▼天声人誤

●水没

「ということで、誠に残念ではありますが、この堀田手村は出鱈目川第3ダム建設のため水没することになりました。村民の皆様方におかれましては、先祖代々長年に渡り生活を営まれてきましたこの地において、さぞかし無念の念の念であることとは思いますが、これも日本の発展のため、ひいては我が堀田手村の存続と私の私的利益、あ、いや、村民の皆様の未来のため、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、是非ともこの度の国の判断を受入れ、移住していただくようお願い申し上げます。尚、移転費用につきましては、全て国の補助金によるものでありまして、うち5%が私個人の、あ、いや、ではなくて、つまり5%は消費税であります。ので、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。」

と村長の説明が終わると同時に村の集会場には罵声が飛び交った。

「聞いてねえぞ!」「知らんねんぞ!何だと思ってる!」「裏切り者!」「貴様それでも村長かぁ!」そしてこれらの罵声がおさまるのを待って、恐る恐る司会者が会場にマイクを向けた。

「はい。今の村長の説明に対して質問のある方はどうぞ。。」しかし会場は「し〜〜ん。」そして司会者。

「えーと、特に質問がないようでしたら、これにて堀田手村出鱈目川第3ダム建設における水没に関する公聴会を終わりにしたいと思います。」

と言ったと同時にまた罵声が。「勝手に終わらせんじゃねーぞ!」「村民の意見を無視するのか!」「ワシらの生活はどうなるんじゃ!」と会場が殺気に包まれる。

そして司会者。「はい。あの、意見のある方は挙手をお願いします。」と、会場に向かって喋る。すると会場、誰も手を挙げずに、「し〜〜ん。」「では意見、質問等無いようですので、これにてこれにて堀田手村出鱈目川第3ダム建設における…」

と言ったところで、「オラが牛はどうなる!」「うちのおっかあは寝たきりだぞ!」「今年の収穫は誰が収穫するんだ!」と野次の嵐に包まれる。

そして司会者。「えーと、意見や質問は一人ずつお願いします。勝手に怒鳴らないでください。マイクを持って行きますから、一人ずつ質問してください。質問のある方は手を挙げてください!」すると会場、「し〜〜ん。」と水を打つ。

しばらくして会場の片隅でこそこそと話し声。「おい、元さん。何か言えよ。」と熊さん。「やだよ。恥ずかしい。それより熊さん。あんた言いなよ。」と元さん。「だってあんたダム建設反対のデモとか出てたでねえんか?」「おお、出てたとも!」「じゃ、反対してんだから何か言えよ。」「でもなぁ。。」「どした?」「建設推進のデモにも出てたんだ。」「お。そりゃ何でぇ?」「いやあ、亀蔵さんに出ろって言われたからなぁ。」「んじゃしょーがねぇなぁ。」「だろう。」と話しているうちに段々と声が大きくなってしまい、気がつけば会場全体がこの二人の会話に聞き入っていた。

そこで司会者。「えーと、そちらの方は、建設反対と建設賛成の両方の運動に参加されていたんですか?」と、これを聞いた熊さん。顔を真っ赤にして。「あ、いやぁー。亀蔵さんに言われちゃぁ、しょーがなかんべぇ。」

とこれを聞いた司会者。村長の顔色をうかがう。しかし村長はこれを無視。ハナクソをほじりながら窓の外を見ている。そこで会場の中の一人が手を挙げる。司会者はその人に向かって言う。

「はい。では今マイクを持っていきますので、お願いします。」村役場の若手職員がマイクを持ってかがみながら走る。

「えっと、亀蔵です。いまぁ、亀蔵さんに言われたとかぁ、何とか言ってましたがぁ、わしは村長に言われた通りに言っただけでえ、命令とかお願いとかはしてないですゥ。お金は少しだけぇ、えっと2万円ばかし渡しましたがぁ、そんでも無理にお願いはしてねえです。」

それを聞いた村長。役場の若手職員を手招きしてマイクを持ってくるよう合図を送る。そしてマイクが来るとそれを奪い取ってちょっと興奮気味に、「亀蔵さん。みんなが居る前で言っていいことと悪いことがあるということを分かってもらわないと困る。お金がどうしたとか、町の料亭でごちそうになったとか、その後コンパニオン呼んだとか、そりゃ確かに全部補助金から使ってるわけだが、そんなこと、こういう場所で言ったらだめだ!」と言って無造作にマイクを職員に返す。

これを聞いた元さん。「あの後コンパニオン呼んだんかぁ?」すると熊さん。「村長と亀蔵さんは、町の人と一緒にキャバクラさ行っただ。」それを聞いた熊さん。「そりゃオラも行きたかったなぁ。」「そりゃ無理だ。」「何でだァ?」「その顔じゃ無理だぁ。」「メスの熊も寄り付かねェ。」と、この時点でまた声が大きくなっていて会場全体に聞こえていた。

「そんじゃ、水没した後、メスの河童も寄り付かねんじゃ?」「ありゃ、今はオッカアも寄り付いてねえらしいぞ」「そんじゃキャバクラ行くしかねえべ。」「だからキャバクラ行っても誰も寄り付かんから行ってもしょうがねえべ。」「そんじゃ水没した後、竜宮城でも作んべえ。」「あ、そりゃグッドアイデアだ!」「タイやヒラメなら寄り付くべぇ。」「お、そういやぁ料亭でタイやヒラメ喰っちまったぁ。」「カメは喰ってねえだろうなぁ?」「おい!誰か酒持って来い!」「タイやヒラメもな。」「乙姫はおらんかぁ?」「熊さんのオッカアはダメだぞ!」「そりゃまだメスの河童のほうがマシだ!」「メスの河童が書いてある酒あったよな?」「お。ありゃ熊さんのオッカアだったんかぁ?」

そうして宴会が始まり、村人一人一人が順番にカラオケを歌い、元さんも熊さんも亀蔵さんも村長も、いつもの宴会と同じように盛り上がり、誰一人反対することもなく、無事に堀田手村は出鱈目川第3ダム建設のため水没することになった。

天声人誤

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