2022年6月


●本-2   2022.6.26
昨日の続き→。Zoom Meetingsに登場する大学の先生の中には、書斎や研究室をそのまま背景で写している人も多い。大抵はそこには本棚に大量の本が写し出されていて、いかにも「研究してるぜ!」感も漂わせている。ではあの本を全部読んでいるのかというと、そうでもないようだ。まず基本的に購入するときは「大人買い」で何冊も同時に買う。そして斜め読みをして、自分の研究に使えそうな部分だけを再度熟読する。中には目次を見て使えそうな部分だけしか読まない場合もある。そしてそれらの本の購入費は全て大学の研究費から精算される。というようなことで、あの大量の本は全てを隈無く読んでいるわけではない。とは言っても今の時代、本棚の大量の本が、これが「知識の源なのか!」と思われるのか「アナログ大好き人間?」と思われるのかは、ビミョーなところであろう。


●本-1   2022.6.25
本は学者や研究者にとって今だにバイブルである。ネットの情報だけでは専門性に欠けるし表面的である、というのがその理由であるようだ。でもどうだろうか、ネット上でもつぶさにしつこく調べれば、かなり専門的な情報や論文も掲載されているように思う。しかし論文の内容を分かりやすくまとめたものが本であるとすれば、その内容がそのまま公開されているということはビジネス的には無いことだろう。とはいえ本(書籍)の売上は毎年確実に減少している。このままではいずれゼロになりそうな推移グラフである。そしてその穴を埋めているのが電子書籍であり、将来的にはオーディオブックということになろう。そして電子書籍やオーディオブックは、いずれポットキャストやオンラインラーニングやメタヴァース等のネットでの情報配信コンテンツと融合していくことだろう。そうなればトータルでの情報量も紙の本のほうが少なくなるはずである。しかし電気が無くても読める紙の本が滅びることは無さそうでもある。→明日へ続く。


●阻止   2022.6.24
ネットやスマホや仮想通貨を利用した新しいプロジェクトが提案される。するとこれを全力で潰しにかかるおっさんたちがいる。そんなものが始まったら自分達の既得権も存在意義も皆無となるからだ。しかしあからさまに露骨に否定はできない。「その方法は基本的に私も賛成だ」とか、とりあえず言っておく。時代遅れのおっさんと思われないためだ。しかし裏ではあの手この手を使ってなんとか実現しないように必死で阻止するように企てる。そうしないと自分が今まで築いてきた地位も知識も全て奪われてしまう可能性があるからだ。くびになる可能性だってある。だから何としても自分が現役である間は、このプロジェクトを阻止しなければいけないのだ。そう意志を固めつつ家に電話する「今日は会議で遅くなる」と。そしてため息をついてガラケーを閉じるのだった。


●USB   2022.6.23
兵庫県尼崎市は全市民の住民基本台帳などのデータが入ったUSBメモリーを紛失した。委託業者の関係社員がUSBを鞄にいれて市役所(市政情報センター)から持ち出し、データ移管作業を行ったのだが、USBの元データを消去していなかった、というのが最初の問題。そしUSBを持ったままて帰りに飲食店で酒を飲んだというのが2番目の問題。そして帰宅してからUSBを入れた鞄が無いことに気づいた(家に着くまで気が付かなかった)というのが3番目の問題。さらに「え~パスワードにつきましては英数文字を含めた13桁のパスワードを設定されてます…」と市の担当者が記者会見で言っちまったのが4番目の問題。たぶん「2022amagasaki」とかじゃないのか?というのがもっぱらの噂。いずれにしてもセキュリティに対する認識の甘さが露呈したかたちだ。もしかしたら「セキュリティ」って「秘書」のことだと思っていた人たちとかも役所にはいたのかな。


●寝坊   2022.6.22
若い頃は「あ"っ、寝過ごした!」ということが頻繁にあった。若い時には、起きて活動している間にダメージを受けたり傷ついたりした身体の至る所の部分を睡眠中に修復し、さらに成長と代謝を促進させるための作業に時間がかかるためだ。しかし高齢になってくると、起きている間の活動が慎重になってきて、ダメージを受けたり傷ついたりすることが少なくなっていき、成長や代謝も鈍化し、これらを促進させるための作業の作業員も高齢化していき「今日はこんくらいでいいか」という具合に積極的に働かなくなり、本体の睡眠が浅くても済むようになる。従ってちょっと寝ただけで目が覚めてしまうようになる。しかし若い頃の寝坊の記憶があることから、朝早く起きなければいけない場合には、目覚まし時計とスマホのアプリをセットして、寝坊しないための準備万端な設定をしてから眠りに就くわけだが、実際にはセットした2時間前ぐらいに目が覚めてしまい、時間になるとセットを解除する作業を行うといことの、なんとも虚しい気分になるということよ。


●識字率   2022.6.21
識字率が50%以下の国家はアフリカを中心に10〜20カ国ぐらいあるらしい。最低ではニジェールの15%、マリ、南スーダンなどの20%台とされている。その他、タリバンが支配するアフガニスタンや海賊で有名なソマリアなども国民の半数以上が字が読めないということだ。字が読めないと、生活に必要な正しい情報が得られない、地雷や立ち入り禁止エリアなど警告が理解できない、正しく薬を服用できない、情報が正しいか判断できず詐欺に合う、選挙で投票できない、他国の情報が分からないので今の貧しい生活が当たり前だと思い込む、などの問題があり、このことが負の悪循環になっているとのこと。また、識字率には大きな男女差があるとのこと。伝統的な女性差別や習慣で男子を優先して学校に通わせる、学校に女の子用のトイレを作る資金がない、などの理由があるとのこと。そう考えると「ジェンダー平等!」とか言っている先進国のなんとおめでたいことか。


●アクリル板   2022.6.20
日本感染症学会は2021年8月6日の時点で「食事時にアクリル板を見ると、時に水滴が付いている。もしこの水滴がCOVID-19に感染した人の口から出たものだとすれば水滴の中にはウイルスが含まれていることになる」というコメントを出している。コロナ云々は別にしても、アクリル板を設置している以上は、こまめに表面を拭き取って掃除しなければいけない。飲食店などでは「アクリル板を拭く」という作業が増えることとなり、忙しいときには、この作業が疎かになる可能性もあるだろう。そうこうしているうちに感染者数も減少していき、「アクリル板もいらないか」ということになり、アクリル板を取っ払う飲食店も増えてくることだろう。しかしその多くは、次にいつ感染者が増えるか分からないので、廃棄はせずに倉庫にしまっておくことだろう。そして本当に感染者が増えたらまた倉庫から引っ張り出して使うということになり、そんなことを繰り返しているうちに、ガラスよりも表面硬度の低いアクリル板は表面に細かいキズがついてだんだんと向こう側が見えなくなってくるのであった。


●夢の国   2022.6.19
子供の頃から今日に至るまで、ずーっと不思議に思っていたことがある。夜寝ているときに見る「夢」と、将来こうなりたいと思っている「夢」が、なぜ同じ言葉なのだろうか?ということ。前者は時にひっちゃかめっちゃかで人称が入れ替わったり突然死んだ人や有名人が登場してきたりする意味不明のシュールなストリーである。後者は極めて健全で人生における欠くことのできない指針であり目標である。全然違うじゃん!この全然違う二つのモノを一緒くたにして「夢」という一つの言葉で呼ぶのはどう考えてもおかしい。では「夢の国」はどちらなのだろうか?おそらく前者でも後者でもなく、「夢」という言葉を悪用した、ひたすら暴利を貪るだけのまやかしの世界である。それってディズニーランドのこと?いやいや1964年に開園して2002年に経営悪化のため閉園した「横浜ドリームランド」が、元祖「夢の国」(名前がまんま)であったことは今では知る人も少ない。


●大衆   2022.06.18
なんやかんや言ってもテレビの影響力はまだまだ大きい。視聴率の1%が約100万人に相当するわけなので、運営側はその1%にひっちゃきになる。そしてテレビ(特に民放)は絶対的に「大衆」をターゲットとしたメディアであり、「大衆」とは年収や教養や学歴が「中の下」のところの人たちだ。そしてテレビで出演して色々なことを喋っている人たちのほとんどは、運営側の都合の良いように「編集」されている。さらには喋る内容についても、基本的に運営側(基本的にディレクター)から指示されている。その指示に沿わない内容は編集時にカットされる。つまりテレビ番組自体が「演出」「演劇」であるわけだ。だから例えばワイドショーやニュース番組の中で芸能人が喋った内容というのは、運営側にとって都合の良いように、編集、アレンジ、捏造されたものであって、その喋っている本人の言葉では無い。にもかかわらず「○○の発言はけしからん!」とか大衆たちは騒いでいるわけだ。それって「水戸黄門の悪代官はけしからん!」と言っているのと同じなのにね。


●収束方向   2022.6.17
先日、東京都の感染者数が前の週の同じ曜日を上回った。さてこれから先はどうなるのだろうか?ということはここ2年の間でイヤと言うほど経験してきたはずだ。ところが世間一般は「このまま収束方向に向かう」という何の根拠も保証もない方向に向かって準備をして動いている。コロナに対しては、もう散々だ!もう懲り懲りだ!もういい加減にしてくれ!と言いたいのは、よーーーく分かる。しかし「このまま収束方向に向かう」という根拠も保証も無い。オミクロンが登場する前の2ヶ月間も同じように、世間一般は「このまま収束方向に向かう」という方向に向かって準備をしていたし動いていた。半年前のハナシであるのだが、何と言うか、喉元過ぎれば何とやら、3歩歩いた鶏のように、つくずく「人間は真実を信じるのではなく、信じたいモノを信じる生き物」だということがよく分かる。


●強権政治   2022.6.16
中国・ロシア・北朝鮮は強権国家である。なぜ強権政治を行うのか?というと、極めて雑駁に言えば、国民の貧富の差が激しいからだ。貧富の差が激しいと「貧」のほうが常に国家に対して不満を持っている。そして「貧」のほうが圧倒的に数が多い。なので、その「貧」の不満を爆発させないためには敵国を作って国民を一致団結させて、不満の矛先を敵国に向けなければならない。そうする以外に国家という体を維持していけないのだ。中国の沿岸部と内陸部との貧富の差は、日本人では想像できないほど激しい。GDPが世界第2位といっても人口で割った国民一人当たりの生産高は非常に低い。ロシアも富を握っているのはほんの僅かの限られた人たちであり、大多数の国民は今でも貧乏だ。北朝鮮は知っての通りである。そして国家に対して不満を持って独立した州や自治区があったとすれば、そこはイコール隣接する敵国ということになる。強権政治はけしからん!と言うのであれば、強権政治以外の方法で、その国家を維持管理運営する方法を教えてくれ!ということにもなるのだろう。


●マイクロチップ   2022.6.15
犬猫のマイクロチップ装着が義務化された。人間用はまだか?ガラケーが使えなくなってケータイショップには大量の高齢者が押し寄せショップが処理しきれない状態にあるらしい。機種変だけならいいが、高齢者が使うとスマホはすぐに壊れる。もちろん壊れていないのだが、おかしな操作をして「壊れた」と言ってショップに持ってくる。そもそもがいくらカンタンとかラクラクといった設計をしたところで全身アナログの高齢者には使えるような代物ではない。子供や孫もカンタンとかラクラクは使ったことが無いのですぐには操作を教えることもできない。高齢者はスマホはいらないんじゃないか?という意見もあるが、ボケて徘徊するようになるとやっぱり必要になる。犬猫のマイクロチップの寿命は約30年だそうだ。ちょうど良いではないか。


●インターネットテレビ   2022.6.14
井上尚弥vsドネアの試合がAmazon Prime Videoで放映された。試合当日「なんだテレビでやらないんだ!」と嘆く爺さんたち。「Amazon Primeでやるよ」と言っても意味が分からない爺さんたち。そもそもAmazon Primeも ABEMAもDMM.comもHuluもNetflixも知らない爺さんたち。今の若者はテレビを観ないということを知らない爺さんたち。「NHKは絶対ネットで受信料徴収したいと思っています!騙されてはダメ!」と言っているのは立花孝志氏。確かにNHKはインターネットのYouTubeチャンネルでは受信料は徴収できないし、今の高齢者が死に絶えた後には誰も地上波のテレビは観なくなる。NHKのYouTubeチャンネルの登録者数は今のところ355万人だ。視聴率1%で100万人が観る地上波のテレビに比べると明らかに少ない数字である。そうなったときにはNHKはどうするのだろうか?「NHKは絶対ネットで受信料徴収したいと思っています」といのも理にかなった発言でもあるように思えてくるというもの。


●思う壺   2022.6.13
ポイントを今月中に利用しないと使えなくなってしまう、というメールが来る。「ふ〜ん、そうなの」と読み流してしまう人もいれば「そりゃタイヘンだ、今月中に使わなきゃ!」と思って、いらんものをポイントを使って慌てて買ってしまう人もいる。しかし①ポイントを使うにしても使わないにしても金を払うということには変わりはない。②本当に必要でないモノを買ってしまう場合がほとんどである。③ポイントで買ったモノが実は「なくても済むモノ」であったことを買った後に気付く。④その代償行為としてポイントで買ったモノがいかに便利で素晴らしく重宝しているかをインスタでPRする。こういうのを「思う壺」と言うのだろう。思う壺のヘリには今日も多くのバカな消費者が壺の中を覗き込んでいるのであった。


●クールで合理的   2022.6.12
町の印刷屋さんの印刷業からの撤退が相次いでいる。もちろん印刷通販(「ネット印刷」という言葉は権利上使えない)が普及、浸透しているためだ。印刷通販に限らず、大規模な投資をして最新の設備を導入している大手や中堅に対して、町の印刷屋さんでは、コスト、納期、品質で、到底太刀打ちできなくなっている。小回りが効く、とか細かい対応、などは利用者側は求めていない。とにかく安く、早く、きれいに、なのだ。そのへんはB2Bはクールで合理的だ。そしてこのクールで合理的な考え方は、いずれB2Cにも普及してくる。細かで臨機応変な対応、人と人との触れ合いを大切に!、とかを「売り」にしているお店は、人と人との触れ合いを切望している高齢者層が死に絶えていったときに、同時に消えていく運命にあるのだった。


●ノンバーバルコミュニケーション   2022.6.11
国内でのInstagramの利用者は3300万人というのが、どうやら公式発表データのようだ。しかしこれは2019年のデータであり現在のInstagramの利用者は体感的にもっと大幅に増えているように思える。SNSの中でもTikTokとInstagramは利用者数の増加率と投稿数は急上昇中なのではないかと感じられる。なぜこんなにも人気があるのかと言えば、その両者は基本的にノンバーバル(非言語)コミュニケーションだからだろう。twitterにしてもFacebookにしても英語の投稿に「いいね」したりフォローしたりは普通の日本人はしない。しかしTikTokとInstagram、またはPinterestなどは、他言語の投稿に対しても普通に「いいね」したりフォローしたりできる。これは世界的な傾向でもあろう。世界からテキストというコミュニケーション手段が消えつつある前兆なのかもしれないぞ。


●努力と工夫   2022.6.10
SNSを有効に使ってビジネスに繋げるというのは、言うのは簡単、やるのは難しい、の典型的な例であった。実際には何度も何度も失敗を重ねて試行錯誤しながら徐々にアクセス数やフォロワーを増やしていく。という地道な努力の結果がビジネスに繋がっていたわけだ。だからSNSをビジネスに繋げるのは、「簡単ではない」「それなりの覚悟が必要」「普通は途中で諦める」と思っている人も少なくないだろう。しかしInstagramの実情を見てみると、投稿写真は無い又は非公開、ストーリーズではセールとキャンペーン情報、それをストーリーズハイライトに移していく、大量にフォローすることでフォローバックを獲得していく、というやり方で小規模なビジネスに繋げている人もいるようだ。SNSをビジネスに繋げるというのは、昔のように「血の滲むような努力」は必要なくなってきている。しかし血は滲まないにしても、額に汗する程度の努力と工夫は、今でも必要のようだ。


●スマホが使えない   2022.6.09
高齢者にLINEに送られてきた孫の写真を見せる。スマホを渡されたその高齢者は、次の写真を見ようとして画面をスクロールした。ところが横にスクロールしたために写真が消えてしまった。すると怒って「もういい!」と言ってスマホを突き返す。始めて使うアプリであれば誤った操作をしてしまうことは高齢者に限らず誰にでもある。誤った操作→こんなこともできないか、と思われると思う→怒って突き返す、というようなことをやっているから進歩しないのだ。スマホは高齢者だから使えない、のではなく、高齢者は覚えようとする意思がないから、いつまで経ってもスマホに限らず、新しいデバイス全てが使えない、ということだ。


●働き方改革   2022.6.08
フリーランスの人たち数人が1つのプロジェクトを行う。その中に1人だけ役人が加わっている。基本的にフリーランスには土日は無い。土日も祝日も関係なく仕事をするのだが、役人は確実に休みの日は休み仕事をしない。だから3連休とかが明けるとプロジェクトが大きく進行していたり変更になっていたりもする。10年前であれば、基本的にカレンダーに合わせてフリーランスの人たちも休日は仕事を休んでいたが、コロナでテレワークが普及すると同時に、土日も祝日も関係なくなってきたようだ。9時5時で稼働している工場や、営業時間が決まっている店舗に勤めていない限り、営業、企画、教育などの仕事に携わっている人たちは、土日も祝日も関係なく仕事をするべきだろう。働き方改革って実はそういうことなのだ。メールの返事が3日後ではいかんのだ。


●なんにも専務   2022.6.07
皆さんの知っている中小企業にも「何にも専務」と陰で呼ばれている専務はいませんか?経営者(社長)の身内というだけで取締り役に就いているのだが、新しい仕事をとってくるわけでもなく、経理を手伝うわけでもなく、たまに現場に出て誰でもできるような作業をちょとちょこやったりしている。でもって特定の社員を指して「あいつは生産性が低くて会社にとってはマイナスだ!」とか言ったりしている。「おまえのほうがよっぽどマイナスだろ!」とか社員に囁かれているのが、本人の耳に入った。このままではいかん!と感じた専務は、一大奮起をして新しい仕事をとってきた。しかし自信がないので社長が出張でいないスキを見計らって社員を集めてその新しい仕事の概要を説明した。ところがその内容は「どう見ても上手くいかないだろ!」「絶対に誰かに騙されている!」というものだった。そしてその仕事を何とかやらせないようにするために社員たちは奔走させられた。同時に社員たちは「何にも専務」のほうが「何とか専務」よりはよほどマシだということに気付いた。


●折りたたみ式の傘   2022.6.06
子供の頃、大人は何でもできると思っていた。子供のように感情を剥き出しにすることもなく、常に沈着冷静で、何でもできて何でも知っていて誤った行動もしない、体の大きな生き物というふうに思っていた。一番凄い!と思ったのは、折りたたみ式の傘をきちんと畳んで袋にしまうことができるということであった。ところが、自分が大人になってくるに従って、大人でも、すぐに感情を剥き出しにして、常に沈着冷静でもなく、何んにもできず何にも知らない誤った行動ばかりをする、ただの体の大きな生き物だけの大人もいるということも分かってきた。しかしそんなどうしようもない大人でも、折りたたみ式の傘をきちんと畳んで袋にしまうことができるようにだけはしておこう。これを子供の見ているところでやって見せると、間違いなく尊敬の眼差しで見てもらうことができる。


●水   2022.6.05
空のペットボトルに水を入れる。水を入れる前と、水を入れた後で、それぞれ重さを計ってみる。水を入れた後のほうが確実に重くなっている。どんな種類の魔法の水であっても確実に重くなっている。液化水素でも無い限りは確実に重くなっている。小学生でも分かる当たり前の話だ。しかしこれが分からないバカな大人もいる。そのバカな大人は「飲めば痩せる!」と思って、トクホのお茶や豆乳やほうじ茶やスムージーやのむヨーグルトや強炭酸水やトマトジュースや白湯やダイエットドリンクなんかをガブガブと飲んでいる。バカだよなぁ。


●視野   2022.6.04
スマホの画面は縦長である。特に動画では縦長のものが増えてきた。人間工学的にも縦長のほうが優れている部分もあるそうだ。しかしテレビや映画は横長である。短時間の動画は縦、長時間は横なのだろうか?でもちょっと待てよ。人間の視野ってそもそも縦長、横長のどっちやねん?ってことだ。たぶん正円に近い形状ではないかな。であれば横長とか縦長とか言う前に、とりあえず正方形にしてみれば良いのではないかな。まぁ、とりあえずカタチを変えれば何事も新しく見えて、カタチから入るのが大好きな人間が飛びつくということだろう。そういえばインターネットが出始めのころ、Netscape Navigatorの画面を表示するために、それまでのパソコンモニターを90度回転させて4:3の縦長にしていたのを思い出した。まぁ、どんなカタチ、どんな比率にしたところで、人間の視野は円形なので、何にもカンケーないんだけどね。


●スピード   2022.6.03
文字というものは書いたはうは「読んでもらえるもの」と思っている。しかし読むほうは、基本的に「どんな文字であれ読みたくない」と思っている。だから文字は極力短くしないと読んでもらえない。長ければ長いほど、読んでもらえる確率が減少していくのだ。Instagramのストーリーズハイライトでは1枚のストーリーズが表示されている時間は5秒だ。つまり5秒で読める範囲の文字数でなければ読んでもらえないということになる。そんなことだから日本人の読解力が低下するのだ!と怒っている人もいるかと思うが、今はそういう時代になっているということだ。できるだけ少ない時間に、できるだけ多くの情報を得るためのにそうなっているのだ。昭和のように不毛な時間を延々と費やしていた時代とは違う。


●大人   2022.6.02
大人というのは本当にきったねぇな!と思うことがある。他人が困っているとき、迷っているとき、悩んでいるときには、絶対に見て見ぬふりをして関わらないようにしている。自分の利益にならないことには一切協力しないし、助けないし、興味も持たない。自分に矛先が向きそうになると、突然気配を消して、自分はいなかったかのように装い、ほとぼりが覚めたころに、のうのうと現れる。そしてその様子や行動が側から見え隠れするのが分かっていても、どうどうとそのような行動をとる。「なんであの人は見破られているのが分かっているのに、あういう行動をするのですか?」と聞いてみたら「あ、あれは本人、見破らていないと思っているんですよ」とのことだった。きったねぇんだかアホなんだか…


●若者   2022.6.01
若者というのは実に抽象的な表現だ。高齢者から見れば40歳でも十分に若者だし、老人会の青年部は60歳代だ。大学で「50代の若い先生にやってもらおう」という会話は当たり前だ。そして高校生から見れば二十歳はオジンやオバン(死語?)であって決して若者ではない。つまり若者というのは自分を基準にした相対的な若さであって、絶対的な年齢を示すものではない、ということを理解した上で使ったほうが良い言葉だ。しかしなぜ若者だけ「わかもの」と読むのだろうか?高齢者も未成年者も熟年者も「者」を「しゃ」と読むのに。もっとも若者を音読みすると「じゃくしゃ」になってしまう。だったら弱者を訓読みして「よわもの」にしてしまおう。というか、そもそも若いというのは弱いに通ずる意味なのだそうだ。つまり若者=じゃくしゃ、でも間違いではないようだ。ということで多くの若者は身体は立派でも、頭の中身は「よわもの」なのだろう。



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