2025年11月



●あなたのお店のホームページ   2025.11.30
「あなたのお店のホームページ。構成はしっかりしているし見た目もキレイだ。しかしアクセスはゼロ!」というようなCMがネット内に流れている。まぁこれってよくある話ではあり、というか、個人商店の公開されているホームページの多くが、こんな状況であろう。で、このCMを流しているのがCMSだったりもして、もっと簡単にホームページを作りましょう的な売り込みをしていたりする。仮に実店舗であれば、駅近のメイン通りに並べられる軒の数は限られているが、ホームページは無制限である。いっくらでも作ることができるので、普通に考えて供給過多になる。つまり訪れる人の数が分散されて1軒当たりの訪問者数のわけ前はほんの僅かになってしまうのだ。だから「あなたのお店のホームページ。単なる名刺代わりになっていませんか?」と言われているように、名刺代わりににしかなっていないのだ。その原因は、簡単にホームページが作れてしまうCMSがやたらと多いからなんだけどね。そして「簡単に作れる!」と言いつつも、実はそう簡単ではなく、素人では制作や更新に膨大な時間がかかってしまうため、結局は専門業者に依頼する。と、専門業者と結託しているCMSがこれを狙ってCMを垂れ流しているんだけどね。こうしてまた「しかしアクセスはゼロ!」のホームページが今日も増産されていく。


●なぜ歯医者は治療中の患者に話しかけるのだ?   2025.11.29
昔から疑問に思っていた。話しかけられても口開いたままでは返事ができないということは分かっているはずなのに。ついうっかり、というのでは理解できる。しかし毎日やっていることなのに何でだ?独り言にしては声が鮮明すぎるし。また、たまに「痛かったら握ってください」と柔らかいボールみたいなものを渡されることもある。痛くなかったので握らなかったが、実際に握るとどんな音がするんだろ?ブーブークッション?ピーピーサンダル?びっくりチキン?とも思ったが、実際に音はしないらしい。患者の「痛みを訴える手段」や「緊張を逃がす」心理的サポートをするんだってさ。で、結局は「痛いですか?」「んがー」というやりとりが今日も続いている。


●GAFAとMATANA   2025.11.28
GAFAはGoogle 、Amazon 、Facebook、Apple。MATANAはMicrosoft、Amazon、Tesla、Alphabet、NADIA、Apple。GAFAは検索、デジタルデバイス、SNS、オンライン通販など、人々の生活に不可欠なサービスを提供するプラットフォーマーとして知られている。MATANAは現在の世界経済を牽引する主要な巨大テック企業群を指している。これは、従来の「GAFA」から、メタ社(Facebook)の影響力低下と、AIやEV分野で躍進したテスラとエヌビディアが加わった勢力図の変化を反映したものなのだそうだ。なので「GAFAからMATANAへ」などと言われているが、GAFAは高齢者スマホ教室でも教わるくらいにメジャーな言葉になったが、MATANAのほうはGAFAを無理やり更新したようであり、字数が増えたぶん、頭文字の社名も覚えづらい、ていうかGAFA以前はMicrosoftの独壇場だったはずだよな?というかGAFAにMicrosoftを加えてGAFAMというのがあるらしいし、Microsoft、Twilio、Shopify、Amazon、Adobe、SalesforceでMT SAASというのもあるし、ここからMTを除いてSAASとなるとSoftware as a Serviceで必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェアもしくはその提供形態のことになるらしい。ここまでになると、高齢者スマホ教室では絶対に教わらないだろ。


●ユニバース25   2025.11.27
この実験では、マウスたちにとって理想的ともいえる環境が用意された。実験開始時、4組のオス・メス(計8匹)のマウスが投入された。最初は慣れない環境に混乱していたマウスたちだが、次第に適応していき生活基盤が築かれていく。そこには十分な食料と水、安全な巣、病気のない空間があり、外敵の心配もない。まさに「マウスのユートピア」であり、マウスたちの終わらない繁栄が繰り広げられるかのように思われていた。最初のうちはまさにネズミ算式にマウスの数が増えていって繁栄したかのように見えた。しかしある時期になると巣のスペースの広い部分を独り占めする強い個体と、狭いスペースに密集して暮らす弱い個体に分かれるようになった。やがてマウスたちの間で虐待が始まり、餌を食べずに引き篭もる個体も現れ始め、そのうちに段々と子供を産まなくなり、同性愛が増え始める。最後には生殖活動を何もしないで一日中自分の毛繕いをしながら過ごすようになり、最終的には絶滅してしまうらしい。ユニバース25の25は、25回同じ実験を行ったが、全て絶滅という結果に終わったことから来ている。さあ、現在の我々人類は、絶滅までのどのフェーズにいるのだろうか。


●完璧さには重大な欠点がひとつある   2025.11.26
「完璧さには重大な欠点がひとつある。それは、つまらなくなりがちだということ」とは20世紀を代表するイギリスの小説家・劇作家、サマセット・モームの残した名言のひとつ。とはいえ人間は完璧さを求めはするものの、完璧さに辿り着くことは絶対に無い。仮に完璧さを手に入れたとするならば、それはモームの言う「つまらなくなりがち」などといった生ぬるいものではない。完全に「やることが無くなる」のだ。やることが無くなった場合には、つまらないとか退屈とかいうレベルを遥かに超えて、自分の存在意義が消滅してアイデンティティが崩壊してしまうだろう。だから人間は常に解決すべく課題や問題を抱えて、その解決に向かって、あれやこれやとドタバトと生きているのだろう。もし万が一完璧さに辿り着くことができたならば、それはイコール「死」を意味するのかもしれない。または完璧さに辿り着くことができないことを悟ったときに人は死んでしまうのかもしれない。


●中国人の外国での評判は酷いものだ   2025.11.25
とにかくいつでもウルサい、食い方が汚い、平気で道で用を足す、すぐキレて暴れる、発狂する、といった具合だ。しかし沿岸部ではこういった中国人は今はいないことだろう。ところが第二国境を超えた山奥にはこういった野蛮人がまだまだたくさんいるのだ。野蛮人だが着ている服は沿岸部と同じなので、なかなか見分けがつかない。しかし彼らの住んでいるところには便器が無い。便所というのは隅に穴の空いている部屋なのだ。だから彼らは外国に行っても道でクソをするのだ。もちろん教養もなければ勉強もできない。だから難しいことは理解できないし、マナーも躾もなっていない。中国はこういった野蛮人たちに人権を与えず奴隷のようにこき使い沿岸部の人たちを豊かにしてきた。しかしこの奴隷の野蛮人たちの中にも金持ちが現れ始め、外国にも行けるようにもなってきた。そのうちに自分たちが奴隷のようにこき使われてきたことも分かるようになり中央に対して反旗を翻すようになるはずだ。そうしないために中央は外部に仮想敵国を作り国内を団結させようとしている。この流れは歴史上多くの独裁国家が崩壊する前兆でもあった。


●Xで「立憲」で検索すると「立憲いらない」という書き込みが大量に出てくる   2025.11.24
今、Xで「立憲」で検索すると「立憲いらない」という書き込みが大量に出てくる。特定の立憲の議員をめちゃくちゃこき下ろしたりバカにしたり嘲笑うかのような動画が山のようにだ。擁護する書き込みは全く無い。仮に今、衆議員が解散して総選挙となれば、立憲は惨敗して、自民が議席を大幅に増やすだろう、とは多くの若者は思うことだろう。しかし実際にはなかなかそうもいかない。例えばXより年齢層の高いFacebookでは高市批判の書き込みが目立つようになり、さらに年齢層の高いオールドメディアではさらに高市批判のニュースが増えてくる。そして選挙となれば、いくら若者の投票率が増えたといっても、まだまだ高齢者の投票率のほうが高い。その高齢者の中には自分が上手くいかなかったのは政権のせいだ!と思っている(ホントは自分のせいなんだけどね)人が多いので、政権与党には批判的で野党を支持する傾向が強い。そして政党よりも候補者個人で選ぶ有権者が圧倒的に多いのだ。立憲民主党と自由民主党の違いがあまり分かってない人もけっこういるのだ(本当のハナシだ)。立憲民主党がコロコロと党名を変えるのは、こういった目くらましの意味もあるのだろうか。


●AIにはできないスキルや技を身に付けておかないと生き残れない   2025.11.23
ChatGPTを使ってもOKという条件で学生にレポートを書かせる。すると測ったように同じような同じ内容のレポートが並ぶ。しかし彼らはChatGPTが出した答えを自分なりにアレンジして工夫はしているのだが、いくら服を着替えさせたところで着ている人間は同じなので、見事なくらいに、横並び、画一化、没個性なものとなる。仮にこれが就職試験だったら採用するほうはすごく困るだろうな、とも思う。そして問題は、この学生たちが「みんな同じ」になってしまっていることに、自分たちが気づいていないということ。AI(ChatGPT)を利用することで、君たちの存在意義やアイデンティティはどんどんと希薄になっていく。コピーのような人間がたくさんいたって使い道は限られている。「AIで職が奪われる!」とか言う前に、自分としての社会的存在意義をしっかりと自覚することと、AIにはできないスキルや技を身に付けておくこと、が大切であろう。ということなんだけどね。一方で、他人と同じような同じ内容なキャラであることに安心感を覚えるというのもあるようだ。


●最高裁判所裁判官国民審査   2025.11.22
「マイアミ・マーリンズとシアトル・マリナーズ、どっち応援する?」と質問すると「シアトルマリナーズかな」と日本人の多くは答える。「どうして?」「聞いたことあるから」ということになる。シアトルマリナーズにはかつてイチローが長く在籍し、日本でもニュースに取り上げられることが多かったので、馴染み深いチーム名である。しかしイチローが在籍していたことは知らない(忘れた)が、シアトルマリナーズという名前は聞いたことがあるから応援するそうだ。ということはだ、政策や公約は知らないが、名前は聞いたことがあるので選挙で投票するという人が多いということにもなる。だから候補者は名前を連呼し、名の知れた芸能人やスポーツ選手が出馬するケースが多いということになるのだろう。「自分の生活にも関わる大切な一票なのだから、もっと情報を集めて慎重に選べよ!」と思う人も多いのだが、まあ、情報を集めるという労働に対して対価が支払われるわけでもないので「聞いたことあるほうでいいや」となるのは自然の流れであろう。ただ、衆議院議員総選挙と同時に実施される最高裁判所裁判官国民審査では、全く聞いたことが無い名前の中から選ばなくてはいけない。さらにその中から罷免したい裁判官の氏名に×印を付けなければいけないのだがが、ほとんどの人は「どれにしようかな…エイや!」で×印をつけるというのが現実であろう。が、こんなんでいいの?


●アルゴリズムによるパーソナライズ   2025.11.21
「アルゴリズムによるパーソナライズ」 は、SNSで頻繁に見るコンテンツが優先的に表示されること。また、その結果生じる偏りの現象は 「フィルターバブル」 と言われている。例えばA政党を支持、応援していると、A政党の記事が優先的に表示されるようになる。問題は利用者側がこの「アルゴリズムによるパーソナライズ」 を知らないという場合だ。すると「ネットではA政党を支持、応援している人が圧倒的に多い!」とか思い込んでしまい、そのことをリアルで口に出してしまったりもする。特に高齢者は「アルゴリズムによるパーソナライズ」 を全く知らなかったりもして「最近、インターネットでは○○(芸能人の名前)さんの記事ばかりが出て来るよね!」って、あんたが○○さんの記事ばかり見ているんだけどね。と、高齢者には「アルゴリズムによるパーソナライズ」の仕組みも目的も利用率も感覚的に理解できないようだ。と、いや待てよ、高齢者だけではない。若者でも仕組みや目的は分かっていても、利用率や表示頻度は分からないのではないか?オールドメディアであれば、一般の人がどんなコンテンツに興味を持っているかを垣間見ることができたが、SNSではこれができないのだ。ということで利用者全員が「フィルターバブル」の閉じられた排他的な世界に強制送還されてしまっているのかもしれない。


●画像生成AIの登場で指導方法が全く様変わりした   2025.11.20
大学でのCG制作の課題。画像生成AIの登場で指導方法が全く様変わりした。今まではPhotoshopを使って画像を切り取ったり、Fireflyで画像の一部を消して、他の画像に貼り付けたりしていた。ところがデッサン力に乏しい学生にとっては、まともなCG合成画像は作れなかったし、丹念に画像を切り抜くという根気のいる作業ができない学生も多かった。しかし近い将来、学生が就職してからこういった作業を必要とするかというと、おそらく無いだろう。従って今では、どんなプロンプトでどんな画像が生成できるか?というスキルというか経験値を身につけるか、ということになる。画像生成AIの作ったCGはデッサンの狂いとかも一切ないし、最近では指8本とかいうエラーもなくなってきた。画像のクオリティはPhotoshopでシコシコ作ってきたものの1,000倍は優れている(100倍ではない)。と、こうしてみると、今までPhotoshopで教えてきたことは何だったんだろう?と思わざるを得ない。きっと産業革命当時の機織り職人のマイスターって、こんな気持ちだったのだろう。


●生成AI丸パクリのまんま   2025.11.19
大学でのレポートの課題。生成AIの登場で指導方法が全く様変わりした。「まず、君らの少ない知能であれこれ考える前に、必ず生成AIに書かせること。そしてプロンプトを入れ直して最低でも5パターン書かせること。そしてその中の1つを選び、自分なりにアレンジして提出のこと。必ずアレンジするんだぞ。そのまんまのやつは、ちょっと読んですぐに分かるからな。その場合は大幅減点になるからな」といっても5パターン書かせたらアレンジしようがしまいが分からんのだけどね。ただ、そう言っておかないと、必ず生成AI丸パクリのまんまのやつが現れる。そしてそういうパクリのまんまのやつが沢山現れることによって段々とこちらとしても傾向が分かってくる。が、全く傾向がみえない場合は、丸パクリのまんまのやつがいるのかどうかも分からなくなる。昔は、例えば友達のレポートや新聞記事を丸パクリしたやつは何と無く分かったのだが、確たる証拠も無いので及第点を与えていた。が、仮に丸パクリで及第点をもらったとしても、それは本人のためにならない!ということを経験させるために敢えて及第点を与えていたのだが、今では採点する側がそんなことを考えることもなく、ただただ機械的に、本人が書いたものであろうが生成AI丸パクリのまんまであろうが、点数をつけるしかなくなったのであった。


●子どもの頃すごくても大人になると大したことない   2025.11.18
子どもの頃、成績優秀でみんなからの信頼も厚く、統率力もあり、リーダーとしての素養もあり、きっと将来は大物になるだろう、と思われていた生徒がクラスや学年に一人二人はいたことだろう。しかし彼らは大成することも、業界で有名になることもなく、社内ではちょっと仕事ができるだけの普通の大人にしかなれなかった、という事例はたくさんあることだろう。公立の学校の場合、まだふるいにかけられる前の、雑多な玉石混合の状態の中の、ちょっと他人よりも要領が良く、成長の早い子どもが、一時的にクラスのヒーローになるだけであって、特別な才能や資質があるわけではないのだ。仮に1クラスが40人、1学年が120人とすると、極めて分母の小さい中での話しであって、世の中には、もっともっと優れた人間がぶったまげるほどたっくさんいるのだ。そしてその優れた人間たちは、学生のころに天才と言われたことに甘んじることなく、天狗になることもなく、過大な自己評価をすることもなく、子供の頃の成績を自慢することもなく、常に地道な努力を続けてきた人間なのだろう。


●インターネットは高齢者が分からないようにできている   2025.11.17
インターネットは高齢者が分からないようにできている、のではない。頭の悪い人には分からないようにできているのだ。というか、分からないコトがあると、調べたり、解決しようと試みたりしない人が頭の悪い人ということになる。だから、インターネットは頭が悪い人にはが分からないようにできているということになる。そして世の中にはインターネットを問題なく使いこなしている人もたくさんいる。ただし彼らは最初からインターネットを使いこなせていたわけではない。沢山あった分からないコトを、根気よく調べて解決方法を見出して、それを実装して、何とか使いこなせるようになったわけだ。要するに高齢者であるかどうかは問題ではない。頭の良し悪しが問題なのだ。しかし高齢者から見れば、若者はみんなインターネットを使いこなしているように見える。しかし実際は使いこなしているわけではなく、ある決まったパターンのコトを繰り返しているだけであって、その仕組みや概念を理解しているわけではない。ではなぜ高齢者は「インターネットは高齢者が分からないようにできている」と思っているのか?それは、ちょっとできないとすぐに怒るからだ。


●もし、この世の中に化粧というものがなかったら?   2025.11.16
もし、この世の中に化粧というものがなかったら?というテーマで、インダストリアルデザインを履修している学生にレポートを提出させた。もっとも多かった意見が「欠点を隠せなくなりルッキズムによる差別が増える」ということだ。これはなるほどそうかもしれない。しかしその逆に「全員が有りのままでコミュニケーションできるので差別がなくなる」という意見もあった。こちらもなるほどである。あと多かったのが「化粧業界で働く人が失業する」というもの。就職を間近に控えた学生ならではの意見だ。が、実際にこの社会的な影響は大きいだろう。が、実際にそうはならないので大丈夫だ。それから多かった意見が「化粧に費やす時間を他に回せる」というもの。また、それにともない平均的な学力や生産性が向上する、というもの。つまり好きで化粧しているのではなく、仕方なく化粧しているという若者も少なくないということだろう。それから多くはないが「日本の伝統文化が衰退する」という意見もあった。これは主に歌舞伎のようなものを指して言っているようであった。そして面白かったのは「メタバースの世界では、」とか「アバターには、」とか「バーチャルでは、」とかいう意見は一切無かったということ。若者と言えども、まだまだ化粧はリアルの世界のもの、と思っているらしいのだ。


●愚か者ほど反論したがる   2025.11.15
先日の参院予算委会で立憲の蓮舫が質問に立った。「あれ?都知事選落ちて大人しくしていたと思ったらこんなところにおったんだ…」と多くの人は思ったことだろう。さて質問の内容はさておき、登場の仕方が相変わらずであった。大量の紙のコピーを無造作に小脇に抱えて、あたかも「直前まで質問の内容を徹底的に精査して詰めていました!」ということをPRしている。本人よりも自己顕示欲のほうが先走っているのが見え見えである。こんなんだから大多数の国民に嫌われている。こういう人間って皆さんの身の周りにもいますよね。会議のときに必要以上に多くの紙のファイルやコピーを持ってきて、他人の発言中にそのファイルをがさがさとめくっているヤツ。予定を聞かれると、これ見よがしに、びっしりと予定が書いてある手帳を出して、自分の忙しさをPRするヤツ。そしてこういうヤツらに共通しているのは「他人のやることは大げさに否定するが自分は何もやらない」「何事も絶対に他人のせいにする」「自己顕示欲は盛大だが絶対に責任は取らない」「都合の悪い時にはいなくなる」「鋭い舌鋒で喋っている自分はカッコイイと思っている」といったところだろう。『愚か者ほど反論したがる』を絵に描いたようなヤツであったりもする。


●AIを嫌う人がなぜAIを嫌うか?   2025.11.14
AIを嫌う人がなぜAIを嫌うかというと、そこにはアルゴリズム嫌悪というものがあるらしい。たとえば、「キーを回せばクルマのエンジンがかかる」「ボタンを押すとエレベーターが到着する」といったなじみ深く直感的に理解しやすいものであれば良いのだが、多くのAIシステムはブラックボックスのように動作するため、何かを入力して回答が出力されるまでのロジックが隠されている。これがイヤなのだそうだ。って確かにそうかもしれないが、これだけ世の中が高度化、複雑化してくると、そのカラクリを全て公開することはできなくなる。秘密保持とかセキュリティとかの問題ではなく、いちいちその関数の解を説明するのは、非常に面倒クサイということになる。例えば自動販売機でお金を入れてボタンを押すと缶コーヒーが出てくる。数ある種類の缶コーヒーが横向きに詰め込まれていてコインが投入されてボタンを押して該当金額を確認後に指名された1つの種類の缶コーヒーが引力によって取り出し口まで落ちてくる、というように、これだけでもけっこう長くなる。だからいちいち説明しないのだ。それでもアルゴリズム嫌悪によってAIを嫌う人というのは、例えばアフリカの原住民が都会に来て、水道というものがあることにびっくりして大量の蛇口を買って帰り、アフリカに戻ってから蛇口をひねったところが水が出なかった。みたいなことを恐れているんだろう。


●ノンアルビール   2025.11.13
ノンアルコールビールが美味くなっている。確かに立食パーティーみたいなところで飲むと、本当のビールとの区別が一瞬わからないぐらいのクオリティになっている。しかし自宅で晩酌で飲むにはまだまだ全然ダメだ。口をつけたと同時に、アルミ缶の冷たさが先に伝わってきて、残念感、ガッカリ感を瞬時に感じることになる。ということで、買ってきたノンアルビールをどう処分するかが、次の問題となる。こんなものを飲んでいたのでは腹がガブガブになるだけで酔わないという、不毛無意味な状況になってしまうのだ。そこで思いついたのが「ホッピーのソト」として利用する方法だ。やってみたらこれが意外とイケる。ということはだ、ノンアルビールのクオリティがどうこう言う前に、「ホッピーのソト」としてノンアルビールは、昔っからあったということだ。


●小型原子炉内蔵   2025.11.12
鉄腕アトムとドラえもんと8マン(エイトマン)は体内に小型の原子炉を内蔵していて、この原子炉が動力源となっていた。鉄腕アトムは途中からこの原子炉を廃止し水素エネルギーでアンモニア燃料電池となった。ドラえもんも途中からこの原子炉を廃止し「何を食べてもエネルギーになる」となった。ただし8マンは原子炉で発電するので「8000ボルトの大電力」を手の甲から発することが出来るということで、そのまま漫画の連載もテレビの放映も終わっているようである。そして8マンは小型原子炉のオーバーヒートを抑えるため、ベルトのバックルに収めてある「タバコ型冷却剤(強加剤)」を定期的に服用しなければならず、時には服用できずに危機に陥ることがあったようである。とまあ物理的には色々と辻褄の合わないカラクリのようではあるが、当時の子供からすれば「原子力=すげえ!」「タバコ=大人が吸うカッコイイもの」というイメージだったのだろう。しかもメンソールのタバコはヒヤッと冷却して、さらにカッコよかったのかもね。しかし中学生になったころに改めて8マンの漫画を読むと、タバコ型冷却剤を吸っているシーンは、ツッパリ(今で言うヤンキー)にしか見えなかった。


●2乗3乗の法則   2025.11.11
相似な形状を2倍の高さにすると、面積は4倍(2の2乗)、質量は8倍(2の3乗)になる。例えば身長90cmで体重が10kgの人間が、身長180cmになると体重は80kgになるというと、感覚的に分かりやすい。従って身長が人間の10倍の巨大ロボットの場合、質量は1,000倍(10の3乗)にもなってしまい、180cmの人間が80kgだとすると18mでは80tになり、足裏の面積だけでは支えられなくなるというもの。だから象は4tであの太さで4本の足が必要ということになる。ということで人間の身長は高くてもせいぜい250cm程度が限界で、300cmでは足裏に相当な負担がかかり通常の歩行が困難になる。ということで2足歩行での巨大ロボットはムチャクチャ効率が悪く、しかもムチャクチャ弱いということになる。増してや有機体である巨神兵とか進撃の巨人などは存在し得ない子供騙しの世界の出来事である。だから「巨人が存在する」みたいなことを大人が信じていると子供扱いされるので気をつけよう。


●人間を動物に例えることが悪いのだろうか   2025.11.10
衆院予算委員会。立憲民主党の池田真紀議員が、クマ対策に関する質問の中で、赤間二郎国家公安委員長が男性記者に『クマみたいだね』と言ったことに対して高市首相まで巻き込んで、グダグダネチネチとどーでもいいような質問に時間を割いた。高市首相になってより多くの若者も国会中継を見るようになり、立憲民主党のクソさ加減が世間に露呈されていくかたちになってきた。しかし人間をクマに例えることが果たして悪いのだろうか。例えばウサギさんみたいでカワイイね。とか、オオカミみたいに精悍でカッコイイね。とかもいけないのだろうか?でも和田アキ子が北口榛花をトドに例えた件では謝罪するに至った。ということは動物でも例えて良いものと、悪いものがいて、そのボーダーラインは個人差もあり、文脈やシチュエーションにもよるので、明確に決めることはできない。だから明らかに誰が見ても分かる部分で「野田佳彦は肩幅が異様に狭い」とか「福島瑞穂はすごく手が短い」とかに留めておこう。


●FireflyとNano Banana   2025.11.09
PhotoshopにはFireflyという生成AI機能が付属していた。adobeのトレーニング用画像を使用しているため著作権や肖像権の問題が無いというのが特徴だ。しかしこのFireflyは利用者がイメージする画像はなかなか生成されない。特に人間の顔の画像などはいくらプロンプトを工夫しても、なにやら適当な画像がドサッと表示させられてしまう。さすがにこれではマズいと思ったのだろう、adobeはPhotoshopのβ版にGeminiのNano Bananaを搭載した。Geminiと言えば1960年代に実施した有人宇宙飛行であるジェミニ計画で用いられた宇宙船。そしてこの有人宇宙飛行船であるGeminiがある惑星(たぶん火星)に行った宇宙飛行士が事故に遭って水や空気のない惑星に不時着し、救助を待つ間にその異常な気候風土に身体が適応して皮膚が粘土質に変化した結果、ずっと欲していた水を不要として生きられる怪獣と化した。それがジャミラである。ミッションの失敗を国際批判されることを恐れて事故を隠蔽し、救助を出さず自分を見捨てた母国へ復讐するため、修理・改造を施して常人には視認不可能な高速回転を可能とした見えないロケット(不可視の円盤)で地球へ帰還し、国際平和会議の出席者たちを乗せた旅客機や船舶を乗機からの攻撃で次々と墜落させるが、科学特捜隊にスペクトルα・β・γ光線で乗機の位置を見破られて撃墜され、その姿を現す。最大の武器は、口から吐く100万度の高熱火炎。そしてウルトラマンに水芸攻撃でやられてしまい、国連本部で息絶える。その息絶える直前にアメリカ国旗を指差すという可哀想な話しであった。FireflyとNano Bananaとは関係ないと言えば関係無い。


●やり甲斐のあるゲームソフト   2025.11.08
ゲームソフトを作る時に最も重要なのが「難易度」なのだそうだ。簡単すぎても難しすぎてもいけない。適当に難しくそこそこ簡単でなければいけないとのこと。大手ゲームソフトメーカーではこの難易度の調整に半年以上の時間を割くそうだ。こうして「やり甲斐のあるゲームソフト」が世に出るということになる。しかし弱小ゲームソフトメーカーでは開発費を早く回収するために、難易度の調整が不完全なまま発売してしまうために「クソゲー」と評価されてしまうこともあるとのこと。ところがこの「やり甲斐のあるゲーム」はあくまでも人為的に作られたゲームの世界の話であり、現実の世界では「やり甲斐のある仕事」や「やり甲斐のある職場」というのは存在しない。やたらと難易度が高かったり、やたらと単調なことの繰り返しだったり、まったく面白味や楽しさの感じられないものであったりと、「やり甲斐」にはほど遠いものばかりだ。だから報酬がもらえるのだ。つまり報酬がもらえてさらに「やり甲斐のある仕事」などは、ゲームの世界ではないので存在しないということになる。


●下剋上を絵に描いたような状態   2025.11.07
彼は20年間勤めた会社を辞めて、一念発起してフリーランサーとして独立する。しばらくすると一つの案件の見積り依頼が来た。彼的には「仕事の量からして最低でも100万だろう。いやいやそのくらいはもらわないとこちらも生活というものがある。なんせ会社で20年間最前線で培ってきたスキルもあるんだし」とか考えて100万で見積もりを出した。依頼主からすれば「最初なんだから10万ぐらいでやってくれて、そこそこのクオリティであれば、次からはもうちょっと払ってもいいんだが」てなところだろう。会社を辞めるということは会社の看板も捨てるということなので、社会的評価は地に落ちるということ。元○○勤務などということは一切関係ない。その時の実力でしか評価されない。にもかかわらず「元○○」という風呂敷を広げたまま、自分を過大評価しているものだから、いつまでも仕事を受注できずに苦境に立たされているフリーランサーがいかに多いということか。そして最後には元いた会社の下請けとかに拾ってもらって細々と生きながらえていたりもする。元いた会社では上から目線で無理難題を押し付けていた下請け会社の社長に、今度は頭を下げながら使われているという下剋上を絵に描いたような状態になる。これって珍しい事例では無い。


●上手いか下手か   2025.11.06
上手いか下手か。という単純な価値判断だけで物事は評価できない。例えば演奏の上手いミュージシャンが売れるか?文章の上手い小説家の本が売れるか?絵の上手い画家の作品が売れるか?、などなどのように上手下手の他に評価基準はたくさんある。ところが世の中の多くの人は「上手くなりたい」と思っている。確かに下手なままではダメなのではあるが、上手くなっただけでは達成できないもの、超えられないハードルは多い。ということは、逆にいうと、上手くなくても、評価されたり、売れたりすることもできるということになる。例えば歌が超ド級に下手くそでも見た目が可愛いというだけで、レコードが50万枚売れた浅田美代子の「赤い風船」のように。この「赤い風船」だが、テレビで浅田美代子が歌った後に天地真理が続きを歌うというのをやっていた。その時「天地真理ってこんなに歌上手いんだ!」と思った記憶がある。「上手い」を引き立てる意味での「下手」の役割は重要だ。


●オールドメディア崇拝者   2025.11.05
オールドメディアの崇拝者が言う。「SNSは情報を切り取って繋げただけだ!」「我々は新聞のニュースを読み3面記事で情報を拾って総合的に受け取って考えることができた」「SNSだけで物事を判断している今の若者が心配だ!」って、ばっかじゃないのか。SNSの中には切り取った情報だけのものもあれば、テレビや新聞よりも比較にならないほどニュースを深掘りをしたものもある。そもそもテレビでは1つのテーマで3時間かけて放送することはできないし、新聞紙は紙面に限りがあるので、紙面を超える情報量は掲載できない。それができるのがSNSでもある。だいたいオールドメディア崇拝者は、XやFacebook、Instagramの一部をちょっと見ただけで、評論こいているだけなのだろう。SNSにはたっくさんの種類があり、その数はテレビのキー局や大手新聞社の数を凌いでいて、おまいらの「一億総白痴化」から脱出させてやってんだぞ。


●どっちなんだい!   2025.11.04
新興国では「心の調子が悪い時は仕事を休んでもOK」という文化があるとのこと。また1日のうちの仕事をする時間は午前中だけで、残りの時間は趣味や家族とのコミュニケーションに使うというところもあるとのこと。一人ひとりのライフワークバランスを大切にする文化は日本も見習って欲しい。とかいう意見もあるが、ライフワークバランスを無視し働いてきたから日本は先進国になったのだろう。逆にライフワークバランスを大切にする文化があるから新興国(後進国)のままなのだろう。また、1日のうちの仕事をする時間は午前中だけという国は基本的に南国であり、必死に働くなくても食料が確保できる地方だ。日本は何かというと「欧米では〜」とか言うくせに、こういう部分だけは新興国の文化を日本も見習って欲しい、とか言う。「どっちなんだい!」


●グーテンベルクの活版印刷術や電卓   2025.11.03
  • グーテンベルクの活版印刷術が登場する以前「聖書」は修道院の修道士や専門の写字生が、紙に一文字ずつ手で書き写して作られていた。しかし活版印刷機の登場によって、聖職者の解釈に頼らず一般人が聖書を読むことができるようになり、教会にとっては「民衆が勝手に解釈するのは危険」としてその内容や流通に警戒した。また印刷で大量に作れるようになると、写字生の仕事が激減し「手仕事の価値が失われる」との反感もあった。
  • 1970年代、電卓が一般家庭でも買えるようになると、「電卓を使うと暗算能力が衰える」「基礎計算を学ばなくなる」という懸念から、学校での使用をめぐって大きな議論が起こった。また電卓の登場は「そろばんを脅かす存在」として警戒され、一部には「電卓禁止運動」も起こった。
  • 2022年、Stable Diffusionが公開され、MidJourney が急速に広まり、SNSでAIアートが爆発的に拡散。ChatGPT(2022年11月)が登場し、一般利用者に一気に普及。同時に 著作権・知的財産権、 フェイク情報・ディープフェイク、労働・雇用への影響、教育現場での利用、プライバシー、倫理・差別、 環境負荷、など多くの問題が指摘されるようになった。というのは今は昔の話。


●タイプじゃないから   2025.11.02
この男はタイプじゃないから好きじゃない、とか、この女はタイプじゃないから好感が持てない、とか。これって「タイプじゃないから」のところを、そのまま「ブサイクだから」に置き換えても、ほぼほぼ意味は通じるし、大きくは間違いではない。逆に「タイプじゃないから」のところを「イケメンだから」とか「美人だから」とすれば、大きな間違いになる。不幸にして人間には美しい顔と美しくない顔が存在する。そしてその美しさの基準は個人差は少ないのが実情だ。従って女も男も自分の美しさに相応の相手を選ばなくてはいけない。稀にそうではないケースもあるが、それはあくまでも稀である。日村勇紀とか山里亮太はその稀なのだ。だから自分の顔の美しさ具合は必ず客観的に評価しないといけない。結婚できない人間の多くは、自分の顔の美しさを過大評価しているだけのことである。環境とか運のせいでは無い。美しい顔の人には放っておいても異性がアプローチしてくる。異性のアプローチが無いということは、顔が美しくないということを、なるべく早い段階で自覚せよ。


●機種依存文字   2025.11.01
1990〜2000年代ではOS・ブラウザ・携帯電話の文字コード対応がバラバラでメールやWebページで文字化けがよく起きていた。しかし現在ではUnicodeが世界共通の文字コードとして普及してきたため、機種依存文字を気にする必要はなくなってきている。iPhone、Android、Windows、macOS、主要ブラウザがほぼ統一してUnicodeに対応しているためだ。しかしUnicodeに定義されていても、フォントによっては表示されなかったり、デザインが崩れることがある。ただし今現在ではほとんどの記号や絵文字顔文字が対応されていて、Unicodeのバージョン17.0では、複数の絵文字を含む4803文字が追加され、Unicode規格で定義された文字は合計15万9801文字となっている。その中には、スーダンやチャドに住むザガワ族で使われている文字や、インド北部やバングラデシュに住むクルク語話者のために作られた文字、ベトナム北部のタイヨウ族が使う伝統的な文字、古代アナトリアで使用されていた歴史的な文字等も含まれている。絵文字では「毛むくじゃらの生き物」「漫画的ボコスカ表現」「歪んだ顔」「トロンボーン」「シャチ」「宝箱」「落下する破片」等が追加されている。ところが未だに「機種依存文字は使うな!」とか言ってる人もけっこう多いということも理解しておこう。



BACK

メニュー