2021年4月


●四季   2021.4.11
自然は美しい。四季を通じて色々な表情の移り変わりを見せる。植物や昆虫、鳥類や魚類、爬虫類などの様々な変化を見ることができる。しかし1年を通じて自然を観察していると、だいたい毎年同じ時期に同じ場所に同じ花が咲く。だいたい毎年同じ時期に同じ場所で同じ昆虫を見る。だいたい毎年同じ時期に同じような場所で同じ種類の鳥を見る。つまり2クール目は1クール目とほとんど同じということになる。1クール目を見てしまえば、その後のクールは見てもあまり新鮮味が無いし面白くも無いということになる。変化があるとすれば人間がおこなった「開発」による部分だけだ。田舎の生活は最初は新鮮だが長年住んでいると飽きるというのも当然のことであろう。


●〇〇〇   2021.4.10
第4波が始まっているんだから聖火リレーなんぞやってる場合じゃなかろうて。聖火リレーで有名人が走れば〇な人たちがぞろぞろぞろぞろ出てきて沿道で密になるということぐらいはやる前から分かっているだろうに。なんせ〇〇な人たちは〇〇〇な人なのだから有名人を見るためであればコロナのリスクなどはそっちのけで有名人を見に行くぐらいに◯◯〇〇なのだ。ではなぜ〇〇〇〇〇な人は有名人を肉眼で見たがるのか?それは自分たちは大勢の人の前で注目を集めることも、スポットライトを浴びることも、多くの人に尊敬されたり話題にされたりすることが無いから、有名人が羨ましく妬ましくて仕方がないのだろう。そして有名人に近づくことで、その妬みややっかみが少しは解消されるからなのであろう。そして〇〇〇〇〇〇な人に限って「私の知り合いは〇〇〇と知り合いだ」などとすぐに口に出す。〇〇〇は有名人の名前である。


●SDGs   2021.4.09
持続可能な開発目標をSDGsと呼びマスコミでも頻繁に登場する言葉になってきた。「すべての人にとってより良い、より持続可能な未来を達成するための青写真」とか「より良く、より達成するための青写真となるように設計グローバルな目標連結されている持続可能な全ての未来を」とか訳される。よくわからないが、どうやら素晴らしいことのようだ。しかしよく考えてみると、いままではSDGsではなかったということのようでもある。「一部の限られた人にとってより良い、その場限りの目の前の利益を得るための青写真」だったようだ。しかも青写真を元に検討することもなく実行してしまったようでもある。そうして作ってしまって取り返しのつかなくなってしまった物が地球上には大量にある。そろそろ何とかしなければいけないということでやっと始まったのがSDGsなのだろう。とはいえ、地球上のすべての人にとってより良い、というのはまだ無理だろう。より良い人がいれば、必ずより悪い人がいる。


●紙ゴミ   2021.4.08
テレワーク、リモート会議の普及で出かける機会が減ると同時に減らなくなったものが、まずは現金、次にPASMOである。そして減らなくなったのではなく増えなくなったものが「紙ゴミ」だ。いかに今まで「出かけるたびにもらっていた読まずに捨てていた紙」が多かったか?ということだろう。とにかく紙は安い。特に印刷した紙はタダ同然という感覚にもなる。チラシやリーフレットなどは100枚刷るも1000枚刷るも値段は大して変わらん!ということで大量に刷ったところが配布しきれずに大量に捨てるといった行為を繰り返してきた。この行為自体が異常だったのだ。ということに気付く。とはいってもすぐに紙の印刷物が減るわけではないだろう。どう考えても無駄のカタマリであり原始的な情報伝達手段である「新聞」などというものを未だにとっている人がいるくらいなのだから。


●制服   2021.4.07
高校に制服は必要か?というテーマを「スッキリ」が取り上げていた。制服は必要、私服で良い、選択制にすべき、の3択で視聴者にその場でアンケートを取ったところ、制服は必要がダントツで多かった。その結果を見てスタジオでは「え〜、そうなんだ〜!」と驚きの声が上がっていた。しかしこの結果は驚くほどのことではないように思う。「スッキリ」はテレビの番組だ。テレビの番組を観るのは間違いなく高齢者だ。そしてテレビのアンケートを送信するのはその中でもヒマな年寄りだ。若者はテレビを見ていたとしてもアンケートなどを送信することはない。つまりアンケート結果はヒマな高齢者に偏ったがための制服推奨ダントツ勝利だったのではないか。ちなみに高校に制服は必要か?の答えは「偏差値による」が正解だろう。DQN高校は制服着せて管理しやすいようにしないといけないし、頭の良い生徒は、何を着せてもしっかり勉強するだろう。


● オリンピック   2021.4.06
聖火リレーが行われている。沿道の観衆がまばらの中でスポンサーの宣伝カーの過剰で大袈裟なパフォーマンスだけが目立つというシュールな光景な下で。「えー、オリンピックほんとにやるのー?」というのが大方の国民の意見だろう。いまのところ海外からの観客は無し。カナダやニュージーランドは不参加の可能性を匂わせている。最悪参加国は30カ国になるのではないかというニュースもあった。とはいえ「やる!」という方向に変わりはないようである。始まってしまえばそれなりに観ていて楽しいものにはなることだろう。そして人類が直面しているパンデミックの中でも開催に漕ぎ着けたという記念すべき大会!とかなんとか言って、感動を誘うであろうことだろう。インドでは1日に8万人の感染者が出ている中で、世界的にはまだまだこれからもコロナは猛威を振るうであろう。それでもやるのだそうだ、例えオリンピックという冠のついた国体になったとしても。


●月   2021.4.05
例えば平安時代の人間は月を見て何だと思っていたのだろうか?「神々しい」で片付けてしまえばカンタンなハナシではあるが、神だとしてもあまりに無機質で無表情で静的ではないのだろうか。太陽であれば神として崇めるには相応しい輝きと熱量と恵みを感じられるのだが、月は「ただあるだけ」であり、何も目に見える恵みは与えてくれない。しかも落ちてこないで宙に浮いている。近くに行くこともできない。実際はどのくらいの大きさがあり、触ると暖かいのか冷たいのか舐めると甘いのかしょっぱいのかも分からない。まったくもって「一体なんじゃろう?」と思っていたのではないか?しかも出てくるたんびに形が少しずつ変わっていくという摩訶不思議なものでもある。そうして月の実体を知らないまま死んでいた人が人類10万年の歴史の中の大半であり、残りの0.001%が月の実体を知っていることになる。その0.001%に自分が入っているのは「すげーラッキィ!」なことである。と月を見て思うのであった。


●ワクチン   2021.4.04
全ての国民がワクチンを摂取を受けた後はどうなるのだろうか?そこんところを誰も明言しない。どうなるか分からないから明言しないのであろう。少なくともすぐにマスク無しで宴会や会食ができるわけでは無さそうである。→だったら基本的に今と変わらないのではないか?→じゃ副反応や変異株への効果が未知数のワクチンを摂取しても意味がないのではないか?、という考え方にもなる。と、このへんでそれ以上考えるのを止めればいいのだが→ いやいやこれは製薬会社と中国共産党が最初から仕組んだストーリーではないのか?→そのために新型コロナウイルスなるものを開発して故意に世界中にばら撒いたのでであろう。→そうすれば世界の人口増加に歯止めをかけることができる。→いやいやそもそも新型コロナウイルス自体は実在しないでマスコミと政府が結託してデマ情報を流しているのではないか?→そうすることで国と一部の企業は莫大な利益を得ることができる。→そうだそうに違いない!→だったらマスクなどする必要は無いのだ!、というふうに妄想が妄想を呼び、最後は自分に都合の良い部分に落とし込んでしまう、という人が現れはじめ、社会に色々と迷惑をかける。というのもワクチンの副反応のひとつであろう。


●住む場所   2021.4.03
世界中には自分の住みたいところに住めないという人がたくさんいる。内戦の無い場所、食料が手に入る場所、子供の教育が受けられる場所、最低限の医療が受けられる場所、乾いた所で寝られる場所、などなどであり、住みたいところに住めないという人は恐らく世界の人口の7割ぐらいはいるのではないかな?日本はどうだろうか。例えば南海トラフ地震が起こったら確実に被害を被るであろう場所、集中豪雨で決壊する可能性が高いと分かっている河川のすぐそば、豪雪地帯で毎年大雪に悩まされている場所、などに住んでいる人は沢山いる。しかし日本国内であれば移住するのも引越しするのも自由だ。日本国内どこに暮らしても、それなりの医療も教育も福祉も受けられるようになっていて、移住を拒む外的要因は基本的には何も無い。それでも地震が起こったら確実に津波の被害を被るであろう場所に住み続けるのは、住み慣れた場所がいいから、先祖代々暮らしているから、友達と別れたくないから、などなど、実にくっだらないどーでもいいような理由だ。命にかかわるリスクと比較すれば耳くそレべルの小さな小さな理由だろう。多くの震災で多くの日本人は「そこは危ない!」と学んだはずなのだが、それでもなぜか多くの人が危険な場所に住み続けるんだよなぁ。それが農耕民族というものなのだ、ということらしいが、だったらせめて農耕やってない人は安全な場所に移住したほうが良い。


●GoogleMap   2021.4.02
GoogleMapが着々と進化している。今では屋号と市町村名でググればほぼドンピシャでMap上に正確な位置が屋号とともに表示される。そしてされに営業時間、定休日、電話番号も表示されるので便利になったものである。逆にいうと、ぐるなびや食べログの信用ならない評価が載っているサイトよりもシンプルで分かりやすく情報の公平性が保たれているようにも思える。さらにGoogleMapで表示される店舗データには多くの参考写真も掲載されていてリアリティーにも長けている。そして営業時間や電話番号とともにホームページのURLも掲載されていて、そのURLをクリックして表示されるホームページは、GoogleMapの紹介ページよりも明らかにしょぼい場合も少なくない。ホームページの制作依頼も減るワケだ。


●偉い   2021.4.01
偉そうな態度や言動をとる人間は大抵は偉くない。本当に偉い人は大体において偉そうな態度はとらない。偉いとは「品行や経歴や才能が立派だ。すぐれた。地位や身分が高い。」という意味であり、多少、人とは違ったスキルがあるくらいでは偉いとは言わない。そして偉くなりたいが、実際に偉くない人は、偉そうにしていると周囲から煙たがられるので、あまり偉そうにはできない。それでも自分は偉くありたいから、偉そうなことをSNSで発信していたりもしている。その偉そうな投稿は最初の1行を読めば「何を偉そうに…」と思われてしまうので、最後まで読む人はいないのであるが、それでもその偉くない人は偉そうな内容の記事を今日も偉そうに投稿するのであった。偉いこった。



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