2024年4月


●理想の上司   2024.4.25
東京商工会議所が令和6年度の新入社員に理想の上司のイメージに近い有名人・著名人を聞いたところ、大谷翔平、水卜麻美、織田信長、だったそうな。令和6年度の新入社員はアタマ悪いんじゃ無いの?と心配になる。マネージメントや管理職の経験もないであろう大谷翔平や水卜麻美が何で理想の上司かよ?増して織田信長だったらヘマをすれば殺されるかもしれんのだぞ。①特に理想の上司のイメージが沸かないからとりあえず有名な人物の名前を上げてみた、②上司が有名人だったら自分も有名になれるかも?、③現在の上司がよっぽど理想にはほど遠い、のいずれかではないのかな。えっ、やっぱり③だろうって?オレもそう思うわ。


●テレビに表示されるQRコード   2024.4.24
誰がテレビに表示されるQRコードを撮影してそのサイトにアクセスするのだろうか?という謎は以前にも書いた。病院の待合室に何日か通う機会があった。待合室のテレビではNHKが流しっぱなしである。そして時折りニュースなどでは「画面右上のQRコードからも…」というアナウンスが流れるのだが、待合室にいる数十人のうち、誰一人としてQRコードを撮影して読みこむ人はいない。何日見ていても一人もいない。では実際に読み込もうとするときに何か問題でもあるのかな?と思い、「画面右上のQRコードからも…」というアナウンスが終わると同時に、スマホを取り出して、アプリを起動してフォーカスを合わせようとした瞬間に画面が切り替わり、QRコードはテレビ画面から消えてしまった。そうか、この待合室の人たちはみんな、こうなることを知っていたのだな!


●独自ドメイン   2024.4.23
独自ドメインではURLに自分の会社の文字列が含まれているのが普通である。しかしこのことに必要以上にこだわる人間と、まったくもって無頓着な人間がいる。前者は独自ドメインでないホームページは、偽物、紛い物、信頼できない、品位に欠ける、SEO的にあり得ない、などと思っている。後者は独自ドメインでないホームページを、そんなもん誰も見ないしいいんじゃね、だから何?、そんところにカネかける必要ねーだろ、重箱の隅じゃね、と至って素っ気ない。という具合に完全に二極化していることろが面白い。後者が前者に対して「それなりに大きな会社でも独自ドメインでないところもあるよ」と言うと前者は「電車の中でタバコ吸ってるやつがいたら、あんたも吸っていいってことになるのかよ!」と、両者が相容れることは、これからも無い。


●老人   2024.4.22
「まったく歳をとっているだけで悪いみたいに言いやがる!最近の若いやつらは!」しかし若いやつらからすると、歳をとっているだけで悪いなどとは思っていない。歳をとっている人の中には「歳をとっているだけで悪いみたいに言いやがる!」と言いやがる人がいるから老人にたいする嫌悪感が湧くのであろう。もっとも人間歳をとって物理的な身体の寿命が近づいてくると、身体中の穴や孔が緩くなり、色々と漏れ出すようになる。「思っていること」「感じたこと」「言ってはいけないこと」なども然りである。


●ゴジラvsコング   2024.4.21
ゴジラvsコングは1962年に一度対戦している。ゴジラを倒すためにキングコングはソロモン諸島から東京にやってきたところ国会議事堂付近で眠りこけてしまう。そのコングを巨大気球に特殊ワイアーで吊るし上げられヘリで牽引して空輸されて富士山麓で切り離されるというもの。切り離されたコングは富士山麓を滑り台のように滑り降りてゴジラと対峙するというもの。このときのゴジラとコングはほぼ同じ大きさ。ゴジラの体重は2万tとされているので、コングも最低でも1万tはあったはずだ。それを気球で吊し上げるというのは、どんなに巨大な気球であっても不可能であろう。100歩譲って吊し上げられたとしよう。それを牽引しているのは最大搭載量2,000 kgのV-107バートルが4機であったように記憶しているのだが、これとて到底は無理な話しであろう。2005年、髑髏島のキングコングは体重が3.6tしかないとのこと。相当なダイエットに成功したんだ。


●ギャンブル依存症   2024.4.20
ギャンブル依存症の有名人と言えば、徳光和夫、有田哲平、藤原竜也、阿部寛、林修などの名前が挙げられ、ここに最近から水原一平が加わった。世界的には「罪と罰」のドストエフスキーがギャンブル依存症だったことが知られている。そしてギャンブル依存症と言えば生涯損失額は本人申告よりも多い場合がほとんどのようだ。そしてやめられない理由としては「稀に勝ったときの快感が忘れられない」と、ここまでは理解できるのだが「借金でいよいよ首が回らなくなったときの詰んだ感が何とも言えない」なのだそうだ。だから失敗すると分かっていても、新規事業を立ち上げようとするインキュベーターが後を絶たないのであろう。


●セルフレジ   2024.4.19
セルフレジは疲れる!とジジィババァは言う。これは当たり前のハナシであり、いままで何十年ものあいだ有人レジに馴れ親しんできたのだから、変わった環境についていけないのは当然のことである。あるマスコミがセルフレジの賛成派と反対派の意見をまとめてアンケートをとって公開していたりもするのだが、当然の結果としてジジババは反対、若者は賛成の、当たり前の結果となった。仮にこのアンケートをジジババだけを対象としてとったら必然的に反対派の圧勝となる。しかしだからといって今後セルフレジが有人に戻るかといえばそんなことは絶対にない。全国的に人が減っているのだから有人の「人」は集まらないし、セルフレジのほうがなんやかんやで安く上がるのだよ。「昔のスーパーはレジの人が商品を袋に入れてくれた」なんていうのは「昔の銭湯は三助さんが背中を流してくれた」と言うのと同じようなものなのだよ。


●スーパービバホーム   2024.4.18
ダンボール1個分の荷物をイベント会場に運ぶこととなった。そんなに大きくも重くもないし、電車で40分ほどの距離だ。宅急便を使うほどのことではないので、ハンドキャリーすることとした。で、近所のスーパービバホームに、キャリアカートを買いに行くこととした。キャリアカートは小さいものであれば1000円程度で買えるし、たぶん宅急便よりも安いし、これからも使う機会はあるだろう。ということでスーパービバホームに行ったのだが、売り場が広すぎてキャリアカートがどこに売っているのかが分からない。そこで店員に聞いてみた。「すいません、カートってどこにありますか?」すると、「そこにたくさんありますよ」と言ってレジ脇を指差した。


●職業差別   2024.4.17
差別されているという時点で不当な扱いを受けていると言える例もたくさんあるらしい。例えば清掃業や土木業、また小売業やドライバー等々も、ネットを見る限りではまだまだ偏見を持つ人は多くいるようだ。その昔、工員として工場に就職する若者は「マクドナルドで『いらっしゃいませ』が言えない子供たちなんだよ」と教わったことがある。そういう意味では小売業は立派で威張れる職業である。反面、製造業で工場のラインで働く人たちは差別されていたのだろう。配管工や電気工の若者がマッチングアプリで職業欄を入力したがらないという例もいまだにあるようだ。しかしどんなに肉体労働者であってもブルーカラーであっても。誰かがやらなければ社会が成り立っていかないのだから、やはり職業で差別してはいけない。とはいえ、小学生の頃、近所の未就学児に「○○ちゃんは大きくなったら何になりたい?バキュームカーの運転手かなぁ」と言ったら、それを聞いたと同時に「わあ-!」と大声で泣き出した。また、お見合いをしてめでたく結婚となったカップルの、夫のほうがずっと自分の職業を伏せていたそうだ。妻のほうは「なんとなく匂うな」と思っていたのだが、それほど気にしなかったのではあるが、結婚後に夫の職業が「汲み取りやさん」であることが分かったのだが、時すでに遅し。ということが実際にあった。


●チームコラボレーションツール   2024.4.16
Slack、Microsoft Teams、Discord、Google Chatなどのチームコラボレーション用のチャットツール。同じ社内や学校内であればそれなりに有効なのだが、色々な組織や立場の人間が参加するときには、大抵数ヶ月で使われなくなる。現代人はそれぞれ自分の立場や環境によって使っているコミュニケーションツールがあり、それがメールだけであったり、Facebookのメッセンジャーであったり、Skypeのチャットであったり、LINEだけであったり、その他諸々のSNSであったりする。そこに新たにチームコラボレーションツールを追加したところでそこまで手が回らず、優先順位も低いものとなってしまい、投稿しても段々と反応が薄くなってきて、最後は誰も使わなくなる。という事例をいくつか見てきた。要するにチームコラボレーションツールとは「チーム」と呼べるくらいの親密な人間関係の間でなければ機能しないのだ。


●回転寿司麻雀   2024.4.15
回転寿司麻雀というのいがある。「湯呑みペロペロ事件」などの迷惑行為を防止するため回転寿司チェーンの一部がベルトコンベアをの使用を中止した。そのベルトコンベアを再利用したのが回転寿司麻雀だ。参加者はベルトコンベアを流れてきた麻雀牌を一枚ツモり、同時にベルトコンベアに1枚捨てるというものだ。4人で対戦するのではなく、参加者一人ひとりが自由に自分のペースで手作りができる。参加者は一人でも良いし同時に20〜30人とかでも良い。和了したら(上がったら)その点数相当の点数が自動的に参加者に加算される。テンパったら他人の捨て牌を監視する機能が作動し、当たり牌が捨てられた時点でロンのボタンを押すことによって和了となる。ということで捨てるとは(特に参加者が多い場合は)緊張はするが、他人の捨て牌の履歴を見ることができず手を読むこともできないため、より博打性が高い。また任意に参加、退室ができるために、東の一局といったような概念もない。これが本当に面白いのか?というと、そうでもないので実現はしていない。


●過去のこと   2024.4.14
今シーズン大谷翔平はドジャースに移籍し、日本のマスコミは連日ロサンゼルス・ドジャースの試合の結果や経過を報道している。では現在のロサンゼルス・エンゼルスがどのような順位なのか?ホームランの後の兜パフォーマンスはどうなったのか?などについては誰も興味を持たなくなった。当然と言えば当然なのだが大谷翔平のいないロサンゼルス・エンゼルスは、多くの日本人にとって、遠い記憶の外に置き去りにされているのだろう。そして数年後には「どこだっけ、ドジャースの前に大谷がいたチーム?」「大谷、赤いユニフォーム着ていたときもあったよなぁ?」というふうになるはずだ。人間が興味を持っているのは、常に「今」であり、過去のことは基本的には「どーでもいい」のだ。さらに未来のことは「もっとどーでもいい」のだ。どーでもよくなければ、もっとちゃんとしているはずである。


●生成Ai   2024.4.13
生成Aiに「仕事を奪われる」とか「征服される」とか言って恐れ慄いているイラストレーターは、そのほんどがCGクリエーターだ。アナログで絵を描いている画家や作家は、あんまり生成Aiを脅威と感じていないようである。そもそもコンピュータで表現できる色数は1670万色×ピクセル数である。その表現の可能性は膨大ではあるが、同時に有限である。対してアナログの表現の可能性は無限である。この有限と無限の差がどのくらいかというと、それは「無限倍」であって、似て非なるものではあるが、足元にも及ばない歴然としたものである。だからアナログで絵を描いている画家や作家は、そのことを何となく体感的に分かっているから恐れ慄いてはいないのだろう。というかそもそも生成Aiというもの自体を知らない、というケースのほうが多い(知らぬが仏)とも言える。そしてアナログで描いている画家や作家が生成Aiを知らないということをCGクリエーターたちは知らない。


●Ai   2024.4.12
Ai は「人工知能」と訳される。だから多くの人が勘違いをして、その存在に「仕事を奪われる」とか「征服される」とか言って恐れ慄くのだろう。Ai は人間の脳みそのある特定の分野だけが超人的に優れているだけであって、人間の脳みそに置き換わるものではない。その特定の分野とは「めちゃくちゃ記憶力が良い」「めちゃくちゃ動きが早い」「めちゃくちゃ要領が良い」といったところだろう。例えば雑貨屋に行って店主に「○○ありますか?」と聞く。店主は「はい、ちょっとお待ちください」と言って、倉庫に行ってごそごそと探した後、戻ってきて「すみません、今○○は品切れです。。」よ答える。仮にこの店主がAIだった場合には、壮大に広い倉庫の中から瞬時に○○を見つけ出し「はい。○○です!」となるわけだ。この倉庫には天文学的な数の商品があっても見つけ出すことができる。しかし倉庫の中から見つけ出すことはできるが、倉庫以外の場所からは見つけ出すことはできない。


●人に物を教える   2024.4.11
「誰も教えてくれないから知らなかった」のだそうだ。というのは人に物を教えたことのない人の言い分だ。人に物を教えるというのは簡単ではない。だからお金をもらって人に物を教えることを生業にする「教師」という職業が存在する。これだけ世の中が多様化複雑化しているのだから、ちょっとした事象でも「○○は○○なのです」といったような単純なものでは済まない。そして「人に物を教えたことのない人」は、こういった単純な回答しか求めていないので、簡単に教えてしまうと大抵は間違い勘違い自分勝手な解釈などを生み事態を混乱させてしまう。だから「教えないほうがマシ」ということになる。試しに「人に物を教えたことのない人」に自宅から市役所までの道順を説明させてみよう。大抵は「何言ってるか分かんない!」になるはずだ。


●自分大好き人間   2024.4.10
自分大好き人間はネガティブな意味では→自己中心的で他人の感情やニーズを無視し、自分の利益や快楽を最優先し、自慢や自己顕示欲が強く、他人を軽視したり、他人を利用したりすることなのだそうだ。ポジティブな意味では→自分の価値を認識し、自己成長や幸福の追求に努める一方で、他人との関係も大切にし、共感や思いやりを持って接することができることなのだそうだ。が、これはある意味普通の人間の悪い面と良い面も言っているだけのことのようにも聞こえる。ということは、人間誰しも「自分大好き人間」の要素は持ち合わせているということだろう。というか、人間誰しもその時の状況や感情によって「自分大好き人間」になったり「自分大嫌い人間」になったりもするのだろう。ということは「自分大好き人間」については語るに値しない、というふうに思えてきたりもする。


●美味い不味い   2024.4.09
食べ物の美味い、不味いはどうやって判断するのだろうか?例えば究極に空腹だった場合には何を食べても美味いはずだし、超満腹だった場合は何を食べても不味いということになる。また、想像通りであったものは美味い、想像していなかった味のものは不味いということにもなる。例えばホワイトチョコで作った本物そっくりのたこ焼き。大抵の人は口にした途端に吐き出す。経験値というのもある。例えば団子を食って食あたりをしたことのある人間にとっては、団子は不味いものとして、記憶される。食べた場所の空気の匂いや気温などによっても左右される。そのときの気分や雰囲気によっても変わる。いずれにしても味覚は聴覚や臭覚以上にあいまいであやふやなものである。だから「美味しいと評判の店」に行けば、美味しいものが食べられると思ってはいけない。調理する側のコンディションというのもあるし。


●セブン銀行   2024.4.08
セブンイレブンのネットプリントで数十枚印刷をするために30分ほどセブンイレブンのコピー機の前にいたことがある。通常コピー機の隣にはセブン銀行のATMが設置してある。そしてわずか30分の間にこのATMを利用している人が老若男女5〜6人いた。その人たち全てに共通しているのは、全員が「見るんじゃねーぞオーラ」を放っているということだ。銀行のATMでもこの「見るんじゃねーぞオーラ」を放っている人もいるが全員ではない。セブン銀行のATMは手数料が高い。よほど急いでいるときとか、旅先や出張先でなければ使うことはないと思っていたのだが、その日の老若男女5〜6人は旅行者のようには見えないし、特段急いでいるような様子もなかった。あくまで想像の範囲であるが、この人たちはそのオーラから「ご利用が計画的ではない人たち」なのではないかと感じた。


●自由人   2024.4.07
XやInstagramのプロフィールで「自由人」と書いてある人をたまに見かける。「自由人」とは、周囲の意見にとらわれず、自分らしさを大事にして生きる人のことで、周囲に合わせることや空気を読むことにあまり重きを置かず、自分のペースや気持ちを大切にする、 強い精神力の持ち主なのだそうだ。本当かな?自称「自由人」とは、周囲が求めているコトに対応できず、我がままに生きる人のことで、周囲に合わせることや空気を読むことができないで、自分のペースや気持ちのみを優先する、 厚顔無恥で自分勝手極まりない性格の持ち主なのではないのかな?そういった己の社会不適合性がなんとなく分かっているから、「自由人」という言葉で誤魔化しているんだろ。もしくは、周囲の意見にすぐにとらわれて、何が自分らしさなのかも分からず、常に周囲に合わせることや空気を読むことだけを重視し、自分のペースや気持ちを表すことができない、 精神力が極めて弱いから、憧れとしての「自由人」と書いているだけなのかもしれない。


●国が悪い!   2024.4.06
インボイス制度導入で半年、制度導入で新たな業務に対応できなくなった「税理士事務所」の廃業が急増しているらしい。税理士業界は高齢化が進んでいて、新たな制度にタイムリーに対応できないとのこと。例えば商工会の確定申告相談でも、e-Taxの相談に対応できる税理士は多くはない。インボイス制度自体が、国民から少しでも多く税金を毟り取ろうというものであり、消費税と同じく、悪い印象を与えないために、そのシステムが、携帯電話の料金プランのように、より複雑化、煩雑化して目眩しさせている。また複雑化、煩雑化させてもIT化で対応できてしまうため、処理能力の低い「人間」は置いていかれるのであろう。この状態は、あたかも「国が悪い!」かのようでもあるは、国とて必死の苦肉の策であろう。そもそも「国が悪い!」と言う以前に、そんな国にした政治家を選んだあんただって悪いんだぞ(という意識が全く無いところが何とも愚か)。


●知事   2024.4.05
静岡県の川勝平太知事が辞任をした。まあ色々と問題のある知事でもあったので、静岡県民に限らず胸を撫でおろしている人たちは多いことだろう。しかしいつも思うのであるが、都道府県知事って、何でこんなおかしな人がなることが多いのだろうか?東京都のように都知事選に色々な人間が立候補してきて、中には相当にヘンなヤツもいるので「こんなヤツにやらせたらタイヘンなことになる!」という危機感から、有権者はちゃんとした候補者に投票する。しかし地方の知事選では、立候補者が限られているので、有権者は「仕方なく」「消去法で」「一番まともそうだから」「せっかく投票所に来たのだから投票しないで帰るのは勿体ないから」といった理由で投票する。遅い時間に学食に行ったら、カレーもカツ丼も売り切れで、切り干し大根定食と、ひじき定食、しか選択肢が無かったみたいなものだろう。まあとは言っても、市長選や区長選で、選択肢が豊富というわけでもないけどね。


●浅い   2024.4.04
未就学児に絵を描かせると、ちょこっと描いてすぐに「先生、できた!」と言って絵を持ってくる生徒。大学生にレポートを書かせると、すぐにスマホをいじり出す生徒。レポートはもうできたので、やることがないからスマホをいじっていたそうだ。絵画教室に通う高齢者の生徒。キャンパス全体に一通り色がつくと「よし、これで完成」と言って勝手に完成を宣言して描くのを止めてしまう。未就学児:こうやって浅い人生をこれからも送っていくのだろう。大学生:社会人となって不平不満を言いながらこうやって浅い社会人生活を送っていくのだろう。高齢者:自分が浅いということに気がつかないまま、そろそろその浅い人生も終焉を迎えるのだろう。深みを知らないまま生きていくのは、ある意味、幸せなことなのかもしれない。


●頼りになる   2024.4.03
大きく分けて2種類の人間がいる。頼りになる人間と、頼りにならない人間だ。頼りになる人間は何を頼んでも何をお願いしてもそれなりに応えてくれる。頼りにならない人間は何を頼んでも何をお願いしても結果はダメダメである。頼りになる人間は「真剣さ、犠牲的精神、本気度」などを優先し、頼りにならない人間は「打算、金勘定、自分可愛さ」などが優先されているようだ。そして頼りにならない人間であればあるほど、頼りになる人間となりたいと思っている。頼りになる人間であると思われたいが故に、他人からの依頼や要望を安請け合いして、やっているうちに「打算、金勘定、自分可愛さ」がいつものように優先しはじめて依頼や要望を蔑ろにしてしまい、結果として依頼や要望に応えられなかった「言い訳、屁理屈」の花が咲くことになる。頼りにならない人間は、人とのコミュニケーションは「頼りにされる」ことしか無いと思っているらしい。普段から「ちゃんと」していれば「頼りにされる」ことだけばコミュニケーション手段ではないということが分かってくるのだがね。


●高齢者の生徒   2024.4.02
思っていることを何でも口に出してしまう高齢者の生徒がいた。やったことのない新しいことをやらせると「つまんない」「飽きた」「分かんない」と不平をたらたら言いながら作業をする。やったことのある手順の分かっていることをやらせると「楽しい」「時間が経つのが早い」「もっとやりたい」という具合に、いたってご機嫌なのだ。あーなるほど、みんな口には出さないのだが、新しいことをやっているときには「つまんない」「飽きた」「分かんない」なのだな。だから新しいことはウケが悪いのだろう。だから無駄でも意味がなくても非効率であったも、高齢者は新聞を読みテレビを観てネットもスマホもやらないのだろう。新しいことに挑戦することは、楽しみでもなく面白いことでもなく、ただただ苦しみでしか無いらしい。もう時間が無いのだからそれでいいのだろう。


●宝石   2024.4.01
コンピューターに記録したデータは永久に保存できるわけではない。定期的に新しいメディアにバックアップしなくてはいけない、ということを知らない人も多い。ハードディスク(PC、外付けHDD、NAS、サーバ)であれば5年、フラッシュメモリ(SSD、USBメモリ、CFカード等)は10年、CDやDVD、Blu-rayなどの光ディスクは30年、MOは50年、ぐらいなのだそうだ。物理的な物質なのだから経年変化で劣化する。例えコンピューターであっても記録を継承し続けるには、人間の手によってバックアップを繰り返し続けなければいけない。しかし、例えばダイヤモンドとかに記録を刻んでおけば、そのデータは半永久的に保存することは可能になることだろう。ということで人類にとって重要な記録は地球上のダイヤモンドをはじめとする、宝石類にバックアップしておくべきであろう、いまのうちに。個人が身につけて満足している場合ではない。



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