはどうにも対処できるようなことではない。むしろ原因が分からないままの方が良いのかもしれない。原因が分かると、少し経てば収まるのか、今後どんどん速くなっていってしまうのかが、分かってしまうからな。
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| ●人類を甘く見てはいけない 2025.07.24 | ||
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地球上の石油、石炭、天然ガス、天然ウランなどは、あと100〜200年の間に枯渇すると言われている。さあ、どうする人類!ということになるのだが、心配する必要は無い。あと100〜200年の間に実用化されるであろうものとして、①核融合発電、②量子コンピューター、③ナノテクノロジー、などがある。①は海水由来の燃料で環境に負荷を与えない電気を大量生産できる。②は現在世界中のクラウドが消費している膨大な量の電力を大幅に削減できる。③は鉄の硬さでプラスチックの重さの素材ができる。その他にも無線送電、電気大型旅客機、植物由来のプラスチック、などが実現してくるだろう。「ホントかいな?」と思う人も多いことだろう。しかし人類を甘く見てはいけない。ライト兄弟が初めて空を飛んだ66年後に人類は月面に立っているし、核分裂が発見された5年8ヶ月後に原子爆弾が投下されているのだ。
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| ●大人の事情 2025.07.23 | ||
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ふつう、偉い地位にある人、責任が思い立場にある人である、所謂トップの人間というのは、ベラベラとは喋らない。まずはいろいろな人の話をじっくりと聞いてから何らかの決断を下す。そしてその決断は公の場や正式な会議の場では無い。側近や限られた信頼できる人間だけに伝える。そして自分が決断したということは分からないように、ゆっくりじっくりとその命令、または指示をトップダウンで染み渡らせていく。組織が大きくなればなるほど色々と異なった意見を持つ人間が増えてくる。だからトップの人間はできるだけ反対者が出ないようにする。A案に反対する人になるべく気づかれないようにA案をゆっくりじっくりと実行させていくのだ。そして反対する人が気がついたときには、もう絶対に覆せないような状況になっている。これが「丸くおさめる」ということだろう。汚いとかズルいとか嘘つきと言われることも承知の上のやり方である。どんなに悪く思われようが組織が崩壊するよりかはマシなのだ。しかし中にはベラベラと喋りまくっているトップもいるのだが、言っていることをよく聞いていると、それは「どうでもいい表面的な瑣末なこと」である場合が多い。重大な決断を公言しないようにするための時間稼ぎなのだ。いずれにしても、大人はズルい!し、最後には大人の事情が優先されるのであった。
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| ●声による伝承 2025.07.22 | ||
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人類が文字を発明する以前の数十万年、情報は言葉によって伝承されてきた。ではなぜ文字が発明されたかと言えば、言葉では記録ができないからだろう。人類が言葉を発明したのは概ね5万〜20万年前の間とされているが、もちろん正確な年代は不明だ。そして人類が「文字」を発明したのは、約5,000〜5,500年前(紀元前3,200〜3,400年ごろ)とされている。さらに1930年代後半から1940年代初頭には実用的な磁気テープレコーダーが、ドイツで発明されたとのこと。と、この時点で言葉が記録されるようになったのだから文字は不要になったはずだ。しかし慣れ親しんだ「文字」というものから人類はなかなか離れることができなかった。とはいえ、やっとのことでAudibleなるものが登場し、人類は文字というものを使わなくても情報を閲覧できるようになった。となれば、いずれは文字というものは消えていく運命にあるのだろう。と、こんな話をすると猛反発する人も少なく無いのだが、5,000年前に誕生したものが、現在消えるとしても、地球の長い歴史の中で見れば、どうってこたぁ無い。
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| ●言ってることが違う 2025.07.21 | ||
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選挙になると政治家たちは釣竿に吊るしたニンジンを有権者の目の前に垂らして「このニンジンは美味しいよ!」と言いながら釣竿を揺らしている。いろんな候補者が色んなニンジンをぶら下げて、小刻みに揺らし続けている。半年前に使ったニンジンは干からび色褪せてきたので、今回は新しいニンジンを使った。もちろん半年前のニンジンと今回のニンジンは共通点も整合制のカケラも無い。でもそれでいいのだ。衆愚な有権者たちは半年前のことなど1ミリも覚えてないのだ。場当たり的ではあるが目の前の急場を凌がないとそれから先も無いのだから仕方あるまい。コカコーラの500mlのホームサイズが発売されたときのキャッチフレーズが「3杯ついでもまだ余る」だったのが、後に1リットルを発売したときには「6杯丁度!」とうたっていた。のと同じようなものなのだ。
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| ●老衰で死亡する人の割合 2025.07.20 | ||
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特定の病気が原因ではなく高齢による身体全体の機能低下が進み最終的に死亡することを老衰と言う。老衰で死亡する人の割合は2022年で約10%だが2000年は1.5%だった。これが昭和初期には1%未満で、恐らく江戸時代でも1%未満だったのではないかと言われている。つまり昔は人間の99%以上が病死や事故死、餓死だったわけだ。ある元投手の野球解説者が言っていた。「今まで抑えられたいた球と同じ球を投げるんだけど、なぜか打たれるようになる。そんなときに引退を決意した。」ということであり、その年齢はだいたい35〜40歳だったのだろう。石器時代の人間が今まで通りに狩猟をしていて、ある日なぜか獲物を仕留めることができずに逆に獲物に襲われて死んでしまう。その年齢が35〜40歳だったのかもしれない。乳幼児の死亡率の高さもあったかもしれないが、明治時代の日本人の平均寿命は40歳と言われていて、アウストラロピテクスの平均寿命は20歳とも言われている。そもそも老人という定義ができたのが日本では年金制度ができた1942年で、それまでは人間は大人と子供の2種類しかなかったらしい。
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| ●ホモ・サピエンスただ1種だけが生き残った 2025.07.19 | ||
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現在生きている人類がホモ・サピエンス(Homo sapiens)ただ1種である理由は、①多様な気候や地形に適応する能力が高く、移動能力や技術に優れていた。②道具・衣服・住居などを柔軟に工夫して変化に対応できた。③複雑な言語を使い、協力・情報共有が可能だった。④大人数での狩猟や集団防衛、知識の継承が効率化できた。⑤他の人類よりも「つながる力」が強かった。などが挙げられているようだが、どれも決定的ではないように思える。いや、決定的でない理由が複数集まれば、トータルで決定的と同等になったのかもしれない。ただし、それにしてもだ、例えばサルであれば、テナガザル、メガネザル、リスザル、ホエザル、ニホンザル、のように色々な種類が現存している。なぜ人類は1種だけなのだ?と、考えると、まさに奇跡的な出来事のように思える。しかし進化の過程で見れば、たまたま現在は「最後の1種が生き残っている時期」で「そのうちに滅びる」と考えれば奇跡でも不思議でもない。進化というのは、進化するたびに高度化してグレードアップしていくのではなく、その時その時で、環境に適した種が生き残るというサイクルを繰り返しているだけなのだ。だから進化は退化を伴うこともある。例えば脳の量量が極端に少ない奇形児が生まれたとする。彼は脳が小さいので、脳が消費するエネルギーを節約でき、ホモ・サピエンスよりも少ない食料で生命が維持できる。また自分が生きるためのことした考えられず、ひたすら「食う」ことだけに執着している。ホモ・サピエンスが滅びた後、彼らのようなダウングレード版が生き残るかもしれないのだ。
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| ●素人は無駄遣いをする 2025.07.18 | ||
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キャンバスに絵を描く時、筆についた絵の具をキャンバスに置く。これが絵を描く時の所作の基本だ。絵の具をキャンバスに塗る、のではなく置く、または乗せるのだ。そして置く前の絵の具の色は、あらかじめパレットの上で調合しておくのだ。素人はこれができない。とにかくキャンバスに筆についた絵の具を塗りたくるのだ。早くキャンバスを絵の具で埋めようとする。絵の具もパレット上で調合しないでチューブから出した原色をキャンバスでまぜ合わせる。だから筆についた絵の具をたくさんキャンバス上でたくさん動かして混ぜ合わせてしないぐちゃぐちゃにしてしまうのだ。無責任で無作為なタッチがキャンバス上に溢れかえり、汚い絵になってしまうのだ。たしかに無責任で無作為なタッチが素晴らしい筆跡を残すこともある。しかしそれはあくまでも「稀」のことであり、偶発的な出来事である。こうして無駄な筆の動きによって、無駄な絵の具を大量に消費するから画材屋さんは儲かるのである。絵画に限らず、多くの「趣味」の業界で、その消費を支えているのは、無駄遣いをする素人だ。
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| ●人間はストーリが大好きな生き物 2025.07.17 | ||
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朝方見た夢を反芻する。夢は極めて断片的であり支離滅裂である。人称が入れ替わったり、場所が急に替わったり、乗り物の種類が変わったりもする。そんなひっちゃかめっちゃかな「夢」を、人間は一本のストリーとして何とかまとめようとする。そう、人間は何事もストリー化しないと気が済まない生き物なのだ。何かの事件や事故が起こると、そこに至った経緯を無理やりストリーにしたがる。情報が足りない部分は、想像と捏造で補う。そしてそんなことをやっているいちに、そのほとんどが想像と捏造によるストーリーが出来上がったりもする。世界は約6000〜10000年前に創造され神は6日間で天地とすべての生き物を創造し7日目に休んだ、とかだ。世界中で数億年から数千万年前の恐竜の化石が発掘せれているにもかかわらず、聖書に書かれた天地創造(創世記)を信じている人間が、世界にはまだまだ沢山いる。世の中のOSが宗教から科学に入れ替わってから300〜400年は経っているのに、いかに人間はストーリ(物語)が大好きかということだ。
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| ●輝ける人 2025.07.16 | ||
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嫌いなことは沢山あるけど、好きなことは無い。やりたくないことは沢山あるけど、やりたいことは無い。苦手な教科は全部で、得意な教科は無い。何もしたくない気持ちはいっつもあるので、いっつも気力が無い。生きている目的は特段無いのだが、死ぬほどのことではない。てか自殺するほどの勇気は当然無い。考えるのは苦手だが、考えないでいることは得意だ。他人とのコミュニケーションは苦手だが、だからといって自分自身とのコミュニケーションはもっと苦手だ。輝いているヤツを見るとムカつくが、だからといって自分が輝きたいとは思わない。てかこんな性格の人間だからどんなに頑張ったところで輝けるわけなどない。と思っている人間が、ひょんなことからチャンスを与えられ、紆余曲折あった末に、自他共に認める「輝ける人」になる、というのは映画やドラマのハナシであって、奇跡である。だから実際には「こんな性格の人間」には絶対に奇跡は起こらない。と、そういうものにわたしはなりたくない。
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| ●天気予報のマークがバラバラだ 2025.07.15 | ||
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YouTubeの右向きの二等辺三角形は国際規格で決まっている動画の「PLAY(再生)」マークだ。古くはテープレコーダーやビデオデッキなどでも使われていた。国際規格ではないが、例えば地図で使われてる、市役所、工場、発電所、果樹園、などのマークも、統一されているから分かるようになっている。ところが国民の大半がほぼ毎日確認するであろう天気のマークは全く統一されていない。テレビの天気予報では、例えば「晴れ」のマークは、コロナウイルスだったりコジマ電気だったり。そもそも太陽が赤く見えるのも沈むときの一瞬であり、晴れているときの太陽は白だ。「曇り」はポップコーンだったり使用済みの脱脂綿だったりと。アーチェリーの的のマークが洗濯指数だったり、ポン菓子のにんじんは「折り畳み傘持参推奨」とのことだ。まあデザインしている放送局にとっては自局のマークが広く認識され、いずれは標準化されることを目指しているのかもしれないが、その前に各局で統一しろ!ってもんだ。というか各局で勝手に天気予報を流しているが、これって気象庁が発表する天気予報にリンクすればいいだけの話なんじゃね?独自にバラバラでやっていて、みんな同じだったらバラバラでやる必要はないし、予報が違うのであれば、いったいどれを信じればいいのだ?ってことになるしね。
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| ●最近の素人絵画展の開催事情 2025.07.14 | ||
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まず参加者が減っている、当然作品数も減っている、入場者も減っている、開催そのものも危うくなっている、高齢化が進んでいる、毎年同じような作品しか出展しないので刷新感がなくなっている、「○○美術館で展示できる」という特別感の効力が薄れている、何かの賞をとったところで褒め称えてくれる人が減っている、出展作品が全体的につまらなくなっている、なぜかと言うと写真を模写した作品が大半を占めるようになっているからだ、元が写真なので瞬間を切り取ったシーンでしかないので物語性や空気感が感じられなくなっている、なので描写テクニックだけの競争みたいになっている、そして見る人も描写テクニックに優れた作品を「上手い!」と称するようになる、つまり芸術展ではなく描写テクニックを競う職人選手権になっている、そして作品数も参加者数も減っているにもかかわらず出展料は高くなっている、そもそも絵を描く人の多くはインスタやっているので絵画展に出展はしない、いやいや実物を肉眼でみるのは違う!というほどのクオリティではないのでインスタで十分である、ていうかそもそもCG作品なのでインスタで十分である、というかリアルな展覧会に出展するのはプリントアウトしなくちゃいけないので超めんどくさいし、ていうか今の若者は「絵を描く=CG」なんだけどね、だから素人絵画展は高齢者の吹き溜まりになってにっちもさっちもいかなくなっているのが実情だ。
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| ●『ブスに花束を。』の田端花はブスではないだろ。 2025.07.13 | ||
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アニメ界に「反ルッキズム」の流れあり!?『ブスに花束を。』というアニメが話題になっている。しかしこのアニメ、主人公の田端花がブスという設定のようだが、全くもってブスではない。本当のブスは口と鼻がでっかく目が小さい。しかし田端花は他の美少女と同じく口は小さい。鼻は位置こそ上の方に描かれているが決して大きくはない。鼻の穴が上を向いているかのような描き方をされているがなはの穴自体は描かれていない。本当のブスの中には鼻の穴が大きく正面を向いている場合もあり、どんな角度から見ても鼻の穴が見える。また目も他の美少女と同じくらいの面積で描かれている。ただし黒目が小さく描かれているので怖い顔には見えるがブスではない。という具合にこの田端花にはブスの要素はほとんど無い。にもかかわらず田端花をブスとしているのは明らかに設定に無理があるだろう。といっても実際のブスの特性を兼ね備えた主人公にしてしまうと誰も見ないのだろう。つまり『ブスに花束を。』は、ぱっと見ブスに見えるような要素を持っていても、本当はそうではない人は花束をもらえる可能性はあるということだ。逆に真正のブスは花束をもらえる可能性もなければ、アニメのヒロインとして、絵に描かれることもないということだ。
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| ●読売新聞オンラインを装ったフィッシング詐欺サイト 2025.07.12 | ||
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読売新聞オンラインを装った「国谷裕子氏が語る独占インタビュー」との(InstagramやFacebookなどへの)詐欺投稿が話題となっている。その内容はさておきフィッシング詐欺サイトとしての出来栄えについてまとめてみた。 ◎上手くやっている点 ・読売新聞オンラインのサイトデザインを完コピしている ・ググっても検索結果に出てきずらいように細工しているようである ・さもありげなユーザーからのコメントがたくさん ◎これではバレる点 ・URLが読売新聞オンラインではない ・メニューのテキストがどこにもリンクしていない ・コメントの書き込みができない 閲覧者の多くが、いかにリンクをクリックしないか、いかにコメントを書き込まないか、ということが分かるというもの。とはいえ、ちょっと考えれば偽物と分かるのではあるが、それでも10万人が閲覧して、1000人に1人が騙せれば(最低入金額40,400円を振り込むやつがいれば)、成功したってもんだろう。 | ||
| ●政見放送は15秒にしろ! 2025.07.11 | ||
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参院選の政見放送が始まった。例えば消費税ゼロ%を訴える候補者がいたとする。じゃあんたに投票すれば消費税ゼロ%になるのかよ?って絶対にならないだろ。てな具合でみんなできたらいいな、でもできないだろ、ってことをただ並べているだけだ。そもそも政見放送の尺が長すぎるから、それを埋めるために候補者はあることないことを言わなければいけない。で、政見放送を見終わった有権者の多くは、誰が何を言ったのか?なんてことは覚えていない。人間が聞いて覚えてられる他人の話はほんの僅かなのだ。それもよほど記憶に残る印象的な内容でなければ全部忘れる。しかも似た様な話を複数の人間が話せば忘れる速度は加速する。だから政見放送なんてものは15秒にしろってもんだ。小泉純一郎みたいにに「郵政民営化!」とひとこと言えばいいのだ。田中角栄みたいに「日本列島改造論!」だけでいいのだ。尺短くしたぶん回数を増やそう。TVのCMが何で15秒なのか?を考えてみれば分かりそうなものだ。あっそうか、政見放送やってるNHKはCM放送しないから知らないんだな。
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| ●リーダーになれない人間 2025.07.10 | ||
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リーダーになれない人間は、何かを決断しなければならない状況になったときに何も決断できない。何かを決断するときというのは、その決断が本当に正しいかどうかなどということは誰にも分からない。正しい方向性を示すことはとりあえず置いといて、とにかく何でもいいから決断することが重要。心配すればキリがないし、諸々確認していたら時間がいくらあっても足りなくなる。みんなが「どうしていいか分からない」ときに、とにかく決断できるのがリーダーというもの。そしてその決断が「ホントに良かったんかいな?」ということになったとしても、「正しかった!」というストリーを自ら作って(捏造して)、周囲に知らしめる(吹聴する)のもリーダーの仕事である。だから「最後はオレが責任を取る!」と言って決断したリーダーが、実際に、眼に見えるかたちで責任を取ったのを見たことがないのであった。
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| ●a:visitedがGoogle Chromeで効かなくなった 2025.07.09 | ||
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ブラウザでリンクする文字が青色で、リンク済みの文字が紫になるという仕組みがa:visitedだ。Google ChromeやFirefoxなどでは2010年ごろからa:visited に対して適用できるCSSプロパティを意図的に制限しているとのこと。これは「このリンクが紫=訪問済み」としてJavaScriptで検出され、ユーザーの過去の行動が読み取られる恐れがあるためとのこと。これは「ブラウザの閲覧履歴が外部サイトから覗き見できてしまう」という深刻なプライバシー問題につながるらしい。まあ、何というかセキュリティとかプライバシーとかはどんどんと保護されるようになって、一方では通常時の使い勝手がどんどんと悪くなっていくのではないか。例えば100行のリンク先一覧ページがあったとする。これをランダムにクリックして見ていった場合に、一旦見に行ったリンク先と、まだ見ていないリンク先が目視では分からなくなってしまう。人間のキャッシュは性能が低いので、10個も見ればもう分からなくなってしまうことだろう。だいたい過去の行動が読み取られてマズいようなサイトを見に行かなければ良いだけの話だろ。20年ぐらい前だったか、市民向けパソコン講座で、バイトの学生に「Internet Explorerの履歴の消し方」を執拗に教えてもらっていたオッサンがいた。パソコンは家族で共有していたとのことだ。
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| ●反省 2025.07.08 | ||
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自分の普段の行動や考え方を振り返って、それで良いかどうかを考えることを「反省」という。そうやって考えてみると世の中全く反省をしていない人間がいかに多いかということが、よく分かる。そもそもの自分の普段の行動や考え方を振り返らないし、万が一良いかどうかを考えたとしても、深く考えることなく「良い」という結論を自分の中で出して、またワンパターンの行動や考え方を繰り返す。さらに万が一、誰かに叱責されたり説教されたり指摘されたりしても、顔は聞いているフリをしていても頭の中では「早く終われ」と願っているだけで内容は全く聞いていない。そして自分の普段の行動や考え方を変えようとはしない。また仮に、真面目に自分の普段の行動や考え方を振り返って素直に良いかどうかを考えてみれば悪いことだれけでひどく落ち込むことになるだろう。そうなることが野生の勘で薄々分かっているから人間は反省をしないのだ。
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| ●伸び縮み銀色アンテナ 2025.07.07 | ||
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昭和のラジオ、ラジカセには銀色のアンテナなるものが付いていた。何段階かになっていて引っ張ると伸びて、押すと縮むあれだ。初期の携帯電話や現在のトランシーバーにも伸び縮みはしない短いアンテナがついていた(いる)が、スマホからはアンテナは完全に消えた。初期の携帯電話(1990年代〜2000年代前半)は通信技術が未成熟で、十分な電波感度を得るために外部アンテナが必要だったとのこと。特にアナログ通信(1G)や初期のデジタル通信(2G)は、受信感度が重要だったらしい。また、当時の筐体には金属部品が使われていたためにアンテナを筐体の外に出しておく必要があったり、現在の4Gに比べて周波数帯域が低かったことなどもその理由だ。しかしあの伸び縮み銀色アンテナ、差し棒の代わりとして使うには超便利であった。けっこう長く伸びるし、そのまま胸ポケットにしまえるし。ちなみに初代仮面ライダーの触角もこの伸び縮み銀色アンテナ2本だった。
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| ●テレビの地方局をみんな潰せば 2025.07.06 | ||
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国がもっと○○すべき、とか政府が積極的に○○すべき、とか警察は親身になって○○すべき、とか教員が真剣に○○すべき、とか、テレビのワイドショーやニュース解説はそんなんばっかりである。今、どこだって人手不足で困っている。公共サービスを充実させるためには人員を増やさなければならない。そうなるとその人件費は税金から出すことになる。となれば増税になる。国民は増税が大嫌いである。「だったら政治家の数を減らせ!」と、これは確かに一理あるかもしれない。しかしそれよりも無駄に多いのはテレビ局の数である。地デジに移行した時に、一気に衛星放送に切り替えてしまえばみんながとってもハッピーになれたものを、日本中の地方局が猛反対したがために、デジタルの地上波というどうにも中途半端なシステムになってしまったのではないか。民放の数を半分にして、地方局をみんな潰せば、国がー、政府がー、警察はー、教員はー、とか言うやつが減って静かになることだろう。だいたい同じような番組ばっかしやってる民放って、せいぜい2つぐらいあればいいだろ!というのは昔っから国民の多くが思っているはずだ。
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| ●今更現れる「黙食」の効果 2025.07.05 | ||
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コロナ禍の中学や高校で「黙食」を経験した学生たちが今は大学生になっている。例えば履修者が20〜30人程度の制作系の授業。学生は教室に入ってくると黙って席に着く。こちらが今日の授業の内容と手順、注意点、目指す方向性等を説明する。こちらもコロナ禍のオンデマンド授業のときに使った授業資料を見せながらの説明なので、基本的に生徒からの質問も出ない(質問しなくても作業ができるように作ってあるので)。そして全員が黙々と制作作業に入る。そして授業時間が終了すると、急ぐわけでもなく、遅れることもなく、自分のペースで淡々と教室を出ていく。この間、開始から終了まで、生徒は誰も一言も口をきかないのである。誰も一言も口をきかないことに違和感を全く感じなようである。いいんだか悪いんだか。。ただ一つ言えることは、コロナ前よりも制作物のクオリティが格段に上がっているということだ。
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| ●0戦はやと 2025.07.04 | ||
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0戦はやと、というアニメが1963年に放映されていた。大日本帝国海軍の腕利きの撃墜王35人を集め、敵と戦う話だ。ただしこの敵は米軍ではない。米軍っぽいマークのついた敵であった。その0戦はやとの中で空飛ぶ戦車という強敵が出てきたことがあった。同僚でもありライバルでもある一色強吾一等飛行兵曹は、空飛ぶ戦車の上を通過する際に自らパラシュートで降下し、時限爆弾を空飛ぶ戦車の屋根に仕掛けようとするが、タイミングが合わずに失敗する。対してはやとは、空飛ぶ戦車の下すれすれを通過する際に空飛ぶ戦車の腹に時限爆弾を仕掛けるという作戦に成功する。そこでまず最初の疑問、パラシュートで降下した後の一色強吾のパイロットのいなくなった0戦は、その後どうなったのだろう?次の疑問、空飛ぶ戦車の腹に時限爆弾を手を伸ばして「ピタッ」とくっつけるのであるが、これでは絶対に垂直尾翼がぶつかるだろう?また根本的な疑問、空飛ぶ戦車が強敵だとすると、敵はなんで1台しか作らなかったのだろう?と、子供心に思ったものだ。その他にも突っこみどころは山ほどあるが、まあ、子供向けのアニメなのだから仕方のないところ。しかし戦後18年しか経っていない時期に作られたということは、当時の日本には戦争に負けたことが悔しくてたまらない人の代償行為であったようにも思う。空飛ぶ戦車はニックとラッシーという兄弟が操縦していたが、これも力道山と戦っていたシャープ兄弟をモチーフとしていたのではないかな。とも想像してしまう。がんばれ、0戦はやと!
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| ●すっかり気分だけは社長 2025.07.03 | ||
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新規事業を始める。金融機関からの融資も受けることができた。会社の事務所も借りることができた。そこそこ優秀なスタッフも確保することができた。今日は最初のクライアントのところに新幹線で行く予定だ。せっかくだからグリーン車にしよう。昼飯は一番高い駅弁にしよう。クライアントとの打ち合わせ後は近くの料亭に接待しよう。と、こうゆうのが多額の負債をかかえて失敗する社長のパターンだ。新規事業を始めてまだ売り上げも出していない時点なのに、すっかり気分だけは社長になって浪費を重ねるというやつだ。この厳しいご時世で事業をするからには、最初から節約とコストダウンの意識は不可欠だろ。新幹線は自由席にしろ。できれば在来線で行け。てか打ち合わせはオンラインで済ませろや。社長になって忙しくあちこち移動している自分はカッコイイ!とでも思っているのだろう。高須クリニックの医院長のCMを見てカッコイイ!と思うか?ということだ。
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| ●玉石混合 2025.07.02 | ||
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InstagramのしてもFacebookにしても自分をどう名乗るかは自由だ。アーティスト、作家、音楽家、俳優、芸人、演出家、アドバイザー、コンサル、ユーチューバー、プランナー、デザイナーなどいかようにも名乗れる。そしてその大半はロクなスキルも持ってなく、ロクに実績も残せていない、ほとんど無名で、毛も生えていない素人だったりもする。しかしInstagramやFacebookでのページ構成を見ただけではなかなか判別がつきずらい。そういう毛も生えていない素人に限って他人の成果物や実績の画像を堂々と使って掲載していたりもする。まさに玉石混合であり、玉よりも石のほうが圧倒的に多いのも事実であろう。それだけに玉を見出すスキルは鍛えられるというもの。川砂から砂金を見つけるような根気のいる作業にはなるが。なので最初からやらないほうが良い。
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| ●高齢ドライバーによる交通事故 2025.07.01 | ||
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高齢ドライバーによる交通事故が問題になっている。80歳になったら一律免除返納という案もあるが、地方の高齢者はクルマが無ければ生活できない!という事実もある。え?じゃ、クルマが無い明治時代以前はどうしてたの?ということだ。そもそも川一本隔てた僻地の一軒家のために電気も水道も引き橋も架けるという時点で膨大な税金が投入されているというのに、その上クルマも運転したいと言っているわけだ。人間歳をとればとるほど、自分の住んでいる場所を移動したがらなくなる。子供のころに「60歳を過ぎてから引っ越すと人間は死んでしまう」という話を聞いた記憶があるが、あながち嘘ではないようにも思う。どうしようもない日本列島改造論の歪みが如実に現れているということだろう。古代に遡ると、農耕民族は狩猟民族に対して労働時間が2倍であり、平均身長は20cm低いそうだ。とはいえ農耕民族がいなければ、世界の人口を食わせてはいけなかった。そうはいっても80歳過ぎが運転するのは、やはり危険だろ。記憶力や反射神経は衰えるし、バックするときに後方を振り向けなくなる。それと僻地には充電ステーションがないので、ガソリン車がある限り、永遠にCO2を出し続ける。そして仮に死亡事故を起こして交通刑務所に入れられたとしても、刑期を終える前に寿命で死んでしまう。というように、高齢ドライバーによる交通事故は社会問題のデパートである。
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