▼天声人誤

●屁

屁の成分は、窒素、二酸化炭素、酸素、水素、メタンである。窒素、二酸化炭素、酸素は外気から体内に取り込んだものであるが、水素、メタンは体内の微生物によって生産されたものである。たまに「実(み)」が同時に出てしまうこともあるが、その場合には前記成分に「実」を追加しなければならない。「実」は本人によって生産されたものである。

さてここで特筆すべきは酸素、水素、メタンという極めて可燃性の高い成分が主であるということだ。次世代燃料としての期待も高まる。ただし「実」は燃えないので燃料として使用する場合には「実」の混入していないものに限る。

屁には有音屁と無音屁がある。有音屁は最初に音が出るので、周囲の人も「もしかするとこれから臭くなる。」という心の準備ができる。これは雷とは逆の現象であることから「逆雷」という呼び方もある。無音屁は周囲の人に心の準備ができておらず、唐突に、時にはおもむろに匂い始めるため印象としては臭さ倍増だ。ただし無音屁には放屁者が特定しづらいというメリットもある。放屁は音量の大きな放屁の場合に限り「砲屁」と呼ばれることもある。

屁の成分には空気より重いものと軽いものが混ざっているため、空気中に放屁されたときには、その成分の混合比により不規則に拡散するため、距離によって成分が異なり周囲の人の感じる臭さにもバラつきがでる。「実」は拡散せずに落下、または衣類の繊維に浸透する。しかしいずれにしても閉ざされた空間内により多くの人が密集している場合のほうがその効果が高いのは言うまでもない。

さらにその空間が移動する場合には、その移動によって色々な動的要因が加わるために、そのことが放屁を誘発することにもなる。たとえば満員電車の場合、その車両がレールのつなぎ目の段差を通過する際の振動が車輪、車軸、台車、床面を経由して放屁準備者の直腸に伝わり、これが定期的な周期でもって心地よい上下振動として直腸内の屁に下方への移動を促すことになる。

上りのエレベーターの場合は放屁準備者の人体が予告無く上方向に移動し始める際に、直腸内の屁がそのままの空間座標点位置を保とうとする力が自然と働き、結果としてより肛門に近い方向に移動してしまうことになり、これが放屁を間接的に促進することとなる。

このように屁は周囲の人に不愉快な思いをさせ、放屁者自身も恥ずかしい思いをすることから、放屁という行為自体が社会的マナーに反するものとされてきた。しかしこれが次世代燃料として利用されるとなれば話は別だ。沢山の放屁をする人ほど地球環境に優しいエネルギーを供給し、より社会に貢献しているということになる。

さてエネルギーとして屁を利用するには屁を集めなければならない。しかし屁はいつ何どき何処で放屁されるかは特定できない。決められた場所で放屁を強要してもなかなか出るものではない。無理に出すと「実」も出てしまう。

効率良く屁を収集するには、とにかく公共、民間を限らず、より多くの人が集まる場所に、その収集装置を設置することが得策であろう。もちろんその設置には費用がかかるわけだが、屁自体が無料の資源であり、生存する人類の数が全てその生産源であるため、この夢のエネルギーを効率良く確保するためには多少の出費はやむ負えないところであろう。

放屁収集装置であるが、現在では殆ど利用されなくなった公衆電話器跡に設置するケースが多いようだ。電車やエレベーターでは天井に後付けするケースが多い。レストランや飲食店ではテーブルの下に設置する。学校や事務所内では机の下に設置する個人用のものが主流だ。それぞれ引出し式の漏斗がホースの先端に取付けられ、放屁を催したら、その漏斗を引っ張り出し尻に当てて放屁するという仕組みが一般的だ。

装置側がバキュームになっていて、催しが弱い場合でも強制的に屁を吸い取ってしまうものもある。ただしあまりバキュームが強いと「実」まで吸い取ってしまうという問題もある。個人用放屁収集装置では、このバキュームのパワーを可変でき、その人にあったバキューム力が調整できるのが一般的だ。個人用ではT社の「ブレークウインダー」、S社の「おごそかくん」などが売れているようだ。

しかしいくら社会貢献のためとは言え、放屁時の音は、放屁者が自ら調整することは困難であるため、予想とは違う音が出てしまうこともある。無音屁のつもりが有音屁という場合もあり、無理に無音にしようとすると「実」が出てしまう。イメージ以上に大きな音であったり、重低音であったりすると、恥ずかしいと同時に周囲に迷惑もかかるというわけだ。

そこで考案されたのがサイレンサー付き屁収集装置だ。ワルサーP38の先端に取付ける、あのキリタンポみたいなやつが漏斗の中に格納されていて、かりに「ドッキューン!」というような大音量な屁が砲屁されても、「シュポッ!」という風切り音にしか聞こえないというものだ。

また、このサイレンサー付きはコストがかかるため、音を消すまでには至らないが音量を小さくするミュート付き屁収集装置でもほとんどの予想外大音量事故は防げる。トランペットのラッパ口につける壺みたなものが内蔵されている。かりに「パンパカパ〜ン!」というような大音量な屁が砲屁されても、「ポンポコポッ!」という控え目な音にしか聞こえないというものだ。

しかしこれらの放屁収集装置、環境省と資源エネルギー庁が鳴り物入りで導入を進めたわりに、ほとんど利用されていないというのが現実のようだ。
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