2025年10月
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●iPhoneはなぜ日本で売れているのか? 2025.10.31 | ||
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日本人の「横並び志向」やブランド志向が最も大きいと言われている。それとSuica/Apple Pay対応もあるようだし、機種変してもインターフェイスデザインが大きく変わらず操作性に優れているという点もあるようだ。しかし何と言っても大きいのがエアドロだろう。エアドロ(AirDrop)はApple製品同士がBluetoothとWi-Fiを使い、インターネットに接続せずに写真、動画、連絡先などのデータをワイヤレスで直接共有できる機能で、高画質な写真や長い動画を送ったりできる。で、これがAndroidではできないのだ。もちろんネット経由での送受信は可能だが、基本的に時間がかかりすぎる。なので学校で友達同士で写真や動画のやりとりをするにはエアドロが必須となり、仲間ハズレにされないためには自動的にiPhoneになるということだ。学生が最も恐れているのが「仲間ハズレ」だしな。
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| ●核は自然には存在しないものを人類が作り出した! 2025.10.30 | ||
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「核は自然には存在しないものを人類が作り出した!」とお花畑左翼が言っていた。アフリカ・ガボン共和国にはオクロ天然原子炉があり、地下水が「減速材(中性子を減速する役割)」として作用し、天然の原子炉が形成されている。その他オーストラリアのレンジャー鉱山やカナダのアサバスカ盆地などでも、自然に核分裂が起きる可能性があるとされている。また地球が誕生した約45億年前は、ウラン235・トリウム232・カリウム40などの放射性同位体が今より多く存在して、これらが生命の誕生に関わっていたとする説が有望である。というか太陽は水素からヘリウムへの核融合反応によって毎日輝いているわけだし、宇宙の全ての物質は核融合反応によって生成されているわけだし、核がなければ太陽系も地球も人類も存在し得なかったわけだ。自然に存在するもの全てが核によって生成されたんだけどね。
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| ●こんな環境では、まともな大人が育っていかないのは当然だ! 2025.10.29 | ||
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現代の子供たちは可哀想だ。「昭和の時代には管理されていない空き地や原っぱがあり、子供たちはそこで自由に遊びを考え、時には木から落ちたり、ガキ大将に泣かされたり、喧嘩をして怪我をしたり、悪さをして大人に怒られたりしながら社会性を身につけ大人になっていく。しかし今では管理された公園や、遊び方が特定された遊具でした遊べない。その公園ではキャッチボールも花火も禁止されているし、ちょっと怪我でもしようものなら、すぐに親が飛んでくる。こんな環境では、まともな大人が育っていかないのは当然だ!」と、それを聞いた縄文人が、「縄文時代には生活空間全体が空き地や原っぱで、子供たちはそこで自由に遊びを考え、時には木から落ちたり、イノシシやクマに襲われて怪我をしたり、野うさぎやキジを捕まえて捌いたりしながら自立した大人になっていく。しかし昭和の時代では下水道などが整備され、川の水を飲んだら下痢をしたり、薬などが発達して免疫力は衰え、食品を売っている店などが現れ、自分で食料を確保することすらできない、軟弱でひ弱な大人を量産している。こんな環境では、まともな大人が育っていかないのは当然だ!」
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| ●日本は核を所有すべきか? 2025.10.28 | ||
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日本は核を所有すべきか?という議論が今でも盛んに行われている。もちろん賛否両論あって議論は白熱しているのだが、では、中国、ロシア、北朝鮮はどう思っているのだろうか?普通に考えれば「日本が核を持ったらヤバい」ということになる。しかしもう一つ「日本は秘密裏にもう核を所有している」と思ってはいないだろうか。いやいや今の日本の状況でそんなことを秘密にすることはできない、と考えるのが一般的であろう。しかし日本にはプルサーマル原子炉があってプルトニウムを作り出せる。プルサーマル原子炉を所有しているのは日本の他ではアメリカ、フランスの核保有国。オランダ、スウェーデンなそでも過去には実施されていたが、日本では現在でも稼働している。と、この現実を見れば、例えば北朝鮮とかは「日本は秘密裏にもう核を所有している」と考えてもおかしくはないだろう。そもそも北朝鮮では戦闘機などの通常兵器よりも圧倒的にコスパが高いから核ミサイルをばんばん撃っているわけだ。一方で日本の海上自衛隊では優れた潜水艦を今でも作り続けている。仮に核武装をするならばイギリスのように、位置が特定できない沈黙の艦隊の潜水艦ということになるだろう。
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| ●コラボはうまくいかない 2025.10.27 | ||
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例えば、食品メーカーとアパレルブランドのコラボ、とか人気コンテンツと企業のコラボなどでは刷新感があって注目を浴びて、ビジネスとして成功することも多い。そこでこういった例を見て、素人集団が、例えばとか絵画と写真のコラボによる展覧会とか、和楽器と吹奏楽のコラボによる演奏会とか、をやってもうまくはいかない。そもそも違う文化が一緒に同じことをやろうとするのだから上手くいくはずもない。お互いが50%ずつ妥協をしなければいけないのだが、それがケンタウルスや人魚になればいいのだが、顔がウマで体が人間とか、顔がサカナで下半身が人間になってしまってはどーしよーもない。食品メーカーとアパレルブランドのコラボの場合は、ちゃんと間に広告代理店が入って調整をしているから上手くいくのであって、和楽器と吹奏楽のコラボのように、当事者同士が直接打ち合わせてやる場合には、変な意地の張り合いやプライドみたいなものが交錯した結果、顔がウマで体が人間になってしまうのであった。そして身近なコラボと言えば結婚である。結婚も、違う文化が一緒に同じことをやろうとするのだから、お互いが50%ずつの妥協が必要になる。これに失敗すると顔がサカナで下半身が人間になってしまう。この顔とサカナは既に合体しているので切り離せなかったりもする。
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| ●オールドメディアの断末魔 2025.10.26 | ||
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近いうちに消滅するであろうことが決定しているオールドメディアが必死に高市咎めに勤しんでいる。そのやり方は、見た目では分からないような陰湿な心理作戦を駆使したり、遠回しに高市批判に誘導したりと、セコいことこの上まい。一方ネットでは高市への期待する動画や書き込みが賑わっている。今の若い世代は新聞とかは絶対に読まないし、テレビも自分の部屋には無いので、オールドメディアの発する情報に接することは無い。そしてオールドメディアから情報を得ているのは老人だけとなり、老人はやがて死んでいく。では若い世代が老人になったときにオールドメディアから情報を得るようになるか?というと、それはあり得ないだろう。ということでオールドメディアは近いうちに消滅するであろうことが決定しているのだ(「新聞、発行部数 推移」「テレビ 視聴率 推移」でググってみれば一目瞭然だ)。だから、その昔に左翼思想であったであろう人間の割合が比較的多い、老人をターゲットとした偏向報道をせざるを得ないのだろう。というかオールドメディアの中には基本的に「批判が美学」「批判が正義」みたいに勘違いしている人間が多い、ということもあるんだろうな。
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| ●文字情報はそんのちょっとしか伝わらない 2025.10.25 | ||
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今さらだが、メールなど文字によるバーバルコミュニケーションは相手に7%しか伝わらないというのがメラビアンの法則だ。7%であるかどうかは別にしても100%伝わることがないのが文字情報だ。だからメールを書くときには、必要最低限の連絡事項だけにして、感情や思いつき、衝動やどうでもいいことは書いてはいけない。だから頭の良い人のメールはシンプルで、頭の悪い人のメールは長い。実際に学生が体験した文章による勘違いで友達関係にヒビが入り、その修復に苦労したという事例→友達同士で近くのイベントに参加するときの打ち合わせで「何(なに)で(徒歩orチャリorバス?で)行くの?」と書いたら、それを受けた友達が「何(なん)で(どうしてあなたが)行くの?」と勘違いしたとのこと。上司が部下に飲み会に誘ったら「いいです」との答え。上司は「いいですね!」と思ったところが、部下は普通に断ったとのとこ。のように、こんな短いセンテンスでも、勘違いが生じるのだから、文章が長ければ長いほど勘違いや間違いのリスクが高まるというもの。なので微妙なニュアンスを伝えるときには対面、少なくとも電話、にしておこう。相手の反応を見ながら柔軟に言い回しを変えたり、言葉を選んだりするということだ。「ちゃんとメールに書いたのに!」と怒っている人がよくいるが、それは書いた文章に問題があるから伝わっていないのさ。
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| ●人間は本来集団の中でなければ生きられない動物 2025.10.24 | ||
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そもそも樹上生活からサバンナに降り立った時点から、集団を作ることによって食料を確保したり、外敵から身を守ったり、共同で子育てをしたりして、生存率を上げていこうというのが人類の基本的生存戦略であった。それが核家族化して集団のメリットが打ち消されていったことで、出生率が下がり、病気が増え、社会性が損なわれ、犯罪が増え、いずれは滅亡するという流れになっているのだろう。核家族化することによって、1軒の家ごと個々に生活インフラを整備しなけらばならず、1人1部屋で暮らすことによって引き篭もりが大量発生して、孤独に起因するボケ老人が増えて医療を圧迫し、非効率で生産性の低い社会へとなっていく。現代でも一部の途上国では家族全員が同じ屋根の下で生活することによって、引き篭もりやボケ老人とは無縁の暮らしを送っているとのこと。じゃ、今の日本で同じような生活ができるか?というと「あのジジババと毎日顔を合わせるのか?」と想像すると、まっぴらごめん!であろう。ジジババの方が数が多いし、そいつらに毎日スマホの使い方を教えなければいけないし、長い長い同じハナシを毎日聞かされるし、たまったものではない。という状況になってしまっている時点で、もはや手遅れ、なのだ。
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| ●なぜ議員という職業にだけ仕事中の居眠りが許されているのか? 2025.10.23 | ||
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高市内閣が発足した。いままでの石破、岸田、菅、とかの内閣が発足したときの国民の「冷めた感」に比較すると、圧倒的な期待感があるように思える。いままでの総理は、受け応えがぐずぐず曖昧で失敗や失言を恐れながらびくびくしながら話していたが、高市総理ははっきりと物を言うし、自信に満ちている雰囲気がある。「仕事しそうな」印象が強いから期待感があるのだろう。ということは、いままでの政治家がいかに「仕事しなさそう」な雰囲気が強く漂っていたか?ということにもなる。実際に国会中に堂々と居眠りもする議員がいかに多かったことか。そしてそれが当たり前のように振る舞っていたし、国民も居眠りをする議員には「次から投票しない!」という行為に及ばなかった。今までが異常だったのだ。仕事中に威風堂々と爆睡する、なんてことは普通に考えてあり得ないことであるのだが、それが議員にだけは許されていた、という理解不能であるほずの現象を国民は許していたということなのだ。しかもこいつらの給料は国民の税金だぜ。高市総理には、まずは「仕事しなさそう」な議員の一掃を期待する。
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| ●腰や肩が痛くなったときどうするか? 2025.10.22 | ||
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腰が痛くなる。肩が痛くなる。困ったものだ。何で困るかというと、まず原因が分からない場合が多い。そして原因が分かったところで効果的な治療法が無い。ネットで調べてみると「動かさないほうがいい」と「動かしたほうがいい」、また「冷やしたほうがいい」と「温めたほうがいい」、また「痛い部分をマッサージする」と「マッサージしたりすると炎症が広がる」、などと意見が分かれる。そして病院に行ったとしてもそれで完治はしない。痛み止めの錠剤を飲んだり注射をしたりする方法もあるが、それは対処療法でしかなく根本的な治療ではない。とにかく「安静にしているように」と言われるのがオチである。だったら行かないで安静にしていたほうが良い。いくだけで痛いし、カネもかかるし、時間もかかる。そして恐らくは放っておくと永遠に痛いままである可能性は低く、いずれは痛くなくなるのであろう。そしてふと思うのだが、こういうのって有史以前からあったのだろうか?もしあったとしたら、例えば腰の痛い人は、天敵に襲われたときには確実に逃げ遅れて食われてしまったことだろう。ということは腰や肩が痛くなるまで生きていてはいけないように人間は設計されているということだ。
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| ●不平不満を垂れ流している状態というのは正常な姿 2025.10.21 | ||
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人間は個人個人が異なった環境で育ち異なった価値観を持ち異なった宗教を信じ異なったイデオロギーを持っている。そんな人間同士が集まって同じことをやろうとしても普通に考えて上手くいくはずがない。上手くいかせようとするならば参加者全員それぞれが大幅な妥協をしなければいけないし、それができない場合は強力なリーダーが全員に言う事を聞かせなければいけない。だから妥協ができない人間や、言うことが聞けない人間が、不平不満を常時垂れ流しているという現象が起きる。つまり多くの人間が不平不満を垂れ流している状態というのは正常な姿ということになる。もし不平不満を言いたくない環境を望むのであれば、自らが強力なリーダーになることだ。ただし強力なリーダーになれば、垂れ流したくなる不平不満の量はもっともっと増えることだろう。しかし強力なリーダーである以上はその不平不満を口に出すことはできない。つまり強力なリーダーになれるか否かは、不平不満を口に出さずに我慢できるかどうか?ということになる。そして不平不満を口に出さずにいられないが不平不満のない生活を送りたいというのであれば無人島に引っ越せ。
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| ●他人の言うことを聞くことができないから社長になった社長 2025.10.20 | ||
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他人の言うことは聞かずに、いつも自分勝手に暴走しているようなヤツっていうのがいる。そういう人間は当然のことながらサラリーマンには向いていない。色々な会社や組織を転々としながらも、結局どこにも収まることができずに、最後は社長になるしかなくなる。世の中には立派で優秀な社長さんもたくさんいるが、こんなふうに、他人の言うことを聞くことができないから社長という選択肢しかなくなってしまった社長もタマにいる。そんな社長は、いつも自分勝手に暴走していて、その身勝手さに社員もすぐに呆れて辞めてしまうので、運営は安定しない。しかし常に突っ走っているので、その勢いだけで何とかなっている。今までやっていたことはほったらかして新しい餌にすぐに食いつきちょっと食べて美味しくないことは分かるとまたほったらかして次の餌に食いつく。そして最後まで本当に美味しい餌にありつけることなく、相応な負債を抱えて破産する。世の中そうそう美味しい餌などころがってはいないということに気がついた時には、時すでに遅しということになる。というか、最初は美味しくないと感じても、よく噛み締めていくうちに味も出てくるっていうもの、ということには気がつかないままだったようだ。
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| ●プロパガンダ 2025.10.19 | ||
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2023年東大の入学式の祝辞で、河瀨直美監督が「ロシアという国を悪者にすることは簡単」「悪を存在させることで、安心していないだろうか?」と新入生に問いかけ、ネット上で批判が相次いだ。2024年には鈴木宗男氏がロシアを訪問して、ロシア寄りの発言をしたため日本維新の会を離党した。と、この時までは日本国民のほとんどが「ロシア=悪者」と決めつけていた。ところがトランプがウクライナとロシアの仲裁に入り、双方の大統領と会談しているニュースが入ってくると、日本のマスコミや政党も一転して「ウクライナにも責任はある」みたいな風潮になってきた。ロシアの侵攻後の2年程度の間、河瀨直美監督を含めた一部の有識者を除く日本国民のほとんどが、西側のプロパガンダによって、まんまと「ロシア=悪者」と決めつけるように洗脳されていたのだ。そして「ロシア国民はプーチンのプロパガンダによって騙されている!」とか言っていたのを覚えているかい?
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| ●オリンピックもパラリンピックもなくなる 2025.10.18 | ||
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2040年、IOCは、今後一切のオリンピック及びパラリンピックの競技会を行わないことを発表した。理由は、 ①パラリンピックの競技者の記録がオリンピックを上回るようになったこと ②ドーピングのチェックが追いついていかなくなったこと ③サイボーグやロボットと、生身の人間の区別ができなくなったこと ①は、ナノテクノロジーの進歩により義手や義足、車椅子などの自助具の性能が劇的に向上したためである。代謝や成長といった機能を必要とせず、性能だけに特化できる義足等は、人体の性能を大きく上回ることになった。レギュレーションで規制するにしても、性能の進化があまりにも早く、規制の作成が遠く追いついていかなくなった。②は、例えば3代、5代と遡り、遺伝子組み換えにより「超人」を作り出したり、簡単な外科的手術で運動神経を向上させたり、視力や聴力を増強させたりすることが一般化したこと。練習やトレーニングをすることなく、簡単に記録が出せるようになり、どこまでがドーピング違反かの線引きも不可能になった。③は、例えばメガネをかけている人間もある意味サイボーグであるし、骨折した箇所にボルトを埋め込んでいるのもサイボーグであろう。さらには人口心臓や人口肛門もサイボーグだ。こういった物が高性能化していき、生身の人間が、高性能なサイボーグやロボットになっといく。これもどこまでが違反か?というレギュレーションでの規制も不可能であろう。いずれにしてもロボットやサイボーグが生身の人間の運動性能を上回るのは時間の問題であろう。そして仮に完璧なレジュレーションやドーピングチェックができるようになったとしても、性能的に劣っている生身の人間の競技会を見ても、全然面白くはないはずだ。今現在、パラリンピックを見ても、それほど面白くないのと同じだ。 | ||
| ●中国人の家族 2025.10.17 | ||
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小学校5年生ぐらいであろう男の子、その両脇には両親が、電車の対面の席に座っている。どこかに遊びに行った帰りなんであろう、その楽しかった出来事を家族で話しあっている、ちょっと微笑ましい光景である。話している内容は中国語なので分からないが、ときおり冗談を言ったり、誰かの真似をして笑ったりしている。言葉が聞こえなければ、日本人との区別はつかないことだろう。ところがその男の子、話している途中で、半ズボンの足の方から、股間に手を突っ込んで、両足を広げてまたぐらをボリボリボリボリ掻いているのだ。そしてその行為に両親もいっさい注意したり窘めたりしない。あぁ。こいうところがいかにも中国人なんだな、と思ったりもする。しかしフランスに行った日本人が、パリのレストランでパスタをズルズルズルズルと音を立てながら食っている光景も、フランス人から見れば、あぁ。こいうところがいかにも日本人なんだな、と思われていることを自覚しなければいけないんだけどね。
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| ●どうする?アナログの紙の本 2025.10.16 | ||
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書籍の売り上げはゆっくりとではあるが確実に下がり続けている。これがここにきて加速しているようだ。昔、といいってもつい20年前ぐらいまでは、大量の本が書斎に並んでいるのが、頭の良いひとのステイタスだった。しかしその本が、行き場がなくなりつつあるようだ。高学歴の高齢者が亡くなり、処分に困った家族が古本屋に持って行くもどこも買ってはくれない。「お父さんが大事に使っていた本で、当時でも1冊10万円した」ものであっても誰も引き取ってはくれないのだ。もっとも古本屋のほうも、今ある在庫を将来的にどうするのか?はアタマの痛いところであるらしい。亡くなる高学歴の高齢者が増えると同時に、アナログの中古本の市場が飽和状態になっている状況だ。図書館でも、新しい本を購入するだけでも、その置き場所に苦慮しているようなので、中古の本などにはかまっていられないのが実情のようである。ようするに世の中、電子書籍とオーディブルになっているということだ。今の若者にとってアナログの紙の本は、粘土板や亀の甲羅みたいな、過去の遺物のようなものかもしれない。アナログの紙の本=検索ができない・ドチャクソ重い、というだけで選択肢に含まれないのは当然のことである。
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| ●船田元の戯言 2025.10.15 | ||
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「石破総理に退陣を撤回してもらい、当面はこれで国会を動かし、企業・団体献金の改革も含めた目先の懸案を処理し、その上で公明党との話し合いをもう一度やり直せないだろうか」「それも難しいのであれば、高市総裁に一度退いていただき、早急に総裁選挙をやり直して、新しい総裁のもとで、連立の枠組みをはじめとした政権構想の立て直しを模索すべきである」って、バッカじゃないだろうか。政治思想や党の事情は置いておいたとしても、あまりに稚拙で自分勝手で非現実的な発言だ。チャンスで三振したプロ野球選手が「主審に私の三振を撤回してもらい、もう少しタマの遅い投手に交代してもらって、もう一度やり直せないだろうか」「それも難しいのであれば、主審に交代していただき、3球目の空振りをボールの判定に変更した上で、敗戦試合の立て直しを模索すべきである」と言っているようなものだ。こんな発言をする時点で恥ずかしいとか、みっともないとか思わない時点で、もうおまえは死んでいる。船田元は、2023年7月、理事長を務める宇都宮市平出町の障害児通所施設「ピルエット」で補助金不正受給が発覚し、市から新規利用者受入れ停止処分3か月が科され、約640万円の返還を求められた裏金議員でもある。また1996年には、妻子のある中で参議院議員だった畑恵との不倫が『FRIDAY』に大々的にスクープされて、『失楽園』をもじって「政界失楽園」と騒がれた。恥ずかしいとか、みっともないとかには、もう慣れているのであろう。
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| ●スマホやネットが使えないジジィババァがまだまだたっくさんいる 2025.10.14 | ||
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地域の施設の予約が電子化になり、その説明会が開催された。すると大勢のジジィババァが口を揃えて「スマホが使えない人はどうするんだ!」と喚き出す。スマホやネットが使えないことが恥ずかしいとか、みっともないとか、原始人であるとか、社会に多大な迷惑をかけているとか、おまえらが日本のICT化の遅れの足を引っ張ってるとか、そういう概念は1ミリもない。同時にスマホやネットの使い方を覚えようとは1ミリも思っていない。だから教えるにしても、そこで使った労力が100%徒労に終わることは目に見えている。もっともジジイババアたちも焦っていることも確かだ。スーパーに行けばレジは無人になり、旅行に行くにもホテルも新幹線も飛行機もネット予約になり、ICT化の波が徐々に押し寄せてきて逃げ場がなくなってきている。たかが地域の施設の予約が従来通りのアナログに戻ったところで、世の中の全てのモノが電子化されていくことは間違いないのだ。もはやスマホやネットが使えないジジィババァには「頑張って覚える」か「ボケて施設に入る」の2択しかない。もう一つあるが、それは書けない。
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| ●ローマ数字 2025.10.13 | ||
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ローマ数字ってどんな時に使うの?主に「見た目を整える」「格式を表す」「区別をつける」ことなのだそうだ。例えばルイ14世 → Louis XIVと表記する。ということは実質的な数値の表記や計算式には使われないということだ。そもそもローマ数字には「ゼロ」という概念が無いため、現代の我々が使おうとすると不便なことこの上ない。もっとも「ゼロ」という概念が無いので表現できる最大値は3,999なので、実質上「使えない」ということになる。で、ローマ数字は使えないので、現在は世界中でアラビア数字が使われていることになる。ローマ数字=ヨーロッパのキリスト教圏、アラビア数字=中東のイスラム教圏、ということになる。これが11世紀末からの十字軍により、中東からヨーロッパに伝わり世界中に広まったということだ。つまり11世紀以前のヨーロッパでは、王様とかは立派な身なりをしてゴージャスな装飾品で着飾っていたにもかかわらず、最大3,999しか表記できない原始的な数字を使っていたということだ。一方で中東ではアラビア数字を使って商業が発達していて、活発な交易がすでに行われていたということ。なので十字軍は最初、「こいつらが使ってるへんな記号は何じゃろう?」と思って見ていたのだろう。
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| ●なくなっても問題ないメディア 2025.10.12 | ||
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10代・現役高校生を対象としたマーケティング情報サイトを運営するワカモノリサーチ(東京都杉並区)が、全国の現役高校生を対象とした「なくなっても問題ないメディア」に関する調査を実施した。1位:Facebook(55.9%)、2位:ラジオ(27.3%)、3位:Tik Tok(6.1%)、4位:X(5.1%)、5位:テレビ(4.4%)、とのこと。高校生だからTik TokやXを使いまくってると思いきや、なくなってもいいんだそうだ。とはいえパーセンテージはまだ低い。1位のFacebookは確かにもう高齢者しか使ってないし高校生には無縁だろう。大学生でも使っているのは1〜2%ぐらいだろう。2位のラジオについては、そもそもラジオというものを知らないから、なくなっても問題ないかどうかが分からなかい、というのを含めればもっと票が伸びたのかもしれない。5位のテレビは「もう無くなっている」と思ったから投票してない高校生もいたのかもしれない。しかし1位のFacebookを使っている高齢者の他に、Facebookを使ったことのない、Facebookの見方も分からない、そもそもFacebookがSNSであることも知らない、てか自力でインターネットにアクセスできない、といったウルトラド級のクソ高齢者が堆肥の山のようにうじゃうじゃと現代社会の裏側に存在していることを高校生は知らない。
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| ●公明党 2025.10.11 | ||
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企業献金とか裏金でクリーンなイメージがなくなるから自民との連立をやめた。選挙で負けた要因がクリーンなイメージの欠如みたいなことであるようなのだが、国民の多くはそうは思っていないだろう。単純に、創価学会=統一教会と同じ、というイメージが広がったからなんじゃないの?ということだ。今の時代、これだけ多くの情報が錯綜している中で、特定の宗教だけを信じさせようというコト自体が難しくなっている。となれば当然創価学会の新規会員獲得も難しくなってきていて、収入も減少して公明党も弱体化していくのだろう。昭和の時代には公明党と創価学会の関係を知らなかった人もいて、政策だけを見て公明党に投票していた人もいたことだろう。まぁ、論文を書いたりフォーラムを開催したりしないのに「学会」という時点でおかしいしね。とまぁ、大きな声では言えないが、水面下では自民側が公明を離脱せざるを得ない状況に誘導したのではないかな?親中政党を切るために。高市が総裁になったことだし。
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| ●植物は放っておいても花は咲かない 2025.10.10 | ||
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植物の苗木を買ってきて、そのまま置いておいても花は咲かない。この事実を体感的に分からせるために小学生はアサガオを育てるわけだ。「そのまま置いておいても花は咲かない。」のはSNSも同じだ。ところがSNSはアカ取ってそのまま放置している人がいかに多いことか。植物と違って放っておいても枯れたり腐ったりしないから、こういった無責任でいい加減でズボラな人間が増えているのだろう。最初からやる気がないのなら、いっそのこと最初からAIに投稿させておいてもいいんじゃね?とも思うのであるが、そうなるとアカ取った個人のアイデンティティーってどうなるんだろ?という疑問が世界中津々浦々で沸き出ている。
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| ●甚大な量の写真データが今日も埋蔵されていくのであった 2025.10.09 | ||
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デジカメが普及する前、アナログの写真は1枚プリントするのに30円とか、かかっていた。これとは別にフィルム現像代が500円とか、フィルムそのものが300円とか必要だったので、フィルム1本分の写真を撮ると、最低でも1000円の出費となった。これが今では、ほぼタダで無尽蔵に近い枚数の写真が撮れるのだから便利な世の中になったものである。しかしアナログの写真は1枚撮るたびにカネがかかるので、撮影するほうも慎重になる。ファインダーを覗いた時点で撮影を止めることも珍しくなかった、が、デジタルの場合は、とりあえず何んでもかんでもシャッターを切っておこう、という発想になる。ということで気がついてみれば自分では整理しきれない枚数の写真が保存されちまってスマホのメモリーを圧迫することとなる。じぶんでは整理も管理もできずにほったらかしになった大量のデータがあるにもかかわらず、またまた次のおでかけの時には無尽蔵に写真をと撮る。こうして世界中のクラウドには、撮ったまま1度も見られることのない甚大な量の写真データが今日も埋蔵されていくのであった。
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| ●自分のタイプとか自分のスタイルとかは確立してはいけない時代 2025.10.08 | ||
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彼は私のタイプではない!とか、彼のやり方は私のスタイルとは違う!とか、じゃお前のタイプとかスタイルとかは正しいわけ?てか、まだ30年しか生きていないのに、自分のタイプとか自分のスタイルとかを確立しているわけ?これだけ新しい情報がどんどんと入ってきている時代なので、自分のタイプとか自分のスタイルとかは一旦全部捨てて確立し直したとしても問題はなかろうて。てか永久に「確立しよう」などとは思わないほうが良いだろう。時代の流れに応じて、タイプもスタイルも柔軟に変えていくべきだろう。じゃないと未だに新聞やテレビの情報にしか頼ることのできない生きる化石みたいな旧石器人になってしまうぞ。
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| ●他人の悪口は言うもんではない。 2025.10.07 | ||
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「他人の悪口は言うもんではない。言うと言ったぶんが必ず自分に返ってくるからね」とおばあちゃんが言っていた。これはまさに「そのとーり!」だ。「他人の悪口」を言うということは、それを聞いていた人がいるということだ。ということは「○○さんが△△さんの悪口言ってたよ」ということが拡散していくわけだ。そうするとそれがいずれ△△さんにも伝わることとなる。となれば△△さんは黙っているわけもない。○○さんの悪口を倍返しで言うことになって、これがまた拡散していく。という至ってシンプルな理屈で「自分に返ってくる」わけだ。ちょっと考えれば分かるはずの、こんなシンプルな理屈であるにもかかわらず、今日もまた日本中津々浦々で他人の悪口を言いまくっている、または投稿しまくっている愚かな人々よ。そもそも他人の悪口って、その人に負けたという事実を露呈しているんだけどね。
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| ●休憩時間にアイスを食べてはいけないのか 2025.10.06 | ||
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新入社員研修を担当した社員(38歳)が午後の休憩時間にアイスをコンビニで買って食べている研修中の新入社員を注意したところ、その新入社員が会社の総務部にクレームしたそうな。「何で休憩中にアイスを食べたらいけないんですか?」と。休憩時間に何を食べようが自由だろ!というのが大方の意見のようだが、中にはアイスはダメだろ!という意見もあるようだ。しかしアイスはダメだろ!という人は大抵年配であって、若い人間の多くはアイスOK派だ。ましてや大学卒業したての新入社員には、なぜアイスがダメなのかは感覚的には全く分からないはずだ。で、問題は新入社員研修を担当した社員が38歳であるにもかかわらず考え方が昭和であるということ。恐らく考え方が昭和なので、最前線の現場では使えなかったのだろう。なのでその成果によって会社の利益に影響の少ない「新入社員研修担当」を任命されたのだろう。38歳にして早くも最前線の現場では使えないという評価をされたこの新入社員研修担当の社員がカワイソっというだけのことであった。
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| ●ナポレオン・ボナパルトはハゲだったのか? 2025.10.05 | ||
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ナポレオン・ボナパルトは、フランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を確立した。フランス革命によって絶対王政の崩壊させたフランスに対して、絶対王政だった周辺の欧州諸国は「うちも絶対王政が潰されたらかなわん!」と思い「その前にフランスを潰そう!」ということで、欧州諸国はフランスを狙ってた。そこに登場したのがナポレオンで、あっという間に欧州諸国を蹴散らし、ヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置いた。もしナポレオンがいなければ、フランス革命によって得られた社会体制の変革は、旧体制の欧州諸国によって元に戻され、貴族や聖職者といった特権階級の支配が続いていたのかもしれない。ということは、現在のような国民全員に与えられた人権や選挙権は無かったかもしれないし、身分制度が今でも続いていたかもしれないし、民主主義も無かったかもしれない。日本人にとっても他人ごとではなかったのだ。さてナポレオンと言えば「非常に背が低かった」というイメージが浸透しているが、実は約168〜170cmであり、当時のフランス男性の平均身長は 約164cm 前後だったので、ナポレオンはむしろ やや高めだったとのこと。また「ハゲていた」というイメージが一部であるようだが、実際には、40歳を過ぎたあたり(1809年頃以降)、生え際がやや後退し始めた程度だとされているようだ。と、このへんは当時の肖像画や彫刻でも分かるのだが、ルーブルの肖像画や彫刻を見ると「画家や彫刻家がナポレオンに気を遣って、髪の毛多めにしてんじゃないの?」とも思える。髪の部分の造形が「想像で描いてる(彫ってる)んじゃないの?」と思える不自然さが感じられるのである。ウソだと思ったなら、一度実物を見て来てごらん。
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| ●自分が描いた作品を「満足している」のは上達していない証明だ。 2025.10.04 | ||
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油絵教室の生徒が言った「完成したときは上手く描けた!と思っていたのだが、今見ると下手くそだなあー、と思うんですよ。」って、これは当たり前の話しであり、上達している証拠でもある。逆に言うと、自分が描いた作品を、いつまでも「上手く描けた」とか「気に入ってる」とか「満足している」とか言っているのは上達していない証明だ。毎回毎回同じような絵を描いて、毎回毎回新しいアプローチや技法をトライしないで、それで毎回毎回満足しているようでは絵を描く意味はない。根本的な部分をまるで理解していないのだ。絵を描くというのは、作者と作品との対話であり、その対話の中から常に新しいものにトライしながら方向性を模索し、心の葛藤や紆余曲折する心理を楽しむものだ。そこには常に失敗というものを伴い、その失敗を活用して成功に導く過程を面白がるのだ。つまり作品などというものは、ただの副産物であり、特に無くても良いものなのだ。それなのに作品だけ可愛がって、大事に大事にとっておいて、その作品を眺めながら「上手く描けた」とか「気に入ってる」とか「満足している」とか思っているのは本末転倒である。大切なのは絵を描くことで得た経験とスキルであり、作品ではない。作品を大事にするのは、ジャガイモの皮だけを大事にとっておくようなものだ。大事なのだジャガイモの本体を食べておのれの栄養にすることなのだ。
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| ●人間は矛盾のカタマリである 2025.10.03 | ||
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家電量販店で客AがA社の冷蔵庫を興味深げにまじまじと見ていた。そこにやってきた店員が「やっぱりA社の冷蔵庫は人気ありますね。当店でも一番売れているんですよ。」と、次に客BがB社の冷蔵庫を興味深げにまじまじと見ていた。そこにやってきたさきほどの店員「やっぱりB社の冷蔵庫は最高ですね。当店でも一番売れているんですよ。」と、それを聞いていた店長が「どっちが一番売れているんだい?言ってることが矛盾してるぞ!」とは絶対に言わない。人種差別に猛反対している白人の上院議員。あるとき自分の娘が黒人と結婚したいと言ったら、猛反対した。社会的イデオロギーと家庭的イデオロギーは矛盾するのだ。軍備増強を訴えている政治家が、自分の息子が自衛隊に入隊したいと言ったら猛反対した。総論と各論は矛盾するのだ。消費税廃止を公約に掲げていた政治家が、連立与党になった途端に消費税維持派となった。立場が変われば言うことは当然のように矛盾する。そもそも矛盾の語源となった、盾と矛のセールスマンだって客Aに盾を、客Bに矛を売っていれば、矛盾などと言う言葉は生まれなかったのだろう。
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| ●人間はモノを相対的にしか見ることができない 2025.10.02 | ||
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人間はモノを相対的にしか見ることができない「○○に比べて〜」と言うふうにしかならないのだ。会社の中、クラスの中、ご近所さんの中、で、「○○さんに比べて〜」、良いとか悪いとか出来るとか出来ないとかで判断することしかできないのだ。例えばクラスにアフリカの少数部族の子供が転校してきたとする。するとその子はほぼ裸である。毎日決まった時間になると神に祈る。給食のフライドチキンは骨までキレイに食べる。そうなるとクラスの他の子どもたちは、そのアフリカの子供の行動や行為が良いのか悪いのか分からない。日本人に比べて〜、という基準で判断することしかできないのだ。例えばクラスに金星人の子供が転校してきたとする。その子の目は異様に大きく、背は異様に高く肌は金色である。授業中は一切喋らないし、たまに頭のてっぺんから光線を出して、それが彼のコミュニケーション手段のようなのだ。そして金星人のクセに成績は普通だった。もちろんクラスの他の子どもたちは、その金星人の子供の行動や行為が良いのか悪いのか分からない。地球人に比べて〜、という基準で判断することしかできないのだ。例えばクラスに大人の子供が転校してきたとする。するとその大人の子はスーツで毎日登校してくる。大人なので勉強はできるが、雲梯や上り棒は苦手だ。給食の時にはビールを飲む。そうなるとクラスの他の子どもたちは、先生に比べて、とか、お父さんに比べて、とかでしか判断しなくなるのだ。その大人の子供が子どもであるにもかかわらずだ。
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| ●人類の叡智 2025.10.01 | ||
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時間は過去から未来へと直線的に流れるもの、ということは多くの人が信じて疑わない事実である。しかし、時間というものの本質は、実は物理学の世界でもまだ完全には解明されていないとのこと。たとえば、量子力学の分野での、「量子もつれ」という現象では、遠く離れた粒子同士が瞬時に情報を共有し合い、まるでテレパシーのように同じ動きを見せるとのこと。これはアインシュタインですら「不気味な作用」と呼んだほどである。さらに、研究によっては、この「もつれ」が空間だけでなく、時間にも作用している可能性が指摘されている。つまり、未来と現在が何らかの形で結びついているかもしれないというのだ。今まで、オカルトやSFだったものが、実は科学によって解明されてくるものいが色々と出てくるだろう。世の中、まだまだ解明されていないものが山ほどあるはずだし、そもそもつい最近までは、この世の万物は神が作ったものであると、人類の大半は信じて疑わなかったくらいだからね。まだまだ人類の叡智などというものは、よちよち歩きの段階なのかもしれない。
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