2021年9月


●人流と感染者数   2021.9.26
感染者数が減ってくると必ず「人流と感染者数って本当に関係あるのか?」とが「GoToを再開しても感染者数には影響はないのでは?」とか言うバカ者が増えてくる。これは「スピード違反と交通事故の死者数は関係ないのでは?」と言っているのと同じだ。例えば2回や3回スピード違反をしたところで死亡事故は起こらない。しかし1000人がそれぞれ100回スピード違反をすれば死亡事故は起こるかもしれない。その事故はスピード違反をしなければ起こらなかったかもしれないし、物損だけで済んだかもしれない。ということなのだ。ただしそのバカ者が、ワイドショーのMCとかコメンテーターであった場合は、実は本当のバカ者ではない。テレビに出る以上は、視聴者に我慢を強いるような発言よりも、視聴者に希望を与えるような発言をしたほうが、番組の視聴率も上がるし、好感度率も上がるのだ。だからしょーがないのだ。そもそもテレビなんぞというものは、視聴率を取るために、平気で嘘をついて視聴者を騙すためのツールなのである。


●お役所仕事   2021.9.25
今回のコロナ騒ぎで非常に厄介だったのが、その状況の変化が非常に早いということだろう。医療従事者に対する負荷が今現在はどうなっているのか?今現在どのくらい逼迫しているのか?というのがリアルタイムではなかなか分かりにくい。確かに1ヶ月前は「このままではヤバい!」という認識は誰もが持っていたはずである。だから政府の対策が常に遅きに失するのも仕方のないことでもあろう。基本的にコロナの状況把握と結果報告は「お役所仕事」である。お役所仕事は皆さんが知っての通り、殺人的に「遅い」のである。それを今までの業務と同じような「遅さ」でやっていたのでは、報告をまとめて発表するころにはクソの役にも立たない情報になっている。従って「これではダメだ!」ということでデジタル技術を取りいれてリアルタイムな情報を公開できるようにした自治体も少なくないことだろう。そして今回のコロナによって、旧態依然とした業務をやっていた旧人役人を淘汰できたということだ。


●居住地   2021.9.24
縄文時代の住居跡は大抵高台の平地にある。低い場所は必ず河川のそばだ。河川はいつ氾濫するか分からない。100年間氾濫したことがなくても101年目に氾濫したりもする。山の斜面も、長期的には崩壊や隆起を繰り返してその形を変えている。日本はプレートの上に乗っていて、そのプレートは1年で1cm移動していたりもして、その場合は100年で1m移動することにもなる。そして地震や降雨災害を繰り返しながら地形が変形していく。地球が生きている限りこの変形は恒久的に続く。東京から大阪に向かう新幹線の右側の窓からの風景を見ていると、横浜を過ぎて熱海に向かう途中には山の斜面や河川のそばに、おびただしい数の住宅が建っている。何でこんな危険な場所にこぞって住みたがるのだろうか。


●モンキーとゴリラ   2021.9.23
木村とスティーブは親友である。木村は日本人でスティーブはイギリス人の白人だ。ある日二人は飲んでいて、相当に酔いが回ってきたときにスティーブが言った。「怒らないで聞いてくれよ。オレはどうしても日本人はモンキーに見えるんだ」それを聞いた木村は「それってキミひとりの考えなのか?」「いいや、たぶん多くの白人がそう思っている」「じゃ黒人は?」「ゴリラ。本当に正直な意見なんだ。子どものころからずーと思っていたし、これからも変わることはないと思う。ただ公には絶対に口に出せないけどな」これを聞いた木村は言った。「差別が減ったのではなく、口に出す人が減ったということかな?」「東洋人がモンキーで黒人がゴリラということが、そもそも差別だと思っていない白人もまだまだ多いんだ」


●相当   2021.9.22
パソコンもネットもスマホもできないジジババにパソコンやネットやスマホを教えるというのは至難の技である。そんなんものは若いやつ(孫とか)に教えてもらえばいいじゃん!というような簡単なものではない。まず若いやつからしたら何でできないのかが感覚的に理解できないのである。そしてジジババにしてみれば若いやつがどうしてできるのかが感覚的に皆目見当がつかないのである。まずはここの感覚の相違の擦り合わせから行わなければいけない。そしてパーソナルコンピューターやインターネットの概念やスマートフォンについて説明しなければいけない。とその時点で、知ったっぷりをしたがるジジババと、我慢強さが足りずに沸点の低い若いやつとの間での妥協点は見つかるわけもない。お互いが相当に歩み寄らなければこのミッションは成功はしない。そしてここでの「相当」は相当なものである。


●時代劇   2021.9.21
時代劇って、よく笑わないで見ているなぁ、とも思うことがある。まずはカツラ。髪の毛も入れた上のカツラなので頭がみんな一回り大きい。そしてつなぎ目のパテ埋めの跡が見える。侍も町人もつるっつるに毛を擦りたてである(というか毛がない)。その顔がアップになり、なにやら小難しい蘊蓄を捏ねている。アップになると当然カツラもアップになる。必要以上に頭頂が青い。毛の剃り跡の青さではなく、なにやら塗り込んだ染料の青さである。太刀回りのシーンでは顔から汗が垂れる、がカツラの部分は汗が出ない。そしてカツラの上の髷(まげ)。どう見ても嘘っぽい。しかも左右のセンターがズレていたりもする。確かにカツラも髷もそれなりにきちんと作るにはそれなりの費用も時間もかかることだろう。しかしこのままでは、これを見た子供たちが「昔の人は頭が一回り大きくて、頭に毛が生えず、てっぺんを青く塗っていた」と思ってしまうのではないだろうか。


●岸和田だんじり祭   2021.9.20
岸和田だんじり祭が実施された。祭りの運営団体は、だんじりのひき手などを対象にワクチンの職域接種を行ったほか、公道での飲酒や懇親会を禁止し、列の最後尾と先頭を10メートル以上開けるなど対策を徹底した。が、ひき手の多くはノーマスクで密集状態だったとのこと。それも当たり前で、あんな重労働(有酸素運動)がマスクをしてできるわけがない。ということは運営団体も分かっていたはずだ。岸和田だんじり祭は、五穀豊じょうを願って江戸時代から300年以上続く伝統の祭りで、「2年連続で中止すれば伝統の継承に支障をきたす」とのことで実施を強行することになったらしい。吉村知事は「判断するのは地域だろうと思います。中止せよ、とは言いませんが今の感染状況を踏まえて地域の皆さんは、よく考えて判断してもらいたい」と言ったらしいのだが、考える能力のない人間によく考えろと言ったところで所詮無理な話しだろう。バカは考える前に好きな方を選ぶの法則。そして300年の伝統がそろそろ途絶えようとしている時期がきていることも、五穀豊じょうを願って感染者が増えることの矛盾も運営団体には分からないらしい。とは言ってもアメリカなんざぁノーマスクの密集スポーツ観戦が当たり前みたいになっていて、そのせい(かどうかは分からない)で、1日の感染者は14万人、1日の死者は2000人となっていて、いずれも増加傾向にある。いくらワクチン打ってもノーマスクの密集はダメだということも運営団体は分からないらしい。


●アフガニスタン情勢   2021.9.19
テレビでアフガニスタンの情勢についての報道をやっている。これを見たスタジオのゲストたち。「女性に権利を与えてもいいのでは?」「平等な教育が行われるでき」とかいった、いかにもお花畑な意見が出てくる。アフガニスタンだけではない。世界には膨大な数の明日の飯が食えない人がいる。人間、自分が餓死しそうになれば他人の物を盗むし、他人を傷つけたり殺したりもする。そうしないと自分が死んでしまうからだ。そして餓死しないための手っ取り早い就職先が軍隊ということになる。軍隊には正規な政府軍のあれが、不正規なテロ組織もある。どちらでもいいのだ。喰いっぷちを減らすために子供を軍隊に入れることもあるだろう。だから彼らは軍隊で戦い続けるしかない。軍隊では他人を殺すこともあれば自分が殺されることもある。つまり自分が生きるために他人を殺しているわけだ。だから教育とか権利とかは、とりあえず自分が死なないような環境ができてからの、ずっとずっとずっと先のハナシなのだよ。テレビで放映されるアフガニスタンのニュースのほとんどは首都カブールのことだ。アフガニスタンの地方は日本人が想像できないくらいの貧しいど田舎なのだよ。美しい景色のところもあるようだが、その裏では多くの人が、明日の飯が食えないでいるということなのだよ、明日の飯を食うに困らない環境で暮らしている日本人たちよ。


●海老で鯛を釣る   2021.9.18
「海老で鯛を釣る」は、わずかの負担を元手にして多くの利益を得る。という意味だ。しかしどうだろうか、エビと聞いてイメージするエビはひとそれぞれである。サクラエビ、シバエビ、ヌマエビ等であれば確かにわずかの負担という感じもするが、ロブスターやイセエビだった場合には、鯛より高価である可能性もある。逆にタイもマダイやクロダイであればいいのだがネンブツダイのような明らかな雑魚もいる。またエビのほうがオキアミだとすれば、オキアミでマダイを釣るというのは極めて当たり前のハナシで、何も諺にするほどのことでは無いように思う。「鳶が鷹を生む」は平凡な親がすぐれた子を生むことだが、今時の子供にトンビとタカの写真を見せてもその違いは分からないだろう。またタカのほうがトンビよりも優れているという証拠もなかろうて。しかしトンビとタカは明らかに違う種類の猛禽類なので、鳶が鷹を生むことは絶対に無い。あるとすれば鳶のお父さんが知らない、タカによく似た顔の別の雄の鳶職だったのだろう。


●右脳左脳   2021.9.17
人間には物事を何でも理論的に解決しようとする左脳人間と、物事を何でも感覚的に解決しようとする右脳人間がいる。時としてこの両者はお互いに相位入れないこともある。左脳人間は右脳人間がやることが理論的に理解できず、右脳人間は左脳人間のやることが感覚的に受け入れ難いのであった。一般的に左脳人間は学者、右脳人間は芸術家、と分類されるようであるが、歴史的に天才と呼ばれた学者や芸術家の多くは、左脳右脳の二刀流であったのではないかな?理論派の人は感覚的のセンスを、感覚派の人は理論的なスキルを、それぞれ見につける必要があるだろう。どっちにしても「自分の好きなこと、自分ができること」だけを続けていたのではダメだ!ということだ。


●エボラ出血熱   2021.9.16
自民党総裁選に出馬宣言 した高市早苗の公約の中で「ロックダウンを可能にする」というのがある。これはコロナではなくエボラ出血熱のような恐ろしい感染症が国内に入ってくる可能性があった場合のことだ。エボラ出血熱がどのくらい恐ろしいかというと、治療開始が遅れると致死率は80 - 90%になり、救命できたとしても重篤な後遺症を残すことがあり、毒性や致死率があまりにも高く、遠出する機会を得る前に患者が死亡してしまうために、世界的流行には至っていないとのこと。コロナが「SNSを使った陰湿ないじめ」だとすると、エボラは「片っ端からぶん殴っていく暴力的ないじめ」みたいなものだ。エボラウイルスは大きさが80 - 800 nmの細長いRNAウイルスで、免疫系を攪乱するデコイを放ち、生体の防御機構をほぼ完全にすり抜けるということだ。よく今までアフリカの一部の地域だけで流行が抑えられていたものだ。エボラウイルスはWHOのリスクグループ4の病原体に指定されており、リスクグループ4にはエボラの他、マールブルグウイルス、ラッサウイルス、アレナウイルス、クリミア・コンゴ出血熱ウイルスなどがある。コロナはリスクグループ3で、ここには鳥インフルエンザウイルス、SARSコロナウイルス、 MERSコロナウイルス、ウエストナイルウイルス、黄熱ウイルス、リフトバレー熱ウイルス、重症熱性血小板減少症候群ウイルス、ハンタウイルス、狂犬病ウイルス、ニパウイルス、ヘンドラウイルス、Bウイルス、ヒト免疫不全ウイルスなど、錚々たるメンバーが控えている。人類は次に何が出てきても不思議ではない感染症の坩堝の中で生活しているということを忘れてはいけない。


●無駄の塊り   2021.9.15
今回のコロナで無駄の塊りのことを会社と呼ぶようになった。無駄の塊りの中身は、通勤、対面での会議、残業、一斉の昼休み、歓送迎会、忘年会、新年会、暑気払い、社員旅行、朝礼、訓示、表彰式、大掃除、出張、仕事をしない評論家、船を漕がない船頭、生産性の無い語り部、ネットができない人、年寄り、お局、などなど枚挙にいとまが無い。全部なくても済むものであり、なくても済むものが吐き溜まって会社という体を成していたわけだ。そしてあと10年後にコロナが収束したとしても、無くても済むと分かってしまった以上、これらが復活することは無い。ところが、これらを復活させたくてしょうがない人たちも少なからず存在する。そういう人たちを「仕事のできない人たち」と人は呼ぶ。


●昭和の人   2021.9.14
昭和の人は待てない。待たされるとすぐに怒る。待たされるような状況になると、すぐに「帰る!」と言う。待たされる間の時間が無駄だと感じるようなのだが、本人は膨大な無駄な時間をダラダラと過ごしていたりもする。高度成長期の慌ただしい時代を生きてきたので、ゆったりとした時を楽しむ、なんてことはしない、というかできない。何かを始めるとすぐに結果を出そうとする。「盆と正月を一気に片付けないと気が済まないんだ」と言っていたある会社の社長のことを思い出した。そしてこういう人たちにパソコンを教えようたって所詮は無理なハナシだ。パソコンはすぐに出来るようにならないと気が済まないのだ。そしてちょっとでもパソコンが出来るようになると「オレはパソコンが出来る!」と胸を張る。まったくもって扱いづらく傍迷惑で始末に負えない人たちである。「オレはそういう性格なんだ!」と言うが、オレの個人的なキャラではなく、時代がそうさせてしまったのではないかと思うのだが、そのことを薄々気がついているが故、己、個、を必要以上に主張したがるようでもある。


●Googleに嫌われた   2021.9.13
Googleの検索結果になかなか出てこないサイト管理者が「Googleに嫌われた」とか「Googleが機嫌を損ねた」とか口にしている。しかしGoogleのクローラはAIなので好き嫌いとか機嫌とかはない。ロボットのように与えられた業務を淡々とこなしているだけだ。それでも「嫌われた」とか「機嫌を損ねた」と感じるのは、要は「いじくりすぎ」なのだ。いじくるということは色々と細かな対Google用の情報に変更や修正を加えるということ。変更や修正を加えられればGoogleはそれに基づいて情報を変更、修正するわけだ。そうなればそのことが反映されるまでに、また余分に時間がかかるということになる。そしてそれが反映される前にまた変更や修正を加える。そんなことをやっているから、いつまで経ってもGoogleの検索結果になかなか出てこないのだ。慌てる◯食はもらいが少ない、ということだ。


●ワクチン打たない   2021.9.12
感染者数が減れば規制を緩めてまた感染者が増えてまた緊急事態宣言が発令される。このどうみても愚鈍な行為を何回繰り返すのだろうか。こんなことをやっている限りは100年経ってもコロナが収束することはないだろう。すくなくとも健康上の理由を除いて国民の全員がワクチンを接種すれば収束への道筋は見えてくるのかもしれない。健康上の理由を除いてワクチンを接種しない人間は、理論的ではないデマや噂を信じているようなのだが、それとは別に、身近に「早くワクチン打ちなさい!」と口煩く言っている身内がいるのではないかとも想像する。誰だって頭ごなしに「勉強しなさい!」と言われれば、勉強をしたくなくなる。これと同じで「早くワクチン打ちなさい!」と言われれば「私は打たない!」とも言いたくなる。こうしてワクチン打たない人間って、けっこうな割合でいるのではないのかな。とまあ、そうこうしているうちに早くにワクチン打った人たちの効力が切れてきて、効力が切れたまま外出しまくって、また感染者数は増加してくるのだろうなぁ。


●組み合わせ   2021.9.11
スーツを着て草履を履くのはカッコ悪い。畳の部屋にソファを置いたのではミスマッチである。ということは多くの人は分かっているはずだ。しかしこれが食べ物となると、このことが分かっていない人も多い。コロナ前にはホテルの食事や立食パーティーの「バイキング」というものがあったのだが、ここで失敗する人の多くは「好きな食べ物は和洋中問わずとってきてしまう」ということだ。どんなに美味しいものでも、その組み合わせが悪ければ、その味も台無しになってしまうわけだ。「嫌いな食べ物」の多くは、その食べ物自体ではなく、そのときに出された他の食べ物との組み合わせが悪かったのではないかとも想像する。例えばサバの塩焼きとオレンジジュースよりも、サバの塩焼きと味噌汁のほうが美味しく感じるのではないだろうか?ところが味覚というものは人様々であり、納豆とチョコレートの組み合わせでも何の抵抗もなく食べられるという人もいるから困ったものである。


●一過性   2021.9.10
コロナが一過性のものだと思っている人がまだまだ多いことには驚く。高い教養と学歴のある人でもだ。逆に言うと、過去に事例の無いことに対しての予測というものは、いくら頭のいい、勉強ができる人であっても困難だということだろう。結局未来のコトはデータが取れないので、何が正しいコトかが分からないまま、確固たる裏付けがないままに、無教養の人間と同じように「正しいものを信じる」ことができずに「信じたいものを信じる」というふうになってしまっているようだ。東京五輪を1年延期したのは、コロナは1年後には収まるだろう、という予測があったからだろう。それが今ではこんな状況だ。決してコロナは一過性のものではないということは実証済みなはずだ。これ以上のコロナの拡散を、望んでいる人も、願っている人も、期待している人も、いないだろう。しかし望みや願いや期待は、裏切られることのほうが多い。ということは実生活においても分かっているはずなのだがね。


●ちやほや   2021.9.09
小学校のころ、何か学校で事件が起こると「それは担任の先生が悪い」「いや校長先生が悪い」「いや佐藤栄作が悪い」とか言っていたものだ。市長とか知事を知らなかったので校長先生の次は総理大臣だったのだ。野々村真の「もっと早く菅首相には辞めてほしかったなぐらいの思いです」という発言も、この小学生の発想と同じだ。石田純一といい野々村真といい、若い頃ちやほやされたまま気がつけばジジィになってはいるものの、脳味噌は子どものままという芸能人ってやぱり多いんだな、ということだ。だいたい芸能人のコロナ感染率って一般人の比ではなく高い。それだけ頻繁に会食やノーマスクでの会合を行っていたということだろう。コロナの感染者は「本人に落ち度はない」という状況の人も多いが、感染するべくして感染したという人も多い。そして後者が体験談と政府に対する恨み節を宣う前に「おまえのようなヤツがいるから、多くの国民が緊急事態宣言下の不自由な生活を強いられているんだぞ!」ということを自覚してほしい。といっても、ちやほやされたままジジィになったような人間には無理か。


●中高年   2021.9.08
「若者と中高年のどちらがマナーが悪いか?」というような番組をテレビでやっていた。本当は「男と女のどちらがマナーが悪いか?」にしたほうが視聴率は取れたのだろうが、今のご時世それでは批判されること必須なので、「若者と中高年」に差し替えたのだろう。で、この手の番組は基本的に議論が白熱したまま結論が出ずに終わるというのが恒例である。というかそんなものは議論するまでもなく、若者であれ中高年であれ、マナーが悪いやつは一定量いるということだろう。しかし面白いと思ったのは、中高年が「若者のほうがマナーが悪い」とする理由として、ネット上での匿名の誹謗中傷を例に挙げているということ。インターネットが普及してから20年経っている。ネットを利用するのは決して若者だけでは無い。5チャンのアクティブユーザーの平均年齢なんかはけっこう高いはずだ。自分ができないことは「若者がやっている」という風に決めつけてかかるところが、さすがは中高年だけのことはある。


●居酒屋   2021.9.07
居酒屋の経営者が言う「新しい総理は、飲食店への制約に偏った今のコロナ対策を見直し、国民に寄り添った政策をしてほしい」と。まるで飲食店だけをいじめているかのように思っているようだが、酒を提供する飲食店での感染が多いという事実に基づき規制をしているだけのことだ。そして自分たちは「国民」で規制する役人や政治家は「悪代官」で、悪代官が交代すれば規制が緩まりコロナ前の生活が戻ってくるとでも思っているのだろうか。コロナ対策は誰が総理をやっても「全ての国民に対して最も被害の少ない最大公約数的な施策を行う」以上は基本的に同じようなものだろう。そして誰が総理をやってもコロナはすぐには収束しない。また、あと10年後にコロナが収束したとしても、コロナ前のように客足が戻ることはない。国民の多くが「そんなに頻繁に居酒屋に行く必要がない」ということをコロナで学習してしまったからな。


●イスラエルの感染状況   2021.9.06
大変のことになってきた。イスラエルでは9月1日に人口100万人あたり1,892人の感染者を記録したとのこと。これは1日で全人口の0.2%に相当する。日本でも何度も報道されている通り、イスラエルはワクチン接種が最も先行している国であり、感染状況は「炭鉱のカナリア」の役割を果たしている。つまり同じことが、いずれイギリス、アメリカでも起こるということ。そしてもちろん日本も例外というわけにもいかない。ワクチン接種が効果が無いのでは?いやいやワクチン接種がなければもっと大変のことになっていたはず。とか言っている場合でもない。とにかく①ワクチンは打つ、②マスクをする、③外に出ない、ということを守る以外に感染を食い止める方法は無いようだ。雨に濡れたくなければ、外に出ないことだ。どうしても出なければいけない場合には傘をさすことだ。1日で全人口の0.2%が5日続けば1.0%、50日続けば10%、500日で100%となるわけだ。このままでは人類は滅亡に向かって突き進んでいく。


●デジタル庁   2021.9.05
2021年9月1日、デジタル庁が発足した。発足式は、内閣総理大臣、デジタル大臣、デジタル監、CxOなどのデジタル庁幹部をはじめ、多くの職員がリモートで出席した、とのことである。しかしデジタル庁であるならば発足式も完全リモートでやるべきではないのかな。発足式会場には多くの報道陣と関係者が集まっていたが、デジタル大臣と主要スタッフ数名、MCと技術スタッフの最大20名程度でもやりくりできたとのではないか?発足式はオールリモートなので報道関係者はZoomビデオウェビナーの画面を見てください。というふうにすべきだろう。大臣が持っている「デジタル庁」と書かれたプレートにモザイクかけて、発足式会場の写真見せて「この写真はデジタル庁の発足式でしょうか?それともアナログ庁の発足式でしょうか?」と街で道行く人に聞いてみると良い。それにしてもあのプレートは無いだろう。貼りパネにプリントアウトした紙を貼り付けて切り抜いて作ったのだろうか?せめてCG合成で画面に表示すべきだろう。デジタル庁といっても「デジタル」よりも「庁」が優先された、アナログ全開の発足式でした。


●脳味噌が中学生   2021.9.04
「政治家の人は自分たちで給料削ってるんですか?」と言ったのは石田純一。67歳にもなって脳味噌が中学生から成長していない。こんなことを言うから「芸能人はみんな馬鹿」だと思われてしまうのだ。政治家の人は常に潤沢なな資金があって悠々自適に暮らしていると思い込んでるところがオメデタイ。何かおもしろくないことが起きると、すぐに他人を引き合いに出す。スピード違反で捕まると警官に向かって「こんなことやってるヒマがあったら凶悪犯を捕まえろ!」とか、会社で残業を要請されると「〇〇社では毎日必ず定時で帰れる!」とか、昼食がカップ麺だと「〇〇君家では昼飯がうなぎだった!」とか、「隣の芝生はなぜ青い?」というのと同じだろ。人のことはいいから、まずは自分のことを反省しなさい!と言っても反省する前に同じミスを繰り返すから脳味噌が中学生なのだ。でも実際の中学生は3年で卒業するが、67歳まで卒業できない人もいるということだろう。


●QRコード   2021.9.03
「画面左上のQRコードでも…」とかテレビで言っていることがある。しかしテレビを見るのは主に高齢者である。そして高齢者の「QRコードを使えない率」はもんのすごく高いのだ。街で道で会った高齢者にQRコードが使えるかどうか聞いてみると良いだろう。恐らく10人に聞いても20人に聞いても「使える」という人にはなかなか出会わないことだろう。では若者が「画面左上のQRコード」で確かめてみるのか?といえば、そんなこともないだろう。同じような情報は最初からスマホでググったほうが早いのだ。というか若者はテレビ見ないし。もっとも「画面左上のQRコードでも…」とか言われても、画面左上にQRコードが2つあって「おいおい、どっちやねん?」ということにもなる。要するに作る側も本気ではないのだろう。


●実証実験   2021.9.02
愛知の野外音楽フェスが問題になっている。主催者側は「開催しないと確実に会社は倒産する!」と豪語している。それに対して「会社が倒産したって人は死なないだろ!」「感染者が増えれば確実に死ぬ人間が増えるんだぞ!」という反論があるのは当然のことだろう。だからイギリスのように政府公認の「マスク無しで数万人規模の野外音楽フェスを開催したらどうなるのか?という実証実験」という位置付けにしてしまえば良いのではないか。あっ、そうか。イギリスのも実証実験という名目の、実は普通に若者のストレス解消のための音楽フェスだったのかも。ストレスが溜まった若者は放っておくとロクなことはしないからな。その予防処置も必要不可欠ということで。


●不死身   2021.9.01
銃で撃たれても平気というキャラがSF映画などでよく登場する。銃で撃たれても平気なくせにナイフで皮膚を切り裂くことができたり、鉄パイプが刺さったりする。中にはミサイルや戦車でもびくともしない怪獣とかもいる。少なくとも怪獣は有機体だ。ミサイルが命中すれば肉片になるはずだ。まあ、もっとも身長が50mの有機体であれば自重が支えきれずに転んだだけで絶命するはずだ。子供向けの怪獣映画であれば不死身の怪獣が登場するというのも分かるが、例えばシンゴジラがあれだけの重火器の集中放火を浴びて、細い指先も目玉も無傷というのは流石に「ウッソでぇー」と思うのだが、「ウッソでぇー」と思わない大人も意外に多いようでもある。



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