2021年5月


●木を見て森を見ず-2   2021.5.11
→昨日の続き。「木を見て森を見ず」なのは日本だけではないようだ。まあどこの国も自国のことで精一杯なのだろう。例えばイギリス。現時点での感染者数は日本の約半分だ。人口もだいたい半分ぐらいなので、感染者率は大体同じようなもんだろう。しかしイギリスは国民の半分がワクチンの1回目の摂取が終わり、ロックダウンの成果もあり、大幅に減少してきた中での感染者数だ。一方日本は国民のワクチンの1回目の摂取率は3%で、第4波が始まる中での感染者数だ。しかしイギリスではマスク着用の義務を解除するという話も出てきているようだ。今、マスクを外せばどうなるのか?ということは容易に想像できそうなものなのだが。そういう意味ではイギリスもfar westの小さな島国なのだから、まぁしょーがないか。→明日へ続く。


●木を見て森を見ず-1   2021.5.10
日本のコロナ報道、日本のコロナ対策がまさに「木を見て森を見ず」だ。ニュースでは真っ先に都道府県別感染者数の地図が表示される。木は日本であり、森は世界だ。森全体がどのような状況になっていて、どんな方向に向かっているのか?を俯瞰的に見なければ、木がどうなるか?なんて分からないし推測、予測もできないだろう。だから政府を自治体も国民も、緊急事態と解除の繰り返しを猿のセンズリのように永久に繰り返すハメになっているのだろう。日本で起こっていることはfar eastの小さな島国で起こっていることであって、世界の大きな大流の余波を食らって、島の中の感染者数は激しく増減もすることだろう。それが増減するたびに、あーでもないこーでもないと瑣末な現象だけ見て騒いでいるから、いつまで経ってもガラパゴスなのだろう。→明日へ続く。


●大衆   2021.5.09
学校行事がコロナで相次いで中止となる中で「大運動会」だけは中止にならないようだ。「バッハ会長や菅首相、小池都知事は東京五輪の強行姿勢を崩そうとしない!」とかマスコミには書かれている。また「互いの出方を牽制することに必死で彼らには国民の声は届かない」とかも書かれている。しかしこういった記事を書いている記者が「じゃ、あんたがIOC会長だったら、日本の総理だったら、東京都知事だったら、『東京五輪は中止!』って言えるのかよ?」というハナシだ。でもきっとその記者は「言えない」とサラッと答えるはずだ。ということは、こういった子供じみた稚拙な記事でレベルの低い「大衆」に合わせたことを書くことで部数や視聴率を稼ぐということだ。だからいつまで経っても「大衆」はレベルが低いままなのだろう。ということで「東京五輪は中止!」と言うのは、もう少し外堀が埋められてきてからになるのだろうよ。


●マスク義務化   2021.5.08
情報ライブ ミヤネ屋で橋下徹の主張するマスク義務化。賛否両論色々とあるようだ。賛成の意見にも一理ある。反対の意見ももっともだと言える。しかし残念なのは、橋下徹も宮根誠司もスタジオでノーマスクで唾を飛ばしながら(のように見える)喋っているということ。確かにスタジオ収録なのでソーシャルディスタンスは保たれ、アクリル版は設置されてはいるものの、「マスクをしないでマスク義務化の議論」は滑稽だ。


●テキストだけの投稿は読んでもらえない   2021.5.07
学校の先生がフェイスブックを始めた。しかし投稿した記事に「いいね!」がなかなかつかない。それ相応に面白い価値のある内容を書いているはずなのに、とのことだ。世の中甘く見てはいけない。多くの人はフェイスブックの投稿記事などは基本的に読まないのだ。写真や動画があればそれに釣られて読むこともあるが、テキストだけの投稿はまず読んでもらえないと思ったほうが良いだろう、増して長文で理屈っぽいテキストは。そして学校の先生は学校という限られた空間の中で生徒は先生の言うことを聞く以外にやることのない特殊な状態にあるから先生の言うことを聞くのだ。フェイスブックというSNSの閲覧には何の制限もないのだから他人の書いた文章を読むという「労働」を積極的に行おうという人間は基本的におらんのだよ。


●感染防止対策   2021.5.06
感染防止対策を徹底する。ということは、うがい手洗いアルコール消毒をすることではない。ソーシャルディスタンスを保ちマスクをつけることではない。マウスシールドやアクリル板などはもってのほかだ。感染防止対策を徹底するということは直径100nmのウイルスを体内に取り入れさせない。ということだ。つまり完全に外気と遮断した空間で暮らすということだ。具体的には家の外に一歩も出ないで、もしも出る必要に迫られたら宇宙服を着用するということになる。ただし家の外に一歩も出ないとしても、家の近くを通った感染者がくしゃみでもすれば、そのウイルスの付着した飛沫は家の中に侵入してくる可能性はある。すでに世界の人口の2.5%が感染者だ。家の近くを通る1000人のうちの25人が感染者だ。そのうちの1人ぐらいはくしゃみもすることだろう。今回のパンデミックで最後まで生き残る僅かな人たちは、宇宙服を着用して家の外に一歩も出なかった人たちであろう。


●止める   2021.5.05
急に「止める」と宣言するとあまりに影響が大きいことから、多くの国民が「もう止めるしかないよな…」と思わせるための理由作りに一生懸命のように思えるのだがどうなのだろうか?あくまでも「〜な感じがする」という想像の範囲ではあるが。①「オリンピック公式スポンサー」などのフレーズを耳にすることがなくなったような気がする。②JOCシンボルアスリートの画像を目にすることが少なくなったような気がする。③国と都は事務レベルでは密接な連絡を取り合っているはずが丸川大臣の「聞こえてこない」発言。④どう考えても「実現不可能な業務」のスタッフを絶賛募集中の件。などなどだ。特に①は、今までテレビのCMの後に東京五輪のロゴと同時に現れていた画面が表示されなくなっているCMもある。もし、開催するのであれば、今の時期、宣伝告知マックスのはずであろう。多くの国民が納得し、多くのスポンサーが納得し、多くのアスリートが「仕方がない…」と諦め、世界中の人が「もう止めるしかないよな…」と思わせるストーリーが必要なわけだ。とまぁなにごとも「やる」ことより「やめる」ことのほうがタイヘンだったりもするのであった。


●テレビ業界   2021.5.04
8Kテレビを盛んに宣伝するNHK。植物学者牧野富太郎の番組なのだが、彼の描いた植物イラストや食虫植物がミジンコを食べるシーンを8K映像を交えながら盛んに8K、8Kと言っている。なるほど8Kの画像はすばらしい!のであるが、その番組を見ている人の多くはフルHDのテレビで、だろ。それで素晴らしさが分かるということはフルHD(2K)でも十分ということだ。そもそも4Kだって2Kとの違いはパット見は普通は分からない。よく見比べてみなければ気が付かないレベルである。8Kともなれば尚更だ。要するに人間の目の解像度をとっくに超えているわけだ。医療や工業の特殊な分野以外では必要の無いものであり、民生分野での8Kテレビは「猫に小判」であろう。では何でNHKが8Kテレビを盛んに宣伝するのかと言えば、テレビの買い替え需要は「地デジ」以来、頭打ち状態のようだ。何か理由で買い替え需要を喚起させないとメーカーを含めたテレビ業界全体が衰退するのであろう。ということで、どうしてもオリンピック開催の勢いに乗っかってテレビの買い替え需要を焚き付けたいテレビ業界なのであったが、そのオリンピック開催の雲行きも怪しくなってきたので、生産してしまった8Kテレビの在庫を捌くために、今さらながら必死で宣伝しているのであろう。とも思えるのだが。


●防弾チョッキ   2021.5.03
今、街はコロナという敵がうようよしている戦場だ。戦場に行く時には防弾チョッキを着ていったほうが良い。しかし防弾チョッキで防げるのは極めて小さな火器だけである。敵が戦車やミサイルだった場合には防弾チョッキは何の役にも立たない。つまり街に出るときにマスクという防弾チョッキをつけていれば安心というのは大間違いであり、感染リスクは少なくなるが、完全に防げるものではないということだ。街にやむを得ず出る時はマスクはしたほうが感染リスクは小さくなるというだけのことだ。今、敵の戦力は大幅に上がっていてN501Y対人戦車、E484K空対地ミサイル、L452R対人誘導弾などの装備が着々と進んでいるのだ。その前に、コロナウイルスの直径は不織布マスクの繊維の隙間よりも、ずっとずっと小さく余裕で通過できるのだ。ということを忘れてはいけない。


●選挙のポスター   2021.5.02
選挙のポスターを理論的に分析して「こうすれば当選する!」というようなデザインを売り込もうとしている人がいる。しかしその売り込みは極めて難しい。その理由は、
①立候補者が決まるのは選挙の直前であり、どんな対抗馬が立つかによって戦略は変わる。つまり常に時間が無い中でドタバタと行われる。
②陣営の中の権力者(重鎮)の一言でポスターのデザインが大きく変わることもある。
③党にによっては本部からの指示で雛形に沿ったデザインにしなければいけない。
④選挙のポスターの写真は基本的にはどんなものであっても良いことになっている。
⑤選挙の中でのポスターの占めるプライオリティーは想像以上に低い。
⑥選挙のポスターは当選すれば良いデザイン、落選すればダメなデザイン、という風に評価される。
などなどを考えると、選挙のポスターデザインなどというどろどろの世界には関わらないほうが良いだろう、ということになる。


●会議室に集まって話し会う   2021.5.01
徳島県での感染拡大も”予断を許さぬ状況”に…「まん延防止措置」適用の場合の具体策を協議、というニュースをテレビでやっていた。こいつらバカなんじゃないかと思った。協議するために数十人が会議室に集まって話し会うという映像が流れているのだ。そんなもんはリモート会議でやればいいだろ!間隔は空けてアクリル板も設置してはいるものの、まるで「大事な時には集まりましょう!」と県の首脳陣が県民に言っているようなものだ。確かに感染防止対策をしっかりやっていれば大丈夫なのかもしれない。しかし人が集まれば僅かであっても感染のリスクは高まるのだ。集まらなければ感染リスクはゼロである。成果やリスクは別にしても、とりあえずは見本を示せということだ。議事進行には対面のほうが有利な点はたくさんある。だからといってオンラインでは不可能なはずもない。集まって話し合い、その映像が全国ネットのテレビに流れることに、何の罪悪感も、恥ずかしさも持たないところが、こいつらバカなんじゃないかと思わざるを得ない。全員マスクでもクラスターが発生している例もあるというのに、こんなんじゃ誰もテレワークやらんぞ!



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