▼天声人誤

●自転車

自転車という奇妙な乗り物について説明しよう。自転車は読んで字のごとく自ら転ぶ車だ。周囲の環境や突発的なアクシデントや操縦者のスキルに頼ることなく転ぶことができる。

しかし転ぶことはできても自力で起き上がることはできない手間と迷惑のかかる乗り物でもある。手間がかかるが故に人々からこよなく愛用されてもいるという盆栽のようなものだ。手間をかけるのがイヤな人はオートバイに乗る。

自転車の魅力のひとつがサドルだ。あの山芋のような形をした座席である。他の乗り物や椅子やソファを含め人間が座する器具の中であのような形をしたものは他には無い。もしサドルが無い場合にはパイプの断面に直接座することになるのだが、多少の痛さを我慢すればそれでも差し当たり支障は無い。

問題はパイプであるがために断面が正円であり、サドルの取り付けが緩いと回転するということだ。サドルが回転したまま座して操縦すると操縦者の向かう方向と自転車の進む方向の角度が異なり変な感じに見える。

ペダルという装置も個性的だ。これは三輪車や白鳥の形をした山中湖の人力舟などに同じ機構のものが使われているが、自転車のペダルはより重要度が高い。ハンドル、サドル、ペダルが自転車の主要三大部品として知られている通りだ。

しかしペダルには履物との相性というものがあり、ロンドンブーツやスケート靴との相性は良くない。下駄の場合はペダルの幅によっては歯の間にぴったりとはまってしまい、容易に降りられなくなる。これは極めて危険な状況を招くことがあるため、下駄で乗る場合には下駄は履かずに鼻緒付きペダルを利用することを強くおすすめする。

またペダルには裏と表があり、これが両面とも全く同じ機能を持ち使い勝手に優劣が無く究極のリバーシブルとも言える。自転車を長く使うためには、このペダルの表側と裏側を交互に使用し摩耗が偏らないようにすることが秘訣でもある。

ダイナモはソルマックの瓶のような形をした発電装置である。夜間はこのソルマックの蓋の部分を前輪のタイヤのゴム部分に接触させ回転によって発電を行う。エネルギーの自給自足であるのだが、けっこう重くなるわりにライトが暗い。

自動車の場合はスタンドでガソリンを入れて走るわけだが、自転車はスタンドによって止まることができる。

自転車のブレーキは車輪の金属部分を両側から消しゴムで挟んでその摩擦によって車輪の回転を止めるという原始的な仕組みである。誤ってこの部分に油を差すと見事なまでに制動作用が損なわれるので一度実験してみよう。万が一止まる前に前方のブロック塀が急速に接近してきた場合には回転する車輪のスポーク部分を鷲掴みにすれば確実に止まる。

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